ヴァルトジャパン 小野 貴也|産学連携によるメリットとは。障がい者ワーカーに最適なマッチングプラットフォームづくりを目指すために
障がい者雇用支援事業を手掛けるヴァルトジャパンに産学連携の取り組みについて話を聞きました
障がい者ワーカーに特化したお仕事マッチングの仕組みを展開しているヴァルトジャパン株式会社。
ワーカーの障がいや疾病の特性に合わせたマッチングを可能にする仕組みづくりについて、産業医科大学と連携した取り組みを進めているとのこと。「企業同士の連携では得られない産学連携ならではの利点を事業に生かすことができている」と代表の小野貴也氏は話します。
どのような形で連携しているのか、産学連携のメリット・デメリット、これから目指していく将来の展望について、創業手帳株式会社創業者の大久保が聞きました。
シオノギ製薬のMR(精神疾患・生活習慣病医薬品担当)に従事中、障がいや疾患を抱える多くの方々には、仕事の成功体験を積み重ねるための社会的システムが不十分である実態に衝撃を受け、社会的就労困難者が「仕事を通じて活躍できる社会(社会的仕組み)」を作ると決心し、2014年8月同社を創業。民間企業から受注した累計400種類・1,500案件以上の仕事を、全国の就労困難者に流通させ活躍機会を生む「NEXT HERO(就労困難者特化型BPOプラットフォーム)」を展開。2021年5月に、Z Venture Capital、みずほキャピタル等から約2億円を調達。業界初のIPOを目指し、就労困難者の未来を作る。
■メディア実績
日本経済新聞、日経BP、日経産業新聞、毎日新聞、読売新聞、テレビ東京、TBSラジオ、ビジネスインサイダージャパン、THE21、日本財団ジャーナル、NHK 等
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
障がい者ワーカーの特性に合わせた仕事マッチングの仕組みを大学と共同で研究
小野:障がいや難病を持つ就労困難者一人ひとりの特性に合わせて仕事をマッチングさせる仕組みについて、共同研究をおこなっています。
これまでヴァルトジャパンでは、企業から受注した仕事を就労困難者に向けて流通させるためのプラットフォームづくりを進め、現在では12,000人以上のワーカーを抱えるまでになりました。仕事とワーカーの数を充実させた次の段階として目指しているのは「障がい者一人ひとりが自身の特性を最大限発揮できるような最適なマッチング」です。
小野:例えば「データ入力の仕事をしたい」とワーカーさんが言ったときに、そのままデータ入力の仕事を渡すことが最適なマッチングか。僕たちは、違うと考えています。同じデータ入力の仕事であっても、例えば1日に何時間やるのか、どのような種類のデータを扱うのか、データ量はどのぐらいあるのかなど、一つの仕事でも案件によって内容はまったく異なるからです。
ワーカー側にしても同じです。例えば障がいで言えば、身体障がい、知的障がい、精神障がいと大きく3つに区別されていますが、それはあくまで1つの区分であって、実際にはさらに細かく数多くの疾患や症状、特性があります。
仕事側にもワーカー側にもそれぞれ複雑な『因子』があり、その因子同士を適切に結びつけて仕事とワーカーをつなげることが最適なマッチングだと考えています。
小野:まずは、仕事とワーカーがそれぞれ持っている因子を特定し、きちんと見える化することが必要です。さらにその上で、因子同士が最適にマッチングするのはどのようなパターンで、適切にマッチングすればどのような成果を出すのかという仮説を立てる。そして実際のデータを元に仮説検証していく必要があります。
その中で、そもそも何を因子とみなし研究対象とするのかを決めるスタート地点は特に重要です。スタートが荒いと成果も荒くなってしまうからです。今は、産業医科大学の力を借りながら、このスタートの切り方についてものすごく時間をかけて考えているところです。
「専門的な仮説検証力を持つ大学と現場の生データを持つ民間企業の補完関係が産学連携ならではのメリット」
小野:産業医科大学の永田智久先生、永田昌子先生には、「仮説検証の専門性」において特にお力をお借りしています。
何を因子とみなすかは非常に難しく、民間の僕たちだけではどうしても限界があります。僕たちスタートアップ企業は、ある程度仮説を立てた後は「えいや」で進んでみて、PDCAを回しながら最適化していくという方法には慣れています。しかし、無数の可能性と選択肢がある障がい特性・疾病特性の中からこの方法で因子を特定しようとすれば、スタートアップ1社では膨大な年月がかかってしまうでしょう。
また、医学や治療の世界は「いい加減」ではだめだと思っています。企業が優先する経済合理性だけでなく、社会性や倫理性も踏まえる必要があります。どこの誰が研究したのかわからないようなデータではなく、客観的なエビデンスに基づいて研究がおこなわれるべきで、そのためには研究に第三者が入って民主化されなくてはいけません。
何を因子としてみなし、何を成果としてみなすか。そして何を根拠とするか。この仮説検証をいかに専門的にやるかというところが非常に重要であり、僕たちが大学と連携している大きな理由です。
小野:エビデンスを持ち適切に行われた研究データは、福祉や医療業界全体でシェアすることができます。それは、患者ごとにカスタマイズされた、より良い医療・福祉・介護・生活支援を提供することにつながると考えています。
現在、厚労省は「地域包括ケアシステム」と呼ばれる体制の構築を進めています。これまでは、地域内の医療施設や介護施設は縦割りで分断されていて、現場の専門家は、ほかの施設でどのような治療やサービスを受けているのか分かりませんでした。それを、地域内の医療や介護施設などをICTで連携することで患者さんの情報を共有できるようにし、地域一体で患者さんのQOLを上げていこうとするのが地域包括ケアシステムです。
