モノマネ芸人 アントキの猪木|人とのつながりを大事にすることが副業につながった

創業手帳

コロナで仕事が激減するも、副業で起死回生!

アントニオ猪木のモノマネで2009年にブレイクした、アントキの猪木さんをご存知の人は多いのではないでしょうか。

コロナで仕事が激減し、副業に活路を見出したというアントキの猪木さんは、実は元市役所の職員。20代の頃から「1日1枚は名刺交換をする」というルールを自らに課すなど、人とのつながりを大切にしてきました。

モノマネでブレイクして、モノマネ芸人になったあともそれは変わらず、今では企業のコンサルティングや企業や学校での特別講師、茨城県の球団・茨城アストロプラネッツのPRアンバサダーなどを手がけています。

創業手帳代表であり、プロレスファンである大久保が、アントキの猪木さんの人生哲学、どのように芸人になったのかなどについて詳しくうかがいました。

アントキの猪木(あんときのいのき)
お笑い芸人
茨城県出身。かすみがうら市市役所勤務を経て、モノマネ界へ。キャッチフレーズは「I Want You! 顎人!!(あごんちゅ)」。
モノマネだけでなく、猪木のキャラを活かした1人コント・替え歌などの持ちネタ有り。
かつては短距離走で50m5秒9を記録するという身体能力を持つ。また、2級建築士の資格も取得。現在は茨城アストロプラネッツのPRアンバサダー、日本スポーツ応援団わっしょいJAPAN代表、偽JAPAN MBC☆オールスターズ代表、いばらき大使、茨城県かすみがうらふるさと大使、茨城県境町ふるさと納税大使などさまざまな顔を持つ。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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20代のテーマは「毎日ひとりと名刺交換をする」


大久保:モノマネ芸人になる前は、何をされていたんですか?

アントキの猪木地方公務員です。土木、福祉、商工観光という3つの課を経験しました。

大久保:公務員から芸人というのは珍しいですよね。モノマネは昔からやっていたんですか?

アントキの猪木「猪木さんに似てるね」とはよく言われていましたね。まったく関係ない課の忘年会に出たり、乾杯要員として社員旅行について行ったりしていました(笑)。

芸人は楽しい仕事で、天職だと思っているんですよ。20才を超えたぐらいから、経営者の方と会うことが多くなってきたんです。役所で55才ぐらいになると、もちろん人によりますが、ほとんど仕事もせずに定年までのカウントダウンを待つばかりといった人をたくさん見てきました。

サッカーでいえば、ひたすらボール回ししていれば勝つという状況ですよね。それに対して、経営者の方はいつも悩みがあるにしてもわくわくして楽しんでいるように見えて、そういう方たちが夢を実現していっている姿に憧れたんです。自分たちは、楽しむとしたら仕事が終わったあとの居酒屋で、という感じでしたから。

大久保:そういうことを言ってもらえると嬉しいですね(笑)。市役所はなぜ辞めたんですか。

アントキの猪木:福祉課にいるときに、ある体の不自由な方が施設に行けることになったのに、急に施設の都合で前日にキャンセルになったことがありました。納得がいかなかったので乗り込んでいったことが問題視されて、「頭を冷やせ」と山の上の施設に異動させられたんです。

来客者数が少ないのでやることもないし、毎日草刈りしたり山登りしたり、「タラノメがなってるなー」と写真を撮って来たお客さんに見せるなんてことを毎日やっていましたね。「ここに異動したから来てくれ」と友達を呼んで、来館者数が倍になって喜ばれたんですが、1年で福祉課に戻るという約束だったのに引き止められたのが嫌になって辞めました

大久保:人を助けたり喜ばせたりするのがお好きなんですね。辞めたあとはどうされていたんですか。

アントキの猪木:辞めてしばらくはフラフラしていて、パチスロで生活したりしていたんですよ。ありがたいことに、役所を辞めたというと、役所のときに知り合った経営者の方にうちにおいでよと声をかけていただくことも多かったんですが、あえて就職はせずにいました。

でもそういった方たちとの交流は続けていて、そんな中で「こういう商品を出したいんだよね」という話を聞いて、「そんな人いたなあ」と名刺をひっくり返して人を紹介するというようなことをしていました。そうすると、仕事がつながってお礼をもらったりして驚きましたね。こういう動きをしてくれる人が欲しかったと言われ、今も同じように人と人をつなげる動きをしているので、この時代がその原点だったと思います。

