日清食品 白澤勉×新規事業家 守屋実|「ベンチャーマインド」を持ち続けることが、イノベーションを続けるカギ
社内の競争構造による相乗効果。ブランド社長ともいえる「ブランドマネージャー」の役割とは
日本有数の大手食品メーカーである日清食品がヒット商品を連発し、イノベーションを起こし続けている理由の一つに「社内の競争構造」があります。
今回は、同社でカップヌードルのブランドマネージャーを務める白澤さんに、創業手帳代表の大久保がインタビュー。新規実業家であり、日清食品と宇宙食を共同研究したJAXAにてプロデューサーを務める守屋さんを交え、「ブランドの社長」ともいえるブランドマネージャーの仕事についてお話を伺いました。
日清食品株式会社「カップヌードル」ブランドマネージャー
1997年日清食品入社。
営業部門、宣伝部、経営戦略部などを経て、2011年よりマーケティング部に異動。
その後、北アフリカのモロッコでマーケティング担当として事業立ち上げを担当し、2019年1月より現職。「カップヌードル」ブランド全体のマネージメントを行う。
新規事業家/JAXAプロデューサー
1969年生まれ。明治学院大学卒。1992年に株式会社ミスミ(現ミスミグループ本社)に入社後、新市場開発室で、新規事業の開発に従事。メディカル、フード、オフィスの3分野への参入を提案後、自らは、メディカル事業の立上げに従事。2002年に新規事業の専門会社、株式会社エムアウトを、ミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業。複数の事業の立上げおよび売却を実施後、2010年、守屋実事務所を設立。設立前、および設立間もないベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。投資を実行し、役員に就任して、自ら事業責任を負うスタイルを基本とする。著書に「起業は意志が10割」、「新しい一歩を踏み出そう」などがある。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
ベンチャー気質が受け継がれる大企業
大久保:貴社は、常に革新的な商品やプロモーションを手掛けられていると感じています。歴史のある大手企業でありながら、新しいモノを生み出し、挑戦し続ける精神はどのように育まれているのでしょうか。
白澤:弊社は、ベンチャー精神で世の中を動かしてきた創業者の安藤百福の精神が社員全員に受け継がれています。それが、チキンラーメンやカップヌードルをはじめ、どん兵衛や日清ラ王といった商品を生み出し続けている理由だと思います。
大久保:会社が大きくなるにつれ、創業精神は薄れていくものだと思うのですが、ベンチャー精神が継続している理由は何でしょうか。
白澤:常に「ベンチャーマインドを失うな」といわれており、 ベンチャー企業のような風土が残っていることが大きいと思います。チャレンジを促す理念は、社内の行動規範である「日清10則」にも表れています。
「日清10則」
01.ブランドオーナーシップを持て
02.ファーストエントリーとカテゴリーNO.1を目指せ
03.自ら創造し、他人に潰されるくらいなら、自ら破壊せよ。
04.外部の英智を巻き込み、事業を加速させよ。
05.純粋化した組織は弱い。特異性を取り込み、変化できるものが生き残る。
06.知識と経験に胡坐をかくな。自己研鑽なき者に未来はない。
07.迷ったら突き進め。間違ったらすぐ戻れ。
08.命令で人を動かすな。説明責任を果たし、納得させよ。
09.不可能に挑戦し、ブレークスルーせよ。
10.仕事を楽しむのも仕事である。それが成長を加速させる。
大久保:この10則はベンチャーでそのまま使えそうですね。
白澤:この10則には弊社のユニークさが出ていて、例えば10則の2番(「ファーストエントリーとカテゴリーNO.1を目指せ」)にあるように、まずやってみるという精神が社内に浸透しています。もし、やってみたことが間違っていた場合は、その失敗を引きずったり、無理にリカバーしようとせず、間違っていたことを認めてすぐ戻って来いというのが10則の7番(「迷ったら突き進め。間違ったらすぐ戻れ。」)ですね。成功確率を高めるために迷って動かないことに関してはめちゃくちゃ怒られますが、チャレンジした結果の失敗についてはある程度許容してくれる会社です。
起業家ともいえるブランドマネージャー
大久保:ブランドマネージャーは、具体的にどのような業務を担当しているのでしょうか。
白澤:「ブランドの社長」という表現が一番分かりやすいと思います。ブランド管理はもちろんのこと、ブランド戦略や商品の損益管理、資材調達など、ブランドに関することすべてに責任を持ち、旗振り役として指針を出していくのがブランドマネージャーの役割です。
大久保:貴社はマーケティングが非常に上手いですよね。「謎肉」にまつわるキャンペーンなど、なかなか思いつかなそうなプロモーションを手掛けられていますが、そういった発想はどのように生まれてくるのですか?
