BULL 宇藤恭士|「地球内外の惑星間の行き来を“当たり前”に」をビジョンに掲げる宇宙スタートアップ企業の挑戦

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年10月に行われた取材時点のものです。

元防衛省官僚が挑む、天体への(再)突入技術を活かした宇宙利用サービスの安価・簡潔な提供


民間人による宇宙旅行の実現など、近年大きな注目を集めている宇宙ビジネス。関連事業まで含めると、企業規模を問わず参入が相次ぎ、世界的に大きな盛り上がりを見せています。

そんななか、宇宙ゴミ(スペースデブリ)拡散防止装置の事業化を目指しながら急速な成長を遂げているのが宇宙スタートアップ企業のBULL(ブル)です。

同社は「地球内外の惑星間の行き来を“当たり前”に」をビジョンに掲げ、宇宙産業の循環構造に着目し、デブリ対策装置開発を含めたビジネスの枠組みを計画しています。

今回は代表取締役を務める宇藤さんの起業までの経緯をはじめ、宇宙ビジネスの魅力と事業推進のコツについて、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

宇藤 恭士(うとう やすひと)
株式会社BULL 代表取締役
愛知県出身。早稲田大学法学部卒業後、防衛省で日米同盟政策や多国間共同訓練の企画立案に従事。奉職中、米国スタンフォード大学で国際政治学修士号取得後、国土交通省で河川関連行政の法規担当業務に携わる。退官後は経営共創基盤でコンサルティング業務を経験。宇宙スタートアップ企業の株式会社ALEで大気データ事業と宇宙デブリ対策事業の統括を経験した後、宇都宮で株式会社BULLを設立。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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早稲田大学卒業後、防衛省官僚に。宇宙ビジネスとの出会いを機に独立を決断


大久保:宇藤さんは宇宙スタートアップのニューフェイスとして注目を集めていらっしゃいますが、昔から宇宙にご興味があったのでしょうか?

宇藤:実はそこまで明確な興味や趣味嗜好はありませんでした。ただ、子どもの頃から漠然とですが「大きなことをやりたい」「人の役に立ちたい」という希望を抱きながら生きていましたね。

大久保:結果として、宇宙という大きな世界での人の役に立つビジネスにつながったわけですね。早稲田大学法学部卒業とのことですが、そこから防衛省を選ばれた経緯についてお聞かせいただけますか。

宇藤:私の場合、公務員と民間の就職活動を並行して行っていました。一浪していたため、公務員試験だけ大学3年時に受験して合格していたんです。

実は広告代理店の内定をもらっていたのですが、官庁訪問をするなかで「やっぱり官僚として働きたい」という想いが強くなって。加えて「官僚だからこそできる仕事に携わりたい」と考えるようになりました。

そう突き詰めていった結果、一番進みたかったのが防衛省です。最も私に合っていると感じたんですね。

大久保:防衛省時代のご活躍や人脈が現在にも活きていると伺っていますが、華々しい実績を残されていらっしゃいますよね。

宇藤日米同盟政策多国間共同訓練の企画立案など、重責を担うことができました。

それから防衛省には留学制度がありましたので、2年間、米スタンフォード大学で学べたのも良かったですね。そのおかげで、世界規模での官民合わせた知見を広げることができました。

大久保:国際政治学修士号を取得して帰国後、国土交通省への出向もご経験されているんですよね。

宇藤:はい、河川関連行政の法規担当業務に携わりました。

国交省では民間との調整も多く、防衛省とは異なる経験が積めて本当に良かったです。なにしろ起業後は国の予算や助成金、補助金に関するやりとりが日常茶飯事ですので、この当時の実務的な経験が支えになっています。

また、世界と戦うためには官民連携が非常に重要であることを再認識する機会となりました。

大久保:退官後はコンサルティング会社をご経験されたそうですね。

宇藤経営共創基盤にて約1年ほどコンサルティング業務に従事しました。「ビジネスの仕組みをきちんと学びたい」という想いでコンサル業界を選んだのですが、大きな手応えを掴むことができました。

このときにあらゆるオファーをいただいたのですが、そのなかのひとつが宇宙スタートアップ企業のALEです。宇宙ビジネスに強く惹かれて参画を決めました。

同社では大気データ事業と宇宙デブリ対策事業の統括を経験し、この宇宙デブリ対策事業を引き継ぐ形で2022年11月7日にBULLを設立しました。

宇宙産業の循環構造に着目。デブリ対策装置開発を含めたビジネスの枠組みづくりに着手


大久保:前職のALE社を経て本格的に宇宙ビジネスに参入されたわけですが、どのような事業に取り組んでいらっしゃるのでしょうか?

