世界のスポーツ事例から学ぶ!ビジネスに活用できる科学的コーチングと理論的組織づくり【若林氏連載その1】
北米アイスホッケーのプロコーチが教える起業家向けスキルとは?
(2020/10/21更新)
スポーツとビジネスは競争やチーム、育成、戦略など共通点が多いと言われます。特に、目標を達成するスポーツのコーチやトレーナーの理論や、映画「マネーボール」で有名になったスポーツにおける統計や戦略の科学応用は、海外では飛躍的に進んでいます。
日本ではスポーツと言うと、昭和の体育会系的な文化やイメージも有りますが、アメリカ、特に北米ではスポーツは巨大なビジネスであり、コーチも細かく分業化され、統計データを駆使する「勝つための科学」の世界になっています。データやコーチ、戦略戦術などをビジネスに応用する動きもあります。
そんな最先端のスポーツの育成・コーチ理論を、アイスホッケー(北米では四大プロスポーツ)の盛んな北米在住のプロホッケーコーチ若林さんが語る「科学的な最先端のプロスポーツ理論をビジネスに応用する」連載シリーズ。
第一回目の本記事では、世界のスポーツ界がどのような改革を行い、結果を残してきたのかを紹介します。スポーツにおける成功事例がビジネスにどのように役立つのかもあわせて説明していきます。
World Hockey Lab 主宰/DYHA Jr. Sun Devils ゴールテンディングディレクター
日本人で唯一、北米とアジアでプロ・アイスホッケーコーチとして20年以上指導。アジアリーグ日光アイスバックス・テクニカルコーチ、香港代表チーム監督などプロ及びナショナルチームからユースホッケーまで幅広く指導。現在はアメリカ・アリゾナ州フェニックスでNCAAアリゾナ州立大学と提携するユースホッケークラブDYHA Jr. Sun Devilsでゴールテンディングディレクターを務める傍ら、世界各地でアイスホッケーキャンプを指導。
現場でのコーチングの他、香港では青少年のアイスホッケープログラムマネージメントを担当。2013~2015年に担当したアイスホッケー未経験の青少年80人にアイスホッケープログラムを提供するHong Kong Youth Ice Hockey Campaignは、その後2倍以上の規模に発展。香港アイスホッケーの未来を支えるプログラムとして継続中。その他、アイスホッケーにおける統計データ活用について、アメリカのアイスホッケー統括団体USA Hockeyの管理者向け講義も行なっている。
また、スポーツ組織論として、欧米、アジアと日本のスポーツチーム、組織、コーチング、育成環境の比較解説。スポーツチーム、組織のマネージメント全般。チーム、組織が継続的に成長するために必要な競技構造の構築等を研究している。
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この記事の目次
コミュニケーションスキルによって伝える力をあげることの重要性
もしも、あなたが小学校低学年のサッカーチームのコーチになったとします。ある晴れた日曜日、グラウンドで練習を行います。あなたは練習ドリルの説明をするため、子供たちを集めて作戦ボードにドリルを描いて説明しようとしています。
図1と図2を比較して、どちらが良い練習の説明の様子でしょうか?
図1
図2
答えは図2です。何故でしょうか?