白澤:弊社は常に過去よりも未来を見てマーケティングをする傾向が強いです。世の中の潮流については、既に流行っているものより、その先をどう見ていくかを重視しています。もちろん、データや通常のマーケティングセオリーも活用していますが、あくまでもデータから導き出されるのは過去のことなので、それよりも閃きやイノベイティブな発想を大切にしています。
大久保:社内教育について、人事部による社員教育以外に、ブランドごとに独自の教育を行っているのでしょうか。
白澤:先ほど、ブランドマネージャーはブランドの社長だと表現しましたが、弊社は各ブランドが独立した競争構造なので、例えるなら「株式会社カップヌードル」や「株式会社どん兵衛」が社内に存在しているようなイメージです。そのため、部下への働きかけもブランドごとにオリジナリティーがあると思います。
大久保:いわゆる市場競争のようなものが社内にあるのですね。
白澤:はい。基本的に「社内で生き残れないものは、社外の競争の中で生き残れるわけがない」というスタンスなので、社内競争をいかに勝ち抜くかが最初の関門となっています。
大久保:社会で切磋琢磨することで品質も上がっていくでしょうから、相乗効果が生まれますね。ちなみに、セクショナリズムが強まりすぎる点については、どのように抑制しているのでしょうか。
白澤:社内もしくはグループ会社全体で共通化すべき点については、持株会社のチーフオフィサーが全体に横串を通してくれているので、我々ブランドマネージャーは縦割りの競争構造の中でぶつかり合うことができています。この縦と横のバランスを上手く取れていることが、セクショナリズムの抑制に繋がっているのだと思います。
大久保:ブランドマネージャーの仕事において、最も大事にされていることは何ですか?
白澤:5年後、10年後、場合によっては50年後のブランドの未来をどう描くのか。その未来に向かうための道筋を考えるのがブランドマネージャーの仕事です。戦略を立てて実行していくためには、ブランドの強み・弱みなど、カップヌードルのすべてを熟知していることが必要ですから、常にカップヌードルに一番詳しい存在でいられるよう努力しています。
大久保:「商品を知り尽くす」ということですね。
白澤:はい。ブランドの歴史も含めて、すべてを知り尽くさなければ将来の道筋を立てることは難しいですから。
社内で社長予備軍を育てていく仕組み
大久保:ブランドマネージャーは、やりがいとともに責任や重圧も大きい仕事だと思います。そういう意味では、経営者と共通する部分がありますね。
白澤:そうですね。ブランドマネージャーは、担当ブランドに関して様々な責任と権限を持つので、経営者的視点が必要なところは共通していると思います。弊社は経営陣との距離感が近く、直接アドバイスを受けることも多いので、組織の中で自然と経営者的観点が養われていきますし、マーケティング部のスタッフも、近くでブランドマネージャーの仕事を見ることで徐々にマインドが醸成されていく点は起業される方との違いではないでしょうか。
大久保:すでに世間に商品イメージが浸透しているカップヌードルをさらに進化させていくのは相当難しいことだと思うのですが。
白澤:そうですね。ブランドマネージャーに就任した当初は、非常に悩みました。一般的には、商品の欠点を見つけて改良したり、消費者のニーズに合わせて進化させていきますが、カップヌードルに関しては、それがほぼない状態です。逆にいえば、変えることによってお客様が離れていくリスクも考えられます。ただ、現状を維持しているだけではブランドの活力が失われてしまうので、味や意匠性のあるパッケージなど基本的な部分は変えず、時代に合わせた広告や新フレーバーの商品を展開することで、ブランドの鮮度を維持し続けています。
