「小さな起業」その1、パートタイム起業家に迫る!【桑本氏連載その3】

創業手帳woman
※このインタビュー内容は2020年12月に行われた取材時点のものです。

起業を知り抜く公庫総研主任研究員、桑本香梨氏が解説「起業のハードルは、どうすれば下がるか?」

日本政策金融公庫総合研究所では、1991年度から毎年行っている「新規開業実態調査」の結果を基に、毎年『新規開業白書』をまとめています。これにより、新規開業企業の属性や開業費用、従業者規模などについて、定点観測的にデータに基づき、時系列での変化をふまえた傾向を読み取ることができます。研究員の視点からピックアップされるテーマも、今後の動向を占う上でたいへん示唆に富んだものとなっています。

この連載では、長年にわたり中小企業の経営に関する調査・研究に従事する日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員の桑本香梨氏と、創業手帳の創業者、大久保幸世が「どうすれば起業のハードルを下げられるか」を一緒に考えています。今回は、2019年度調査からその名前がつけられ、『新規開業白書』の2020年版において考察されている「パートタイム起業家」について見ていきます。

桑本香梨

桑本香梨(くわもとかおり)日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員
2004年早稲田大学法学部卒業後、中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や景況に関する調査・研究に従事。最近の論文に「起業に対してボーダーレスな意識をもつ人々に関する考察」(『日本政策金融公庫論集』2020年5月号)がある。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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パートタイム起業家の定義は事業に充てる時間が「週35時間未満」

大久保:今回は、「パートタイム起業家」について伺っていきたいと思います。まず、この方たちの定義を教えていただけますか?

好きなこと、趣味や特技を生かした起業が増えている

桑本事業に充てる時間が1週間当たり35時間未満の起業家を、パートタイム起業家と定義しています。総務省の「労働力調査」が週35時間未満を短時間勤務と規定しているのに倣いました。

大久保:パートタイム起業家という層を設定したのは、どういう理由からでしょうか。

桑本:近年、勤務や家事の合い間に小さく起業したり、インターネットで小規模に商売をする人の増加が起業の多層化をもたらしました。

そのため生計のために家業を営み、事業拡大を目指す従来の起業家像だけでは、起業の全体像を語れなくなってきています。多様な起業家を一括りにしたまま分析すると、その実態がぼやけてしまうと感じました。

大久保:それで、新しい層に名前をつけられたわけですね。『新規開業白書』の2019年版では「ゆるやかな起業家」や「趣味起業家」という分類もされていました。その流れということでしょうか。

桑本:そうですね。「ゆるやかな起業家」は、事業収入の額にこだわらず、自分の好きなことを自分でやりたいという理由で起業をした人で、「趣味起業家」のほうは、趣味や特技を生かすことが起業の目的です。

これらの層を分析して分かったのは、こうした自分のため、個のための創業では、ほかに収入源を確保している人が多く、事業規模の拡大や効率性よりも、自分が満足できるかどうかが重視されているということでした。

大久保:なるほど。確かに、従来の起業家像とは明らかに違う層のようですね。

複数の収入源で経済的な安定を確保

大久保:週35時間のラインで分けると、起業家とパートタイム起業家の比率はどのくらいになるのですか?

桑本:起業している人全体に占めるパートタイム起業家の割合は78.1%と高く、週15時間未満の人が59.7%を占めています。一方、35時間以上の起業家は21.9%に留まります。

大久保:それだけの割合を示すのであれば、パートタイム起業家の特徴を分析することで、創業の裾野を広げるヒントも見つけられそうな気がしますね。分析の結果、プロフィール的には、それぞれどのような特徴がありましたか?

桑本:週35時間以上を事業に充てる起業家には、男性や主たる家計維持者が多く、配偶者が家計を補っているケースは少ないのが特徴です。また、勤務している人はほとんどいなかったことからも、事業経営を専業として家計を支えられる程度の収入を得ている人が多いと見られました。

大久保:なるほど。いわゆる世間的にイメージする起業家像ですね。一方で、パートタイム起業家はどうでしたか?

桑本:先ほどの起業家と比較すると女性や若年層が多く、主たる家計維持者は多くありません。正社員として勤務している人は4割を超えますが、パートタイムやアルバイトを含めれば、勤務している方が6割に達します。そういう風に仕事をしつつ、複数の収入源を得て、より安定を目指すという形が増えているといえるでしょう。

大きな起業への予行演習にもなり得る、助走としての小さな起業

大久保:では、パートタイム起業家には、実際にどんな事業をやられている方が多いのでしょうか?

桑本:業種的に見ると、多い順に「個人向けサービス業」「事業所向けサービス業」「小売業」「教育・学習支援業」「情報通信業」となっています。それぞれ、23.3%、17.6%、10.3%、10.1%、9.5%という割合です。ちなみに、「小売業」には「持ち帰り・配達飲食サービス業」を含めています。

大久保:その傾向はやはり一般の、週35時間以上従事する起業家とは異なりますか?

