海外マイクロファイナンス・ワラム 加藤 侑子|高卒派遣から勤め先を買収し社長に!
ミャンマーのマイクロファイナンスで活躍する女性起業家
「自分の勤務先を買収して起業する」というと特殊な事例のように思えるかもしれません。しかし、実際にそれを行ったのが海外マイクロファイナンスのワラム・加藤侑子さんです。しかも高校を卒業した後に派遣の事務職から、海外に渡り、マイクロファイナンス機関に入社して、社長、そしてオーナーになりました。そんな加藤さんに創業手帳の大久保がお話を聞きました。
CEO, MJI Enterprise Co., Ltd.
ワラム株式会社 代表取締役
1984年京都市生まれ。幼少期に体験した経済的困難と関連する家庭や教育への影響から「こどもたちが貧困によって涙することのない世界」 を目指し、ミャンマーでマイクロファイナンス機関を運営(MJI Enterprise Co., Ltd.)。国内11支店、100人超のスタッフと25,000人超の顧客と共に、金融を通じ、持続的な開発目標(SDGs )にも定められている、「貧困削減・ジェンダー平等・教育機会の提供」に取り組む。2018年日本法人(ワラム株式会社)を設立し、社会的投資(Social Impact Investment)を促進する活動を開始。2019年立ち上げたミャンマーを対象とするクラウドファンディングを通じた「社会的投資」には日本の個人投資家が合計700人参加し6千万円以上を集めた。だれもが参加できる社会的投資のエコシステム「やさしいおかね」のある未来を目指す。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
マイクロファイナンスとは?ミャンマー・マイクロファイナンス事情
マイクロファイナンス利用者の投資対象である家畜用のヒナ
大久保:今のお仕事を教えて下さい。
加藤:ミャンマーでMJIというマイクロファイナンス機関を経営しています。MJIの親会社である日本の法人がワラムです。MJIでは、2021年現在、顧客が約25000人、従業員120人、農村部を中心に合計11支店を展開しています。
大久保:マイクロファイナンスとは何ですか?
加藤:マイクロファイナンスは、簡単に言うと貧しい人々に対し無担保で小額の融資を行う貧困層向け金融サービスのことです。ミャンマーの隣のバングラディッシュが発祥のグラミン銀行が有名ですよね。ノーベル平和賞を受賞されたムハマド・ユヌスさんが創業者です。仕組みは弊社も、グラミン銀行に似ています。融資するのは90%以上が事業用の資金です。また女性が主な利用者です。
新興国では就職できるところがない、創業したいという時に原資がない。それも、ニワトリを飼いたいので、その購入資金とか、日本の基準で考えると非常に小さいお金です。しかし、それで生計を立てることができるわけです。
グラミン式マイクロファイナンスとは
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- 事業用資金
- 主に新興国向け
- 少額
- 生活に密着した事業が多い
- 女性限定が多い
- 共同で返す仕組みになっている
- 実は返済率が高い
- 成長産業
98%の返済率の優良事業!しかしコロナとクーデターが直撃
融資の様子
大久保:お金が返せなくなる場合もあるのではないですか?
加藤:コロナ後大変な状態になってしまいましたが、コロナ前は返済不能や返済遅れを含めても2%以下でした。つまり98%以上は健全に返せていた。貧しいといっても真面目な人達なのです。また担保は規制上取らない仕組みになっているので、利用しやすくもし事業に失敗しても家や家畜を失うこともありません。
その代わり、5人組で連帯責任をおって、助け合いながら、励まし合いながら返済していくような仕組みになっています。
大久保:やはりコロナの影響は大きかったのでしょうか。
加藤:影響の大きさという意味では、コロナと軍事クーデーターの2つがありました。軍事クーデターでは、支店の前で銃撃戦もありました。コロナでは、今まで98%の返済率だったのが急激に悪くなりました。経済成長が急にマイナスになったのがやはり大きいです。また政情不安でミャンマーチャットが下落したことも、マイクロファイナンス利用者の生活や事業に影響がありました。コロナの収束と政治の安定はまだ先が読めませんが、お客様やスタッフが安心して暮らせる国になることを望んでいます。事業以前に、命の安全や生活が重要です。回復と再度の成長に期待したいです。
大久保:同じようなマイクロファイナンスをやっている会社って他にもあるんですか?
