テックタッチ 井無田仲|自らの原体験が生んだ、ユーザーとシステム開発者、双方に優しい仕組み

創業手帳
※このインタビュー内容は2022年05月に行われた取材時点のものです。

銀行員がスマホアプリ制作会社を経て起業した経緯。難しいを分かりやすく、複雑を簡単にするツールとは?


社内のシステムや予約サイトの使い勝手、官公庁のサイトの使いにくさに困ったことがある方は少なくないと思います。

井無田さん率いるテックタッチがリリースする「テックタッチ」は、そんなシステムに分かりやすいガイダンスを付与して使いやすくするツールです。
さらにそのガイダンスの作成も、プログラミング不要の簡単さ!

今回はバンカーからスマホアプリの制作会社を経て起業した井無田さんに、ビジネスアイデアを思いついた経緯や、採用や資金調達面での注意点について、創業手帳の大久保が伺いました。

井無田 仲(いむた なか)
テックタッチ株式会社創業者/代表取締役
慶應義塾大学法学部、コロンビアビジネススクールMBA卒。複数の金融機関にて企業の資金調達/M&A助言業務に従事後、ユナイテッド社で事業責任者、米国子会社代表などを歴任し、大規模サービスの開発・グロースなどを手がける。2018年にテックタッチ株式会社を創業。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。

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ユーザーと制作者の感覚のギャップから生まれたビジネスアイデア


大久保:起業までの経緯を教えていただけますか。

井無田:2003年に大学を卒業して、金融機関に2003年から2011年まで勤めています。
新卒で入社したのは、外国の資本が入っていた銀行です。
ここでちょっと思ったことがありまして、一つは大企業なので、個人のチャレンジを後押ししてくれるというよりは、どうしても個人は歯車的なところがあるなと感じました。
また色々なこと、大きなことに挑戦させてくれて、大きい仕事ができるのですが、世の中に対して「自分が価値を作り出している」という感覚が持てなかったのです。

ではそういう個人の挑戦を後押しできるような会社はないかなとも考えたんですが、いっそのこと自分で作ってしまおうと思いついたのが2011年当時です。

それで少しITの修行をしようということで、スマホのアプリを制作している会社に就職をしまして、アプリの企画だとか、プロダクト作りだとかを学ばせていただきました。
全世界で4〜5000万DLくらいいったスマホアプリがありまして、そこに運営として携わらせていただいていたのです。

この銀行と制作会社での経験が今回のビジネスアイデアの元となります。
銀行にいた時に様々なシステムを使っていたのですが、「使いにくいなあ」と、みなさん一度は感じたことのある感覚をずっと持っていました。
「なんで情報システム部門、こんな分かりにくいものを入れているんだ」と不満を持っていたのですが、そのシステムが使いづらいというユーザー的な感覚と、次に自分がシステムを作る側に移った時に、「意外とみんなが使いやすいアプリケーションを作るのって難しい」という感覚があって、そこのギャップというか距離感の中に何かあると思ったのです。

結果的にそのギャップを埋められる製品として「テックタッチ」というツールを思いついたということになります。

このアイデアを考えつく前にも、何十、何百という起業アイデアを出したのですが、どうにもパッション、情熱が湧いてきませんでした。
やはり自分の原体験に紐付いていることは非常に大事だなと思います。

ニーズ調査のために大企業50社ほどにインタビューをおこなう

大久保:やはり自分が実際に困ったことだったから、そこにはニーズが確実にあると思われたわけですね。

井無田:いえ、私も金融機関からは7年くらい離れていたのと、2社程度しか大企業を経験していなかったので、どれくらいそのニーズが普遍的なものとしてあるのかというのは、全く自信がなかったのです。
そこでビザスクというエキスパートネットワークサービスを使い、50社くらいの大企業の方に、一対一でインタビューをさせていただきました。
そこでニーズがあるということを確信するに至ったというわけです。

大久保:ビザスクさんも取材させていただいたことがあるのですが、そういった使い方もあるのですね。

井無田:そうです。主なユーザーはもちろんコンサルティングファームだとか金融機関なのですが、スタートアップが新規事業を始める時にニーズ調査などでもよく利用されていると思います。

