損益計画や売上げ高はどう考える?【芳賀氏連載その4】
税理士・中小企業診断士の芳賀保則氏に聞く、起業家のための融資・資金調達の知識
起業する際、ビジネスの内容はもちろん、資金調達について気になる起業家も多いのではないでしょうか。銀行の融資や投資会社からの出資が実現するのは創業後だいぶ経ってから。そこで、起業のタイミングではどのように資金を調達すれば良いのか、起業を考えている男女2人が芳賀保則税理士に聞きました。本連載では、全5回にわたって起業家のための融資・資金調達の知識を解説します。
経営革新等支援機関 税理士法人ハガックス 代表社員
1970年生まれ、渋谷区で生まれ育つ。東京大学大学院卒業後、東京ガス勤務を経て、税理士法人ハガックス(渋谷区、税理士4名・スタッフ合計14名)の代表社員に。
中小企業大学校にて経営改善計画策定支援研修の講師及び試験評価委員を務める。主な著書は『現場で使える創業相談の手引き』。趣味はゴルフ、ジム、輪ゴムでハエを落とすこと。
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この記事の目次
売上げ高の見積りは現実的なビジネス戦略に基づいて
由香里さん:私は飲食店を始める予定ですが、損益計画はどのような点に気をつけて作成すればいいですか?
芳賀税理士:ポイントは売上げの積み上げです。売上げに関しては、皆さんバラ色のものを持ってくるものですから、正直本当かなというのはあります。例えばWebサイトを立ち上げて、会員向けに情報提供するビジネスを考えているというケースで、「ひとりあたり会費が5,000円で、毎月5%ずつ会員が増えていくから2年後には数億円の利益が出る」という計画書を提出される方がいたりします。Excel上では立派な損益計画ができていますが、その数字は疑わしいと言わざるを得ません。
公庫の方が融資計画を見る時も、結局売上げの積み上げがどうなっているかが重要になってきます。由香里さんのような飲食店経営であれば、席数やメニュー単価、客単価で決まってくるので、これまでの事例と同じような積み上げをして損益計画を作成してみてください。
武志さん:私は仲間とWebコンサルを始める予定ですが、独立前も同じ業種でやっていたので、売上げ高の見積りを出すのはそれほど難しくないですよね?
芳賀税理士:そうですね。まず独立後の仕事の単価に関しては、サラリーマン時代の顧客の方々に聞いてみると的確な答えが返ってくると思います。独立後も武志さんに任せてもらえるのであれば、いくらぐらい支払ってくれるのかということをうかがってみてください。単価はそれで簡単に考えられますが、問題は本当にその方たちが依頼してくれるのかどうかという需要の部分です。以前の顧客がそのまま独立後のお客さんになってくれればいいですが、心配なのはお客さんのアテがない方です。
先日相談に来られた方で、少し心配な方がいらっしゃいました。サラリーマン時代に飲食店経営に携わっていて、今回独立して自分で居酒屋をやりますという方です。今までのお客様に来てもらうことは期待できず、街の居酒屋として店を構えるという話でした。知識や経歴には問題がありませんし、客単価がいくらで席数がいくらで回転数が、と数字は一見しっかりしているんです。ただ、街に他にも多数ある居酒屋の中で、なぜ自分のお店に入ってもらえるかという差別化があまりできていないように感じました。
差別化ができていないと、想定している売上げの信憑性がなくなってきますよね。融資の場合、それを審査側がどう捉えるかです。その業界について知っていれば知っているほど競合の多さが目について、差別化できる要素を持っていないと厳しいと言われかねません。
武志さん:融資にそこまで関係してくるのですか?