大久保:顔が広く、人と人をつなげる才能があるんですね。

アントキの猪木20代は「毎日最低ひとりと名刺交換する」というのが自分のテーマだったんです。毎日というのはけっこう大変でしたけどね。30代は「名刺交換した人どうしを会わせる」というテーマでした。40代の今は「名刺交換した人どうしでビジネスをする」というのがテーマですね。

大久保:起業家みたいですね(笑)。そこからどうやって芸人になったんですか。

アントキの猪木:平成15年、地元の隣の土浦市というところにモノマネのショーパブがオープンしたんです。暇なら手伝ってと言われてビールを運んだりしていたら、出演するタレントさんに「猪木そっくりだねー!」と言われたんですね。

初日に手伝いに行った翌日に、お偉方から赤いタオルと黒いパンツを用意されて、「これ着てステージ出て!」と言われて断りきれず、出たらウケたんです。翌日行ったらまたその衣装を渡されて、猪木さんが初対面のときに力道山から言われたセリフ「おい、裸になれ!」と言われて(笑)。しょうがない、やるかなーと覚悟を決めて、1か月で28日出演するようになったんです。なのでモノマネ芸人になることは、自分で決断してないんですよね。同じ時間をそこで過ごすのなら何をやってもいいか、というぐらいの気持ちでした。

ただ、人前で裸になるなんて、という抵抗感もありましたし、『笑っていいとも!』のコンテストに出てみたら?と勧められたときに、「これで放送までいかなかったら、モノマネ芸人としての自分は世の中に必要ない存在だから、スパッとやめられるだろう」と思って応募したんです。そしたらあれよあれよと審査を突破してしまって、CMの前に「この次はアントニオ猪木が登場!」っていうテロップまで出て。

出演を見ていたいまのチーフマネージャーから連絡がきて、1年間いろいろと整理をして、1年後に事務所に入ることになりました。31才のときでした。

大事だと思った人とは「4回会う」のがマイルール


大久保:芸人になってからの日々はいかがでしたか。

アントキの猪木:そうですね。誰もができない仕事だから、やってみる価値はあるなと思いました。山手線をガウン姿でうろうろしてみたり、新幹線の自由席だけ買って新大阪までジャージ姿で乗ってみたり、いろいろやりましたね(笑)。営業マンが話しかけてきて仲良くなって、「どこいくんですか?僕は広島です」と言われて「僕も広島です!」ってついていったらなぜか広島までの切符を買ってくれたりね。

物がない寅さんという感じで、自分の叩き売りをしていました。繁華街みたいなところをジャージ姿で歩いていたら「猪木が来た!」って騒がれましたし、10〜20年ぐらいは24時間どこでも猪木になれるように、安全靴みたいな靴をはいて、どこでもパンツになれるように新日本プロレスって書いてあるジャージを着ていました。コスプレイヤーみたいなものですね(笑)。それで仕事が増えていきました。

大久保:モノマネっていうか、もはやベースから猪木になっちゃったんですね(笑)。

アントキの猪木:モノマネしようと勉強はしましたけど、ベースはあんまり変わってないです(笑)。ブレイクしたのは『爆笑レッドカーペット』に出たときですね。1回目の出演でぽつぽつ問合せがきて、2回目の出演では放送した翌日ぐらいからスケジュールがどんどん入って、3か月ぐらいカレンダーが真っ黒になりました。

事務所から来る仕事で、大事だと思うところは、必ず次の約束を入れて会いに行くということをしていました。それがけっこうきいていますね。

大久保:1回で終わらせないんですね。

アントキの猪木:はい。1回会って、そこからアポを取って3回は会うようにしていました。1+3で計4回同じ人に会っていると、そこから5年10年空白の時間があっても、「久しぶりー!」ですぐに元の関係に戻ることができるんですよ。1回会ってるだけだと、次に会ったときは探り合いになってしまいますね。

大久保:プロレスの前座などもやっていらっしゃいますが、ある意味テレビよりも本物の猪木さんに近いところですよね。

アントキの猪木実は『爆笑レッドカーペット』よりも前からハッスルとは関わりがあったんです。プロレスラーをやってくれという依頼があったので、本当はプロレスで出る予定だったんですが、一回前説をやったらウケてね。

今はハッスルがなくなってしまったので、地方プロレスやプロレスリングZERO1を中心にオープニングをやったりしています。また、子どもたちにも面白いと感じてもらえるように、もともとは茨城アストロプラネッツの初代公式マスコットだったアストロマンを、覆面レスラーとしてプロレスに参戦させ、全国を回ろうと思っています。タイガーマスクはランドセルを贈っていましたけど、ランドセルじゃなくて別の何かを届けたいですね。