そうして守るべき伝統は守りつつ、変化させるべき点は思い切って変化させてきた結果、昨年カップヌードルは発売50周年で過去最高売上を達成することができました。「変えるべきところ」と「変えてはいけないところ」の線引きを見極めるのは非常に難しいですが、そこがブランドマネージャーの仕事の面白さでもあると思っています。
宇宙食に認定された日清カップヌードル
大久保:2001年にJAXAとの共同研究を開始され、2005年7月に世界初の宇宙食ラーメン「スペース・ラム」が野口聡一宇宙飛行士とともに宇宙に出発。その後、2007年には「宇宙日本食ラーメン(しょうゆ、シーフード、カレー)※」が、そして今回新たに「日清スペースチキンラーメン」「スペース日清焼そばU.F.O.」「日清スペースキーマカレーメシ」「日清スペースハヤシメシ」の4品が宇宙日本食として認証されたのですよね。
※現在は「日清スペースカップヌードル」「日清スペースシーフードヌードル」「日清スペースカップヌードルカレー」に名称が変更されている。
白澤:はい。元々、我々の創業者である安藤百福には「宇宙食を開発し、宇宙でも人類の食を支えたい」という想いがあり、それを実現するため、「スペース・ラム」を当時のNASDA(現JAXA)や野口宇宙飛行士と一緒に作り上げていきました。
大久保:守屋さんは、JAXA新事業促進部にて事業開発をされていますが、宇宙食における日本食の立ち位置について教えてください。
守屋:宇宙食の中で日本食はとても人気があって、その美味しさから「ボーナスミール」とよばれているんですよ。現在、JAXAでは28社・団体、50品目の宇宙日本食が認証されているのですが、ボーナスミールとよばれ宇宙飛行士に喜ばれるという意味でも、宇宙日本食の数を増やしたいと思っています。
大久保:宇宙空間で食べられるようにするには、様々な工夫が必要ですよね。
守屋:そうですね。ISS(国際宇宙ステーション)の中は微小重力空間なので、日清食品の方々が麺やスープが散らばらないよう製品を考案してくださったのですが、仮に今後、月に定住するようになると低重力になるので、もっと地球で食べるラーメンに近い状態のものを持って行けるようになります。ただ、月に小麦畑は作れないので、生産なども含めて調理や循環、廃棄物など、トータルでサステナブルなエコシステムをみんなで作っていけたらと思っています。日本がどういった面で宇宙市場をリードしていけるのかというと、私は「食や健康」だと思っているので、今後も日清食品をはじめとした宇宙食を開発してくださる会社との協業に大きな期待をしています。
大久保:ISS内で麺やスープが飛び散らないよう工夫するのは大変だったと思います。
白澤:「スペース・ラム」については、麺の乾燥にチキンラーメンの技術を採用し、ISS内で飛び散らないようスープにとろみをつけ、湯戻しした後も麺が一口大の塊の形を保つようにしています。さらに、ISS内で給湯可能な70~80℃のお湯で食べられるよう工夫しています。
大久保:100℃のお湯は出ないのですね。
守屋:そうなんですよ。しかも、蛇口をひねってジャーっと出るわけではないので。水の量も限られていますから、給湯ボタンを押すと少量のお湯が出るという仕組みです。
大久保:日清食品の技術だからこそできたのかもしれませんね。
白澤:創業者の安藤百福が64年前に発明した「瞬間油熱乾燥法」という麺を油で揚げて乾燥させる技術や、カップヌードルの具材に採用しているフリーズドライ製法など、即席麺の技術だけで宇宙食を作り、NASAの厳格な品質基準をクリアできたのは誇りですね。
大久保:野口さんの感想は聞けましたか?
