TYOパブリック・リレーションズ 杉田 敏|「そのプレゼン、本当に伝わった?」国際的PRマンが語る「コミュニケーションの極意」とは

創業手帳
※このインタビュー内容は2017年10月に行われた取材時点のものです。

最終目的は「相手にアクションを取ってもらう」こと

(2017/10/11更新)

起業家にとって、起業に至った経緯や自社のサービスを発信していくことは必須です。ですが、いざプレゼンやスピーチの場になると、話の構成が上手くいかなかったり、自身が伝えたいことがなかなか伝わらない、といった経験をされた方は多いのではないでしょうか?
そこで今回は、広報のプロとして企業のトップや総理大臣や閣僚などの大物政治家に対してメディアトレーニングを数多く行ってきた杉田敏氏に「人を動かすコミュニケーションの方法」を伺いました。

杉田敏(すぎた さとし)
株式会社 TYOパブリック・リレーションズ 会長
1944年東京・神田生まれ。1966年青山学院大学経済学部卒業、『朝日イブニングニュース』記者を経てアメリカへ留学。オハイオ州立大学大学院ジャーナリズム学部卒業後、『シンシナティ・ポスト』記者、バーソン・マーステラ(ジャパン)社長、日本ゼネラル・エレクトリック取締役副社長(人事・広報担当)、電通バーソン・マーステラ執行副社長などを歴任。日本のPR業界大手のプラップジャパン代表取締役社長から2017年に現職へ。日本では数少ない国際的なPRのプロとして、企業広報、危機管理広報、メディアトレーニングなどに携わってきた。上智大学講師(「企業広報論」)、JETROビジネス・コミュニケーション委員会委員、総理府広報評価委員などを歴任。著書に『成長したければ自分より頭のいい人とつきあいなさい』(講談社)、『人を動かす! 話す技術』(PHP新書)など多数。1987年からNHKラジオの『ビジネス英語』番組の講師を30年間担当。

PRしていく対象に「世の中」は存在しない

ー早速ですが、ベンチャー起業家が世の中に対してどうやって訴えていけばいいのか、伝えるコツがあれば教えていただけますか?

杉田:「世の中」ってよく言われる言葉ですが、実は「世の中」という存在があるわけではありません。

企業にはいろいろな※ステークホルダーがいます。例えば、顧客、マスコミ、銀行、社員および社員の家族、監督官庁、同業他社などですね。そうしたターゲットの集合体が「世の中」なので、まずはどのターゲットが重要なのかという優先順位を常に頭に置かないとなりません。つまり、「世の中のどの層にアピールしたいのか」いうことを考えなければいけない、ということですね。

※ステークホルダー:企業・行政・NPO等の利害と行動に直接・間接的な利害関係を有する者のこと。「利害関係者」とも言われる。

自社の強みはお客様が知っている

ーまずは、対象とするターゲットが重要だということですね。その上で、自分の特徴やセールスポイントを訴えていくということでしょうか。

杉田:そうですね。自分が一番得意としている特長のことを、マーケティング用語ではUSP(Unique Selling Proposition)と呼びます。自分が持っているユニークさをどうやって差別化し、それをアピールするかです。

ですが、自分でさえ自分の強みが分からない時はあります。そういう時は、思い切ってお客様に聞いてみましょう。

例えば、かつてコンピューターメーカーのスペリーという企業がありました。当時のコンピューター業界はIBMがナンバーワンで、それ以外は「その他大勢」という時代です。このままでは自社の差別化ができません。

そこでスペリーは、顧客のところに行って、「スペリーは他社と比べて何が違いますか?」と質問する大規模な聞き取り調査をしたのです。すると、「スペリーの営業担当者は、われわれの話をよく聞いてくれる」という答えが出てきました。

「なるほど、それが我が社の特長かもしれない」と気付いたスペリーは、「私たちは人の話に耳を傾けることの重要性を理解した企業です」というキャンペーンを大々的に始めたのです。その目的は、「聞く」ことの必要性に対する一般の関心を高め、同時に「スペリーはお客様の話をよく聞きます」という差別化メッセージをアピールすることにありました。

PRしたら、社員教育・システム整備でサービス向上

ー今のお話を伺うと、単に広報戦略というよりも、会社のありかたとか存在意義にも関わるものですね。

杉田消費者は「企業は自分に都合の良いことしか言わない」と思っています。「我々は良い会社です」と言っても、そのメッセージが本当の意味でお客様に信じてもらえるのかどうかは、「個々の従業員がどれだけ意識を高めて、いい仕事をしてもらうか」にかかっています。