桑本:パートタイムではない起業家でも「個人向けサービス業」「事業所向けサービス業」の1位、2位は変わりませんが、以下は「情報通信業」「小売業」、そして「建設業」となっています。割合はそれぞれ、21.6%、18.2%、11.4%、8.9%、8.1%ですね。

大久保:そこから読みとれるのは、どういったことでしょうか。

桑本パートタイム起業家による「小売業」としては、パン販売など、自宅の一部を改築してそこで自作の商品を売るようなスタイルによるものがあるのだと思われます。「情報通信業」はいわゆるシステムエンジニアやWebデザインという領域で、短時間でも仕事を行いやすいのでしょう。「教育学習支援業」では、個人指導塾なども見られました。

大久保:個人指導塾も、自宅で開業ですか?

桑本:必ずしも自宅ではなく、近隣で小さな場所を借りてそこで行うケースなども見られますね。

大久保:今後はオンライン形態での指導も増えるでしょうから、さらに個人でも始めやすいかもしれませんね。これらの方たちが日本の起業に果たす役割や影響は、どのようなものになりますか?

桑本:このパートタイム起業家の方々は、いわゆるボリュームゾーンではありません。規模も小さく、勤務の合間などに行っているケースが多いので、収入も多いとはいえません。事業継続や規模の拡大についてもさほどこだわりはみられません。

ただ、こういった層がいるということで、やはり起業の裾野が広がり、将来的には創業の土台が押し上げられていくことを期待しています。

大久保:起業はものすごく大変で、多大な借金を抱えないとできないもの、というイメージが変わるきっかけにはなりそうですよね。

桑本:そうですね。こういう形で起業を体験したことで、次はもう少しステップアップして、法人にしてみようと考える人たちが出てくる可能性もあるでしょう。一気に始めて会社を大きくしていくのではなく、まずは助走のようなつもりで起業してみて、そこでうまくいったらもう少し規模の大きな創業に挑戦するという、そうした予行演習のような役割もあるのかなと思っています。

ライフスタイルに合わせて働けるのがパートタイム起業のメリット

大久保:創業の裾野を広げるヒントを考えるために、こうした小規模な起業が増えている背景を考えたいと思います。どのような事情が影響しているとお考えですか?

桑本大きく2つあると見ています。まず、社会意識の変化ですね。女性、特に育児期の女性が就労することに対して、本人も周囲も抵抗感がなくなってきていることがあるでしょう。また、長寿命化や年金支給開始年齢の引き上げを背景に、定年退職したシニア層の就労意欲も高まっています。

大久保:それらの背景を裏付けるデータはありますか?

桑本:内閣府による「男女共同参画社会に関する世論調査」では、女性は「子どもができても、ずっと職業を続けるほうがよい」と考える人が2016年調査で初めて半数を超え、最新の2019年には6割超まで伸びています。

また、SONPOホールディングス㈱による2018年の「人生100年時代の『働き方』に関する意識調査」では、60歳代の半数以上が70歳以降も働きたいと答えています。

実際、育児に携わっている人の割合は、起業家の21.5%に対してパートタイム起業家では28.1%。また、介護については起業家の6.8%に対してパートタイム起業家では12.8%が携わっています。

大久保:なるほど。育児期の女性やシニア層にとって、企業に所属するよりも個人のライフスタイルに合わせて働き方を調整しやすいという点で、パートタイム起業は有用な選択肢となるわけですね。

起業へのハードルを下げる大企業の副業兼業推進

大久保:女性やシニア層以外はどうでしょうか。正社員として勤務しながらの起業が約4割というのは、近年、企業で副業兼業の解禁が進んでいる流れも影響しているのでしょうか。

桑本:それはあるでしょうね。勤務の合間にスキルを生かして、小さく起業する人が増えつつあるように思われます。直近の話でいえば、コロナの影響でテレワークが大企業でもかなり認められていたり、副業の解禁の動きなども急速に進んできて、働き方が大きく変わろうとしています。それが小さな創業を後押しするようなことになるのではないかと、期待しているところです。

大久保:大企業の中でも、週休3日や4日といった正社員の勤務体系を打ち出すところが出てきていますから、パートタイム起業に取り組みやすい環境といえそうですね。

桑本:そうですね。それで創業というものを体験する人が増えることが、まさに起業のハードルを下げることになると思います。

大久保:なるほど。それでは次回は、小規模な起業が増えている背景として、社会意識の変化に次ぐもうひとつの事情から、話を進めたいと思います。引き続きよろしくお願いします。

(次回に続きます)

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(取材協力: 日本政策金融公庫 総合研究所 桑本香梨
(編集: 創業手帳編集部)



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