白澤:「地球で食べるラーメンの味が驚くほど再現されていました」と仰っていました。
企業内起業がスタンダードになる未来
大久保:守屋さんは実業家としても活動されていますが、日清食品のお話を伺っていかがでしたか?
守屋:それぞれのブランドが社内競合できる制度は素晴らしいと思いました。ローリスク・ローリターンの大企業と、ハイリスク・ハイリターンのスタートアップを兼ね備えた、ミドルリスク・ミドルリターンの企業内起業という立ち位置で、各ブランドが社内の他ブランドに負けないよう、手の内を明かさず秘密裏に頑張っても構わないというのは非常に面白いですよね。
ちなみに、私もかつてミスミ(現ミスミグループ本社)に勤めていた時に、社内すべてがチーム制になっていて、すべての決定を自分たちで下すことができ、出した利益はチーム内で山分けしていいというルールを経験しました。自分たちがどれだけ利益を出すのかによって自分の報酬も変わったので、ボーナス1発1億円という社員もいたんですよ。それは、誰かが評価処遇したのではなく、そのチームがそれだけの利益を出していたからなんですよね。現在は、当時ほどのアグレッシブな制度ではないようですが、形を変えながらも、その精神は引き継がれているようです。そういった経験を経ているので、日清食品がそういった仕組みを導入し、なおかつ組織が上手く回っていることは本当に素晴らしいなと嬉しくなります。
白澤:ありがとうございます。弊社の場合、報酬面はそこまで直接的ではありませんが、競争構造が根付いていることが非常に大きいですね。
守屋:貴社のブランドマネージャーは、ブランドカンパニー社長ともいえる立ち位置ですから、物事を動的かつ多面で見る経営者のような人材が大企業の中にどんどん生まれていくと、きっと日本はもっと強くなると思います。世の中が「日清食品がこうして上手くいっているんだから、みんな真似しよう!」といった雰囲気になれば日本の経済はもっと元気になると思うので、浸透していくといいなと思っています。
大久保:大企業だけでなく、スタートアップも組織の作り方など学べる部分がありますよね。
守屋:そう思います。スタートアップもいつの日か大企業になる可能性がありますし、スタートアップらしさを忘れずに大企業を目指していくことってすごく大事だと思うんです。だからこそ、日清食品の活動や組織運営のやり方は非常に学べるところが多いと思います。
大久保:それでは最後に、起業家へ向けてメッセージをお願いします。白澤さんは、日本が誇るメガヒットブランドのトップという意味では起業家と共通していますので、商品に命をかけている方として、これからサービスを展開していく起業家に向けてメッセージをいただければと思います。
白澤:日清食品は、カップヌードルの本質価値を理解し、進化させるために恐れず変えていくことで、カップヌードルブランドを成長させてきました。ものづくりは、マーケティングでトレンドを探るだけではなく、物の本質価値を守り抜くことや、そこに込める意思やポリシーが非常に大切だと思っています。おそらくこれは、創業精神に近しい部分があると思うので、カップヌードルの様々な取り組みから何かを感じてもらえれば嬉しいです。
守屋:スタートアップの私たちは、いつの日か大企業になる可能性があります。その時に、自分達はどういった成長を成し得たいのか、どうありたいのかという一つの答えが日清食品にあると思います。さらに、企業内起業家としてどう考え動いていくのかという点の見本となる方が白澤さんだと思うので、今回のお話を踏まえて我が国の未来を描いていきたいですね。
(取材協力:新規事業家/JAXAプロデューサー 守屋実)
(取材協力:日清食品株式会社「カップヌードル」ブランドマネージャー 白澤勉)
(編集:創業手帳編集部)