人材確保と定着に向けた環境整備が企業成長のカギに

創業手帳

構造的な人手不足の時代に求められる人材確保の戦略とは?


企業が成長してくると、人材の確保が重要な課題になってきます。逼迫する雇用市場や少子高齢化により、人材の確保が以前より困難に感じている企業も少なくありません。また、一度獲得した人材が流出してしまい、人手不足に悩まされる企業もあります。

この記事では中小企業においてスムーズな人材確保と、人材の定着におけるポイントを紹介します。これから従業員を増やしていきたいと考えている経営者の方々は、ぜひ参考にしてみてください。

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中小企業における雇用市場の現状

近年は中小企業においては人手不足に課題を感じる企業が増えています。中には、人手不足を理由に倒産や廃業に至る企業も。その背景には新型コロナウイルスの感染拡大前の経済回復と少子高齢化や、働き方の多様化があります。

中小企業では人手不足が課題に

平成29年の中小企業基盤整備機構のアンケートによると、中小企業のうち人手不足に課題意識を持つ企業は実に73.7%にものぼります。

人手不足を感じていますか?(中小企業1,067社に質問)

参考:https://www.smrj.go.jp/doc/org/20170508_info01.pdf

具体的な影響を見てみると、特に採用が難しくなっている企業や、中には売り上げの減少、生産・サービスの質の低下などの原因となっている企業もいるようです。

人手不足の影響をどのような点で感じていますか?(人手不足を感じている企業が複数回答)

参考:https://www.smrj.go.jp/doc/org/20170508_info01.pdf

また、別の帝国データバンクの調査に基づくと、2019年には人手不足を主因とした倒産の件数も過去最多の185件を記録。企業によっては事業経営が危ぶまれるほど深刻な課題となっています。

暦年別の人手不足を原因とした倒産件数(単位:件)

参考:https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p200104.pdf

ここまでの足元は新型コロナによる失業などが増えたことで、人手不足については逆に解消したのでは?と考える方も多いでしょう。しかしながら、新型コロナを経ても構造的な人手不足の状況に大きな変化は起きそうにありません

続いては、人手不足の原因と現状を改めて確認してみましょう。

人手不足の原因とは?

中小企業の人手不足にはさまざまな原因があります。一部は新型コロナの感染拡大に伴う環境変化で、幾分悪化されたものの、根本的な解決には至っておらず、今後ますます人材確保は中小企業にとっての重要課題となる可能性があります。

具体的な人手不足の原因は次の2点です。

  • 雇用市場の改善
  • 少子高齢化

雇用市場の改善

好景気であるというと違和感があるかもしれませんが、雇用の側面から見ると日本の雇用市場は近年順調に回復しています。

失業率(%)と有効求人倍率(倍)の推移

参考:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd101100.html、総務省「労働力調査」厚生労働書「職業安定業務統計」

これは労働者や日本の景気を考える上では喜ばしいことですが、企業サイドから見れば人材確保を難しくする原因になります。また、新型コロナによって幾分失業率が上がったものの、その上昇幅はわずかで、かつすでに再度失業率は低下に向かっています。

今度も雇用市場は改善が続き、それは企業にとって人材不足が課題となりやすい環境が続くでしょう。

少子高齢化

今後さらに人材不足に拍車をかけるのは少子高齢化です。すでに日本の人口は2008年をピークに減少が始まっていますが、15〜64歳の生産年齢人口も同様に進むと予想されています。

2017年には生産年齢人口は7,596万人(総人口に占める割合は60.0%)でしたが、これがが2040年には5,978万人(53.9%)になると見込まれています。高齢者が増加し、子供は減少するため、比率てみると全体の人口以上に減少が進むのです。

労働者になるべき生産年齢人口が減少すれば、そもそも働こうとする人が少ない計算になるため、やはり人材確保を困難にする要因となります。少子高齢化の影響は今後、ますます深刻になっていくと想定されるのです。

はじめての人材雇用のために検討すべきこと

ある程度ビジネスが軌道に乗ってくると、人材確保はビジネス成長にとって欠かせません。ここまで紹介したように人材不足の深刻化が見込まれる中、先手を打って対策を取ることが大切です。

ここではスムーズな人材雇用のために必要な準備や対策について紹介します。これらからはじめて人を雇おうとしている企業はもちろん、人材雇用に課題を感じている企業においても、次のポイントを踏まえて雇用に関する制度や対応を見直してみるとよいでしょう。

