ボンクラ息子と頑固親父の「跡継ぎ」事情 星野リゾート代表講演in「家業イノベーション・ラボ」
星野佳路代表が語る承継戦略
「家業イノベーション・ラボ」は、エヌエヌ生命保険株式会社、NPO法人ETIC.およびNPO法人「農家のこせがれネットワーク」の代表理事・宮治勇輔氏が仕掛け人となって、家業の事業承継促進を図る取り組みです。「家業を継ぐことを前向きに捉える若い世代を増やし、将来の地域を引っ張る次世代リーダーを育成すること」をミッションに、多様な業種・地域で実家が家業を営む次世代の経営者が集まり、交流を通じてそれぞれの課題に向き合い、ネットワークを作ることを目的としたコミュニティ構築を進めています。
2018年12月に、都内で交流イベント「家業イノベーション・ラボ~LIVE2018~」が開催され、約110名もの家業イノベーターが集まり、酒屋やメーカー、農業など多様なバックグラウンドを持つイノベーターによる講演、ピッチ、ディスカッションなどが行われました。イベントでは星野リゾートの星野佳路代表による「跡継ぎ」についての講演が行われました。星野氏は、家業を継ぐことは、ときにリスクを避けずに続けなければいけない非常にチャレンジングなことであり、「事業承継も一種のベンチャーだ」という考えを発信しています。自身も跡継ぎとして、先代と激しく対立しながらも経営を引き継いだ経験をもとに、事業承継の問題を見事に要約した講演の様子をお伝えします。
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家業が生き残るには「チャネルを絞ること」が大事
—以下、星野氏
起業してから自然淘汰に耐え生き残ってきた家業というのは、それだけで貴重ですごいことだと思っています。家業は大企業とは違う価値観を持っているのも特徴です。例えば上場企業は四半期ごとの短期的な利益を追求しますが、家業の場合はもっと長期的なスパンで事業を考えることができる。時間をかけて「これをやりたい」ということを追求することができるのです。
ちなみに、目標を設定すると経営はミスリードされてしまう場合が多くあります。何故ならば、目標に向かって無理をするからです。大企業ではこのスタンスで仕事をする場合が多いですよね。これに対し、家業は「良い仕事をしている結果が成長である」、という考え方をします。成長を長い目で見ることができるのは家業ならではです。
星野リゾートは、リゾート施設を複数運営しています。オーナーと運営は別で、全国で展開していますが、リーマンショックの時に、損をした投資家が引いてしまうということがありました。そこで、安定した株主を作り、観光業界の成長を国内の投資家が享受できるようにREIT(不動産投資信託)を作りました。株を長期保有してもらうための仕組みで、1400億円のファンド規模になっています。
また、星野リゾートは現在、星のや、リゾナーレ、界(温泉旅館)を展開していますが、チャネルを絞っています。これも家業ならではの考え方です。普通の大企業であれば、チャネルを複数展開しようとしますが、我々は絞ったチャネルを全国で展開するという戦略を選択しています。
例えば、温泉地は火山地帯が多いですから、噴火があると来客数が減少する。しかしその分、別のエリアの温泉地の集客が増加となるのです。何を言いたいかというと、温泉旅行というチャネルのトータル需要は、噴火があろうが変わらない。だからチャネルを絞った上で、リスクヘッジのために展開エリアを分散する方が良い。例えば大河ドラマの舞台となった場所には人が集まりますが、「舞台は毎年変わる=ヒットするエリアも変わる」わけです。だから攻めの意味でも、分散投資したほうが良いですね。
ビジネス客をターゲットにしているホテルが多いですが、我々が運営している施設はターゲットを観光客に特化しているのが特徴の一つです。ビジネス客は交通に便利な場所が良いため、立てる場所は駅の近く、いわゆる「一般的な一等地」ですから不動産価格が高い。一方で、観光客はディープな場所に魅力を感じます。駅チカでなくても良いし、むしろ離れたほうが理想的です。そこが、我々が開発する場合の一等地なのです。