子供たちとコーチの位置関係をよく観察してください。図1ではコーチが太陽と、グラウンドの外で見学している父兄たちに背を向けて説明をしており、大半の子供たちが太陽に向かって座っています。この位置関係では、太陽がまぶしかったり、父兄の様子が気になったりして、子供たちが集中してドリルの説明を聴くことができません。さらに何人かの子供たちはコーチの背後におり、全員が作戦ボードを見ることができません。
対する図2では、逆に子供たちは、グラウンドの外で見学している父兄たちと太陽に背を向け、全員がコーチの前に座って説明を聴いています。この位置関係であれば、子供たちは太陽や父兄の様子に気を取られることなく、全員が集中してコーチの話を聴き、作戦ボードに描かれたドリルに集中することができます。
コミュニケーションスキルをビジネスに応用
上記は、スポーツコーチングの世界では比較的よく知られた、コーチングのコミュニケーションスキルの一例ですが、簡単にビジネスの世界に置き換えることができます。
例えば、窓がある部屋でプレゼンテーションや社内会議をするのであれば、聴衆が窓の外の風景に気を取られたり、講演者の顔が逆光で暗くならないように、講演者は窓を背にして立たないように気を付けます。オンラインミーティングも同様です。
あなたがどんなに素晴らしいアイディアを持っていても、それを相手に伝えるスキルが無ければ、残念ながら価値はありません。
スポーツの世界では、限られた時間に、与えられた戦力を育て、勝負に勝つために、話し方、身振り、手振り、説明の段取り等のコーチングのコミュニケーションスキルが研究され、コーチ教育の一環として教えられています。これらはほとんどそのまま、ビジネスにおける顧客や社内でのコミュニケーションスキルとして応用することが可能です。
世界で成功を収めるスポーツ界の戦略
スポーツ界には、その他にもビジネスで使えるアイディアが満載です。北米四大スポーツと呼ばれるNFL(アメリカンフットボール)、MLB(野球)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)、また、サッカーを中心とする欧州のプロスポーツ界は、慣習に囚われない極めて合理的な組織作りとトレーニングで、フィールド上とビジネス面で成功を収めるために戦っています。
ビッグビジネスであるプロスポーツの経営、選手及びスタッフの人事、コーチング、トレーニング理論には、一般的な会社経営にも役立つノウハウが詰まっています。
経験に基づく勘ではなく、データ分析による戦略
2021年から、カナダとアメリカにまたがる世界最高峰のアイスホッケーリーグNHL (National Hockey League) に参戦する新チーム、シアトル・クラーケンは、2020年2月、Namita Nandakumarを上級定量分析アナリストとして迎えることを発表しました。Namitaはインド系アメリカ人の女性でアイスホッケー経験はありません。
しかし、彼女は2018年のアメリカンフットボールNFLスーバーボールを制したフィラデルフィア・イーグルスでもアナリストを務めた、スポーツ統計分析のプロ中のプロです。彼女の専門分野はドラフトによる選手獲得戦略分析。ドラフトによる新戦力獲得は、限られた予算内で、数年後に最大の結果を出してくれることを期待して新人選手に投資する、チーム戦略の柱の一つです。
彼女は、この中長期的なチームの構築の鍵となる情報を、チーム構築と運用を担当するGM等の要職に提供しアドバイスする、最重要ポストの一つを任されているということです。クラーケンは監督すら発表していない段階でNamitaを迎えていますから、彼女のポジションがいかに重要視されているかが分かります。
経験に基づく勘ではなく、データを元に効率的な組織作りをするための経営戦略であり、そのためには先入観を持たない大胆な人事が必要だということなのです。
他業種からのリーダー採用
サッカーの世界最高峰リーグの一つであるイングランド・プレミアリーグ、サウザンプトンは、2014年に、NHLやスイス代表チームでアイスホッケー監督を務めていたラルフ・クルーガーを会長に迎えたことで注目を集めました。こちらも他業種からリーダーを採用する大胆な人事です。
ユニークな取り組み
人口約550万人の小国ながら、近年、選手育成大国として名を上げ、アイスホッケーの超大国カナダやロシアを抑えて世界選手権を制する等、大躍進を遂げているフィンランドでは、特に世界的選手を生み出しているゴールキーパーの少年期のトレーニングに、ブレイクダンスを取り入れています。