制度面の整備

これまで従業員を雇っていなかった企業が、新たに人を雇う場合、それに見合った制度を整備することが欠かせません。

従業員にまつわる制度は主に次のようなものがあります。あとでトラブルになったり、人事に対応するメンバーが困ったりすることのないよう、しっかりと制度を固めておきましょう。

労働条件の決定

まずは雇用者の労働条件を定める必要があります。労働条件に関しては労働基準法に準拠しなければなりません。全て自前で対応するのはリスクが高いため、必要に応じて弁護士など専門家に相談して、不備のない制度設計を行いましょう。

  • 労働時間、休憩時間、休日の設定
  • 正社員、パートタイマー、契約社員の別
  • 給与や各種手当の設計

労働時間については原則は1日8時間、週40時間です。休日は週1日でもいいのですが、その場合は1日8時間フルに働かせると週40時間を超えてしまうため、週休2日とするか、1日の勤務時間を短縮する必要があります。

なお、特例制度事業所という例外があり、その場合は週44時間以内まで働いてもらうことができます。この例外は商業、映画・演劇業、保健衛生業及び接客娯楽業のうち、パートタイマーを含めて常時使用する労働者の数が9人以下の事業所にのみ適用可能です。

また、休憩時間にも定めがあって、所定労働時間が6時間を超えると45分以上、8時間を超えると60分以上の休憩が必要です。こちらも社内規則に盛り込んでおきましょう。

給与体系の整備と人件費の予算化

人を雇うとなると当然給与を支払います。今後企業が成長していくと雇う人の人数も増えていくと予想されるため、早いうちに給与体系を整備して、スムーズに人材を雇用できる状況を整えておきましょう。

給与体系では、いわゆる基本給だけでなく、次のような項目も整備する必要があります。

  • 賞与やインセンティブ
  • 残業手当、休日手当
  • 家族手当
  • 勤務地に伴う手当(都市部に加算する、など)
  • 通勤手当

など

人材をスムーズに雇うためには、同業他社は企業がある地域の平均もしくはややそれより高めの水準とするのが好ましいですが、過度に高い給与体系を設定すると、人件費が増えて、企業財務を圧迫する恐れがあります。

また、このタイミングで人件費に関する予算を組んでおくことも肝要。従業員が増えていくと、それに比例して人材に関するコストが嵩むようになっていきます。

特に注意したいのは残業手当や休日手当の考慮です。残業や休日出勤がある程度継続的に発生する企業は少なくありませんが「必ず発生する」と決まっているわけではないため人件費の予算に組み込むのを怠り、後々コストの上振れ要因になるケースが少なくありません。

人件費や各種手当も加味した「トータルコスト」をしっかりと予算化することが大切です。

尚、給与体系の整備については次の記事でも詳しく紹介していますので、合わせて参考にしてください。

関連記事
社員の給与の決め方とは?適正な給与体系を設計するうえでのポイント

労働(雇用)契約書

労働契約書は給料、労働時間(始業時刻、終業時刻、休憩時間)、休日、給料、手当その他労働条件を記載した書面です。書式は完全に定められているわけではありませんが法律的に重要な意味を持ちます。自社の雇用制度に関する内容をしっかりと記載しておきましょう。

こちらも弁護士などによるリーガルチェックを通して、後々トラブルの原因になることのないようにしておきましょう。

求人情報をわかりやすく魅力的なものにする

現代では採用希望者はほとんどの場合、Webサイトや一部紙ベースの求人情報をもとに応募する企業を検討します。これらには多くの企業が掲載されるため、希望者の目に留まるようにするためには、求人情報をわかりやすく魅力的なものにするのが有効です。

わかりやすさの観点では、仕事の内容はもちろん、求められる経験などを、初めて企業に触れる方でも理解できるように整理しましょう。仕事内容については、配属予定の部署全体のミッションと、従業員の具体的な仕事内容の両方に触れておくのが大切です。

また、求められる経験は「必須の条件」「歓迎する条件」に分けたり、保有していることが望ましい資格などを整理しておくとわかりやすくなります。

魅力面では、まず目につくのは給与です。現実的な下限と上限を書いておくのがよいでしょう。もし給与の下限が魅力的でないのであれば、給与体系から見直した方がよいかもしれません。また、賞与・インセンティブのほか魅力的な福利厚生、手当などについても紹介しておくのがおすすめです。

