六花界グループ 森田 隼人|ファンコミュニケーティングと飲食におけるテクノロジーの導入
挑戦を続けるパラレルキャリアのシェフが注目するのはナイジェリアの水上スラム
森田さんは立ち食い焼肉「六花界」を皮切りに、「初花一家」「吟花」「五色桜」「TRYLIUM」「クロッサムモリタ」と次々に人気店を展開。会員制のお店やプロジェクションマッピングなどユニークなシステムを取り入れた店は多くのファンを惹きつけ、メディアの取材が絶えません。どのお店も人気で予約が取れないと評判ですが、「クロッサムモリタ」に至ってはなんと予約7年待ちだといいます。
建築家、公務員、プロボクサーと異例のキャリアを持ちながら、飲食業界で起業し、クラウドファンディングなど常に新しいことに挑戦し続けている森田さん。その発想の原点やこれからのチャレンジについて、創業手帳代表の大久保がうかがいました。
創業手帳の冊子版(無料)では、様々な業界で活躍する起業のプロフェッショナルへのインタビューを掲載しています。こちらも参考にしてみてください。
六花界グループCEO
近畿大学卒後、建築設計事務所にて国家資格を取得、25歳でデザイン事務所「m-crome」設立。その後、東京都特別区公務員となり上京。レストラン事業は2009年7月、東京神田に関東初となる立ち焼肉「六花界」をオープン。その後、「初花一家」「吟花」「五色桜」等、出店した全店が予約が取れない名店となるばかりか、日本初となるプロジェクションマッピングを活用したレストラン「CROSSOM MORITA」は建築家として一つのエンターテインメントを確立した。また、2022年渋谷に大型大衆焼肉店「和牛の神様」をオープンさせる。2020年コロナ禍、農林水産大臣より「料理マスターズ」を叙任。東京唯一の受賞者として注目を浴びる。第12代酒サムライとして日本酒にも精通し、世界初の移動式醸造発酵を考案し、ロシア政府応援の元、ウラジオストク~モスクワまでの11500kmの大地(地球の約1/4)を移動しながらお酒を造る「旅スル日本酒プロジェクト」を完遂。名付けた「十輪〜旅スル日本酒」は、2021年4月に開催されたSHINWA AUCTIONにて、世界最高額である前人未踏の1本=440万円で落札され(世界記録申請中)、世界のオークション史上最高額の清酒となった。熊本県天草「田中畜産」と協働し、自社プラント「もりたなか牛」の開発も行っている。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
※この記事を書いている「創業手帳」ではさらに充実した情報を分厚い「創業手帳・印刷版」でも解説しています。無料でもらえるので取り寄せしてみてください
この記事の目次
建築家、公務員、プロボクサーを経て飲食で起業
大久保:飲食業界で起業したのは30代のときだったと聞いています。それまでは何を?
森田:父親も建築士だったので、小さいときからずっと建築士になることしか考えていなかったんです。
就職氷河期で大変でしたけど、理工学部の建築学科を卒業してから国家資格を取り建築家として関西の街づくりを担当していました。そんなときにリーマンショックや姉歯建築士の耐震偽造問題があり、公共事業がほぼなくなってしまったんです。本来は1億円の仕事なのに1円で入札したりとめちゃくちゃな状態でした。
そこで転職を考え、28歳のときに公務員試験を受けて東京都の公務員になりました。ただ仕事をするうちに「ものづくりがしたい」という自分の思いがクリアになり、公務員は自分に向いていないと感じました。当時は生きるのが辛くて、東京に来て損したと思っていましたね。
いろいろな大学で講演会をしていますが、「公務員になったら人生終わると思え」って言っていますね(笑)。
次のキャリアとして選んだのは、関西にいたときにプロボクサーの資格を取っていたボクシングの道でした。内藤大助さんが所属していた宮田ボクシングジムに入り、トレーナーとして仕事をさせていただいたのです。
ボクサーには減量がつきものですが、たいしたものも食べずに運動ばかりしていたら強くなれるわけがないんです。強くなるためには、きちんと休んでおいしいものを食べる必要があります。
そこで「お金がない若いボクサーでも、リーズナブルに焼肉を食べることができるお店」を作りたいという思いでオープンしたのが神田の駅前の立ち食い焼肉屋「六花界」でした。
