日本数学検定協会 髙田忍|「ビジネス数学」の5つの力。数学がビジネスの基礎スキルとなる時代が到来

創業手帳

データを有効活用するために。ビジネスに数学力が必要な理由とは?

昨今、データサイエンスが事業の運命を左右する時代となってきています。そのため、ビジネスパーソンにとって数学は欠かせない存在になりつつあります。
ただし、ビジネスに必須となる「ビジネス数学」は、売上管理など、ヒト・モノ・コトの管理だけにとどまりません。

今回は、日本数学検定協会の専務理事・事務局長を務める髙田さんに、ビジネスに必要な数学力や企業におけるビジネス人材の育成について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

髙田 忍(たかだ しのぶ)
公益財団法人日本数学検定協会 専務理事 兼 事務局長

1995年3月大学卒業後、都市計画に関する総合コンサルタントに就職。
1997年4月に日本数学検定協会に転職し、約20年にわたる検定業界での活動を通じて、数学と社会の融合や新たな分野の創造に従事している。現在は「なぜ?を発見!できる人づくり」をコンセプトに活動の幅を広げている。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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全ビジネスパーソンに向けた「ビジネス数学検定」


大久保:まずは、日本数学検定協会(以下、数検協会)について教えてください。

髙田:私たちは、数学検定事業やビジネス数学事業を中心に「数学の生涯学習化、数学学習のデファクトスタンダード化、数学嫌いをなくし数学好きを増やす」をビジョンとして、算数・数学の魅力や有用性の普及・啓発を行っています。

当協会が実施・運営している資格・検定は、「実用数学技能検定『数検』」「ビジネス数学検定」「データサイエンス数学ストラテジスト」の3つで、数検は、幼児向けの「かず・かたち検定(シルバースター・ゴールドスター)」、小学1~6年程度の算数検定(11~6級)、中学1年~大学(一般)程度の数学検定(5~1級)と、全15階級に分かれた検定を実施しています。これらは年間約35万人に受検していただいており、志願者数は累計700万人を突破しました。

大久保:数検は、実用英語技能検定(英検)や日本漢字能力検定(漢検)と同じように出題範囲が学年を目安に分かれているのですね。

髙田:はい。今では英検や漢検と並び「3大検定」とよばれるようになってきました。小・中・高校生の方に多く受検していただいておりますが、私たちは元々、文部科学省にある生涯学習推進課というところに認可していただいた財団であることから、小・中・高校生だけでなく、幼児からシニアまで幅広い世代の方に算数・数学を学んでいただき、「自分自身にどの程度の数学力があるか」を測ることができる検定事業を通じて生涯学習化を目指しています。

また、数学は世界の共通言語なので、どの国でも「1+1=2」です。当然それぞれの国に合わせるにはローカライズも必要ですが、根本となる数学は共通なので、フィリピンやタイ、インドネシアなどのアジア諸国でも「Suken」を実施することで、数学学習のデファクトスタンダード化を図っています。そして、様々なコンテンツやイベントなどを通じ、算数や数学の重要性や面白さを伝えることで、数学嫌いをなくし、数学好きを増やす取り組みを進めています。

大久保:髙田さんは、元から数検協会で働かれていたのですか?

髙田:大学卒業後は都市計画事業に従事していたのですが、創業者である父から「協会を手伝ってほしい」と言われたことを機に入職しました。

大久保:お父様が創業されたのですね。

髙田:はい。父は元々、塾を経営していて、その後、任意団体の協会を立ち上げました。

大久保:数検だけでなく、ビジネス数学検定も実施されているのですよね。

髙田:はい。「ビジネス数学」というジャンルを立ち上げようと考えたのは約15、16年前です。親子連れが多く訪れる展示会などでブースを設け、算数や数学の模擬検定を実施していると、子どもたちは模擬検定を受けてくれるんですけど、「ぜひ親御さんもいかがですか?」と尋ねても「いやいや、私はもういいですよ」と必ずといっていいほど親御さんからは嫌えんされてしまって。さらに、子どもたちが「数学って世の中で使わないの?」と聞くと、「そんなの使わないよ」と簡単に言われてしまい、これはマズいなと思いまして。こういったことをきっかけにビジネスシーンで頻出する問題を作り提供した方がいいと考え、ビジネス数学検定事業を始動させました。

大久保:ビジネスシーンに合わせた問題を目にすることで、数学が役立っている実感を得られやすいということですね。

髙田:その通りです。ヒト・モノ・コトの管理を含め、ビジネスの現場で数字を扱わないことはないので、例えば単純な四則演算でも、お金の計算などビジネス上のシチュエーションに合わせた問題を作成すれば、「私もこういう場面に出くわしたことがある」「日常的に算数・数学を多用しているんだな」という気づきに繋がるので、算数や数学の重要性を啓発していくためにも、インタラクティブを絶えずやっていくことが必要だと感じています。