宇藤:弊社では「地球内外の惑星間の行き来を“当たり前”に」をビジョンに掲げ、宇宙産業の循環構造に着目し、デブリ対策装置開発を含めたビジネスの枠組みを計画しています。

ミッションは「天体への(再)突入技術を活かし、宇宙利用サービスを安価・簡潔に提供」すること。

天体への再突入技術は、弊社のCTOを務める河村がもともとこの分野の開発を専門的に行っていて、彼と出会ったときに「これだ」と決め手になりました。なぜなら再突入領域の技術は豊富な一方で、現在の製品・サービスでは非常に高価だったり難解という問題を抱えていたからです。

そこで弊社では安く、簡単に利用するためのサービスを、低軌道、つまり地球の周囲からご提供していきたいと考えています。

大久保:サービスについても具体的にお聞かせください。

宇藤:弊社のサービスは2つで、1つ目が宇宙環境の悪化を阻止する「デブリ対策装置(自律的にデブリ化防止する装置)」、2つ目が宇宙空間での試験サービスを提供する「Micro-ISS(無人・非回収の軌道上小型試験装置)」です。

まずデブリと呼ばれる“宇宙ゴミ”になる前に防止する「デブリ対策装置」により、一定の市場確保を行います。加えて、製薬・美容・食品など、宇宙に限らずあらゆる産業に対して「Micro-ISS」による試験機会の提供​を行い、販売力の強化を図ります。

つまり両サービスのシナジー効果による、事業機会の拡大および販売力の強化が狙いです。

将来的には、ロケットの打ち上げ業者(サプライヤー)と軌道上での試験機会を得たい事業者(コンシューマー)の間に入り、双方をターゲットとした​ビジネスモデルにすることで事業を拡大。宇宙機への取付装置を介した市場のプラットフォーマーを目指しています。

業種横断の柔軟性が鍵。宇宙ビジネスの特殊性ゆえに困難な開発者確保の方法

大久保:宇宙産業は難解な側面もあるため、起業してから喜びだけではなく困難の連続なのではないか?というイメージがあります。宇藤さんはいかがでしたか?

宇藤「開発者の確保」が最も苦労していることかもしれません。

決して弊社の事業や仕事内容を「すごいんだぞ!」と伝えたいわけではないという前提なのですが、やはり取り組んでいる領域が非常に特殊なんですね。

たとえば自動車や飛行機、人工頭脳などは、地表での技術において相互に共有・展開できたとしても、無重力空間での設計となると、日本にはその技術を保有する開発者の数が限られています。

さらにその稀有な開発者は、現在取り組んでいるミッションに中長期的にコミットしていることが常ですので、一般的な転職市場での出会いの機会が限定されてしまうんですね。

大久保:確かにその状況では開発者を見つけ出すにも一苦労どころではありませんよね。

宇藤:本当に大変なんですよ(苦笑)。これは現在進行形で深刻な問題です。

ただ、弊社では産学連携で帝京大学との共同事業として取り組んでいるため、バックアップが強く、ありがたい土壌が整っているほうなんですね。困難な状況ながらも、常に開発者をキャッチすることを意識しながら事業を進めています。

それから弊社の開発者確保のもうひとつのポイントは、他業種の開発者にお声がけして参画いただいたことです。おかげさまで、ようやく開発部隊が10人ほどの体制になりました。

大久保:航空開発出身者がいらっしゃると伺っています。

宇藤:これは偶然なのですが、SUBARUの航空技術本部(現航空宇宙技術開発センター)で民間機だけでなく防衛省機などの開発に携わっていた方にエキスパート・エンジニアとしてご活躍いただいています。

ご縁があって、現在では元SUBARUのOBが3名入っていただいているのですが、全員揃って元シニアのエキスパートなんですね。

一般的に開発者は解析や要件定義に強い一方で、ものづくりに関しては得意不得意が分かれる傾向があります。その点、彼らはSUBARU出身ですので、ものづくりにおいてもプロフェッショナルです。積極的にお願いできますので本当に助かっています。

立場の違いを尊重しあう。専門分野に特化したスペシャリスト集団を束ねるコツ

大久保:御社の開発部隊は一般的なエンジニアとは異なり、開発者のなかでも専門分野に特化したスペシャリスト集団ですよね。専門家をマネジメントするために心がけていることはありますか?