初めてのBtoBは分からないことだらけ

大久保:元々は金融マンでいらして、デジタルの世界は異業種なわけですけれども、そのあたりは起業してみていかがでしたか。

井無田:私の場合は、金融バックグラウンドと、プログラムはしていませんがBtoCのアプリケーションに携わっていたというという経験があるのですが、BtoBのITはまさに初めてで、分からないことだらけでした。
市場も分かってないし、プレーヤーも分かっていないという感じで、最初の1年くらいはキャッチアップに苦労しました。

採用には苦戦。資金調達はデット・ファイナンスで切り抜ける

大久保:キャッチアップには苦労されたと。その他お金とか組織とか、そのあたりで苦労されたことはありますか。

井無田:比較的順調な方なのですが、採用や資金調達では多少苦労しました。
BtoBのITに詳しくないため、どういう人を取るべきかというのもそうですし、BtoBのITのプロフェッショナルを採用できる能力がないというか、やはりプロの方には「この人なんにも分かってないな、こんなところには行きたくない」と思われてしまうわけです。
BtoBのITプロフェッショナルの採用は、ここ1年くらいでようやく増えてきたという感じです。
そこの立ち上がりにはすごく時間がかかりました

あとはお金の使い方としては、今月末キャッシュが200万円くらいしかないのに展示会に1,000万円投入して出展するという無茶なこともやっていました。
もちろん元銀行マンですから、自分の中でこうすれば乗り切れるという自信はあったのですが、そのあたりも含めて最初は手探りでやっていたという感じです。

大久保:途中からはベンチャーキャピタルからの出資も入ったということですね。

井無田:そうですね、DNX Venturesなど3社から出資を受けることができました。

大久保:月末に200万円しかないという状況で、投資家を口説いたんですか。

井無田:その頃はずっとデット・ファイナンス(※1)で切り抜けていました。
その後、ある程度軌道に乗り始めてからベンチャーキャピタルに行ったという感じだったので、そこは問題ありませんでした。
※1 金融機関などからお金を借り入れることで資金を調達する方法

大久保:逆に最初のうちにベンチャーキャピタルに出資してもらうと、シェアを押さえられてしまうなどのデメリットもありますよね。

井無田:はい。ただ日本はデット・ファイナンス天国なのです。政策金融公庫というありがたい国策金融機関があり、あと東京都を始めとする各地方自治体の創業融資などもあるので、それをフル活用してエクイティ・ファイナンス(※2)をできるだけ後回しにすることができるのです。
※2 株式を発行することで資金を調達する方法

大久保:そのおかげでVCにシェアを押さえられてしまうことがあまりないと。

井無田:おっしゃるとおりです。

大久保:利用されたのは政策金融公庫と保証協会でしょうか。

井無田:はい、その2つです。

ユーザーフレンドリーなガイダンスを簡単に作ることができる


大久保:プロダクトの概要を教えていただけますか。

井無田システムに開発や改修といった手を加えることなく、まるでシステム上に一枚の透明な下敷きをかぶせたような形でナビゲーションを表示することができるツールです。
実際のシステム上にポップアップが表示されたり吹き出しが出てきて、ユーザーの操作を導いていくことができます。

そのようなガイダンスを作っていくことができるのですが、それをノーコード、プログラミングなしで、誰でも簡単に作ることができるというのが大きな特徴です。

自分たちの手で使いやすく「カイゼン」する方法こそ日本式DX

井無田:大企業ではシステムの開発に3年くらいかけ、その後不具合や使いにくいところを意見として取りまとめ、また1年以上かけて修正する。
ものすごく大きなプロジェクトになってしまい、負担が大きくてみんな嫌になってしまうのです。

その点「テックタッチ」を使っていただくと、現場の方がご自分で「ここまずいな」と感じたところをアジャイル(※3)システムの改善をおこなうことができます
※3・・・素早い、俊敏なという意味。イテレーション(反復)と呼ばれる短い開発単位を採用することで、リスクを最小化しようとする開発手法

