ペガサス・テック・ベンチャーズ アニス・ウッザマン|シリコンバレーの大手VC代表が語る、シリコンバレー銀行の経営破綻に伴うスタートアップへの今後の影響と取るべき対策

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年04月に行われた取材時点のものです。

現地から特別解説!世界各国のメディアが報じていないシリコンバレー銀行の経営破綻の真相とは


現地時間3月10日、世界中のスタートアップとベンチャーキャピタルを中心に衝撃が走った、アメリカ・カリフォルニア州に本拠を構えるシリコンバレー銀行の経営破綻。

各国のメディアが驚きをもって報じるなど、その後も喧騒が続いていますが、「今回の同銀行の経営破綻に至るまでの経緯や、スタートアップとVCが取るべき対策などについて詳しく伝えられていない」と語るのはペガサス・テック・ベンチャーズ代表パートナー兼CEOのアニス・ウッザマンさんです。

同社は米シリコンバレーを拠点にグローバルな投資活動を展開。世界中の優れたスタートアップ企業に知識ノウハウや金融面での支援を提供しています。従来の投資アプローチに加え、最先端のテクノロジーベンチャー企業との提携を希望する大規模なグローバル企業向けに独自のVCaaSモデルでサポートしていることも特長です。

今回はアニス・ウッザマンさんに、シリコンバレー銀行の経営破綻の真相とともに、スタートアップへの今後の影響と取るべき対策について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

Anis Uzzaman(アニス・ウッザマン)
Pegasus Tech Ventures, General Partner & CEO(ペガサス・テック・ベンチャーズ、代表パートナー 兼 CEO)
米国シリコンバレーを拠点に世界16カ国に展開するペガサス・テック・ベンチャーズを運営し、主に初期投資とファイナルラウンドを専門としてIT、Health IT、Artificial Intelligence、Robotics、Blockchain、Cloud、Big Data、FinTech、量子コンピュータ、次世代ITテクノロジー分野を中心に投資する。現在、全世界で運用総資産額3000億円、39本のファンドを運営しており、世界の大手事業会社35社以上とのパートナーシップによる大手企業内のイノベーション促進の実績を持つ。これまで米国、日本、東南アジアにおいて250社以上のスタートアップへ投資を実施しており、主要な投資実績としては、海外では、SpaceX 、Airbnb、Robinhood Markets、23andMe、Bird、SoFi、Rigetti、ThirdLove、Vicarious、Genius、Color、日本国内では、マネーフォワード、メタップス、エアトリ 、AI CROSS、ZUU、ジーニー、FiNC、テラモーターズ、モンスターラボ、ユニファなどがある。 また、世界70以上で地域予選が開催される投資賞金1億円をかけた世界最大級のイノベーションイベントであるスタートアップワールドカップの会長を務める。東京工業大学工学部開発システム工学科卒業。オクラホマ州立大学工学部電気情報工学専攻にて修士、東京都立大学(現・首都大学東京)工学部情報通信学科にて博士を取得。IBMなどを経て、シリコンバレーにてPegasus Tech Venturesを設立。現在は、投資家であるとともに、Lark、Asteriaなどにおいて社外取締役を務める。著書に、一橋大学名誉教授である米倉誠一郎氏との共著「シリコンバレーは日本企業を求めている 世界が羨む最強のパートナーシップ」(ダイヤモンド社)、「スタートアップ・バイブル シリコンバレー流・ベンチャー企業のつくりかた」(講談社)、「世界の投資家は、日本企業の何を見ているのか?」(KADOKAWA)などがある。
スタートアップワールドカップ公式ウェブサイト
公式web site:https://www.startupworldcup.io
東京予選web site:https://www.startupworldcup.io/tokyo-regional-2023
京都予選web site:https://www.startupworldcup.io/kyoto-regional-2023

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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シリコンバレー発展への貢献とエコシステムの活性化を担ったシリコンバレー銀行


大久保:シリコンバレー銀行の経営破綻に関するお話をお伺いする前に、まずはシリコンバレー銀行とはどういう銀行なのか?についてお聞かせ願えますか。

アニスシリコンバレー銀行(以下SVB)とは、主にスタートアップ企業向けに融資を行ってきた銀行です。およそ40年前に開行され、弊社のオフィスから約4キロの位置にあるカリフォルニア州サンタクララに本社を構えていました。

