インキュベーター 石川 明|新規事業の立ち上げ方講座|経営者のスタンス/成否基準・撤退基準
「はじめての社内起業」著者の石川明氏インタビュー(2/2)
(2016/07/21更新)
事業ドメインを広げるために、新規事業へのチャレンジはたゆまず続けたいもの。前回は、リクルート出身で数々の新規事業を手がけてきた「はじめての社内起業」著者の石川明さんに、新規事業が生まれる環境づくりと社員の見極め方を教えていただきました。
今回は、ベンチャー企業が新規事業を立ち上げるにあたって気をつける点をお伺いします。
リクルートに入社後、新規事業開発室のマネージャーとして、7年に渡り社内企業や起業促進のために尽力。2000年に株式会社オールアバウトを起業、10年間事業責任者を務める。2010年に独立、新規事業インキュベーダーとして活躍。累計1,500件以上の新規事業案件に携わる。著書に「はじめての社内企業」がある。
「あやふやにしておく」ことの重要性
石川:もちろんコストは掛からないに越したことはありません。最近では、大きなコストを掛け大きく事業を生もうとするより、できるだけ最初は小さく、いわゆるリーンスタートアップ(最小限のコストでミニマムな製品・サービスを作って顧客の反応を見ながら修整するサイクルを繰り返す起業手法)が良いとされていますが、私は賛成半分、反対半分なんです。
確かに、まずやってみましょうよという姿勢はすごく大事ですが、「小さく始める」ところばかりに目がいって、そこがゴールになってしまっているようなケースも散見されます。本当はそこからがスタートなんですが。
小さく生んだ後に試行錯誤をし修整を続けて大きくしていくところに意味があるはずなのですが、
そこまで行き着かず、生んだところで満足してしまっては意味がありません。
コストを小さくすることが大事なのではなく、小さくすることで始めやすくし、始めてから考えるという姿勢が大事なのです。
そして新規事業に失敗はつものなので、上手くいかなさそうなものをどう処理するかということについて、新規事業では、撤退基準やスクラップアンドビルド(採算の取れない事業から撤退し、採算の取れるものを拡大していく手法)が大事だとよく言われます。でも、スクラップもすればいいってものでもないと思うんです。
新規事業開発室に7年もいると、塩漬けになっている案件をたくさん見ました。でも時代がきて、浮上してくるものも結構ありました。どっちに振れるかは、分からないんですよね。
事業環境の変化で、「当時はコストが見合わなかったけど、今ならITで収益化が可能」なんてことになることも多いんです。「あー、残しておいて良かった!」って。最小限のコストで維持だけしておくって手はあります。
石川:ただ、研究開発系なんかには、目的を既に見失い、目指すものもないのに、ただただ膨大な研究費だけがかかり赤字を出し続けている・・・なんて話を聞くと、撤退基準は大事だなと思います。
一方で、損にも得にもならないところで、一旦保留にしてけるということは、その先の可能性を広げるという意味ですごく大事だと思いますね。
優秀な経営者ほどグレーゾーンが広い
石川:起業家は、判断スピードや白黒をはっきりつける決断力が大事とか言われますが、一方で優秀な経営者ほどグレーゾーンが広いとも思っています。
「やりますか、やらないですか?」と問われた時にあえてその場で決めず、「うーん、そうだなあ」とあやふやに残すような感じです。グレーゾーンの広い経営者は、単に判断力が無いようでもありますが、一旦受け止める懐が深いともいえます。
石川:あります。そこが、懐の深さだと思うんですよね。でも、その場その場でスピーディーに白黒つけていかないと、結果的に判断力がないと言われるじゃないですか。今は、そういうのが通説ですよね。
石川:もちろん、スピーディーにその場で判断することも多くの場面では大事です。ですが、社内起業では少し状況が違います。未知の新しいことに挑戦していく中では、情報が集まり判断すべきタイミングで判断するのが大事です。
特に小さな会社で、経営資源があまりない状態であれば、アクセルを踏むべき時にあやふやなものは全て諦めざるを得ない時が来ます。そういう時の判断力は大事。でも、全て即断即決でスピードが何より一番大事言われると、それは違うのではと思います。
「成否基準」「撤退基準」を決める
石川:お金のことが一番心配ですね。本業を支えられなくなったらしょうがないので、この事業にはどこまで踏み込んでいいかということは、小さな会社の場合、重々考えておかないといけないと思います。
事業を進めていくと、「この事業を成功させるために絶対必要なもの」というのが途中で見えてくるんですよね。それがダメだったら、いくらその周辺を頑張ってもダメなんですよ。ですから、「事業の成否を見極めるポイント」は決めておいたほうがいいと思います。