ビジネス面では、次のようなポイントをまとめ、企業と従業員双方の将来性を訴求するのが有効です。

  • 企業のビジネスの社会的意義の大きさ
  • 企業の業界における立ち位置や強み
  • 募集ポジションが従業員のキャリアにどのようなプラスになるか
  • 将来的にどのようなプロモーションが期待されるか

柔軟な働き方に対応した求人内容に変更

働き方改革や新型コロナの感染拡大に伴うリモートワークの普及により、柔軟な働き方を許容する潮流が社会全体で広がっています。

こうした潮流の中で人材を確保するためには柔軟な働き方を許容する求人内容にしておくのが大切です。例えば次のような制度を整備し、求人内容にも明記しておくとよいでしょう。

  • 勤務日数・勤務時間の柔軟性
  • 時短勤務の制度
  • リモートワーク制度
  • 産休・育休など
  • フレックスタイム
  • 企業のビジネスの社会的意義の大きさ

特に近年ではリモートワークを整備して、オフィスに限らず従業員それぞれが希望する環境で働くことを許容する企業、男性・女性に限らず育休取得を認めている企業などが注目を集めています。後半で事例も紹介しますが、そうした制度整備が人材獲得のきっかけになっている企業も少なくありません。

選考においても自社の魅力を伝える工夫をする

選考は企業が候補者を評価しているだけではありません。特に優秀な人になればなるほど、候補者もまた企業を評価します。優秀な人は他社でも採用される余地があるため、魅力的な職場への就職を希望するからです。

そのため、選考では、候補者をふるいにかけるだけでなく、企業の魅力を伝えるように工夫するとよいでしょう。

例えば面接においては、社員の立場から企業の将来性や社会的意義などをしっかりとアピールするのがおすすめ。ケース面接やビジネスゲームのような形式で、企業のビジネスを体感できるような題材で選考をおこなうのも一案です。

人材を定着させるためのポイント

人材不足に陥らないためには、雇用した人材を定着させることも大切です。従業員を雇ってから育成制度を整備しては手遅れになるリスクもありますので、合わせて人材を定着させるための工夫にも目を向ける必要があります。

オンボーディングのプロセスを整える

入社した人材は業務内容やプロセスについて全く知らないので、そのままでは仕事ができないのは当然です。研修やOJTなど、新入社員が業務に慣れて、付加価値を出せるようになるまでのオンボーディングのプロセスをしっかりと整備しましょう。

オンボーディングでは配属現場の人間と人事担当がしっかりと連携しあって進める必要があります。現場の人間に「新入社員の受け入れ方」に関する研修をしておくのも有効です。

当初は従業員のレベルに合わせて仕事内容などを調整する必要もあります。また、業務マニュアルを整備して、仕事を進めやすい環境を整備するのもよいでしょう。

不慣れな業務によりパフォーマンスが低下するのも考えものですが、仕事が思うようにできずに従業員が定着しないのはさらに問題です。オンボーディングプロセスを整えて、せっかく獲得した従業員を蔑ろにしないようにしましょう。

公平に評価する

評価における不公平さは、従業員の離職に直結します。まして、人材不足が叫ばれる中では、従業員サイドから見れば転職をしやすい環境です。従業員が不満を溜めることのないよう、成果を的確に評価するように心がけるのが大切です。

特に創業期の企業では、創業時のメンバーはよく知った間柄であるケースも多いため、これらのメンバーを重視し、後から雇用された人材を軽視してしまいがち。このような不公平を避けるためには、評価制度の整備と、現場のスタッフの意識改革を同時に進めていく必要があります。

また、特に経験年数の少ない従業員は、売上に直結するような成果をすぐに出せないケースもあります。そのような場合に、売り上げに直結しない間接的な貢献や、従業員の成長度合いなども評価できると、さらに従業員の長期的な定着につながるでしょう。

経験やポジションにあった研修プロセスを整備する

従業員の雇用が軌道に乗ると、次第に経験年数の長い人も増えてきます。そうするとオンボーディングだけでなく、より専門性の高い仕事にチャレンジするため、もしくはシニアマネジメントに進んでいくための研修などを整備する必要が出てきます。

中堅やベテランの教育を疎かにすると、優秀な人材ほど転職して流出してしまう事態になりかねません。経験やポジションにあった研修プロセスを用意し、長期にわたって成長していける職場づくりを心がけましょう。

