トライズ 三木 雄信|ソフトバンク元社長室長が孫正義氏から学んだ「起業家に必要な考え方」とは
ソフトバンクでのプロジェクト経験を活かし、「日本人の英語が苦手」という課題を解決したい
グローバル化が進み、ビジネスでも必須となりつつある英語スキル。「英語が話せないだけで、個人も企業も活躍の場が狭くなる。この課題を解決するために事業を始めました」と語るのは、トライズ株式会社(旧:トライオン株式会社)の代表取締役を務める三木雄信さん。同社が提供する1年で話せる英語コーチングは、海外を目指すアスリートやビジネスパーソンからも高い支持を得ています。
ソフトバンク在籍時は、社長室長として多数のプロジェクトを成功に導いた三木さん。孫正義社長から起業に必要なことを数多く学んだと言います。今回は事業への想いや孫社長に学んだことについて、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
トライズ株式会社(旧:トライオン株式会社) 代表取締役
1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱地所株式会社へ入社。その後ソフトバンク株式会社へ移り、27歳で同社社長室長に就任する。孫正義氏の下でブロードバンド事業「Yahoo!BB」など多数のプロジェクトを担当。2006年にトライオン株式会社を設立、1年で使える英語をマスターするプログラム「TORAIZ」(トライズ)を運営する。
数多くの社外取締役を務めるほか、厚生労働省で年金記録問題、内閣府で福島第一原発の廃炉汚染水問題のプロジェクト支援にも取り組む。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
過酷なプロジェクトを乗り越えられたのは、孫正義社長の「志」があったから
大久保:ソフトバンク時代は、孫正義氏の右腕として活躍されたそうですね。どのようなきっかけで出会われたのでしょうか?
三木:孫正義社長の弟さんである孫泰蔵さんは、久留米大学附設高校の同級生なんです。ですから当時から孫正義社長のことは知っていて、「泰蔵の兄貴は東京ですごかことしとるばい」って言っていました。その頃からロールモデルとして意識していたと思います。
私は大学卒業後、三菱地所に入り3年いました。3年で様子がわかってきて、正直言うと、学歴はあるけれど地方から出てきたような私は社長になれないと思ったんです。三菱地所はエリートばかりで、家柄もすごい人が多くて。そういう人たちがコアな人材としてたくさんいましたから、私には厳しいかなと。
祖父が自分で社長として商売をしていましたから、やはり社長になりたいと思っていました。そんな話を孫泰蔵さんに話したところ、孫正義社長と会う機会を設けてくれました。
孫社長にお会いしたら、いきなり「三木君、俺は会社を300年続けたい。どうしたらできるかな?」って聞かれたんですよ。私は「300年続くためには多様性です」と答えました。地元の福岡県は化石がよく出るところで私も親しんでいまして、白亜紀の恐竜って大きく分けると8種類くらいしかいなくて、環境の変化で絶滅したと言われています。ですから、多様性がないと滅んでしまうという話をしました。そんな話をきっかけに、入社することになりました。
大久保:初対面ですごい質問をされたわけですね。
三木:入社後の初仕事も無茶ぶりでしたよ。私の本にも書きましたが、いきなり「3日以内に経営用語を1万出してほしい」と言われたんです。私が東大の経済学部経営学科だったので、経営について期待されていたようです。
ソフトバンク社長室のメンバーは、テニスの壁打ちの壁だったんです。壁はすごくいい球を返すわけではないけれど、打つ人が頑張って打てばとにかく返す。つまり私たちはとにかく球を打ち返す役目だったんです。そういう仕事ができると思われたから、入社できたみたいですね。
大久保:なるほど。三木さんは当初社長になりたいという想いがあったそうですが、その後孫社長は右腕として離してくれなかったようですね。
三木:自分で言うのも何ですが、私は極めて便利な人間なんですよ。言われたことは絶対に達成するために頑張るし、一応ぐるぐる回していく。便利に使われすぎてしまうのも善し悪しですが。
大久保:ソフトバンク時代は数々の大きなプロジェクトを手掛けていらっしゃいますが、一番大変だったものは何ですか?
三木:断トツにきつかったのは通信事業「Yahoo!BB」ですね。今思えばめちゃくちゃでした。最初は3人だけのプロジェクトで、さらに誰も通信事業がわかる人はいなかったんですよ。
当初は都内の6万回線で始めるつもりで準備していました。でもそれを知った孫社長が「お前が止めていたのか。俺は全国でやりたいんだ」と激高したんです。もうびっくりですよ。
結局準備が伴わないまま、全国で受付が始まってしまいました。そうしたら申し込みが100万件来まして。今でもブロードバンドで月2,300円くらいというのは、すごく安いですからね。
そこからはひたすら回線を繋ぐ戦いで、最終的に500万回線までいきました。もちろん人員も増やしましたが、そのやり方もめちゃくちゃで。社内でとにかく100人集めろと言われ、集めたらその100人で組織を作れと指示されたんです。たまたま集まった100人ですよ。しかも他の部門の都合も聞かずに。
その後300人ぐらいまで増やしましたが、昼夜関係ないような過酷な環境でしたから、離脱するメンバーもたくさんいました。
大久保:無茶振りされても、三木さんが孫社長についていけたのはなぜでしょうか?
