竹中平蔵氏が語る日本の創業チャンス
竹中平蔵氏 特別インタビュー
アベノミクスによって日本経済が変わりゆく今、この現状は起業家にとってはどのような状況と言えるのでしょうか。また、経済において起業家が与える影響とはどのようなものなのでしょう。日本経済を知り尽くした人物、竹中平蔵氏にお話を伺いました。
東京五輪を控え、日本は普通ではないチャンスを迎えている
竹中:経済は常に厳しさとチャンスが同居していますが、今はその状況が通常の時以上に鮮明な時期だと言えます。経済全体が良くなっているということは、大きな追い風ですよね。
去年1年間で日本の株価は57%上がりました。この数字はアメリカの2倍で先進国ではダントツの1位です。今まで日本はマクロ経済運営ができていませんでしたが、ようやく普通の枠の経済運営ができるようになりました。
竹中:確かにそうではありますが、不安要素もたくさんあります。
ちょっとしたことで世界全体が一気に動くような、世界経済全体がシンクロナイズする状況なので、マイナスの影響も受けやすい。従来以上に分散という意味でのリスクが大きくなってきています。
ただあえて申し上げたいのは、日本は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を控え、普通ではないチャンスを迎えているということ。
オリンピックは世界の7割の人が観るイベントですから、やはり特別なんですよ。だから普段はできないような特別なことがいろいろ起こるんですよね。
竹中:今の東京の基盤は、50年前の東京オリンピックのときにできました。
まず新幹線が開通したのはオリンピックの9日前です。
それから青山通り。今でこそ華やかな通りですが、あそこはもともと国立競技場と渋谷の体育館を結ぶ道で、オリンピックのために道幅を広げました。
それからホテル。ホテルオークラはオリンピックの2年前に完成し、ニューオータニや東京プリンスホテルはオリンピックの年に開業しています。
環状七号線は日本で初めて「公的な目的のために私的な土地所有権を制限しても良い」という土地収用法を適用して作った道路なんです。
こう見ると、やはり何かオリンピックだからということがあるわけですね。これは世界中そうなんです。
オリンピック開催国について統計的に分析した人たちがカリフォルニア大学にいますが、その分析によると「オリンピックがあると国内改革が進む」と。
オリンピックだから格好悪いことをやめようという流れにもなりますし、オリンピックというのはいい意味で言い訳なんですよ。
東京オリンピックの6年間にやるべきことをきちんとやっておく
竹中:例えばトイレの入り口にある男女のシルエットのようなサインは東京オリンピックの時にできました。
言葉が通じないのでどうしようかと相談持ちかけられた工業デザイナーが考え、今では世界のグローバルスタンダードになっています。
それから、セキュリティビジネスもオリンピックで始まったものなんですよ。
VIPが来るから警護のビジネスが成り立つはずだということで、オリンピックの2年前に日本警備保障ができた。これが今のSECOMです。設立当時は従業員わずか2人で立ち上げた産業が今は53万人になったという良い例です。
オリンピックはそういう化学変化が起こる時なので、あの時創業してこう成長したというストーリーができるタイミングなんですよ。
竹中:おっしゃる通り、当時は発展途上だったので新幹線や高速道路ができましたが、今はそうではないですよね。でも私たちがさらに新しい何かを求めているということは事実です。
例えば、日本には約100の空港があるのにそれがきちんと活かされていない。アジアの中間所得層は5億人いますが、それが2020年には3.5倍の17.5億人になるんです。
それに対してLCCを使って地方空港を活性化させるとか、そういう何かができるだろうという予感があるわけです。
ですから、次のオリンピックのタイミングでは発展途上国型ではない新しい豊かさを示すようなビジネスが生まれるでしょうね。
こんなチャンスはないし、逆に言うと2020年までにやるべきことをきちんとやっておかないと、あとは相当しんどいぞということです。この6年の間に、そういう時代意識をあえて持つ必要があると思います。
竹中:何が出てくるかというのは、政治家にも官僚にも学者にも分かりません。若い人のセンスだと思うんですよね。意外なことがビジネスになる。
日本は今ようやくマクロ経済が正常化しつつある過程で、そこにオリンピックという世界の7割の人が動く特別なイベントがある。私は「アベノミクスにオリンピックという追い風が吹く」という言い方をしています。「アベノリンピック」ということなんですよ(笑)。