さらに今の時代、ビジネスにおいて統計やデータサイエンスをいかに活用できるかが重要視されています。データサイエンスの有効活用が、より良い形でのマーケティングやモノの生産に繋がっていくので、業種や職種を問わず、データサイエンスがビジネスパーソンに必要な基礎スキルとなってきています。そのため、数検協会では「データサイエンス数学ストラテジスト」という、データサイエンスに関する基礎数学力から、アルゴリズム・プログラミングに必要な数学リテラシー、売上・損益等財務的な分析力やデータに基づいた業績予測力などを測ることができる資格制度を実施しています。

ビジネスに必要な5つの数字活用力


大久保:数学は思考力の土台ともいえますが、ビジネスにおいて特にどのような場面で役立つのでしょうか。

髙田:ビジネスに必要な数学力は、大きく5つに分類されると考えています。まずは、今何が起こっているのか物事の状況や特徴を掴む「把握力」。そこから規則性や相関性などを見抜く「分析力」。的確な基準を設定し、分析したデータから最適な選択をする「選択力」。分析結果から予測を立て、未来を見通し計画を立てる「予測力」。そして、それらの情報をお客様や上司などに正確に伝える「表現力」です。これらは、どのような仕事においても必ず必要となってくる力ですよね。

より具体的にいうと、把握力は給料や商品の位置づけの把握、分析力は損益分岐点分析やキャッシュフロー現在価値分析、選択力は財務諸表分析や投資指標を基にした選択、予測力は統計に基づく予測、表現力は図表の適切な使用法などですね。例えば、SDGsに取り組む際には、必ず「今」を把握しながら現在・過去・未来を比較し、分析を行い、今後の対策を考え、それを相手に伝えると思います。こうした数学をもとにした思考力は、ビジネスシーンのベースになっているんです。

大久保:実話を基にした映画『マネーボール』(2011年公開/アメリカ合衆国)は、データを活用することで野球チームを改革していくといった内容でしたが、まさにそういったことが日本のビジネスにも普及してきていて、昔は感覚的に経験していたことが、実は数学的に解明できることが分かり、様々な分野において「データ」という言葉を用いた数学の応用分野が見直されてきましたよね。

髙田:おっしゃる通りです。日本人は技術力が高かったからこそ、これまで経験や勘といったものが大事にされてきました。外国の研磨機で作った砲丸と日本人の手で磨いた砲丸を比べた時に、日本人の手先の器用さの方が勝っていた時代もあったといわれています。ただ、さすがに現在では機械の精度が非常に高くなっていますから、機械と職人技の良い所取りをしていく時代になってきたのではないかと思います。

大久保:日本人が数学的思考に向いていないかというと、そうでもなくて。歴史的には、関孝和(江戸時代の数学者)が発展させた和算や、読み・書き・そろばんなど、独自に発展してきた数学的思考もありましたよね。

髙田:そうですね。実は、関孝和はニュートンやライプニッツよりも1年早く微分・積分を発見していたといわれていますし、日本がヨーロッパを凌駕していた部分もあったのですが、他国とのネットワークがなく功績を認められなかったり、趣味の延長ですごい研究をしていても、その価値に気づいていなかったこともあったようです。明治時代に物理や化学など、他の学問と共通の言語を使える洋算(西洋数学)が取り入れられ、それをたった数年で日本語訳できた日本は、素養が非常に高かったのだと思います。

だからこそ、現代でも例えば小さな町工場など、実はすごいことをやっているのにその価値を上手く発信できていなかったり、本来の価値に気づけていない場合は、世界に向けて発信することで自分たちが気づけないような価値が見いだされ、そこに新たなビジネスが生まれる可能性があるのではないかなと思います。

大久保:洋算が日本に入ってきて、なおかつ日本語訳されたことで、数学という分野において世界共通の言語が使えているんですね。ちなみに私は算数までは得意だったのですが、公式の塊になった途端、苦手になりました。そういった数学嫌いの人は、どうしたら好きになれるのでしょうか。

髙田:日本の数学は「数学者を作る数学」といった感じがするので、社会との接点をもう少し分かりやすく感じてもらった方がいいと思っています。例えば、車を運転する際のスピードメーターは、微分がなかったら走っている時は動かず、止まった瞬間に動くようなメモリしか作れないんです。また、株価の変動にも微分・積分は使われていますし、まずは「こんなに身近な存在なんだ」と感じてもらい、「試験や受験のため」というところから抜け出した形で数学と付き合っていくことが大切だと思います。

