非上場株式を売却するメリットや目的、売却先とは?
資金調達や事業承継のために、非上場株式を売却するのが有効な選択肢に
スタートアップや成長期にある企業を株式会社の形態で運営していれば、経営者自身や親族、関係者などが自社の株式を保有しているのが一般的です。これら非上場株式は、取引所で流通していないことから、上場株式と比較すると売買しづらいという特徴があります。
しかし、ファンドやエンジェル投資家への売却などを通じて事業承継や資金調達に活用することも可能です。近年では非上場株式投資が普及しつつあることも背景に、従来より非上場株式の売買チャネルは増えています。
今回は自社が保有する非上場株式の売却のメリット、目的や検討可能な売却先などについて紹介していきます。
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この記事の目次
非上場株式・未公開株式とは?
非上場株式は、証券取引所に上場していない株式のことを指します。上場していないため売却が難しく、経営者や親族が保有する株式を売却するときには工夫が必要です。
未公開=上場していない株を指す
非上場株式は未公開株式とも呼ばれ「上場」していない株式全般を意味します。「上場」とは東京証券取引所をはじめとしたいずれかの取引所で株式の売買ができる状態になっていることを意味します。
取引所で株式を売買できる状態にすることを「株式公開=IPO」といい、取引所が定める所定の審査を通過しなければなりません。非上場株式とは、このIPOをおこなっていない企業の株式と言い換えることもできるでしょう。
一般に非上場株式には次のような特徴があります。
- 創業者や親族、関係会社などが所有するケースが多い
- 株主の意見に経営を左右されにくい
- 買収リスクにさらされにくい
- 資金調達をしにくい
上場していないため、一般の投資家が購入する手段が限られています。そのため、株式は経営者・創業者自身やその親族、あるいは関係会社などと持ち合っているケースが多いです。株主が少なく、また一般投資家が参入する余地が限られているため、経営者の思い通りに企業経営を進めるうえでは、非上場の形態の方が適しています。
また、株式を一定数取得すると、事実上その企業を買収することが可能です。上場株式であれば取引所などを通じて株式を集めやすいため、より買収しやすくなります。裏を返せば、非上場株式は買収のリスクにさらされにくいといえます。
一方で、重要なデメリットとして、株式を通じた資金調達をしづらいという特徴も。こちらについては次の章でもう少し詳しく紹介します。
取引所での売買ができないため、増資や売却がしづらい
非上場株式は取引所において売買の手続きができないため、株式保有者の視点からすれば、増資や売却しづらい株式といえます。
上場企業であれば、増資の際には公募増資という形態を取って、広く一般の投資家の需要を集めて資金調達ができます。また、既存の株式を売却する時も、取引所に注文を出せばスムーズに進められます。
対して非上場企業の場合は、増資や株式の売却をする場合には既存の株主に割り当てるか、自分で新たな投資家を探しに行かなければなりません。いずれにしても取引を通じた売買より手間や負担がかかりますし、買い手が見つからずに資金調達や事業承継が不調に終わるリスクもあります。
ただし、現在ではエンジェル投資家やPEファンドをはじめとした非上場株式投資をおこなう投資家も増えつつあり、非上場株式のままでも売却する手段はいくつかあります。
非上場株式を売却する目的・メリットとは
非上場株式の売却は、資金調達や事業承継などの手段として選択されるケースが多いです。その他相続税の圧縮や、株式交換を通じたM&A実行の手段としても活用されます。
多額の資金調達ができる
株式を売却すれば、当然ながらその分の資金が入ってきます。経営者が保有する分の株式を売却すれば、得た資金を経営の原資にすることが可能です。また、新たに株式を発行して投資家に出資してもらう「増資」という方法もあります。