そうすると社内全員の意識として、システム自体を情報システム部門が勝手に導入した「扱いにくい敵」といったものから、「自分の子ども」といった感じに認識が変化し、自分たちで育てていくといったオーナーシップが芽生えてくるのです。

そういった点がボトムアップで下から「カイゼン」していく日本的な姿勢にマッチしていて、みんなが少しずつシステムに対するマインドシェアみたいなものを持ちはじめて、日本式DX的なものが生まれてくるのではないかな、そうなれば面白いなと考えています。

システムを作る側、SaaS側にとって非常にありがたいツール

大久保:これはSalesforceなどのシステムを作っている側やSaaSの側から見ると、サードパーティというか、勝手に親切なことをやってくれて非常にありがたいツールということになりますね。

井無田:おっしゃるとおりです。
私たちにはビジネスドメインがいくつかあって、一つは大企業が社内導入しているシステム、例えばSalesforceとかSAPなどです。それに合わせてエンド企業で「テックタッチ」を使っていただくというものです。
で、もう一つのドメインが、本来SaaSとかのサービス提供者がおこなうユーザー向けのサービスの使い方だとか、初期設定の仕方などのオンボーディングをナビゲーションで代行するというものになります。

大久保:これって例えばシステムを作っているセールスフォースが自前でQ&Aを作れば良いと考えてしまいがちですが、導入している各社ごとに事情が異なるので全てをカバーするQ&Aを作るのはかなり難しいというということですね。

井無田:おっしゃるとおりです。各社かなりカスタマイズしますから。
ちなみに「テックタッチ」の実装パターンというのは2つありまして、エンド企業の場合はブラウザにプラグイン、拡張機能ですね、これを入れてもらいます。
SaaS側で入れて頂く場合は7〜8行くらいのスニペット(※4)を入れていただく感じになります。
※4 プログラミング言語の中で、切り貼りして再利用できる小さなユニット

ガイダンスやナビゲーションの作り方もしっかりとフォロー

大久保:このガイダンスやナビゲーションを作るという作業自体もかなり重要ですね。

井無田:そうですね、そのあたりはアジャイルにやっていくというのがベストです。
それから、これまでの約3年間で、さまざまなエンタープライズ企業をはじめとするお客様に提供させていただいたので、私たちにもノウハウが蓄積しています。
このツールは単純にお客様にお渡ししてしまうと、50個くらいガイドをただのマニュアルみたいに作成して、ドンと置くだけになってしまうのです。
そこで私たちがノウハウをお伝えして、例えばかゆいところに手が届くというか、ユーザーが本当に欲しいところ、欲しいタイミングで手を差し伸べてあげるといった実装の方法とか、図を使って分かりやすくしましょうとか、そういったことができるようにサポートしています。

コンサルティングをおこないシステムの問題点や課題を浮き彫りに

大久保:そうなるとまずはツールとして使っていただいて、その後貯まったノウハウなどでサポートやコンサルティングをおこなうという、もう一段ステージの上がった展開になっていきそうですね。

井無田:おっしゃるとおりです。次のビジョンとして考えているのは、まさにそこをもっと可視化していきたいということです。
ブラウザの拡張機能とか、スニペットを入れていただくと、ナビゲーションを操作していないときでもユーザーの操作ログを取ることができるのですね。
ブラウザ上でどんな操作をしているのかということを全部ログとして記録することができるので、そうなるとGoogle アナリティクス的なことができるようになります。
このシステムは何人のユーザーがどれくらいの時間使っているか、どこに時間がかかってしまっているか、どこで詰まってしまっているか、どこで離脱してしまっているかなどがわかるようになるというわけです。

それが分かるようになると、システム運用上の、問題点や課題を浮き彫りにすることができるので、よりナビゲーションの精度を上げたり、よりシステムを使ってもらえるようにしていったりということが可能になります。

海外の同業他社に対する強みは圧倒的な「簡単さ」


大久保:海外には同じようなサービスはあるのですか?