私たちは以前、「もし世の中からゼロがなくなったらどうなるか」をテーマに、「OHHHHH~!! ふしぎなゼロの大ぼうけん」という算数ミュージカルを開催したことがあるのですが、「何かがなくなったら、どんな世界になるのか」を想像してみることは、リテラシーを高める上で非常に重要だと思います。例えば、世の中から微分がなくなったら、実は電気も使えないし、何もできなくなるんです。そういった数学が得意な方以外にはあまり知られていないことを具体的に伝えていくことで、納得感を得られ「そういうことなら、やっぱり学ばなきゃいけないね」っていう自発性が生まれます。なので、PBL(project based learning/課題解決型学習)を中心に「数学がないと、現代の生活は成り立たなくなる」ということを学び、利用価値を自分なりに探っていくことが重要だと考えています。

大久保:ビジネスの現場でも、よくわからず公式に当てはめるのではなく、きちんと理解して数学を使っていくことが重要ですよね。

髙田:そうなんです。例えば確率の問題にしても、今までやったことのない問題にぶつかった時は、本当は数えるのが一番いいんです。誰かに用意された公式に当てはめて答えが出ても、全く分かってない人にとっては、過程や理由が分からないまま答えが出てしまうので、いくら答えを導き出せたとしても何の価値もないものになってしまうんですよね。だから、ちゃんと自分なりに試行錯誤した上で答えに行き着いた方が、ビジネスの現場においては確実に役に立つと思います。

また、仮にExcelのシートに数字を間違えて入力し、誤った答えが導き出された時に、そのミスに気づけるかどうかは「自分なりの数量感」を持ち合わせているか否かにかかってきます。なので、特に経営者の方は自分なりの数字の常識を身に着けていくことが重要だと思います。

ココ重要!
  • ビジネスには「把握力・分析力・選択力・予測力・表現力」の5つの数学力が必須。
  • 職人技とデータを併用し、世界に向けて技術を発信することで、本来の価値を見出せる可能性も。
  • 身近なことに数学が使われていることを認識し、自分なりの数字の常識を身に着けていくことが重要。

自社に必要なデジタル人材の育成を


大久保:数学を普及させていく上での思いをお聞かせください。

髙田:私自身の経験なのですが、小学生の時、直角はなぜ90度なのか理解できなかったんですよ。「100度の方がカッコイイじゃないか」と思い、先生に「直角はどうして90度なんですか?」と質問したら「そんなことを聞くな」と怒られたんです。「直角は90度なんだから、それで覚えなさい」と言われてしまって。その瞬間、算数が嫌いになってしまったんですよね。数検協会に入り、子どもたちに「なぜ」の部分を伝える立場になって、ようやく直角は90度じゃないとダメな理由に気づけたので、その「なぜ」を見つけて解決していく面白さを味わってもらいたいなと思っています。「私もよく知らないから、一緒に考えてみよう」と「なぜ」をみんなで育んでいける状況を生み出していきたいですね。

大久保:生きていく上で数学は欠かせないものですから、まずは苦手意識を作らせない環境の構築が重要ですね。

髙田:数学の面白さという点で一つ例を挙げると、カレンダーの縦横3マスずつの合計9マスの合計値は、中央の日にちに9を掛けると導き出されるんです。例えば「10日」を中心とすると、その周りを囲む日にちは「2、3、4、9、11、16、17、18日」ですよね。その8日間と中央の「10」を足すと全部で90になります。そして、その「90」という答えは、9マスすべてを足し算しなくても、中心の10に9を掛ければ答えが出てくるんです。もちろん、この中心の日にちは10日である必要はなく、他の日にちでも同じように9を掛ければ答えが導き出されます。そういった驚きや「面白い!」と思う感情をきっかけに数学への苦手意識をなくしていければいいなと思っています。苦手意識を軽減できれば、物事を論理的に考える数学的な思考が身につき、ビジネスシーンでも役立つと考えています。

大久保:数検協会では、今年オウンドメディアを立ち上げられたのですよね。

髙田:そうなんです。保護者の方向けの「ひとふり」と、算数・数学の教員向けの「SAME(セイム)」です。「ひとふり」は、暮らしの中で算数や数学がどう役に立つのか、リテラシーの部分をお伝えしています。「SAME」は、統計が苦手だったり、社会実態を知らなかったり、数学は今後どうなっていくのか不安を感じている教員の方に向けて、専門家の観点や教室でネタにできるような情報をお伝えしています。

大久保:それでは最後に、記事を読まれている起業家に向けてメッセージをお願いします。

髙田:「AI戦略2019」で政府が掲げている通り、数理・データサイエンス・AI人材の育成を日本全体で行っていかなければならない時代になってきました。しかし、日本は教育への予算が少ない状況ですので、自社の成長のためにも、ぜひ「教育」という分野に目を向けていただきたいと思います。そして、今後も優秀な人材を登用し続けるためにも、中長期的に考えた形で人材育成に力を入れてもらえればと思います。

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(取材協力: 公益財団法人日本数学検定協会 専務理事 兼 事務局長 髙田 忍
(編集: 創業手帳編集部)

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