フィンランドのアイスホッケーは、ユニークで、かつ合理的なコーチングと組織作りで知られており、中小企業が大企業に負けない勝負をするためのヒントとなります。
慣習にとらわれない合理的かつ科学的な考え方への改革
プロスポーツだけでなく、アマチュアスポーツを管轄する団体でも「みんな昔からこうやって鍛えて来た」という、経験重視のコーチングから、合理的で科学的なコーチングへの改革が行われています。
細分化されたコーチングとトレーニング
アメリカのアマチュアアイスホッケー統括団体であるUSA Hockeyは、世界のアイスホッケー人口の三分の一を占める、約57万人の選手登録を誇りながら、2000年代初めまで年代別の世界選手権やオリンピック等、国際舞台での結果は振いませんでした。いわば、顧客を大量に抱えながら利益率の低い大企業だったのです。
そこでUSA Hockeyは2009年にADM=American Development Modelと銘打って、ユースホッケー(8-18歳)選手育成のためにコーチングの大改革を始めます。改革内容は多岐に及びますが、最も重要なのは、少年少女の成長曲線を元に、年代と性別に合ったコーチングとトレーニングの内容を推奨したことです。
例えば「10-12歳の子供は神経系統がもっとも発達する『スキルのゴールデンエイジ』なので、心肺機能を酷使する走り込みや、子供たちが理解できない戦術の練習ではなく、基礎から高度なものまで、スキルの練習を徹底的に行うなどの年代別指導マニュアルが作成されました。
構造改革
コーチは自分が登録されたチームの年代に合わせた指導マニュアルをオンライン受講することが義務付けられました。また、試合過多になりすぎないように、練習と試合の割合を定めたり、勝利至上主義にならないように、8歳未満で優勝を決める大会を禁止するなど、ユースホッケーの競技構造そのものを大きく改革しました。
ADM以前にもコーチングのライセンス制度や指導マニュアルは存在しましたが、現場での育成は個々のクラブとコーチに任されており、年代に合わないトレーニングや、勝利至上主義の采配は珍しいことではありませんでした。
ビジネスに例えるなら、個々の顧客の特性に合わせたサービスが提供されてなかった、ということです。
しかし、合理的で説得力のあるサービスが提供されれば、顧客である選手も大満足でADMの改革は大成功!というわけにはいきませんでした。選手の出資者であり、本当の意味での顧客である父兄たち、そしてスケートリンクやホッケークラブ、子供を教えて生計を立てているプロコーチ等、ビジネスを支えるステークホルダーたちから大きな抵抗を受けたのです。
彼らは、管轄団体からのコントロールが強まることで、従来のビジネスモデルが変わってしまうことを恐れていたからです。
組織改革に伴う反発への対応
反発を受けて戦略が進められなかったUSA Hockeyは、全国でADMの趣旨に賛同しガイドラインに従って運営をしてくれるモデルクラブを募集し、認定されたクラブには無償で指導者を派遣してコーチングクリニック等を行いました。
顧客全員ではなく、興味を持ってくれる特定のグループに集中的にリソースを提供する初期戦略は成功し、育成改革の成果は数年で現れ始めました。アメリカがU18、U20の世界選手権で次々とメダルを獲得し、NHLのドラフトでもアメリカ人選手が次々と上位指名されるようになったのです。
ADMの成果が目に見えるようになると、懐疑的だった父兄やクラブ、コーチたちも諸手を上げて賛同し、育成改革は一気に加速しました。十周年を迎えた2019年には、NHLドラフトで上位15人中7人をアメリカ人選手が占める記録的な成功をおさめ、ADMは世界で最も優れた育成システムの一つと評されるまでになりました。
ステークホルダーたちからの抵抗を上手くコントロールしながら、既存のビジネスモデルを大きく変えて利益率を飛躍的に向上させた、大成功例と言えるでしょう。
ビジネスに応用できる世界のスポーツ事例から見るコーチング
スポーツ界のコーチングと組織論のトレンドを数例紹介しましたが、一般的なビジネスに応用できる部分が多々あることがお判りいただけたと思います。
スポーツにしてもビジネスにしても歴史があります。その歴史に刻まれたデータを分析し、理論的科学的根拠に基づいた戦略を立てることはとても重要です。また、その戦略を実行するための伝達スキルやコミュニケーションスキルも必要となります。
このようなスポーツにおける成功事例をぜひビジネスに活かしていただければと思います。
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(取材協力:
World Hockey Lab / 主宰 若林 弘紀 )
(編集: 創業手帳編集部)