このように「チャネルを絞る」「一等地の定義が違う」というのも星野リゾートが家業だと認識しているから視点を変えられるのです。
継ぐ方、継がせる方、双方が抱えるネック
ファミリービジネスは日本において圧倒的に多く、日本企業の企業数の95%以上が非上場の同族会社です。私は日本のGDPの約半分を担っているではないかと考えます。役所は税金で成り立っています。政治は、分配はできるが価値の創出はできません。全ての価値の源泉は、ビジネスが生み出します。だからこそ、ビジネスの大部分を担うファミリービジネスは大事なのです。
ファミリービジネスは、一般的なビジネスモデルにファミリーという軸が追加され、ファミリー・株主・マネジメントと3つの要素があるので複雑性が増します。
大企業と家業の経営を一言で比較すると「大企業は一流。家業は俺流」ですね。大企業は、MBA、大手金融、投資家、コンサルといったところから力を借りるのに対し、家業はローカル金融、親戚、コンサルの代わりに地元の氏神様に神頼みという感じが残っています。
伸びやすいのはどちらか、と言われれば、それは家業です。大企業はあらゆるツールや支援者がいるのである程度まで成長すると簡単に伸びない。一方で家業は、課題が多いケースがほとんでです。出来ることがたくさんあるということは、伸びしろが大きいということなのです。
しかし、日本では家業を継ぐことに後ろ向きなイメージを持っている人が多い。様々な要素がありますが、ファミリービジネス最大の問題は「ボンクラ息子問題」だと思っています。ボンクラ息子問題は、私が名付けたものですが、家業を継がせる能力がある息子・娘がいなくて困ることです。かつてはただ家業を継がせるだけで事業が存続できるパターンが多かったですが、最近は事業の競争が激しく、どこから競合が出てくるかわかりません。能力のない「ボンクラ」な跡継ぎでは承継が難しくなっているのです。
またボンクラ息子問題と同じくネックなのは、「頑固親父問題」です。例えば、星野リゾートの場合、自分は親父から一度追い出されてしまいました。事業に戻ってきたとき、地元では若殿のクーデターと言われましたが、ハードランディング(強硬な姿勢で経営に取り組むこと)でしたね。
ハードランディングから成功した例では、産業廃棄物をクリーンなビジネスにした石坂産業が浮かびます。石坂産業では、跡継ぎが、なかなか言うことを聞いてくれない親父に対して「私だってキャリアを捨てている」とタンカを切りました。そこから親父が変わったということです。親父は自分の会社だと思うこともあるけれど、跡継ぎだって他の選択肢を捨ててきている。それはビシッと言うべきです。
家業は駅伝。タスキを渡す準備と覚悟が大事
ファミリービジネスの承継は
ビジネススキルを学ぶ→フィードバックを学ぶ→企業組織をリードする→次世代に引き渡す
というサイクルになります。家業は駅伝です。早く走ることより次の世代にタスキを渡すこと。タスキを受け取り、渡す準備と覚悟が大事になります。
私が最後の判断基準で迷った時、大事にしているのは将来に何になりたいかということです。ビジネススクールでは、リスクとリターンを教えますが、ファミリービジネスは、リスクがあっても何があっても超えなければいけないときは超える。これは大企業では持てない家業ならではの強さであり、乗り越えるためには「何になりたいか」という強い思いをもとに判断する必要があります。
事業をしていると、誘惑があります。もともと行きたかった山ではない、他の山へのオファー、つまり儲け話が転がってくるということです。その時も大事なのは、「本当になりたいものに近づいているかどうか。どんな会社になりたいか」という問いです。受け継いだ家業であっても、自分しかできないことで社会に貢献するという気持ちを持うことがとても重要だと思います。
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(編集:創業手帳編集部)