乙武 洋匡|「起業することをカジュアルに」起業家にお願いしたいこと

創業手帳
※このインタビュー内容は2021年02月に行われた取材時点のものです。

「起業家の方々に、成功談だけではなく、失敗談でもポジティブに語れるような社会になってほしい」


日本は他国に比べて起業率が低く、挑戦しづらい雰囲気が作られてしまっています。まさに「起業することのハードルが高い」のです。起業率が低いままだと成長分野の担い手が不足してしまうため、政府も起業を後押しする施策を講じています。

今回お話をうかがった、作家でコメンテーターの乙武洋匡さんは、以前に自身も起業を考えたことがあったと語っています。
「起業することがカジュアルになってほしい」という乙武さんの言葉に込められた想いについて、創業手帳株式会社創業者の大久保が聞きました。

乙武洋匡(おとたけ ひろただ)
作家。1976年、東京都出身。早稲田大学在学中に出版した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員など歴任。現在は『AbemaPrime』でMCを務める。最新作に「家族とは何か」「ふつうとは何か」を問いかける小説『ヒゲとナプキン』(小学館)がある。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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起業を考えていた時期もある

大久保:乙武さんの著書『ただいま、日本』に書いてありましたが、以前に乙武さん自身が起業を考えたことがあったそうですね。どのような事業で起業しようと考えていたのでしょうか?

乙武:海外放浪する前に、起業しようかと考えていた時期がありました。自分が学びたいことによって、滞在する国を変えようと思っていたんです。起業について勉強するならイスラエルのテルアビブに、パラリンピックについて勉強するならイギリスのロンドンに滞在しようと考えていました。

起業家の友人に相談したところ「乙武洋匡じゃないとできないことをやったほうがいい。ビジネスは俺らがやるよ」という言葉をもらいました。

悩んだ結果、パラリンピックについて勉強したいと思い、ロンドンに滞在することを決めました。

起業を考えていた際、具体的にどのような事業をしようか考えていたわけではないんです。ビジネスの世界で勝負するのもありかな、というぼんやりとした考えでした。どんな事業ができるかを考えるために、テルアビブに行こうか悩んでいたんです。

大久保:私は以前、テルアビブにしばらく滞在してたことがあります。テルアビブは第二のシリコンバレーと言われるほど、起業への関心が高い場所です。街は綺麗で環境が良いし、テクノロジーも発展しているので、一生暮らしてもいいなと思いましたね。そう思える国というのはなかなかありません。

乙武:私もテルアビブには二度ほど行きました。躍動感があって、快適な街でした。今でもパレスチナとの抗争は続いていますが、治安も悪くありません。

大久保:起業するための勉強ならテルアビブに滞在しようと思っていたということですが、テルアビブといえば最先端のテクノロジーというイメージがあります。テクノロジー関係のことを学びたいという気持ちがあったのでしょうか?

乙武:それもあります。やはり、今の時代テクノロジーを取り入れることは必須になるので、その辺りを視野に入れて滞在しようかなと考えた時期もありました。あとはイスラエルのベンチャーマインドを自分に染み込ませたいという気持ちもあったんです。

『OTOTAKE PROJECT』について


大久保:乙武さんの著書『四肢奮迅』にもまとめられていますが、最新鋭のテクノロジーを搭載した義足を用いて歩行に挑戦する『OTOTAKE PROJECT』について教えてください。

乙武:私のように両膝ともない人間が、義足をつけるというのは非常に難しいと言われていました。人間が歩くうえで”膝”が果たす機能はとてつもなく重要で、テクノロジーをもってしても膝を代替することは難しかったんです。

それをソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙さんという義足エンジニアの方が、人間の膝に近い動きをするモーターを開発しました。それを組み込んだロボット義足を開発することで、私のように両膝ともない人間でも歩ける可能性が出てきました。その被験者が必要になり、私に白羽の矢が立ったということです。そこで協力をさせていただいています。

大久保:本を拝読しましたが、片足がない方の義足と比べて、かなり肉体的にもハードなようですね。バランスを崩して倒れてしまうこともあると書いてありました。

乙武:3歳の頃から電動車いすで生活をしてきた私にとっては、身体がアルファベットのLの形に固まってしまっているんです。でも二足歩行するには、アルファベットのIの形にしなければなりません。義足をつけて立ち上がった瞬間はIの形になるのですが、歩くにつれて慣れ親しんだLの形に戻ろうとしてしまいます。そうなるとバランスを崩して倒れてしまうんです。それをなんとかするため、筋力と持久力を鍛えています。正直、40歳を超えてから取り組むのはしんどいですね。

大久保:この『OTOTAKE PROJECT』で試している義足は、将来的にどうしていくのでしょうか? 実用化して普及していく予定ですか?

