KiteRa 植松 隆史|社内規程に関わる煩雑な作業を、テクノロジーで効率化したい
開発中の事業を自己資金で買い取って独立。苦難もあったけれど、この決断は正解だった
社内規程などを整備して運用する「内部統制」。株式上場時に必要な内部統制ですが、実はスタートアップにも重要です。例えば助成金や補助金の申請時に求められる場合もあります。
こうした中、社内規程類の作業を効率化するクラウドサービスを手掛け、業界をリードするのが株式会社KiteRaです。
KiteRaは同社の代表取締役CEOである植松隆史さんが2019年に創業。一時は資金難で事業停止寸前まで追い込まれたものの、あるきっかけで持ち直し、現在の累計資金調達額は約18億円に達しています(※2022年4月時点)。
今回は起業の経緯や逆境をどう乗り越えたかについて、植松さんに創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
株式会社KiteRa 代表取締役CEO
芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科を卒業後、東京セキスイハイム株式会社に入社。その後システムインテグレーション会社へ転職し、約14年間人事労務や経営企画に従事。2019年に退職後、株式会社KiteRaおよび社会保険労務士法人KiteRaを創業。2022年12月より「一般社団法人 AI・契約レビューテクノロジー協会」の理事も務める。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
プロダクトを世に出したいという強い想いで、社内プロジェクトメンバー3人で独立
大久保:まずは植松さんのご経歴を伺えますか?
植松:はい。新卒でセキスイハイムに入りまして、住宅の施工や設計、営業などを約3年経験しました。その後システムインテグレーションの会社に転職しまして、人事労務系の仕事を約14年間行いました。その会社を2019年に退職してKiteRaを創業し、現在に至ります。
大久保:14年も勤めた会社を辞めて起業したきっかけは何でしたか?
植松:当時いた会社が株式公開を目指していて、退職前の3年間は上場審査に必要な内部統制やガバナンスの仕事をしていました。
会社の規則や制度をまとめて文書化する作業を実際にやってみると、すごく非効率だなと感じました。これが起業のきっかけにつながっています。
大久保:どのあたりが非効率だと感じたのでしょうか?
植松:例えば社内規程の文書は契約書など法律の文書に近くて、「第何条」「第何条第何項」と構造化されています。そこで番号を振ったりインデントを付けたりして体裁を整える必要があるんですが、これがすごく面倒でした。
さらに文書にはバージョン管理が必要です。以前のバージョンと現在のバージョンを比較するための新旧対照表なども手作りしていたんですが、やはり手間がかかると感じていました。
あと文書をわざわざプリントアウトして、労働基準監督署まで歩いて持っていったこともありました。これも非効率ですよね。
大久保:アナログな作業が多い世界ですよね。効率化する仕組みは、ご自身で作ろうとしていたのですか?
植松:私が当時いたのはシステムインテグレーションの会社でしたので、周りにエンジニアがたくさんいたんです。そこで手の空いているエンジニアを捕まえて、社内規程が作りやすいエディタを作ってほしいとか、新旧対照表を自動で出せるシステムを組んでほしいとか、コソコソと頼んでいました。
これを当時の会社の社長が見て、「社内規程は他の企業でも必要だから、便利なシステムがあれば他社にも使ってもらえるのでは」という話になったんです。それから会社に予算をつけてもらい、社内で3人が集まってプロジェクトを立ち上げました。
大久保:なるほど。プロジェクトは順調でしたか?
植松:実は10か月続けたところで、プロジェクトが中止になってしまったんです。株式公開を目指すという会社の方針が転換することになりまして。とはいえプロダクトは形になりつつあったんです。メンバーの3人とも続けたいと思っていて、会社と交渉しました。
会社と話し合いをする中で、社内でやるより私たちがスピンアウトして続けた方が成功確率は高いんじゃないかなと思うようになりました。最終的に3人でスピンアウトして、株式会社KiteRaを立ち上げました。
大久保:社内で進めていた事業を持って独立したわけですね。事業はどのように譲り受けたんですか?
