IDEOTokyo 野々村 健一|子どもたちに誇れる日本の未来をデザインしたい
人間はもともとクリエイティブな生き物。アイディアを出し、形にすることを恐れない
デザインコンサルティング会社のIDEOを知っているでしょうか。東京オフィスの代表を務める野々村さんは、MBA留学の際にIDEOと出会い、インターンを経て東京オフィスの立ち上げに奔走しました。
デザインコンサルティングだけでなく、さまざまなワークショップやスタートアップの支援などもしている同社。創業手帳代表の大久保が、今までのキャリアやこれからの若者に必要となる資質、デザインの持つ力などについてお聞きしました。
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IDEOTokyoマネジングディレクター 兼 代表
IDEO Tokyoの代表を務める。クリエイティビティとビジネスの橋渡しを務め、 そこから成功に繋がる変化とイノベーションを生み出すことに情熱を持つ。現在は、IDEO Tokyoの事業拡大と新規開拓に注力。企業がIDEOとのコラボレーションでさらに大きなインパクトを創出する方法も摸索中。IDEO Tokyo共同出資のベンチャーキャピタルファンドD4Vのファウンディングメンバーも務める。前職では、トヨタ自動車本社にて海外営業や商品企画を担当。ハーバードビジネススクールにてMBA、慶應義塾大学にて総合政策学学士号を取得。ロンドン、ニューヨーク、ボストンおよびシンガポールで暮らした経験を持つ。著書に『0→1の発想を生み出す 問いかけの力』がある。名古屋商科大学大学院国際アドバイザリーボードメンバー。内閣府オープンイノベーション大賞総理大臣賞選考委員。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。
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この記事の目次
MBAを取った後「面白いと感じるところ」に飛び込んだ
大久保:ハーバードのビジネススクールに留学したのはどんな経緯だったのですか。
野々村:大学生の頃から一度海外に出て、ビジネスパーソンとしての自分を俯瞰して見てみたいという気持ちがあったんです。その後、日本の看板を背負って戦える場所ということで憧れていたトヨタ自動車に入社し、商品企画やマーケティングなどさまざまな仕事を担当しました。
あまり年齢を重ねる前に留学をしたいという思いがあり、20代のうちに退職して留学しました。
私費留学ですが、ハーバードには多くの基金があり、返済不要の奨学金を出しているので、ほとんどは様々な寄付者の方々に支援していただきました。
大久保:そこでMBAを取られたわけですよね。デザイン会社であるIDEOにジョインするきっかけはなんだったのですか?
野々村:トヨタを辞める直前は新しい車種などを考える商品企画をやっていたのですが、チーフエンジニアと二人三脚で仕事をする経験は得る物が多く、日頃からこのように違う分野の人と肩を並べながら仕事できたらいいのにという思いがありました。日本で新しいものを生み出すには、リソースが豊富な大企業だけではなく、さまざまな場所で多様性に富む人々がコラボして仕事をする必要性があると感じていたんです。
そのためにいろいろな可能性を探っていたある日、IDEOという会社がビジネススクールにリクルートに来て、話も面接も一番面白いと感じました。面接が、新しいアイデアを考える場所のようなものだったんですね。
そういったところに飛び込んでみるのもいいかなと感じ、シリコンバレーで3か月インターンをさせてもらいましたが、自分にとっては非常に大きい経験でした。
人間はいろんな回路を持っているけど、自分の専門性や職種を定義していくと不要な回路を閉じて効率化していきます。IDEOでの体験はまったく逆で、3か月で自分の回路が開いていく感じを味わいました。高校や大学時代を思い出しましたね。「このような組織が日本でも成り立つのか?」という思いもあり、これが日本でもできるなら面白いのではないかと感じました。
大久保:MBAホルダーとしてはいろいろな道があったと思いますが、ある種本能的に動いたということなのでしょうか。
野々村:今はだいぶ違うと思いますが、当時の日本では、MBAホルダーの行き場所がなかなかないと話題になっていました。ヘッドハンターとMBAを取った後はどうすればいいかということを話していたときに、MBAホルダーの使い方が分かっている場所か、または真逆のカオスな世界に飛び込んだ方がいいよというアドバイスをもらったんです。
IDEOは完全に自分にとっての後者でしたね。ただ、MBAの中で例えばケースメソッドといって、雑然としている中から点と点をつなぐというトレーニングをしますが、今でもそういう点は役立っています。
大久保:IDEOはどのような会社なのですか。
野々村:もともとは形のあるものをデザインする工業デザインの会社として始まり、40年ぐらい前にシリコンバレーで3社が合併してIDEOになりました。2000年ぐらいまではエンジニアリングやプロダクトデザインなどの表層的なデザインも多かったのですが、そこからだんだんヒトとコトとのイントラクションや体験、サービス、空間などあらゆる新しいものをデザインするようになりました。
「今から5年後にこんなものを作りたいんだけどどうすればいいだろう」というような相談を受けることもあります。
最近話題のAIなど、生成の部分は誰でもできるような世界に急激に近づいていますが、問いかけやプロンプトを考えるのは人間です。ここに関してはずっと取り組んでいる部分です。デザインを通して未来を作り続ける会社ですね。
大久保:その後、IDEOの日本拠点を立ち上げられるわけですが、起業に近い体験なのではと感じます。いかがでしたか。