資金調達をせずに自分の資金だけで起業したので、建築士の知識を総動員してコストダウンに努めました。
駅前ということは譲れなかったので、お店の面積はたった2.2坪。仲介を通さず、肉は直接買いつけようと考えました。とはいえ何も知らない僕は、最初は牧場に行って「肉をください」とお願いし、「肉が欲しいなら屠畜場(とちくじょう)に行きなさい」と教えてもらうぐらいに素人だったんです。
でもその後も諦めずに肉の市場に通ったことで、気に留めてくださる方がいて仕入れができるようになり、今では自分たちで牧場を運営できるようにまでなりました。
大久保:サービスの本質について考え、いらないものを削ぎ落としたということですね。
森田:そうですね。面積が狭くなっても駅前にこだわった理由は、サービスに一番お金をかけるべきと考えていたからです。
歩く時間を浪費しないですむ「駅から徒歩30秒」という立地は最大のサービスと考えました。人件費をかけず1人で回せる狭いお店で、ビアサーバーを置くスペースがないためアルコールは日本酒をセレクト。その代わり肉に合う日本酒については研究を重ねました。
また、肉を焼く七輪は店内に2つしかなく、お客様たちにシェアして使っていただくのですが、最初は緊張した顔つきのお客様たちがお互いに少しずつ打ち解けていき、最後は笑顔になるのを見ると本当にうれしいですね。
大久保:異業種からの挑戦だったわけですが、そういった新しいセオリーはどのように思いつかれるのですか。
森田:祖父が死ぬ前に「信用があればお金がなくても大丈夫」「お金がないのは死んでいるのと一緒やで」と言っていたんです。矛盾しているような2つの言葉ですが、僕は理念と概念の話だなと受け止めていて。
例えば最初の店の「六花界」は立ち食い焼肉ですが「立ってまで焼肉を食べたくない」という方もいるでしょう。その代わりに来てくれたお客様にはおいしい肉と日本酒、他のお客様との距離の近さという新しい体験をしていただく。
「クロッサムモリタ」では住所非公開なので駅前に集合していただき、謎のスタッフがお店までお連れしますが、撮影禁止で荷物とスマートフォンは一旦没収されますし、現金しか使えません。でもおいしい食事とプロジェクションマッピングなどのさまざまな演出を味わうことができます。
まずは不便やマイナスでスタートして、それを超えるプラスがあると人は本当に信用してくれると思っています。
信用によって味は変わります。例えばお母さんが握ってくれたおにぎりと浮浪者が握ったおにぎりはきっと味が違いますよね。
「クロッサムモリタ」には系列店のすべてのお店の常連になったお客様しか行けないというルールがあるんですが、これも信頼関係です。「この人が作る料理だから食べたい」と思っていただけたら、これ以上の幸せはないと思っていますね。
独自のアイディアを形にしていくことで結果的にメディアへの露出が増えた
大久保:その後、次々と人気店をオープンするだけではなく、新しい試みにもチャレンジしていらっしゃいますが、どうやったら「旅する和牛」のような発想が思いつくのですか。
森田:東京オリンピックで多くの方が来日して外食することを見越して、日本は国を挙げて肉牛を育てていたんです。でもコロナの影響でオリンピックが延期になり、緊急事態宣言で日本人もレストランに行けなくなってしまいました。
牛というのはだいたい2年半育てたら肉として出荷されるんですね。その期限を過ぎると価値が急激に落ちてしまいます。でもオリンピックの延期と緊急事態宣言で、肉牛はただ屠畜されて冷凍庫に行くことになってしまったんです。
1頭ぐらいその命を有効活用できないか?と考え、自分の牧場で残りの寿命が100日と判明していたメロンちゃんという牛と、実家の大阪の八尾市というところから熊本県の天草まで歩こうと決めました。大学で講義をしているので、一緒に旅したいという学生の子たちとやろうかと。トータル650km、60数日かかりましたね。
クラウドファンディングで協力者を募ることで、牧場で一番高い牛を作ろうという試みです。
大久保:一緒に歩いた牛を食べるのは辛そうですけど、人間は普段から肉を食べているわけだから改めて命をいただいているということを認識する必要がありますね。
森田:それはもうとても辛いですよ。殺すということが料理を作るということなのですが、ほとんどの料理人はそのことをあまり知らないですね。