植松:私が個人で事業を買い取りました。といってもキャッシュはなかったので、私が借金を背負った形です。自分たちが作ってきたものをどうしても世の中に出したいという想いが原動力になっていました。
大久保:会社としていろいろな事業の1つとしてやるよりも、独立して1つのプロダクトに絞ったほうが成長のスピードは速い気がします。気合の入れ方が違いますから。
植松:確かに独立してからスピードは全然違いましたね。大変なこともたくさんありましたが、今はスピンアウトして正解だったと強く思っています。
資金調達に行き詰まってダメだと諦めかけたとき、チャンスが舞い込んだ
大久保:以前から起業したいという想いはあったのでしょうか?
植松:起業家になりたいとは全く思っていませんでした。突然スタートアップの世界に飛び込んだので、本当に起業のことを知らなかったんですよ。お恥ずかしい話、会社設立って何をすればいいの?という感じでした。
資金もただ銀行へ行けば貸してもらえるだろうと思っていたんです。でも銀行に行ってみたら全く相手にされなくて。当然ですよね。プロダクト自体が完成していないから、売上もないですし担保もないわけですから。
大久保:資金調達はスタートアップにとって大きな壁の1つですよね。その後、どうされましたか?
植松:世の中の起業家はどうお金を集めているんだろうと調べているうちに、融資ではなく投資家、要はVC(ベンチャーキャピタル)の存在を知りました。
そこからVC回りを始めるんですけど、やはり厳しかったです。ツテがないのでとにかくホームページにある問い合わせフォームから、話を聞いてくださいというメッセージを送っていました。
でも返事すら返ってこないところばかりで。10件に1件ぐらい返事が来てお会いするんですが、計画をちょっと見直してくださいとか言われて、なかなか資金を得ることができませんでした。ピッチイベント(※)にも参加しましたが、本当に箸にも棒にも引っかからなかったんです。
※ピッチイベントとは、起業家が集まり、投資家などに向けて事業やアイデアのプレゼンテーションを行う場のこと。
そうしている間も、お金はどんどん出ていきました。開発は外注さんにお願いしていたので外注さんへの支払いもありますし、メンバーの給与もありましたので、売上がない状態にも関わらずお金ばかり出ていく日々でしたね。
当時は私の自己資産からほぼ全部出していました。ある日、妻から本当にお金がないと言われたことがあったんです。それでも私は、何とかなるだろうという気持ちでした。
そんな様子を見ていたメンバーから「このままだと植松さん、自己破産して何もなくなってしまうから、一旦やめよう」と言われました。メンバーの心配する声を聞いて、私もようやく気付いたんですよね。再起を図るチャンスがあれば、また集まってやり直そうという話になりました。
そこで資金調達活動は全部止めて、エントリーしていたピッチイベントもほぼキャンセルしたんです。ただ1件だけ、主催者から予選通過しているから出てほしいというお話をいただいて、そのプレゼンだけ出ることになりました。私としては自分でエントリーしたのに仕方ないから出るという感じです。
完全に消化試合のつもりで出たピッチイベントでしたが、結果3社からオファーが来たんです。最後の最後でオファーがあるとは思わなかったので、本当にびっくりしました。メンバーにもメッセージで伝えたんですけど、信じてもらえなくて「嘘だよね?」って返事がきました。
最終的にオファーをいただいた中の1社から、4,000万円の資金を受けることができました。計算してみるとその資金であと6ヶ月は続けられることがわかって、メンバーと相談して再度チャレンジすることにしました。1回死んだ身ですから、もう怖いものはないという感じでしたね。
そこからは一気に伸びました。現在創業して4年経ちますが、お客様の数は1,600社くらいまでに増えました。
大久保:辛かったことをすごく明るくお話しするところが素晴らしいです。その明るさがピンチを乗り越えられた理由かもしれません。
植松:ありがとうございます。ただタイミングもあったと思います。コロナ禍で大変なこともありましたが、逆にコロナ禍でDX関連サービスの需要が高まったことが、私たちのサービスにとって追い風になった部分もあります。あとは本当にいい方々に恵まれたことが大きかったですね。
AIなどを駆使して社内規程の作業を効率化し、本来の価値提供につなげたい
大久保:御社のプロダクトについて、詳しく教えていただけますか?