アメリカ合衆国で最も規模の大きい銀行のひとつで、2016年6月時点でシリコンバレーにおける預金量の25.9%のシェアを保持していたため、シリコンバレー最大の銀行でもありました。

大久保:「シリコンバレーの発展に大きな貢献を果たした銀行」とも称されているそうですね。

アニス:加えて、エコシステムを活性化させたこともSVBの大きな特長です。

この「シリコンバレーの発展への多大なる貢献」「エコシステムの活性化」という2つの要素を兼ね備えた存在は非常にめずらしいんですね。企業・投資家・エコシステムのすべてにおいて重要な役割を担っていました。

大久保:SVBと起業家との関係性について詳しくお教えください。

アニス:シリコンバレーで事業を起こす起業家の多くが、まずはじめにSVBで口座開設を行います。

同地で一番最初に関わるケースが圧倒的に多い理由は、エコシステムで起業家が必要としているあらゆる機能をSVBが有していたからです。

たとえば会計士や弁護士の紹介、優秀な人材を確保するためのサポート、投資家とのマッチングやコンタクトなど、すべてスタートアップにとって欠かせない要素ですよね。

こうしたサービスを独自の仕組みにより提供してきたのがSVBです。主要各機関がSVBと連携しネットワークを構築していたため、スタートアップと各機関をつなげるハブとしての活動も行ってきました。

大久保:アメリカ全土でこれまで誕生したスタートアップのうち、約半数がなんらかの形でSVBと関わっていたそうですね。

アニス:はい。それからスタートアップのおよそ7割がシリコンバレーを拠点としていますので、グローバルな視点で考えるとグローバルスタートアップの約4割と密接な関係だったことになります。

また投資家の間でも非常に人気が高く、約2,500社がSVBに口座を持っていました。いくつか理由があるのですが、なかでも最も大きなポイントは先ほど申し上げた通り、投資先のスタートアップを紹介してもらえるからです。

つまりイノベーションを創出・支援する主な業界にとってSVBはインパクト抜群で、常に大きな存在感を放っていました。

アメリカ国内で過去2番目となる大型破綻。発端は2021年の経済成長と米国債買入


大久保:SVBの経営破綻の経緯についてお教えください。

アニス米連邦預金保険公社(以下FDIC)SVBの経営破綻を宣言し、すべての預金を管理下に置いたと発表したのは現地時間の3月10日です。

アメリカの銀行としては、2008年の金融危機の煽りを受けたワシントン・ミューチュアルの破綻に次ぐ過去2番目の大型破綻でした。

世界中のメディアが報じた今回の経営破綻ですが、その主な原因としてアメリカで高騰するインフレを抑えるために連邦準備制度理事会(以下FRB)が積極的に金利を引き上げた引き締め政策の影響による株価暴落などをあげています。ところが、それまでの経緯や根本要因について詳しく伝えているニュースがほとんどありません。

SVBの株価暴落に至るまでの発端は、2021年に遡ります。

新型コロナウイルスのパンデミックにより、2020年のアメリカ経済の実質GDP成長率は前年比マイナス3.4%の成長でしたが、2021年は5.7%と急回復しました。世界経済全体でも2021年は6.1%の高成長だったんです。

大久保:アメリカではスタートアップが続々と上場した年でもありますよね。

アニス:はい。いずれの企業も資金が潤沢でしたので、ものすごい活気で盛り上がっていました。こうした盛況ぶりはSVBも同様で、約210億ドルがあり余っている状態だったんです。

本来であれば積極的な融資を行うのが銀行の取るべき策ですよね。ところがこの年は融資先がありませんでした。なぜならみんな資金が潤沢で、借りる必要がなかったからです。

そこでSVBは米国債の購入を行いました。この米国債買入が、のちに経営破綻の要因としてつながっていきます。

2022年の物価高から景気後退ののち、18億ドルの損失計上で経営破綻に至る


大久保:2022年に入り、大きく状況が変わったと伺っています。詳しくお聞かせください。

アニス:2021年は経済回復とともに世界的に物価高が台頭し始めたのですが、2022年になるとロシアのウクライナ侵攻によるエネルギーや食料価格の高騰がさらなる物価高に拍車をかけました。