特に、創業社長が始めた事業は、簡単に止められなかったりします。でも、見極めを決めておいて、あとはお金がどこまで続くかということで判断する。理念が立派でもお金が無いと続きませんもんね。
石川:そうですね。一般的には3~5年くらいのスパンで事業計画を立て、当初に決めた判断基準で向こう3~5年事業を見ていくことになります。最初に決めた基準を徹底することが大事と言われますが、私は、事業計画は毎年向こう3~5年で見直していき、当初に決めた判断基準も随時変えていく方が良いと思っています。
事業を始める前には分からなかったことも、立ち上げて1年経てばいろいろ状況も見えてきます。計画当初よりも正しい計画を引き直すことが出来ますし、経験を積んだ後に設定する判断基準の方が、立ち上げ前に設定したものより正しいはずです。
でも実際には「当初に立てた計画と違うじゃないか」と言われることも多く、「やってみて初めてわかったんです」と言っても聞いてもらえないことも多く、ここはジレンマです。
石川:そうですね。
ベンチャーこそ着実にステップを踏む
石川:そうですね。起業には勢いも大事ですが、やはりその事業の立ち上げに、どのくらいお金が必要かということは、考えておいたほうがいいでしょうね。ネットベンチャーだと、そもそもの事業の立ち上げの時にそんなにお金がかからないので、あまりシビアにいかなくても何とかなってしまいます。
でも、その後、物づくりをしていくとか、原材料仕入れるという話になると、開発にも換金化にも時間か掛かりますからとりあえず作ってみようとはいきません。
社長は社長なりの考えややり方があって新規事業を始めるのだと思いますが、周りの社員と一緒にやっていくことを考えると、なぜこの事業なのか、なぜこれに投資するのか、この事業においては何が大事なのか、とかいうことは丁寧に社員とコミュニケーションした方がいいと思います。
コミュニケーションが足らないと、社員が社長の考えに納得しないかもしれないし、動いてくれないかもしれません。そして社員には「何故これか」が分かっていないから、ちょっとズレたことをやるんですよ。
石川:社員とのコミュニケーションに加え、担当者に求めることを社長の中で決めたほうがいい気がします。作業者としてやってもらいたいのか、自分は支援者で、担当者を主役にしていきたいのか。これがコロコロ変わると、社員はやりにくいです。
「何をする会社か」を見つめなおす
石川:組織によりますね。アイデアが出ないことが問題なのか、そういうマインドがないことが問題なのか、スキルが足らないことが問題なのか、経営資源が足らないことが問題なのか。抱える課題によって、やらなければならない環境作りは制度作りがずいぶん違ってきます。
例えば社員からの新規事業の提案制度を設けることも一つの方法ですが、そんな制度が無くても社員から自然とアイデアが出てくる組織風土を作る方が良い、という考え方もあります。
新規事業が生まれやすい会社にするにはどうしたらよいのでしょうね。
石川:この会社が何をする会社なのかという定義が、特に小さな会社では大事な気がしますね。
改めて自分の会社が何をする会社なのかを定義してみると、「じゃぁ、こんなこともできるはず」「あんなこともやっていきたい」と視界が広がるのではないでしょうか。
軸をおいて、片足づつ様々な方向への拡張を模索していくのが理想です。バスケットボールで、ボールを持ったときに次のパスの出し先を探すような感じですね。そうしているうちに、次の道が見えてくるものですから。
石川:会社の成長は、社長の成長意欲がどこまであるかにかかっています。創業から何年目であってもいつも「まだ事業の立ち上げの途中だ」と思っていれば、成長が止まることはありません。自分がそもそもやりたかったことは何で、今その中でどのあたりにいるのかという意識で今の状態を認識しているかどうかは、とても大事だと思うんですよね。
私はオールアバウトを創業から10年やりましたが、創業の時にこんな事業がやれるといいよね、と言ったことの2割もできませんでした。でも、途中だと思えばエネルギーが出るし、絶えず何か新しいものに対して興味を持ち続けられる。
ところが目標を「黒字化達成」と思ってしまうと、そこで終わっちゃうんですよね。
時々「なんで自分は創業したんだっけ、今そのうちのどこまでやれてるっけ」というのは考えて欲しいです。創業した人は、すでに他の人よりも難しいハードルを飛び越えている人です。まだやったことがない人よりも、はるかに力も経験も持ってるはずです。ぜひそういう方こそ、次なる社内起業にチャレンジして欲しいですね。
石川さんの著書も、是非チェックしてみてくださいね!
>>はじめての社内起業 「考え方・動き方・通し方」実践ノウハウ
(取材協力:新規事業インキュベータ 石川明 事務所/石川明)
(編集:創業手帳編集部)