井無田:海外にもあります。海外には先ほどお話したビジネスドメインごとに大きな会社が存在しています。

それに対して私たちの強みは、ナビゲーションを作るエディターの「簡単さ」です。
直感的に誰でも作ることができる。その点では圧倒的に秀でていると考えています
こういうツールというのは、PDCAをどれだけ回すことができるかという点が勝負となってくるので、そこの回しやすさというのはすごく重要かなと考えています。

大久保:これまでは現場のチームリーダーなどが意見を取りまとめて、それを社内のシステム部門の人に依頼してなんてやっていたのが、自分でサクッとできてしまうということですね。

井無田:そのとおりです。

大久保:一番状況を分かっている人がナビゲーションを作れると。

井無田:はいそうです。業務部門でナビゲーション作成を完結することができます。

今後は官公庁や地方自治体への導入を視野に

大久保:プロダクトもだいぶ固まってきたという印象を受けますが、いかがですか?

井無田:そうですね。大企業やSaaSに対してはおっしゃる通りはまってきていますし、プロダクトに加えて、お客さまのシステム利活用の課題解決のためのコンサルティング的な部分も立ち上がってきています。
ただ次のセグメントを考える必要もあって、例えば官公庁や地方自治体といった公共セクターですね。あと海外にも進出したいとも考えています。
大久保:地方自治体のシステムとか分かりにくいものが多いので、こういったツールを入れておくのはいいですよね。

井無田:はい、誰も気づかないような深いところに電子申請のページがあったり、本当に分かりにくいですから。

良い人材を採用し、活躍してもらうことが大切

大久保:事業をされてきて経営面やプロダクト面で気づかれたことはありますか。

井無田:経営面でいいますと、当たり前ですが、「一人ではできない」ということですね。
いかに良い人材に入社してもらって、その人に権限を渡して活躍してもらうということが非常に大切だなと思っています。
プロダクト面ですと、BtoBのプロダクトはアーキテクチャとか、安全性というものに非常に重きを置くのだなということを実感しました。
具体的には、私たちのプロダクトは既存のシステムに上乗せするものなので、干渉してしまう可能性がゼロではないのです。
そのため、その可能性がある場合、影響をシステム全体に及ばせることなく、できる限り局地的に抑えなければならない。そういったことがアーキテクチャの問題です。

また安全性、安定性でいうと、大企業などでは安定性を重んじるため、こまめなバージョンアップを避ける傾向にあります。
私たちは6週間ごとのバージョンアップを心がけているのですが、お客様側でそれを望まないこともあります。
そのため現在ではお客様側でバージョンアップの時期を選択できるという仕様にしています。

業務マニュアルの作成に従事している方に成功体験をしていただきたい

大久保:大企業やSaaSで業務マニュアルなど作成をしている方にメッセージはありますか。

井無田:マニュアル作成って本当に大変だと思います。またそれがあまり利用されてないということになると、自分の仕事に意味を見いだせなくなってしまう
そこで私たちのソリューションを使っていただくと、実際に利用してもらえますし、ユーザーの声を聞くこともできます
ユーザーがどういった使い方をしているのかが分かるので、すごく成功体験を積みやすいという声をいただきます。
こういったモダンなソリューションなので、初めはとっつきにくいと思われるかもしれませんが、使い始めると自分の作成したナビゲーションが多くの人に使われ、評価されて成功体験につながっていくので、ぜひ導入を検討していただければと思います。

起業家へのメッセージ

大久保:起業家へのメッセージなどあれば、お願いします。

井無田:スタートアップはやはり面白いなと思っています。
どんどんステージが変わってきて、自分の成長もあるし、会社の成長と自分の成長が連動もしています。
いろいろな人と関わることができて、加速度的に刺激が増えてくる。
実際今も自分の社会人人生の中で一番成長している時だと思っています。
皆さんにもぜひ頑張っていただきたい。

最初はどうしても失敗しやすいというか、遠回りしやすいです。
無知ゆえに遠回りしやすいので、どんどん色々な人に話を聞きにいくことをおすすめします
特に採用とか、資金調達については失敗するとなかなか後戻りできませんし、ロスをすると半年一年の単位でロスしてしまうので、そのあたりは多くの人にアドバイスをもらってやっていくのがいいと思います。

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