特にアメリカでは40年ぶりの物価高となっただけでなく、そこから派生する金融引き締めや、消費・生産の抑制などが目立ちだし景気が後退し始めました。

投資環境にも多大な影響を及ぼし、グローバルにおいて全体のアマウントが大きく下落したんです。

このときに多くのスタートアップが講じた対策が、ダウンラウンドを避けるために資金調達や上場を控え、保有していた資金を使い崩すことでした。どの企業でもSVBに口座を持っていましたので、そのお金を取り崩す、つまり同銀行預金は大幅な減少を招くことになったんですね。

大久保:その結果として、流動性を失ってしまったということでしょうか?

アニス:その通りです。困り果てたSVBが次に打った策が、2021年に購入した米国債の売却でした。

ただしFRBによるインフレ抑制を目的とした政策が影響し、購入時と比較して金利が高くなっていたため、18億ドルの損失を計上することになりました。この損失計上が起こったのが3月8日です。

その翌9日、複数の著名なベンチャーキャピタルが、投資先企業に対してSVBから資金を引き上げるよう助言しました。その結果、想定を超える預金の引き出しにつながり、大騒動に発展。午後5時頃には同銀行に大きなマイナスが発生しました。

大久保:その翌日の10日、FDICからSVBの経営破綻が宣言されたわけですね。

アニス:はい。こうした一連の経緯からおわかりいただけたかと思いますが、この経営破綻の一番最初のフェーズは2021年のアメリカ経済の成長だったんです。

スタートアップとVCが日頃から意識したい、複数口座を使い分ける分散管理

大久保:今回のSVBの経営破綻を受けて、スタートアップとベンチャーキャピタルが日頃から取るべき対策についてお教えください。

アニス:最も有効なリスクヘッジはダイバーシティ、つまり複数の口座を使い分ける分散管理が適しています。

弊社は規模が大きくなっていて、現在の運用総資産額は約3,000億円です。そのため、SVBに口座を設けていませんでした。

ナショナル・バンクを基本として、どの口座にも預金保険で保護される範囲の金額しか預けていない企業が多いと思います。

弊社でも同様に、常にリスクヘッジをシビアに捉え、万全な対策を取りながら運営してきたことでSVB破綻の影響も受けずに済みました。

大久保:御社のご経験も含めて、分散管理がリスクヘッジに最も有効な手段だと実感されていらっしゃるわけですね。

アニス:はい。そこまで慎重にリスク対策をしてきた弊社でも、今回の問題からあらゆる分析を行いましたが、やはり重要なのは分散だなと。

ひとつの銀行に口座を作ってすべての資金を預けてしまっているスタートアップも少なくありませんが、これは非常に危険ですので早期の対策をおすすめします。

ナショナル・バンクと地方銀行を上手に交えながら、少なくとも2行から4行ほどに分けて口座を開設してください。うまく分散させながら管理しないといけない時代ですので、ぜひ心がけていただきたいです。

日本への影響は避けられないが、それ以上に追い風の革新的イノベーション

大久保:今回のSVBの経営破綻により、日本への影響を心配している起業家が少なくありません。日本のスタートアップに及ぼす可能性についてお聞かせください。

アニス日本への影響はどうやっても避けられませんし、現在資金調達に奔走しているスタートアップは数ヶ月ほど苦しい状況が続く可能性があると思います。多くの投資家がしばらく様子見で慎重になっているんですね。

ただし、これはあくまでも短期的な影響に過ぎません。2022年以降、久しぶりに革新的なイノベーションの波が起こっているからです。

大久保:コロナ禍や不安定な世界情勢のなかで創出されたイノベーションですよね。具体的にお教えください。

アニス:コロナ禍で最もインパクトを与えてくれたのはmRNA(メッセンジャーRNA)です。

通常であれば開発に10年はかかるワクチンをわずか1年半で誕生させることができたのは、イノベーションの大きな兆しだと驚きました。ワクチンに関しては、アメリカが世界をリードしましたね。

mRNAは世界で初めてがんの治療にも有効という報告もあがっていて、私も東京で開催したセミナーで紹介させていただきました。今後もさらに期待したいと思います。

また世界情勢の不安の要因となったロシアによるウクライナ侵攻で、ウクライナにとって大きな希望となったのが衛星インターネットサービスです。

イーロン・マスク氏が率いる宇宙開発企業SpaceX(スペースエックス)が提供するStarlink(スターリンク)は、従来のマリンケーブルではなく衛星を活用しています。すでに約4,000台の人工衛星を打ち上げており、40カ国でサービスが利用できるようになりました。