芳賀税理士:ええ。競合が多いビジネスほど、プロモーション戦略がしっかりしていないと融資は下りにくくなるでしょう。サラリーマン時代は会社の名刺を使って商売をやっているのである程度はうまくいきますが、独立となると厳しい現実が突きつけられます。
私のような資格を持った税理士でも、独立したらすでに数十年やっている税理士と戦っていかなければなりません。ですが素性も知らない税理士のもとに、新規でお願いに来る人はなかなかいないのが現実です。仮に事務所の名前を広めるために広告予算をかけたとしても、予算を使って具体的に何をするかが問われるでしょう。今はホームページを作るだけでは誰も見てくれないので、どれだけプロモーションを具体的に考えているかが肝になってきます。
飲食店の売上げ高見積りは、相場感が外れていなければ問題ない
由香里さん:私のような飲食店経営の場合、売上げ高はどのように見積もっておけば融資が下りやすいですか?
芳賀税理士:飲食店の場合、それまでの経歴があった上で、ある程度きちんとした立地にお店を出すのであれば、融資に関しては問題ありません。ホワイトワーカーの人が脱サラして急にラーメン屋をやると聞くと「大丈夫かな?」とは思いますが、2、3年下働きを経験した人がある程度の相場感を持ってやるのであれば問題ないでしょう。席数、客単価、営業時間、アルコールを提供するか否かなどで売上げを見積もりますが、逆に公庫の方もたくさん事例を持っているので、そこに合う形で出しておけばまずは融資が下りると思います。その店の味がどうこうというのは数値化が難しいところですので、融資の中では判断材料になりませんからね。
由香里さん:では、営業時間や定休日など、売上げ高を見積る前に決めておいた方が良いことがあれば教えてください。
芳賀税理士:従業員を雇うかどうか。雇うのであれば、どのタイミングで雇うかですね。最初はひとりでやってみて、売上げがこのぐらいになったら入れようという目安は事前に決めておいた方がいいと思います。それから、ひとりでやる場合はどこかで休みを取らないと体が持たないので、定休日も決めておく必要がありますね。それもまた売上げ高を左右する要因でもあります。
「その商品が本当に売れるのか」の裏付けは「実際に買ってくれる人がいるか」で確認しよう
武志さん:芳賀先生が見ていて、売上げ高を見積る上でこれは失敗だと感じるのはどのようなケースでしょうか。
芳賀税理士:これまでやったことがないビジネスなのに、単価も個数もすべてにおいて裏付けがないパターンです。例えば、一般消費者にBtoCでモノを販売するビジネスをやろうとしていて、でも未経験のビジネスであれば、販売単価を決める際には何かしら裏付けが必要ですよね?ですがそれができていない方が中にはいらっしゃいます。
起業相談に来る方の中には「これは売れる!」と熱意を持って語る方も多く、「どんな方が買うんですか?」と尋ねると、根拠もなしに「みんなが買う」とおっしゃる。ベーシックな商品であればそれほど問題ありませんが、例えばよりデザイン的なものになると購入する人を選ぶので、リサーチが必要です。
以前相談に来た男性で、熱帯魚を上面から楽しめる特殊な水槽の特許を取ったという方がいらっしゃいました。そこで「ターゲットを決めましょう」とお伝えすると、誰もが購入するという前提のもとで「日本中に熱帯魚を売っているお店はこれだけあるから、そのうちの10%だとして何個売れる」とおっしゃるのです。サンプルで売ってみたり、知り合いの何人かに聞いてこんな意見をもらったという前提があれば分かりますが、裏付けがないとなかなか難しいですよね。ですから「まずはご友人でいいのでひとついくらで買ってくれるかを聞いてみてください。安くていいのでひとりに売ってみてください」とお伝えします。
「開発に100万円かかったから単価はいくら」というように原価から持ってくる方が多いですが、それでは適正価格を導き出すことはできません。BtoCで一般消費者にモノを売る場合は裏付けから、BtoBの場合はこれまでの実績に基づいて売上げ高を見積るべきではないでしょうか。
相談を終えて……
芳賀税理士にお話をうかがったことで、損益計画や売上げ高の見積りについて知ることができたという武志さんと由香里さん。次回も資金調達についてのお話を聞いていきます。
(次回へ続きます)
(取材協力:
税理士法人ハガックス 代表社員 芳賀保則)
(編集: 創業手帳編集部)