上場していない分売却先を見つけるのに苦労する一方で、株価が明示されていない分、企業の健全性・成長性や、買い手との交渉次第では高い価格で売却・出資してもらい、多額の資金調達を実現することが可能な場合も。一方で、株式を他者に保有させるということは、企業の所有権の一部を明け渡すということになります。
所有比率が一定以上になると経営権を握られることにもなるので、純粋な資金調達目的で、経営者自身の経営権を維持しながら株の売却を進める場合には、第三者の株式の保有比率について厳格に管理しなければなりません。
事業承継による後継者不足の解消
株式の過半数以上を売却すると、一般的に経営権が相手に移行します。もし、現行の経営者が事業経営を引退して後継者に任せたいとなれば、保有している非上場株式を売却することで、事業承継が可能です。
身の回りに買い手がいなければ、この後紹介するようなファンドやエンジェル投資家に売却することで経営を任せることもできます。自分の引退と共に廃業する必要がなくなり、自社の従業員やステークホルダーの保護にも繋がります。
相続税の圧縮にも有効
経営者が亡くなった時に事業自体を相続することになると、高額な相続税が発生します。そうなるまえに株式の状態で譲渡を行えば相続税の発生を防げます。その分譲渡に伴う税金が発生しますが、相続税は最高額の55%に達するため、譲渡に伴う税金を支払う方が節税になるケースが多いのです。
M&Aの実行にも活用できる
株式の売買をM&Aに活用する方法もあります。自社の株式を譲渡すると、自社や事業の売却が可能です。また、相手企業の株式と、自社の株式を交換するときに、交換比率を調整することで、現金を支払うことなく企業を買収できます。
非上場株式の売却先候補とは?
取引所を活用できない非上場株式の売却をうまく進めるうえでは、売却先探しが重要です。上場株式と比較すれば流動性や柔軟性が落ちるとはいえ、近年は非上場株式の売却チャネルが増えてきています。ここからは非上場株式の売却先についてみていきましょう。
親族や親しい関係者
従来からある手法で、真っ先に検討されるのは親族や重要な利害関係者、信頼のおける友人などへ譲渡する方法です。事業承継の目的で活用される方法ですが、知人に富裕層や投資家などがいる場合には、事業投資の一環として出資してもらうことも可能です。
お互いをよく知り、信頼のおける相手が本来は理想的な売却先ではあります。しかし、日本の多くの中小企業は事業承継目的で株式を売却する相手が身近にいないことが課題となっています。身の回りに適切な売却候補者がいない場合には、この後紹介する別の売却候補先を検討することになるでしょう。
エンジェル投資家への売却
エンジェル投資家とは、主に創業間もないスタートアップや中小企業に積極的に投資する投資家のことで、一般的には個人投資家をさします。上場株式の投資と並行して取り組む人も少なくないため、一概に線引きはできませんが、エンジェル投資家というと一般的には非上場株式へも投資する人をさします。
エンジェル投資家の需要を取り付けることができれば、身の回りに非上場株式の売却候補がいなくとも売却を進められます。以前はエンジェル投資家を探すためには、経営者や企業幹部自身が人脈などを活用して投資家を探しに行かなければいけませんでした。しかし、近年はエンジェル投資家と経営者のマッチングサービスが普及してきています。
こうしたマッチングサービスで、自社の成長性や事業の魅力などをアピールすることで、エンジェル投資家の興味を惹くことができれば、非上場会社でも第三者への株式売却への道が開けます。
エンジェル投資家マッチングサービスについての詳細記事はこちら
エンジェル投資家とのおすすめマッチングサービス|出資を得る方法やポイントも解説
PEファンドやベンチャーキャピタルなどファンドへの売却
ファンド形式で非上場株式への投資をおこなう投資主体としてPEファンドやベンチャーキャピタルファンドが存在します。こうしたファンドは金融機関や富裕層などから資金を集めて、その資金で非上場株式(もしくは非上場会社の債券)への投資をおこなっています。
プロのファンドマネージャーが投資を行っている分、エンジェル投資家より投資判断は厳しくなりますが、ファンドの目に留まればより大きな規模での売却、資金調達の道も開けるでしょう。