従業員の希望も取り入れながら適切な配置転換をおこなう

従業員の数が増えてきたら、配置転換などのシステム化も怠ってはいけません。特に黎明期の企業からすれば同じ人材が仕事についていた方が効率的に思えるかもしれませんが、中には様々な経験をしながら成長していきたい従業員もいます。

また、一人の人が様々なタスクに対応できる方が、かえって企業の成長力を高めることができるでしょう。定期的に従業員の希望を聞き、必要に応じて配置転換をできる制度を整え、より従業員が希望に沿ったキャリア形成をできる企業にしていくのがおすすめです。

中小企業の従業員雇用の工夫の事例

最後に、実際の中小企業が取り入れている従業員雇用の工夫について事例を2つ紹介します。人材確保に悩まれている中小企業の経営者におかれましては、ぜひ参考にしてみてください。

WORK SMILE LABO(ワクスマ)

もともとは事務機器販売が本業であったWORK SMILE LABO(ワクスマ)こと旧石井事務機センター。働き方を大きく転換したうえ、今では自社の経験を生かして働き方改革を支援するコンサルタントをおこなっています。

自社では次のような工夫により、働きやすい職場を形成しながら、生産性もアップさせました。

  • テレワークを2016年から導入
  • 子育て女性の離職の防止

テレワークについては新型コロナが流行するよりも数年はやい2016年より本格導入。当時としては特に中小企業では先進的な事例で、2016年に「テレワーク先駆者百選」、2018年には、中小企業で初めてとなる「テレワーク先駆者百選 総務大臣賞」に選ばれた実績もあります。

テレワーク導入により残業時間40%削減、売り上げ108%増加、1時間あたりの成果113%増加したとのこと。従業員の残業が減った一方で、売り上げや生産性も向上したため、企業経営にとってもプラスに作用しているのです。

また、このテレワークを活用して、子育て中の女性が柔軟に働ける職場づくりを進めました。以前は「子育て中のパート女性が子どもの体調不良などで急に仕事を休まないといけないときも少なからずあった」とのこと。少人数の職場では休みづらく、育児と仕事が両立できずにやめていく方もいました。

そこで、内勤の社員についてはテレワークを全社員に本格導入。柔軟に制度を活用できるようにしたことで、育児と仕事を両立しやすい職場を作りました。

こうした取り組みは就職希望者からも注目を集めており、中途採用の応募は2019年から2020年で3倍ほどに増加。岡山県内では2020年度の新卒採用ランキングでも4位にランクインしています。制度の整備が人材確保にも役立っているのがわかります。

株式会社LiB

人材紹介業の株式会社LiBでは、優秀な人材の確保にこだわっています。企業努力によって何とか自社が求める人材の獲得には至っていたのですが、従業員の定着に課題を感じていました。優秀であるが故に、チャレンジングなビジネスが見つかると、転職して流出してしまいがちなのです。

そこでLibではまず、企業経営者や他社在籍者、フリーランサーと兼業していても正社員として雇う「メンバーシップオプション」制度を導入しました。この制度で画期的なのは、勤務日数を週4日としている点と、勤務時間中に他業務を並行しておこなうことを認めている点です。

オンラインツールを整備することで、短い出社時間でも活発にコミュニケーションを取れる環境を整備するとともに、勤務時間ではなく成果で評価する人事考課も整え、優秀な人材が自由にキャリアを形成できる職場を形成しています。

これらの施策の結果、画一的な雇用条件では定着しない優秀な人材の確保に成功。成長期にある同社の順調なビジネス拡大に寄与しているとのことです。

従業員の獲得・定着に向けた積極的な施策が求められる時代


今に限らず、これからの時代は構造的な人手不足が継続すると懸念されるため、多くの中小企業は人材の獲得がより難しくなると想定されます。そのため、これから人材を増やそうと考えている企業においては、積極的な対策の整備が求められるのです。

具体的には次の点への対策が必要です。

  • 人を雇うための制度や研修・教育システムの整備
  • 従業員が働きやすくスムーズにキャリアアップできる環境の整備
  • 採用候補者に対する自社の魅力の適切な伝達

いずれかのタイミングで従業員を増やしていくと想定される中小企業においては、積極的に人材確保に向けた対策を進め、人材不足の時代を乗り切っていきましょう。

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