植松:現在は社労士向けと事業会社向け、2つのサービスを提供しています。社内規程にまつわる非効率な作業を効率化できる点は共通しています。
植松:具体的には社内規程類の作成と編集、運用管理、行政への届け出、従業員の周知などを一元管理できるプラットフォームをクラウドで提供しています。社内規程に関連する作業で、煩わしいところは一通り解決できているかなと思っています。
大久保:届け出の際はこれまで労働基準監督署に社労士さんが書類を持って行ったと思いますが、これがオンラインでできるということですか?
植松:その通りです。政府が作った「e-Gov」(※)もありますが、これを使わなくても私たちのプラットフォームから直接電子申請できます。
※「e-Gov」は総務省が運営する行政情報の総合プラットフォーム。「e-Gov」を通じ、さまざまな行政手続きがオンラインで可能となっている。
大久保:なるほど。「e-Tax」もそうですが、政府が作成したものはやや使いづらいという声もありますよね。
植松:私たちのプロダクトは操作性もすごく意識しています。このあたりもお客様から評価いただいています。
大久保:ちなみにスタートアップの場合、社内規程の中でこれだけは最初に用意した方がいいよというものがあれば、教えていただけますか?
植松:スタートアップでもまず用意したいのは、就業規則ですね。法律上、常時10人以上いる企業は就業規則が必須ですし、助成金や補助金を受ける時にも必要となることがあります。私たちの会社もこういうサービスを提供しているからというわけではなく、早い段階から就業規則は整備していました。
あと今は働き方に関して、すごく社会の目が向いている時代になってきています。ですから従業員が働く上での環境整備を意識することは、スタートアップにとってもすごく大切だと思います。
大久保:今後もテクノロジーを使って、いろいろな機能を追加していくんですよね。
植松:2023年7月には、AIを使った機能をリリースする予定です。社内規程は法律に基づいて作成されるので、法律の改正にあわせてメンテナンスをしていく必要があります。KiteRaに格納されている社内規程において、最新の法改正による影響がある条文がAIで検知されるだけではなく、修正案も提案してくれます。
大久保:なるほど。新しいテクノロジーで作業を効率化できれば、社労士さんはもっと人間的な業務ができますね。
植松:おっしゃる通りです。作業を効率化した分、社労士の先生方はコンサルティングや、お客様の課題解決など付加価値の高い業務に対してより多くの時間をかけられます。これが社労士として本質的な価値提供だと思っています。
テクノロジーが士業の仕事に踏み込み始めた今、業界の意識も変化している
大久保:テクノロジーが広がる一方、昔ながらの業界はデジタルへの抵抗感が根強い気がしますが、いかがですか?
植松:意識は確実に変わってきています。実はリーガルオンテクノロジーズさんが立ち上げた「AI・契約レビューテクノロジー協会」という業界団体がありまして、私も理事として参画しています。
この団体では、法務関連でAIを使ったサービスを推進していこうと啓蒙活動をしています。こうした活動の中で、士業の方々もテクノロジーへの抵抗がなくなってきていると感じています。
最近チャットGPTが話題になっていますが、こういったテクノロジーを使えば、契約書とか法律関連のドキュメントを専門知識がなくても簡単に作れてしまう。つまり士業として独占業務が与えられていた領域に、テクノロジーが踏み込んできているとも言えます。
士業の方々も、こういう時代になっていることを認識しています。生き残るにはこれまでのアナログなやり方を変えていかないといけない、という意識は高まっていると思いますね。
大久保:最後にこれから起業する方に向けて、メッセージをお願いできますか?
植松:起業したい方はたくさんいますが、1歩踏み出せない人の方が圧倒的に多いですよね。起業という一歩を踏み出せたら、もう成功の50パーセントは達成していると思うんです。
だから、諦めないでほしいということをお伝えしたいです。言うのは簡単ですし、諦め時が大切っていう人もいます。でも私が経験したように最後の最後で何があるかわからないので、やり続けて粘ってほしいですね。
大久保:説得力がありますね。勇気づけられる起業家の方もきっと多いと思います。
(取材協力:
株式会社KiteRa 代表取締役CEO 植松 隆史)
(編集: 創業手帳編集部)