大久保:お話を聞いていると、本業、副業と明確に区別をつけているというよりも、面白そうと感じたプロジェクトに取り組まれている感じですね。

アントキの猪木:そうですね。僕、1から50というのは好きなんですが、ゼロイチはできないんですよ。世の中に酸素も水素も作れる人はいて、僕は酸素と水素をくっつけて水にはできるんですが、ゼロから酸素や水素を作ることは苦手です。

ゼロイチが得意な人と組むと、いい化学反応が起きやすいなと思っています。その化学反応が副業になっていっているという感じですね。逆にゼロイチが得意な人はそこから展開させるのは苦手なんです。

大久保:ほかにはどんなプロジェクトを手がけてらっしゃいますか。

アントキの猪木:野球が好きだったんですが、プロ野球選手になれなかったので、野球選手のそっくりさんチームを作ったんです。侍ジャパンと仕事したいな、と中畑清さんに社長を紹介してもらったら「応援団やって」と言われて、「偽(いつわり)ジャパン」としてそっくりさんチームをスタートしました。そこからそれぞれのそっくりさんにどんどん仕事が入って忙しくなって、嬉しかったですね。今では集まるのは年一回ぐらいですが、みんなで楽しくやっています。

企業さんって単体でスポーツチームのスポンサーをしますけど、もったいないと感じるので、今後は地域のためにプロスポーツ協議会のようなものを作りたいと考えているんです。

飲食とプロスポーツって連動しますし、メタバースや仮想通貨なども絡めて、地域のイベント、飲食、宿泊などに対して支援してもらうと地域貢献になるのかなと思います。

猪木さんからの教えと役所での学びの両方が自分のベース

大久保:やはり公的な発想があるんですね。

アントキの猪木:現在、茨城県の大使をやっています。自分はどうしようかと考えているわけではないんですが、昔からなんとなくやりたいことが実現できてしまうんです。

市役所時代に、「住民の人にここまでサービスできる」という規則を知らないと、「隣の市ではここまでやってくれたのに」と言われてしまうと教わりました。それが今生きていますね。市役所でやりたかったことを今やっているという気持ちです。
 
最近は、役所ではなくて「株式会社茨城県」所属です、と自己紹介する市役所の職員の方もいるんです。民間の会社のようなサービス精神を持っている人が多くて、僕はその会社のアドバイザーなんですって紹介されます(笑)。市役所の中にも、株式会社っていう意識を持って営業するぐらいの気持ちがないと、過疎化になってしまうという危機感があるんですよね。

大久保:イノキズムというところもあるのでしょうか。

アントキの猪木:それもあるかもしれません。猪木さんは今でもチャレンジャーですよね。難病に苦しんでいるところを、嘘偽りなくYouTubeで発信しているんですから。自分のいいところだけではなく、マイナスな部分もきちんと見せているのは、素直にすごいなと尊敬しています。

あの猪木さんが頑張っている、闘魂をいただいていると思っていますから、僕も頑張らなくちゃと思っています。

大久保:最後に、読者にメッセージをいただけますか。

アントキの猪木:よく失敗失敗といいますが、失敗というのはやり続けなかったからであって、どこかの時点であきらめたからなんですよね。50才でブレイクしたお笑いコンビ、錦鯉なんていい例です。彼らはあきらめなかったから50才でブレイクできた。

映画の『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の車、デロリアンはバナナやペプシなどの生ゴミを燃料に核融合を行い、電力を生み出す設定ですが、実際に2015年にそれが実現しました(※)。この例からもわかるように、「失敗はあきらめなければ実験」なんです。

※2015年10月21日、リサイクル燃料で走る車「デロリアン」がお台場を走り抜けた。実現したのは、日本環境設計株式会社というベンチャー企業。

また、何か思い通りにいかないことがあったら人のせいにする方がいますが、すべての現状の原因は自分にあると思った方がいいです。人に原因があると思った時点で間違いです。人のせいにせず、自分の足りないところを自覚して改善する努力をしましょう

では、最後に猪木さん節でいきますよ。「元気があれば失敗できる!あきらめなければ実験だ。迷わず行けよ、行けばわかるさ、1、2、3、実験ダー!!!」

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(取材協力: お笑い芸人 アントキの猪木
(編集: 創業手帳編集部)

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