ーPRしたからこそ、どれだけ意識を持って良いサービスを提供していくのか、社員の教育とも連携しているということですね。

杉田:そうですね。例えば、「われわれは商品の包装がどこよりも上手です」と言っても、ついこの間入社した新入社員がやってみると、完璧に包装するのは難しいでしょう。上手だと言うためには、新入社員、ベテランに関わらず、早くきれいに包装できるようなシステムを社内で考え、実行しなければいけません。社員を教育し、より良いサービスを提供するには、この作業が重要です。

そして、良いサービスを提供できたら、サービスの質を維持しなければいけません。そのためには、社員全員の努力が必須になってきます。

プレゼンでは「エトス」「パトス」「ロゴス」を意識する

ープレゼンの場では、その場の勢いだけでは乗り切れない部分が出てくると思います。そうならないために、普段からどの部分を注意してトレーニングすれば良いでしょうか?

杉田:私は企業のトップや政治家に対してメディアトレーニングを数多くやってきました。その際に、まずお話するのは、プレゼンには「エトス・パトス・ロゴス」という要素が大切だということです。

これはギリシャの哲学者アリストテレスが考えたもので、プレゼンテーションには「この人の話なら聞く価値があるだろう」と思わせる力(エトス)、相手に「その話、わかります」と共感させることができる力(パトス)、相手が「なるほど、ごもっともです」とわかりやすく納得させられる力(ロゴス)の3つが説得力の要素だ、というものです。

説得力を生むための最も重要な要素は「エトス」です。「品性」「人柄」「精神」などと解釈されます。コミュニケーションにおいては、送り手が受け手に信頼感を持たれているか否かということです。エトスは、第一印象によって大きく左右されます。外見や服装を考えなければなりません。

何を目的とするかを明確に定めることがPRの第一歩

ー創業手帳の読者のイメージは、20代、30代でサラリーマンを辞めて、自分が得意な分野で起業するような人たちです。初めて社長をやるような人たちが、プレゼンをするとき、押さえておくべきポイントはありますか?

杉田:例えば、お客さんのところに行って、会社や製品の説明をして、こちらの言い分は十分に理解してもらい、相手は納得し、お互いの意思疎通はできたとします。でも、「よくわかりました。でも私はあなたの会社の製品ではなく、X社の製品を買うことにします」と相手が言ったら、コミュニケーションは成り立たなかったと考えなければいけないということです。

確かに、場合によっては、相手が買ってくれなかったのはコミュニケーションの内容よりも他に理由があったかもしれません。
もともと先方に買う意思がなかったのかもしれません。あるいはこちらの提示したモノが高すぎたり、安すぎたりした場合、あるいはこちらの態度が悪かったり、製品の持つ機能が十分でなかったといったことも考えられます。

ですが、相手とコミュニケーションをしようと考え、結果として相手がこちらの期待するようなアクションを取ってくれなかった場合には、コミュニケーションは失敗したと考えなければいけないということです。難易度が高い定義ですが、これが現実です。

つまり、コミュニケーションを行う際には、できるだけその目的、効果、アクションを頭にイメージして行うべきだということです。

起業で失敗しないためには、安易な方向に進まないこと

ー杉田さんはご著書『成長したければ自分より頭のいい人とつきあいなさい』(講談社)の中で、時間・空間・仲間を利用して目標を達成することを強調されています。起業家が自身の起業に向けて進んでいくための環境整備も必要なのですね。

杉田:その通りですね。日本では、起業家への支援に関しては、まだまだ発展途上ではあります。ですが、アメリカだと、どこの大学にもアントレプレナーシップという科目があって、すごく人気あります。つまり、起業に関しての基本的なことを早くから学べるということです。

失敗してしまう人に多いのは、とにかく飛び込んで、溺れてしまうということです。
起業する前にはいろいろと考えなければいけないのに、どうやって考えたらいいかを教えてくれるところが、まだまだ日本は少ないですよね。失敗しないためには、前例を調べたり、人に話を聞いたり、といったことが大事じゃないかと思います。

ー生の情報が重要になってくるわけですね。

杉田:ですが、人間というのは、気を抜くとつい安易なほうに進みがちです。自律心をもって初めの志を達成していく、というのはなかなか難しいのです。

これは、これから起業する方だけではなく、起業してある程度の成功を収めた企業に関しても同じことが言えます。一時期は成功した企業でも、志を曲げて安易な方向に進んでしまうと、失敗する可能性は高まります。

「初心にかえって謙虚になります」と言うのは簡単ですが、どうしたら本当に謙虚な企業になれるのか、みんなで考えるような社風を作っておかなければいけませんね。

(取材協力:株式会社 TYOパブリック・リレーションズ/杉田敏
(編集:創業手帳編集部)

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