乙武:開発者の遠藤さんは「われわれは義足界のフェラーリを作っているんだ」とおっしゃっています。技術的にも価格的にも、いま作っている義足がそのまま一般ユーザーが使えるようになるとは思っていないんです。ただ、フェラーリのように努力の結晶が要素として一つひとつ分解されて、一般の義足にも応用されるようになり、一般ユーザーが使う義足の役に立てばと考えています。

大久保:肉体的にも精神的にもかなりハードということですね。乙武さんに『OTOTAKE PROJECT』の話が来た際に、受けるか受けないかの判断をしたと思います。起業する方にも「判断力」は大事な能力だと思うのですが、乙武さんの場合、やるかやらないかの判断をどうされていますか?

乙武:私が仕事をお受けするかお受けしないかの判断基準は明確です。それは「私でなくても代替可能かどうか」ということ。人生は有限で時間には限りがありますから。そう考えて、「私にしかできないこと」を積極的にお受けしたいと思っています。

大久保:起業家の方も「自分だからこそできること」をやっていく必要がありそうですね。

乙武:そう思います。ほとんどの会社には競合他社が存在しますから、「その会社でなければ生み出せない価値」を突き詰めていかなければ、埋もれていってしまうと思います。自社にしかないオリジナリティを追求して、そのビジネス、そのサービス、その商品でしか生み出せない価値を提供することが大事になってくるのではないでしょうか。

大久保:乙武さんは障がい者の方やLGBTQの方といったマイノリティについて発信される機会が多いと思います。こうしたマイノリティが社会進出していくうえで必要なことはなんだと考えていますか?

乙武:まずは日本の社会がどう進展してきたのか、歴史を振り返って検証することが大事だと思います。日本は敗戦後に驚異的なスピードで復興を遂げ、一時は世界第二位の経済大国にまでなりました。

要因は効率や合理性を重視して物事を進めてたからではないでしょうか。ただ、それによって後回しにされてきた方々がたくさんいると思うんです。それは、女性や障がい者などです。

復興が遂げられた時点で、後回しにしてきた方々を包摂していくフェーズに移行しなければならなかったと思います。ところが、日本はそれができなかった。その結果が男女平等ランキング 主要7か国で最下位だったり、障がい者やLGBTQが社会参画しづらい環境だったりすると思うんです。

起業家に向けたメッセージ

大久保:最後に乙武さんから、起業家に向けたメッセージをいただきたいです。

乙武:すでに起業されている方は、大学を卒業したら就職することがパターン化されている社会の中で、希少性のある方だと思います。起業家の友人の中には優秀なんだけど、集団に溶け込めないから起業するしかなかったという方もいます。

優秀な人ほど、まずは起業する。もし失敗しても国が救済してくれる。それでも難しかったら一般企業に就職できる……。
日本全体がそこまで舵を切る必要があるかはわかりませんが、もう少し起業することがカジュアルになってほしいです。

それには、現在起業されている方々が事業を成功させるだけではなく、人生を楽しんでるということが多くの方に伝わることが大事だと思います。起業家は孤独だとか、失敗して借金をたくさん抱えているというネガティブな話ばかりが伝わると、「起業って怖いな」「起業するのは止めておこう」となってしまいます。

なので起業家の方々に、もっとポジティブな話を増やしていただければと思います。なにも成功談だけではなく、失敗談でもポジティブに語れるような社会になってほしいです。

大久保:ありがとうございました。

(取材協力:小平啓佑)

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(取材協力: 乙武洋匡
(編集: 創業手帳編集部)



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