起業はモヤモヤとしたところから始めてもいい
竹中:廃業が少ないというのは、利益率が低く出来の悪い社長がいる会社がゾンビのように生き残っているということです。日本はそれを淘汰するようなコーポレートガバナンスのメカニズムが非常に弱いんです。
ちゃんとした社外取締役がいたら、社長に対して「間違っている」と言いますよね。ところが日本は社長の弟分みたいなのが取締役だから、そう言えないわけですよ。だからダメな社長、つまりダメな会社が生き残ってしまう。
私が産業競争力会議で「会社法を改正して独立した社外取締役の数を増やす」とコーポレートガバナンスの強化を提言すると、堂々と財界人が反論します。私はね、やはり起業家にはこういう人たちを蹴散らして欲しい。
そういうものを打ち破って「俺みたいになってみろ」と次の世代に伝えられるような人が若い人から出てきて欲しいですね。
竹中:フェイスの平澤社長が言っていましたが、彼はいろいろと講演を頼まれるけれど、大人に対しては無駄だからしないそうですよ。
自分は26歳で起業したけれど今は失うものが多くて怖くてできない、若い人は失うものがないから起業できると。だから若い人には講演をするそうです。
もう1つ起業した人の考えで面白いなと思ったのが、クックパッドを興した佐野陽光さん。
彼に「何でクックパッドの事業内容はレシピサイトだったのか」と尋ねたら「笑いがある社会にしたいと思ったから」って言うんですよ。笑いの原点は家庭の食卓で、それに対してレシピを提供して社会に貢献したいと思った。
……というのは表向きで、そんなことを考えるのは相当後なんですよ。最初は無我夢中で、いろいろやっていくうちに自分がやっていることの意義が分かってきた。起業なんて最初からそんなにカッコいいもんではありませんと。
これは非常に若者に聞かせたい意見だと思いました。
竹中:そうですよ。私が友人付き合いしている歌手の谷村新司さんだって、今は素晴らしい曲を作って歌を届けることが使命だと思っているそうですが、「歌を始めたのは音楽でモテたかった」と明示的に言っています。それでいいと思うんですよ。
最初からそんなに格好良くはいかないですよね。最初はモヤモヤっとしていて何かやりたいというだけでもいい。でも初心を忘れないで突き詰めていくことです。
孫正義さんが言っておられましたが、「お金儲けをしたいと思って始めた人はやっぱり失敗している」と。
何かをやりたい、でもそれが何かは最初からは分からない。けれどそういう人は成功すると。
孫さんはその何となくというのがいろいろやっていくうちに湧いてきて、ITで世の中に貢献できるんじゃないかと思っていたわけですよね。
イノベーションを持ち込めるのは起業家だけ
竹中:資本主義の発展の原動力はイノベーションで、そのイノベーションを持ち込めるのは起業家だけです。
私たちがより良い暮らしをしたい、より良い人生を生きていきたいと思った時、それを助けるのは起業家ですよ。政府の役割は、起業家ができるだけ活動しやすいような環境を作るだけで、決して価値を生み出すことはできません。
GDPは民間の企業の付加価値の合計ですから、価値を生み出すのは民間です。だから規制緩和が必要なんですよ。頑張っている人の負担をできるだけ軽くして、もっと頑張れというのが法人税減税なんです。
竹中:日本は高すぎますよ。35.5%が実効税率、香港とシンガポールは17%ですからね。イギリスは24%ですが、キャメロン首相はそれを20%にすると今年のダボス会議で宣言していましたよ。
竹中:経済学者がいなくても経済は回ります。でも起業家がいなかったら経済は回らない。学者より起業家の方が絶対に偉いと思いますよ。
同じように私はアーティストも素晴らしいと思っていて、彼らがいなかったらアートはない。ゼロから価値を生み出すのが起業家で、ゼロから感動を生み出すのがアーティスト、そしてあるものをああでもないこうでもないと言ってるのが学者です。先ほども言いましたが、起業家というのはイノベーション、変化を持ち込める人だと思うんですね。
シュンペーターという20世紀を代表する学者の言葉では、本来イノベーションは新結合、新しい結びつきという意味なんです。
今起こっている第二の産業革命は、デジタル技術と何かを結びつけていろいろなことをイノベーションしている。第一の産業革命は動力と何かを結びつけましたが、今はデジタルな技術だと思うんですよね。
そういう意味では、今度のフロンティアは起業家の時代だと思います。20年前にグーグルを知っていた人なんて誰もいないわけでしょ?それが今や世界一の企業になっているわけです。そういうことができる時代なんですよね。