宇藤:弊社では組織構成上、専門家であるスペシャリストとジェネラリストを完全に分けていることが特長のひとつです。

まず私自身が技術者ではありませんので、開発はできません。ただし論文を熟読し、開発者たちの話の内容を理解するように努めています。

私のモットーとして「強く拘る技術はない」んです。技術に好みで優劣をつけず、常にフラットかつフェアな視点を最も大事にしています。

その視点ですべての開発者と接しながら「あなたはなぜこれが最適だと思うのだろうか?」というように都度確認し、コミュニケーションを取って相互理解をはかる。このスタンスがブレないようにしていますね。

大久保:立場の違いを上手に活かして、中立のポジションを崩さないんですね。

宇藤:おっしゃる通りです。違う視点でお互いに見ながら、最終的にすり合わせれば、誤った方向に進まないで済むということを常に意識しています。

それから全員が納得できるように、必ず相手の話をすべて聞いてから自分の考えを伝えるようにしていますね。

あとは皆さんが毎日安心して落ち着いた状態で開発に集中できるように、事業やプロジェクトの全体図を描きながら共有するように心がけています。

大久保:IT業界もそうですが、エンジニアには好みや流派がありますから、むしろ非開発者の宇藤さんの存在がいい塩梅で効いてくるんですね。お互いを尊重している関係性が素晴らしいですね。

宇藤:ありがとうございます。私は開発者ではありませんし、まして皆さん揃って経験が豊富で、シニアエキスパートの方ですと父と同じような年代の人生の大先輩です。新卒入社のメンバーの次に若いのが私ですからね(笑)。

お互いの立場がまったく違うからこそ、うまくいっているところがあるんじゃないかなと実感しています。

目指すのは「BULLのシステムが標準装備されていないと打ち上げができない世界」

大久保:今後の展望についてお聞かせください。

宇藤:いくつかあるのですが、なかでもデブリ対策装置開発事業において「BULLのシステムが標準装備されていないとロケットなどを打ち上げることができない世界」を実現したいです。

業界は違うのですが、自転車業界のあるパーツメーカーをベンチマークしています。

どの自転車にも標準装備されていて、特にベンツなどのハイクラスモデルになると、ロゴだけではパッと見はわからないものの「よく見るとあのメーカーのパーツが付いている」というデファクト・スタンダードになっているんです。MBAの教材にも登場するくらい素晴らしい企業なんですね。

私たちも宇宙機において「よく見るとあのBULLの装置が付いている」ポジションを目指しています。

ロケットなどにとって本当に大事なパーツで、表に出る必要はなくても常に重要なところに存在している。そういう役割を担いながら宇宙ビジネス業界に大きく貢献できるようになりたいですね。

宇都宮を代表する企業に。宇都宮全体での製造を通して実現する地域活性化の未来

大久保:起業家に向けてメッセージをお願いします。

宇藤:2023年に入り、コロナのリスクマネー供給が減少したことで、資金調達が非常に難しくなっています。

確かに苦しい状況ではあるのですが、「逆にチャンスだな」と。なぜなら、資金調達そのものがスタートアップにとって高い参入障壁になっているからです。

恐らく2023年から2024年にかけて継続して資金調達に成功すれば、それだけライバルが少ない市場に進出できると考えています。

大変な時期ではありますが、こうした発想の転換でピンチはチャンスになるのではないかなと。起業家の皆さんには「共にこの逆境を活かしながら一緒に飛躍していきましょう」とお伝えしたいです。

大久保:最後に、投資家や業務提携を検討されている方々にメッセージをいただけますか。

宇藤:弊社は宇都宮に拠点を置く企業として、最終的にファブレス化を行い、宇都宮全体での製造を目指しています。

宇都宮は自動車や飛行機などを開発・製造する多彩な技術をもつエリアです。ただ、自動車・飛行機ともに先々の需要減少が予測されています。

その際の受け皿というと非常におこがましいのですが、こうした素晴らしい技術を活用できる新たな産業になりたい。そして宇都宮を活性化させる一助になりたいと考えています。

こうした方針やビジョンに対し、宇都宮市にも共鳴いただいて積極的に支援してくださるようになりました。

弊社に興味をもってくださった際には、よろしければ宇都宮のサプライチェーン全体で捉えていただけるとありがたいです。ぜひお気軽にお声がけください。

大久保写真大久保の感想

宇都宮から宇宙事業を展開されている宇藤さんは、エネルギッシュで大きな夢をもっている人です。

宇宙ビジネスは多大な資金と労力がかかりますが、この分野は日本の国内で技術力や産業が蓄積していることが大事だと思います。

ロケットばかりが宇宙産業ではなく、デブリ回収のような静脈ビジネスも含めた宇宙ビジネスの裾野が広がってくることを期待したいです。宇都宮は餃子だけではなく宇宙の街になるかもしれないですね。今後の宇藤さんの活躍に注目です

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(取材協力: 株式会社BULL 代表取締役 宇藤 恭士(うとう やすひと)
(編集: 創業手帳編集部)



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