地域一体で患者さんに向き合う際に必要なのものは「統一された情報」です。地域包括ケアシステムは高齢者を中心に考えられているものですが、私たちは障がいや疾病を持つ就労困難者に特化して、情報をシェアしていきたいと思っています。ワーカーがどのような特性を持っているか、どのような仕事だったらパフォーマンスを発揮できるのか、あるいはできないのかというデータを地域の福祉や医療業界で共有することで、地域全体でワーカーの特性をそれぞれ把握し、一人ひとりにカスタマイズされた治療や支援サービスを提供しやすくなるはずです。
現場でワーカーに向き合う医師や福祉支援員などに「使えるデータ」として共有するためには、エビデンスの有無をはじめデータの質が重要です。現場の専門家たちが公正なエビデンスのあるデータに基づいて意思決定できるようになることは、就労困難者のQOL向上に間違いなく好影響を与えると考えています。そのために、大学が長年蓄積してきた研究の専門性が必要ということです。
小野:これまで実際の現場で得てきた生のデータを数多く持っているという点です。障がいや疾病を持つ就労困難者への発注数で言えば、僕たちは国内で圧倒的にナンバーワンだと思いますし、12,000人以上のワーカーと日常的に接する中で生きたデータを得られることが僕たちの強みです。
大学は高度な分析システムやノウハウを持っていて、僕たちはデータを持っている。この補完関係は産学連携ならではのメリットだと思っています。
産業医科大学の先生たちも、今回僕たちがこういう話をするずっと前から、就労困難者一人ひとりの特性・特異性と仕事を合理的にマッチングさせることについて夢を描き続けていたようです。今回の話をした際には、長年の夢に取り組めることがすごく嬉しいと喜んでもらいました。
小野:スピードに関してはむしろ、産業医科大の先生たちの専門的なノウハウやスピードに僕たちがついていけていないほどです。僕たちの足取りがどうしても遅くなってしまう理由の一つとして、金銭面での限界があります。
これまで進めてきた仕事流通プラットフォームの拡大を第1フェーズとすると、最適なマッチングを目指す第2フェーズは中長期的な戦略です。専門の人をどんどんと雇うほどの金銭的体力は正直まだありませんし、積極投資したくても限界がある。もどかしい現状があるというのが実際のところです。
これを産学連携のデメリットと言うかはわかりませんが、収益を確保しながら取り組む民間と、純粋に研究として取り組む大学や研究機関とで中長期的な成果に対する姿勢や注ぎ込める体力などに差があるという側面は一つ言えるでしょう。
ただ、事業はこれまで順調に成長し続けていますし、資金調達もさせていただきました。いよいよ来年からは積極投資のフェーズに入っていける段階にようやく来たと思っています。
小野:そうですね。今回産業医科大学と連携をしたことで、作業療法士や理学療法士、福祉支援員といった専門家から採用に関して問い合わせをいただくなど注目を寄せていただいています。産学連携が採用に繋がるメリットもあると感じています。
また、大学との連携を通じて得る産業医学的なエビデンスが社内に蓄積されていくことは、当然事業自体にも活きています。クライアントとの商談にしてもワーカーに仕事を提供するときにしても、きちんとしたエビデンスに基づいて話ができるようになってきているので、組織全体の力も成長しているかなと感じます。
企業同士の連携では得られないだろうメリットも踏まえて、機会があるならば産学連携をする価値はあると言えると思います。
大学や研究機関とつながるためには。「ビジョンを言葉にして周囲に伝えていたおかげ」
小野:日頃から応援いただいている方から紹介していただきました。紹介してもらえたのは、自分がやりたいことをきちんと言葉にして日常的に周囲に伝えていたおかげかなと思っています。紹介していただいた方には、このような話をしました。
「仕事を通じて、疾患や障がいはなくせると思う。薬にできることには限界があるけども、仕事は薬にできないことも可能にする。仕事は生きる喜びや認められたときの幸せを生み出し、あらゆるQOLを向上させる手段だと思う」
このような話をしたことがきっかけで、産業医科大の永田先生とつなげていただいたという経緯があります。
小野:そうです。その後永田先生と初めてお会いしたときも、自分の思いを率直に伝えました。「産業医の先生とこういうことがしたい」という内容を『ラブレター』に書いていって「もう帰しません。帰したくありません」くらいの勢いで話をしました(笑)そうして思いやビジョンについて理解してもらい、結果的に産学連携という形になりました。
「パーソナライズした仕事マッチングの重要性はこれからさらに高まる」
小野:これはかなり長期的なビジョンですが、特性に合わせたマッチングのモデルケースを作れたあとは、海外にも展開していきたいと思っています。言語の違いはあれど、障がいや疾患などワーカー側の因子、仕事側の因子には世界各国でそこまで大きな差はないと思っています。
また、いま国としても、就労困難者一人ひとりの特性を見える化して適切な環境に就労できるようにするための後押しを進めている時代の中にあります。たとえば厚労省では、「就労パスポート」という仕組みが作られています。職務経験書や履歴書などのパーソナル版のようなもので、障がい者が働く上での特徴、希望する配慮などについて支援機関と一緒に整理し、事業主などに分かりやすく伝えるために使用できるものです。
このように、仕事と就労者のマッチングをパーソナライズしていくような時代に変化していく中で、プラットフォームとテクノロジーの必要性はより一層大きくなると感じています。
これまでは事業所と就労者の数を広げることに全力で注力してきましたが、「単に仕事を流通させればいい」という問題ではないことは、私たちが一番よく知っているつもりです。仕事を通じて生きる喜びや認められる嬉しさというのを知ってもらえるように、最適なマッチングを生み出せるプラットフォームづくりをこれからさらに進めていこうと思います。
(取材協力:
ヴァルトジャパン株式会社 代表取締役 小野 貴也)
(編集: 創業手帳編集部)