ロシアがウクライナから占領地のインターネットを分断し、デジタル鉄のカーテン内に囲い込もうと目論んだ計画を阻止した偉大な功績とともに、Starlinkは科学技術の進化を証明しています。

大久保:昨年末に登場したチャットGPTも素晴らしいイノベーションですよね。

アニス:おっしゃる通りです。AIやテクノロジーの分野において、ものすごく大きな風を起こしてくれました。

チャットGPTの最も優れた特異性は、リサーチ領域を次の段階へと大幅に推進できることです。これまで世界で味わったことがないレベルのパワーをもっています。

これだけ大きなイノベーションの波が連続して起こったのは、実に久しぶりのことです。これからも続々と登場すると予測しています。

確かにSVBの経営破綻で世界中が混乱に陥りましたが、イノベーション創出の勢いは止まりませんし、スタートアップが活躍する土壌が失われることはありません。

ぜひ起業家の皆さんには、いち早く元気を取り戻してがんばっていただきたいです。

SUエコシステムの構築と起業家精神育成を目指す「スタートアップワールドカップ」

2022年スタートアップワールドカップ東京予選の授賞式

大久保:世界中のスタートアップと企業の提携を支援している御社ですが、主催されている「スタートアップワールドカップ」もその取り組みのひとつですよね。詳しくお教えください。

アニス「スタートアップワールドカップ」は、世界のスタートアップエコシステムの構築と起業家精神の育成を目的とするスタートアップピッチコンテストです。

世界50地域・国以上で予選が行われ、サンフランシスコで開催される決勝大会には世界トップクラスのスタートアップ・起業家・ベンチャーキャピタル・大手企業が集結し、優勝企業には約1億円の投資賞金が贈られます。

今年の「スタートアップワールドカップ2023」の日本予選は京都・東京の2ヶ所での開催が決まっており、日程は京都が7月6日(京都大学)、東京が9月8日(グランドハイアット東京)です。

大久保:決勝戦は12月1日、サンフランシスコで行われると伺っています。

アニス:今年の会場はヒルトン・サンフランシスコ・ユニオンスクエアとなっています。

Netflixの共同創設者であるマーク・ランドルフ氏やAmazonのCTOを務めるワーナー・ヴォゲルス氏らによる特別講演など、今年も業界著名人のスピーチを予定している注目度の高いイベントです。

大久保:スタートアップが大手企業と組んで事業に取り組み、次のステージへと大きく成長を遂げることを願って開催されてきたそうですね。

アニス:はい。さらに今年の日本予選ではスタートアップと大手企業のミートアップの場を設けようと考えています。初めての試みですが、ポジティブなネットワークを提供するために準備しているところです。

そしてもうひとつ、ウクライナ情勢の影響による燃料高騰について多くが注視しているため、今年は「持続可能な世の中」をテーマにゲストを迎えたいと計画しています。

昨今のイノベーションに注目を。日本からも次のイノベーション創出を願う

大久保:最後に、起業家に向けてメッセージをいただけますか。

アニス:今回のSVB経営破綻を不安視し、事業運営や資金調達などあらゆる面で危機感を抱いた起業家が多いかと思います。

ただ、米連邦政府のパーシャルベイルアウトなどの救済策により、ひとまず状況は落ち着きました。

それ以上に、昨今のイノベーションは素晴らしいということに注目していただきたいです。mRNAや衛星インターネットサービス、チャットGPTなど、短期的に連続してこれだけ大きなイノベーションが起きたのはここ10年で初めてなんですね。

イノベーションの力が衰えることはありません。ぜひ自信をもってがんばっていただきたいですし、日本からも次のイノベーションの創出を願っています。

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(取材協力: ペガサス・テック・ベンチャーズ 代表パートナー兼CEO アニス・ウッザマン
(編集: 創業手帳編集部)



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