三木:みんながついていく理由の1つは、普通ではできないようなことができる、ということがあると思います。孫社長の言葉で言うと「志」ですね。孫社長は「事業家として1番大切なものは、志だ」と言っていました。
「金持ちになりたいというような夢は誰もが持っているけど、そういう夢は個人のものでしかない。だからその夢だけでは大した事業家になれない。本当の事業家には、志がなきゃいけない。志は一人で見る夢じゃなくて、多くの人と見られる夢、他人と共有できる想いだよ」という話をしていましたね。
確かにそうですよね。「Yahoo!BB」も、ブロードバンドで日本の通信環境を変えるという志があったからこそ、一緒にできたと思います。
アメリカ出張での苦い経験を経て、日本人の英語が苦手という課題を解決したいと思った
大久保:「Yahoo!BB」は民間企業でありながら、日本のインフラを作るという社会性の高い事業でしたね。その後三木さんは厚労省や内閣府のプロジェクトも手掛けていらっしゃいます。
三木:年金記録問題は、利害関係者ではない立場でものを言える人を探しているということで、お話をいただきました。
厚労省も内閣府も、プロジェクトとして回すという意味では、ソフトバンクと基本は同じだと思っています。そういう意味では、何か問題があれば、「こうすれば解決できるのでは」というのは何となくわかる。ソフトバンクのプロジェクトで大変な目にあったからこそ、わかったことがたくさんありました。
自分の会社ではそこまで大規模なことはできませんから、国として困っているものがあれば「やってやるわい」という感じですね。現在英語教育事業をやっているのも、日本の課題を解決するプロジェクトの1つという意味もあるんですよ。
大久保:日本人を世界にもっと進出させたいという想いがあるのでしょうか?
三木:そうですね。日本人は平均的にはレベルが高いと思うんですよ。例えばサッカー選手。弊社でも日本代表をサポートしていますが、国内だと活躍している人でもサッカー選手の年収は3,000万円くらいです。でも海外で活躍すれば何十億になる。2桁も高い価値を見出してもらえるわけです。
日本人は英語が話せないことですごく損をしているなと。英語を話せれば個人としての選択肢も広まるし、企業ももっと飛躍できるのではと思うんです。
あとは自分の経験もあります。実は25歳の時、孫社長とアメリカへ出張して大恥をかいたことがあるんですよ。ソフトバンク入社時は、つい「英語は日常会話程度ならいけます」と答えてしまったんです。
その後孫社長とアメリカ出張に行ってYahoo!本社の方と会議をした時、英語が話せないことがばれてしまいました。その場でアメリカ人に揶揄されたんですが、孫社長は私をかばって反論してくれたんです。「三木君は経営用語を1万も出せるんだぞ」って。
本当に申し訳ない気持ちでしたね。このまま英語ができないと孫社長の役に立てないと思って、神田にある語学学校に毎日通い始めました。
同時にあらゆる英語学習法を自分なりに分析して、メソッドを作りました。通っていた語学学校で同じクラスの7人にそのメソッドを試してもらったら、全員英語が話せるようになったんです。この学習法ならいけると思いましたね。これが今の事業につながっています。
1年で英語をマスターできるプログラムを開発、今後はAIなどの技術も活用したい
大久保:御社の英語教育事業について、教えていただけますか?