PEファンドとベンチャーキャピタルはどちらも非上場企業の価値向上を目指して投資を行うファンドで、両者の線引きは不明瞭な部分もあります。
どちらかというとベンチャーキャピタルの方が早いステージの企業に投資をおこなう傾向があります。また、そのステージでは経営者自身が事業の運営を主導する意識が強い企業がほとんどのため、少数株主として投資し、企業経営にはあまり参画しないケースが多いです。すなわち、純粋に資金調達先として活用するうえで適した形態といえます。
PEファンドについてはやや成長が進み、IPOを数年程度先に検討できそうな企業が中心です。こちらはより経営に主体的に参画する「ハンズオン」の形式のファンドも多く、その場合はより多くの比率の株式を取得して、一定程度の経営権を持つ場合もあります。
ファンドの投資比率についてはケースバイケースで、経営者が事業譲渡も視野に入れているのか、あくまで資金調達+コンサルティング程度の位置づけなのかによって変わってきます。PEファンドを活用する場合には、株式の売却目的や今後の経営体制におけるビジョンをより明確にしておきましょう。
個人もPEファンドを通じた非上場株式投資が可能な時代に
これまではPEファンドといえば金融機関などの機関投資家や一部の富裕層の投資先という位置づけでした。しかし近年は「オルタナティブ投資(株や債券などこれまであった有価証券投資とは異なる投資方法一般を指す)」の一環として、個人投資家のPEファンドへの投資を普及させる動きが見られます。
例えば、三井住友トラスト・ホールディングスでは米大手資産運用会社のアポロ・グローバル・マネジメントと業務提携。個人投資家向けに非上場株式の投資ファンドの組成や販売を積極化する方針を示しています。(参考:2022年7月8日付日本経済新聞「未公開株投資、個人にも 三井住友トラスト、米アポロと提携 眠る家計資産に選択肢」)
海外ではすでに非上場株式に投資するファンドを、従来より小口投資が可能で流動性の高いファンドに組成して、より多くの投資家の需要を募る取り組みが進められていますが、日本でもこの潮流に乗って、個人向けの非上場株式が拡大するでしょう。
そうなれば、非上場株式を持つ経営者としては、非上場のままでも株式の売却や増資手段がより柔軟に行えるようになると期待されます。
新しい形態の非上場株式の売却手法
最近は個人投資家向けに非上場株式の所有権を小口化して売買する仕組みも増えてきました。出資型クラウドファンディングの中には、ファンドを通じて1~10万円程度で非上場株式へ投資できる仕組みを持つものがあります。
また、最近ではさらに進化して、Web上で特定の非上場株式の売買をマッチングさせられるプラットフォームを運営している企業も。個人の小口資金を集めるため、売却できる株の規模は相対的に小さくなるケースが多いですが、非上場株式の売却の新たな選択肢としておさえておきましょう。
非上場株式の売却の流れ
非上場株式は取引所で売買されていない分、買い手との交渉や株式の価格決定などを通じて売却手続きを進めていく必要があります。
売却相手を探す
まず第一に売却候補先を探すところから始まります。身内など身の回りに売却先があれば最良ですが、すぐには見つからないケースの方が多いでしょう。
エンジェル投資家とのマッチングサービスを活用して個人投資家を探すか、ファンドを運用している法人にアクセスして、出資・売却先を探してみてください。メインバンクなどのリレーションのある金融機関がファンドと人脈を持っている場合もあるので、相談してみるのも一案です。
株式譲渡承認請求
経営者や現在の企業の関係者個人が所有している株式を売却する場合には、株式の発行会社に対して株式譲渡承認請求というものを行う必要があります。企業としてこの承認請求を受理すれば、所有している株式の具体的な売却交渉に入ることになります。
経営者や企業の関係者が株式を売却する場合は、譲渡承認が下りないケースは考えにくいですが、万が一下りないときには、発行企業に買い取り請求を行い買い取ってもらう方法を取るのが一般的です。
売却条件の交渉・整理