加藤:実は多くありまして、ミャンマーには300社ほどあります。日系だけでも業界2位(2019年度協会データ参照)のサタパナ(元マルハンジャパンバンク)、五常アンドカンパニー、イオン、大和PIなどが展開されています。
一時、近隣国と比較してブルーオーシャンであったという事情や、ミャンマーの成長性などから参入が相次ぎました。マイクロファイナンスというと、ボランティアとか、事業性と縁遠いものというイメージがあるようですが、ちゃんとビジネスとして成立している成長産業なんです。
社員から社長・オーナーに!驚きの資金調達方法
代表就任挨拶の席で
大久保:もともと創業者ではないんですよね?しかも高校を卒業して派遣社員から社長になったとか。すごい出世ストーリーですね。
加藤:家庭の経済的な事情で高校を卒業してすぐに働き始めました。最初は派遣で事務職などをしていましたが、日本では学歴や正社員の身分が優先され、キャリア形成は難しいし、一生懸命働いていてもそこから抜け出せない閉塞感があります。海外行きを志向し始めたのは24歳の時です。
そこで日本の中小金融会社がMJIの立ち上げで社員を募集していて、現地採用社員を募集していることを知り、思い切って海外に出てみました。当時は他の方が代表で、私は一社員として入社しました。
2013年に会社の準備が始まり、2015年にマイクロファイナンス事業を開始しました。現地常駐の責任者が必要ということで同年に取締役になり、2016年に代表に就任しましたが、この時はまだ雇われ社長という立場です。
その間、人生で初めて経営、金融、そして経済の原点に触れ、改めて大学で学びたいという気持ちが起き、大学の通信過程に入学して大変充実していました。ところが突然、親会社がミャンマーから戦略上撤退したいという話になり、それであれば自分が買い取り事業を継続したい、と申し出ました。会社(MJI)を買った際に、日本に親会社が必要になったので、日本法人としてワラムを設立しました。
大久保:難易度が高いですよね。どうやったんですか?
加藤:買い取り自体は親会社の意向と合っていたので、問題はなかったです。問題は資金でした。
最終的に親会社や投資家さんから個人で約4億円を借り入れて、会社を買い取るということをしました(カーブアウト・レバレッジドバイアウト)。
独立後はセキュリテ(ミュージックセキュリティーズ株式会社運営)というクラウドファンディングでも募集して約6000万円の出資が集まり、事業を拡大する事が出来ました。また現在は、ファルス株式会社というソーシャルインパクト投資を行う企業から投資を受けています。他には日本の日本政策金融公庫に当たるような、ミャンマー国営経済銀行からも約8000万円を調達しました。
こうやって事業資金を充実させていきました。特に、理念を共にできる投資家・出資者さんとの出会いは資金調達における大きなターニングポイントでした。
加藤侑子さんはこうやって会社の買収資金を用意した! 資金調達方法まとめ
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- 買収先である元々の会社から買収資金を借りる
- クラウドファンディングで目的に賛同してくれる出資者と出会う
- 理念に共感してくれる投資家と出会う
- 現地の公的融資を活用する
その国の文化を学んで懐に入る
伝統的な格闘技ラウェイは続けて5年になる
大久保:ミャンマー人のマネジメントも必要ですよね。日本人相手でも大変なのにミャンマー人だと苦労したのでは?
加藤:ミャンマーの人は暗記教育の影響もあり、年長者に従順です。そして驚くほどに真面目で、仕事は何があってもやりとげる。非常にしっかりしているので、他の途上国よりも事業という面ではやりやすかったかもしれません。
やりにくかったのは逆に「自分の意見を持つ・発言するのが苦手」ということです。日本人も似たところがあるように思いますが、それ以上に、自分の意見を持って行動するのが苦手だったので、いかに自分の意見を持ってもらうかには苦心しました。また、ミャンマーならではの問題でいうと、インフラが未整備だったり、クーデター後はネットがつながりにくい、検閲がある等の問題があります。
スマホ普及率は低くありませんが、モバイルやオンラインを活用したようなマイクロファイナンスはまだ普及していないので、私達は毎日毎週、村に訪問してリアルでやり取りしています。このあたりの事情はコロナを経て従業員と利用者双方の安全性を考えても重要だと再認識し、デジタル化されていくとひいては経済的な効率も上がってくると考えます。あとは私は格闘技が趣味で、ラウェイ(ミャンマーの伝統的なキックボクシング式の武道)を習っています。日本に来た外国人が、空手や柔道を習うようなイメージですね。ただ事業をするだけでなく、その国の人・文化を学ぶと、その国をより深く理解できます。自らリスペクトを示すことで、相手からも信頼が返ってくることもあります。
大久保:今後の展開について教えて下さい。
加藤:今年にはいり、現地コーヒーメーカーと業務提携して、今までなかったコーヒー農業に特化した無店舗型の業態や農家さん達が大切に育てたコーヒーの販売にもトライしています。国は厳しい状況ですが、出来ることは必ずあります。また今後、政情やコロナなど安定してくるとミャンマーは大変大きなポテンシャルがありますので、長期的な経営視座でみています。
社名のワラムはミャンマー語で「自由」を意味しています。私自身も、豊かな日本でありながら閉塞的な環境にいました。そこからチャレンジして経営者・起業家になることができました。マイクロファイナンスを利用しているお客様や事業に関わってくれるスタッフ・関係者が、経済的にも精神的にも「ワラム=自由」を実現するきっかけを作っていくことができればと思っています。
大久保:今後のミャンマーの発展と、加藤さんの活躍から目が離せないですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。