三木:そもそも学習は英語に限らず、こうやったらいいという方法論はわかっているんです。インストラクショナルデザインという学問にもなっていますが、実はこれプロジェクトマネジメントと同じなんです。ゴールを決める、数値化する、そしてPDCAを早く回す。これを学習にも入れればいいわけです。
インストラクショナルデザインでは、人の学びというものは、個別最適化をするとものすごく効率が上がることがわかっています。実際に一斉授業よりマンツーマンの方が成果が劇的に上がるということが証明されています。
ですから私たちのプログラムもマンツーマンなんです。コンサルタントがついて、その人のレベルに合わせて、ゴールに合わせて教材を選ぶ。これを徹底的にやるから効果が上がる。
ただこのやり方はどうしても人的コストがかかります。ですから将来的にはAIの活用が進むはずです。AIが個人のレベルを判断しながら「こういうことをこの順番でやったらいいよ」みたいに言えるようになったらいいですよね。私たちも、AIを含めた新しい技術を使った新サービスを2023年11月からスタートしました。将来的には、もっと拡張していくつもりです。
大久保:自動翻訳機能が進化すれば語学を学ばなくてもいいのではと思いきや、やはりできたほうが当然いいわけですよね。
三木:むしろ英語が話せないことが、さらに問題になると思いますね。自動翻訳によって、紙の文章は日本語もほかの言語も、全部英語に統一されていくんじゃないでしょうか。世界では圧倒的に英語を使う人が多いですから。それに新しいサービスとかビジネスを作るような話になると、やはりその場で議論しないとダメじゃないですか。議論では当然ですが、翻訳を通していられません。
そうなると、英語ができない人を雇う理由がなくなっていくわけです。もちろん圧倒的なスキルがあれば別ですが、そこまでの人はなかなかいないですよ。英語が話せないだけで損をしてしまうのは、すごくもったいないですよね。そういう想いで私はこの事業に取り組んでいます。
孫社長の言う「世の中を変えるような志」を持って起業してほしい
大久保:三木さんが孫社長から学んだことの中で、特に起業に役立った考え方を教えていただけますか?
三木:ひとつは「人生50年計画」ですね。孫社長は10代の頃から50年の計画を立てていたんです。20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を作り、40代で大きな勝負をして、50代で完成させ、60代で事業を引き継ぐ。実際にこの計画通りになっていますね。
さらに具体的な計画を毎年立てているんですよ。私がソフトバンクにいた頃、新年になると孫社長の自宅に2人で缶詰になって、1年の計画を立てていました。それを月単位にブレイクダウンしていくんです。
よく孫社長から「山のふもとで目標なく歩くだけでは、山頂にたどり着けない。登る山を決めてしっかり計画を立てていかないと、何も達成できないぞ」と言われていました。確かにそうですよね。
孫社長は無茶振りも多いですし、無計画に見えるかもしれません。でも実際にはしっかりした計画があり、目標が明確なんです。目標である山へ行くルートは、どれが当たるかわからないから、全部登ってみるという感じですね。
あと孫社長を「他人のふんどしを借りるのがうまい」と言う人もいます。実際ソフトバンクは10兆円ファンドを立ち上げていますが、これも他人のふんどし、つまり出資者から集めた莫大な資金をもとに、成長しそうなあらゆる分野に投資する作戦です。
「他人のふんどしを借りる」という言葉はいいイメージがないかもしれませんが、大事なのはリスクをすべて背負わないということなんです。長く会社を続けるには、1発で致命傷になるようなリスクを取るべきではありません。だから実際にソフトバンクは生き残っている。マスコミからいろいろ言われることもありますが、もっと大きな視点で見れば孫社長のやり方はすごく合理的なんですよね。
大久保:経営用語を1万語出すというお話もありましたし、「あらゆる手法を洗い出す」ところに、こだわりを感じますね。
三木:やはりあらゆる方法を考えることで、発想の幅が広がりますよね。これが大切だと思います。今は最初から正解を求める傾向がありますが、それだと「こうやったらどうだろう?」というオプションがない。
孫社長のすごいところは、オプションがとにかく多いんです。例えば普通の人は1回くじを引くのに100円かかるところ、孫社長は交渉して1回1円でくじを引けるようにする。普通の人より100倍くじを引けるから、当たる確率が同じでも当然たくさん当たる。だから孫社長は勝つわけです。極端に言えば、伸びる分野の会社に全部賭ければ絶対当たるという考えなんです。
大久保:最後に起業を目指す方に向けて、メッセージをお願いできますか。
三木:若い起業家の方の中には、社長になってお金持ちになりたいという夢を持つ方も多いかもしれません。
それはそれでいいと思うのですが、せっかくなら自分が一生かけてもいいと思える事業を手掛けてほしいですね。世の中からヒト・モノ・カネ・情報などの経営資源をどんどん集めて、それをサービスやプロダクトにして世の中に返していく。孫社長がよく言っていた、「世の中を変えるような志」を持って起業してほしいと思います。
日本には、まだ解決しなければならない課題がたくさんあります。その分、チャンスもたくさんあると思いますよ。
大久保の感想
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(取材協力:
トライズ株式会社 代表取締役 三木 雄信)
(編集: 創業手帳編集部)
大きな課題を具体的に解決した経験から、ソフトバンク以外にも年金や原発など「壮大な課題の混乱した修羅場をなんとかする男」として、色々な問題に取り組んできた三木さんが、次に挑戦するのが「日本人はなぜか英語が話せない」という問題です。日本人が英語が話せるようになるメリットは計り知れないですが、AIと人の感情を上手くハイブリッドしたサービスで切り込む三木さんの今後の活躍に注目ですね。