イノフィス 古川 尚史|「マッスルスーツ」と「大学発ベンチャー」で社会にイノベーションを
事業の踊り場を抜け出して、軌道に載せた古川氏のエピソードを聞きました
(2019/05/20更新)
装着型の作業支援ロボット「マッスルスーツ」を開発・販売しているイノフィスは、東京理科大学の大学発ベンチャーです。2019年2月に、国内外から8億640万円の資金を調達したことで話題を呼びました。
イノフィスの舵を取るのが、古川尚史代表取締役。企業再生に携わってきたキャリアを活かし、同社の成長戦略を刷新。「攻め」の経営で急成長・拡大に向け方向転換しました。
最近、日本でも注目を集め始めた大学発ベンチャーですが、産学連携がうまく回っている事例はまだ少ない状況です。古川氏に、経営のモットーと日本における大学発ベンチャーの今後の展望について聞きました。
東京大学工学部学士、東京大学経済系修士課程修了。日本銀行、ボストンコンサルティンググループでの勤務後、不動産投資ベンチャー企業を創業。その後、経営共創基盤ディレクター、サンバイオ株式会社執行役員を経て、2017年12月、当社代表取締役に就任。2015年より、NECライティング株式会社の社外取締役も務める(現任)。
踊り場から抜け出すために、事業を攻めの姿勢に大転換
古川:もともと、企業再生請負のコンサルタントとしてキャリアを積んできました。仕事自体は楽しくて、天職だなと思っていましたが、企業の再生はイノベーションが起きにくいんです。
そんな中、自分の生涯を考える上で「これからは世の中を変えるようなイノベーションに携わろう」と強く思っていた際に、縁あって東京理科大学さんと仕事をすることになりました。
古川:事業としては踊り場(横ばいの状態)にいました。もともと、マッスルスーツは厚労省の「介護ロボット等導入支援特別事業補助金」というプログラムを受けていました。これは、申請が通れば介護現場へのマッスルスーツ導入に全額補助がつくという制度で、この期間はマッスルスーツがものすごい勢いで売れました。
ただ、制度としては1年限りのものだったので、補助金がなくなった段階で売上がピタッと止まってしまったんです。
補助金があった時は、「お客様に商品について知ってもらい、買ってもらい、使い続けてもらう」というプロセスを踏まなくても、マッスルスーツが売れていた。それによって、「お客さんにリーチして必要なものを作り、売りに行く」という企業として当たり前の販売戦略を取れない組織になっていました。
私は社長として、これまで「来た注文に応える」という姿勢で展開していた事業から、「積極的にマッスルスーツをPRして売っていく」という姿勢に変える必要があったんです。
古川:一つは、「全く違う会社にしなければならなかったこと」ですね。もともと社内にいた方や、周りで仕事をされていた方々には最初なかなか受け入れがたいものだったと思います。
言葉で伝え、実際に変えていくということは容易ではありません。事業再生に携わっていたときも、会社の方向を大きく変えなければならないケースはありましたが、その時は会社として変えざるを得ない状況にあることが多かったです。必要に迫られた上での改革と、踊り場から抜け出すための改革とではまた性質が違いますね。
古川:事業が踊り場に立つと、多くの人は内部に原因を求めます。実際は、お客さんから支持されない状況になっているからであって、お客さんが求めているものに寄り添うという姿勢でいれば抜け出すことができます。
イノフィスでも、営業や開発・管理など、事業の全てについて、外へ外へと目を向けてみました。そうすると、外の視点を得た人がそれを持ち帰ってきて、内部に良い変化が起きていきました。
古川:まず、社内が待ちの姿勢から攻めの姿勢にじわじわと変わっていき、マッスルスーツの新モデルを開発し、販売するようになりました。新商品が出ると、自然と注目を集めるので、メディアなどでの露出も増えていきましたね。
世の中の求めていることに対して、何をすればイノフィスと繋げられるか、ということを考えた結果、効果が形となって現れていったという感じです。
大学発ベンチャーは、若手が社会に対してダイレクトに活躍できる場
古川:近い将来の展望としては、一つは、マッスルスーツのフルモデルチェンジをしていきたいですね。これまでの新製品は、もともとあったモデルのマイナーチェンジという形で作ってきました。使った方から多く寄せられている「安くて・軽くて・小さいモデルが欲しい」という要望に応えるためには、フルモデルチェンジをする必要があります。
また、マッスルスーツを起点に新しい商品も作っていきたいです。装着型のロボットは、作業の負担軽減だけでなく、リハビリや健康生活にも役に立ちます。リハビリができるロボットを作ったり、山を楽に登れるロボットを作ったり、「こういうことができたらいいな」という要望に応えられる商品をどんどん作っていきたいですね。
長期の展望としては、イノフィスを産学連携のプラットフォームにしたいです。最近、大学発ベンチャーという言葉が少しずつ広がっていますが、大学発ベンチャーの実際は、まだまだ産業界との連携がうまく行っていないケースも多いです。
産学連携の成功事例が増えれば、イノベーションが次々起こり、世の中はどんどん良くなっていくと考えています。我々は、産学連携のノウハウを培ってきたので、それを他の大学発ベンチャーに伝えていくことで、良い技術が社会に出ていきやすいプラットフォーム的な存在になれるのではないかと思います。
古川:イノベーションを起こすのは、いつでも若い人たちです。本当は、特に20代の人たちが、開発の部分で活躍できないと、イノベーションは上手くいかないと考えています。若い世代の何にもとらわれない自由な発想と勇気で、どんどん新しいものを開発していってもらいたいです。
しかし、日本の従来の会社組織では、優秀な人材が入社しても、開発を任せられるまでに時間がかかり、開発の責任者になった時には、イノベーションを起こしづらい年齢になっているケースが多く見られます。
そういった意味で、大学発ベンチャーは、今後若手が社会に対してダイレクトに活躍できる場としての役割があると思います。
ただし、日本の大学発ベンチャーの課題として、技術を元にプロダクトを開発するというところまではたどり着きますが、そこからプロダクトを市場に乗せるために商品化したり、どう流通させるか、といった部分でつまずいてしまうパターンが多いです。どうやって、開発の先に事業をつなげていくか、という部分がネックです。そういった部分について、ノウハウを持っている我々のような企業がサポートしていけるといいですね。
古川:「正面から取り組む」、「本音で語る」、「自分がやってワクワクしないことは、ワクワクしてくれる人にお願いする」です。事業をやっていると、やらなければいけないけれど、やっていてワクワクしない仕事が出てきます。まずは自分で取り組んでみて、もし苦手だなと思ったら、それを得意な人にお願いするようにしています。
これから先、大学発ベンチャーに飛び込む、はじめる人たちにも、同じことを伝えたいです。
というのも、大学発ベンチャーを始めようという人たちは一芸に秀でた優秀な人が多いと思います。ただ優秀がゆえに、全て自分でできると考えてしまうと思います。
そしてそれを実行してしまうと、自分が一番力を発揮できる、もっとも大切なところに時間が割けなくなってしまいます。
やはり、世界を変えるイノベーションを起こすような仕事に注力し、それ以外のところはちゃんと任せる事ができる人を見つけることが大事だと思います。
(取材協力:株式会社イノフィス/古川 尚史)
(編集:創業手帳編集部)