牛を殺すときに内蔵が出ますけど、普通は業者にお金を払って捨てています。業者はそれをホルモンとして売っているので二重に儲けているんです。
「旅する和牛」ではメロンの内蔵をすべて欲しくて、県と協議をしてOKをもらえたのでホルモンも提供することができました。
九州でプロジェクトを遂行できたので、次は四国で挑戦するということもできるかもしれない。穴をひとつ開けられたような感じですね。
大久保:さまざまなメディアに出られていますが、話題になることを目的に動いているというのではなく、独自のアイディアを形にしていることが結果としてメディアから注目されるんですね。
森田:メディアに出ようと思って何かをしているわけではありません。最初は報道で取り上げていただくことが多く、その次がバラエティでした。
おひとりさま焼肉や会員制のお店というところに注目していただくことが多いのですが、飲食において資金調達なしでマネタイズするということはかなり難しいので、このスタイルしかなかったと思っています。
食を通してナイジェリアの困っている人たちを助けたい
大久保:コロナも第5類に移行して、円安で海外から観光客がたくさん来て、AIが話題になっている今日この頃ですが、森田さんが今注目していることはなんですか。
森田:僕が今注目しているのはナイジェリアです。
ナイジェリアは「不要不急の渡航はやめてください」という外務省の渡航勧告2のレベルで、日本人はほぼいません。アフリカの中では経済大国なのに、観光産業はほとんどなく、2億1000万人も人口がいるのにインターネットで見つけられる情報はあまりありません。
僕が行ったのは最大の商業都市ラゴスにある「マココ」という水上スラム街なんですが、貧富の差に驚きました。ほとんどの子どもは裸足で歩いていて、約20万人の人々が飢えているんです。
豊かな生活がしたければ、アーティストやミュージシャン、サッカー選手になるという3つの手段しかないのですが、僕は4つめの手段を作りたいと思いました。料理人です。
今、「マココ」にレストランを作っています。現地の人をスタッフとして雇い、名物料理を作り、スラムの生活を向上させたいですね。子どもたちに料理を教え、将来料理人になれば、自分でお金を稼ぐことができます。
大久保:ワールドワイドな活動をしている森田さんならではのプロジェクトで、これからの展開が楽しみですね。ほかにも挑戦されていることはありますか。
森田:ひとつは「料理で人は泣くのだろうか」ということですね。料理の技術やロケーション、飲み物とのペアリングなどさまざまな要素をそろえて、感動して泣くまでのエクスクルーシブな体験を届けたいということを考えています。
実際に泣いてくれるお客様も半分ぐらいいらっしゃるのですが、残り半分のお客様はなぜ泣かないのだろう、とお店のスタッフと悩んでいます。
もうひとつは遺伝子研究や遺伝子操作です。日本ではそのあたりの法律があまり整備されていないので、わりと自由にできるんですよ。
砂漠でも育てられるように、少量の水でも育てられるトマトが作れないかなと研究しているところです。
いちごの種は外にありますけど、「中に入れたらどうなるんだろう?」と中に入れてみたんです。プチトマトのようで、とてもかわいいいちごができたんですが、受粉をしてくれる蜂が寄ってくるためには香りが必要で、いちごのあの香りを出しているのは種だったので、中に入れたら蜂が来なかったんです。
「神様ってよく作ってるな」と思いましたね。今ある野菜や果物の形は必然で、形を変えてしまったら、繁殖できないんですよ。
大久保:泣かせるために悩んでいる方には初めてお会いしました(笑)。最後に、読者にメッセージをいただけますか。
森田:飲食は工夫次第でブルーオーシャンになり得ます。もしご自分の信頼度やクオリティオブライフを上げようと思うなら、僕は食に携わることをおすすめします。
もし公務員を続けていたら、阿部総理に料理を作ることもなかっただろうし、お店に来てくださるお客様の素晴らしい話も聞けませんでした。もちろんナイジェリアの貧困層を救おうと思うこともなかったでしょう。
こんなに可能性があり、華やかな世界はないと思っています。食をからめた起業が、最終的にご自身を豊かにする確率は高いです。
(取材協力:
六花界グループCEO 森田隼人)
(編集: 創業手帳編集部)