正常な取引状況においては、価格などの売却に関する諸条件は両者の交渉によって決定していきます。協議が難航する場合には「会社または指定買取人が株式を買取る意思を通知した日から20日以内」において裁判所に価格決定の申し立てをして、裁判所に判断を委ねることも可能です。
また、20日が経過しかつ裁判所への申し立ても行われなかった場合には、1株あたり純資産額に売却株数を乗じて売買価格とします。
非上場株式の売却・譲渡によって発生する税金
非上場株式の譲渡は、売却の仕方によって所得税や法人税などがかかります。税負担を念頭に、あらかじめ充分な手元資金を用意しておきましょう。
個人として売るか、法人として売るかで税制度が変わる
株式の売却に伴う税金は、個人として売却するか、法人として売却するかで税制度が変わります。個人の場合は譲渡所得税に、法人の場合は法人税の範疇となります。また、売却金額が著しく実態の価値より低いと判断された場合には、買い取った側に税金が発生するケースも考えられるので注意しましょう。
売り手の属性によって適用される税金がかわることもあるので、法的に問題のない範囲内であることを前提に、より税負担が小さくなる売却方法を検討するのも大切です。
個人なら譲渡所得税の対象に
個人が非上場株を売却した場合には所得税、復興特別所得税・住民税がかかります。この時は取得価格と売却価格の差に対して20.315%の税金が一律発生することに。創業当初から株式を保有している経営者で企業が順調に成長している場合には、実質的な取得価格と売却価格に大きな差が生じ、譲渡所得税が発生する可能性が高いと考えておいた方がよいでしょう。
法人なら法人税の対象に
法人が所有する株式を売却した場合には法人税が適用されます。企業として保有している他社の株式を売却する場合のほか、取得していた自社株を放出する場合などが考えられます。
また、経営者が資産管理会社を所有していた時には、その管理会社名義で株を売却するケースも考えられるでしょう。
法人税は他の利益と合わせて計算されることになります。税率は企業の所得規模によって変わってきますが、財務省によると近年の実効税率は国税と地方税合わせて29.74%です。
買取った側に税金が発生する場合も
課税額を算出する根拠となる売買価格が時価と著しく乖離していると、想定外の税金が発生する場合も。具体的には買い手にみなし譲渡所得税や贈与税がかかってしまうリスクがあるのです。
通常はこのような税支払対象にならないよう適正額での売買をおこなうように心がけますが、親族への事業譲渡などでは、市場価値算出を厳格に行わないケースも考えられるので、注意しましょう。
課税額算出にかかわる時価の根拠とは?
非上場株式の場合は、株価が日々公表されるわけではないので、そもそも市場価格がよくわかりません。国税庁では、次のような算出方法を基に算出した理論値と売買価格を比較して、適正価格で売買されているかを判断します。
類似業種比準方式
自社と類似の事業を行う企業の株価を参考に算出する方法。参考にする株式が上場していなければ適用できないため、大企業の株式取引に用いられるケースが多い。
純資産価額方式
会社が解散した場合に、資産売却するといくらの価値を持つかという考え方を元に株式の価格を決定する方法。中小企業でも導入しやすい手法。
配当還元方式
配当金の金額を参考に株式価格を決定する方法。株主が多く、それぞれの株主の保有割合が低い場合に適用されるため、比較的規模の大きい企業に用いられる。
中小企業の場合は、純資産価額方式を適用するケースが多く、上場間際であったり、規模としては上場していてもおかしくない企業だったりする場合には、類似業種比準方式や配当還元方式も参考にされます。
非上場株式の売却で資金調達や事業承継を効率的に進めよう
非上場株式は取引所で売買できないことから、売却が難しい印象をもたれがちです。しかし現在では、知人や親しい関係者のほか、エンジェル投資家、ファンドへの売却など、複数の売却チャネルがあります。実際に資金調達や事業承継、M&Aなどの目的で、非上場株式の売却を実行する経営者も少なくありません。
経営者の株式を売却することで、資金調達や事業の成長に役立てられそうな場合は、今回の記事を参考に売却手続きや適用される税金をおさえたうえで、自社にとって最適な売却方法を検討してみてください。