野々村:立ち上げのときは何もなくて、キャットストリートのマンションの一室で3〜4人で走り回っているような状態でした。当時はイノベーションやデザインがビジネスの現場ではまだ主流ではなかったので、「海外からやってきたデザイン会社です」というところから始めましたが、開拓には苦労しました。
そこからさまざまなクライアントワークを積み重ね、信じていただけるクライアントの方とやってくる中で、デザインの重要性が高まってきて少しずつIDEOの存在が知られるようになったという感じです。40〜50回クライアントのところに通ったりして初めてワークショップを実施させていただく等、じっくりと関係性を築いてきました。
コンサル会社は経営層とつながることが重要であるという認識が一般的だと思いますが、そうではない人からも支持されているのがIDEOの面白いところだと思っています。当時はまだフェイスブックの全盛期で、ある日いきなり社会人3年目の方から「今の会社に危機感を感じています」というような連絡がメッセンジャーできたりといったこともありました。
前半期のIDEOはそこから立ち上がってきました。本当に様々な個人の思いに支えていただき、ご恩を感じています。
ビジョン・ミッション・バリューは早めに決める
大久保:デザインの会社だけれど、起業家にも役立ちそうなワークショップやスタートアップ支援をされていますよね。
野々村:はい。IDEOの事業には3つの柱があります。ある程度大きな企業向けのコンサルティングとラーニング、ベンチャーです。新しい組織を作っていくというところでは、D4VというVCで約100億円を50社くらいに投資しています。また、投資先はIDEOが無償で支援するという形ですね。
IDEOの目論見としてもともとは大企業とベンチャーを近づけたいというところからスタートしました。ベンチャーの世界では、市場の動きも非常に速いですし、投資家からのプレッシャーなどの要因で時間的な制約が強く、プロダクトやサービスを早く形にすることが求められます。
ビジョン、ミッション、バリューというのはチームが大きくなってから振り返る企業が多いのですが、成長した段階で最初にそういった思想があったかどうかというのは後々効いてくる部分ですので、なるべく早い段階でそういうところを埋めていけるように、丁寧な支援を担保するようにしています。
大久保:以前、頭の中のものをアウトプットして形にしようというセミナーをやったことがありますが、ワークショップではどんなことに取り組んでいるのですか。
野々村:アイディアを出すためにはブレインストーミングなど、さまざまな方法がありますし、ある程度世の中にも知られているのではないかと思います。
「アイディアを出してもいいのだろうか」とか「出したアイディアに自信を持つ」という部分にもしかしたら引っかかりが多いのかなと感じています。組織の方と話していると、部屋にどんな人がいるかによって饒舌さが変わるんですよね。
例えば「こんなアイディア出したらバカだと思われるんじゃないか」というように、メンタル部分での引っかかりを持つ人が多いと感じます。
そういう意味では、とにかくアイディアを出すことや自信を持つということに取り組んでいくことが重要です。
また、ベンチャーでも大企業でも、現状あまりクライアントと話していないので、もっと会話を重ねてどのようなことが求められているのかをクリアにすることも大事だと感じています。デザインというのは結局使っていただいてこそ価値があるので、クライアントに価値を感じてもらわない限りは自己満足の域で終わってしまいます。
10年前と比べて、今は画面に付箋を貼らなくても、スクリーンに直接描ける時代です。ノンデザイナーであってもある程度のプロトタイプをクイックに作れるので、アイディアを形にして人に見せることのハードルは大幅に下がりました。
何かを作るというのはそもそもポジティブなことで、それがIDEOの文化になっています。組織として基本的に新しいものを作り続けることを生業にしていますが、さまざまな可能性を秘めた時代になってきたと思いますね。
大久保:今の若者はどんなスキルを身につけるべきなのでしょうか。
野々村:個人的には好奇心がもっとも重要だと思っています。物事を面白がれるかどうかというのは非常に大事なんですよ。実際にIDEOの採用の際は、その人の専門性や文化的にフィットするかどうかも大切ですが、その先何があるのかというと新しい観点を持ってポジティブなエネルギーを加えてくれるかどうかを重視していますね。
前向きな方向に思考を持っていくことができるかどうかという資質は、そのままプロジェクトや仕事に関係してきます。
全然違う畑の人と、例えば3か月などの期間同じ方向を向いて仕事をすることになるので、そこに新しいアイディアやケミストリー、エネルギーを加えられるかどうかが製品やプロダクトに直結するんですね。
大久保:ポジティブなパワーやエネルギーというのは、AIには出せないたぐいのものですよね。
野々村:そうですね。ChatGPTに「人類を絶滅させるためにはどうすればいいのか」「世界を終わらせるためにはどうすればいいか」などと聞くのが話題になっていましたが、そういうネガティブな発想というのは人間の性としては安直で簡単な発想なんですね。前向きな方向に思考をもっていけるかというのは能力というふうに僕はとらえています。
子どもたちに誇れる日本を見せたい
大久保:野々村さんのご著書を読みましたが「他者の成功を喜ぶ」という言葉がとても素敵だなと感じました。「自分だけ」「自分の会社だけ」と考えるのが一般的だと思うので、こういった考え方が広まるといいなと思いましたね。
野々村:ありがとうございます。ここ数年で違和感があったのが、自分が中心人物にならないといけないという考え方でした。僕は一番上に立つことだけがリーダーシップではないと思っていて、頑張っている人の背中を押すとか、後から続く人の道を作るとか、いろんなやりかたがあっていいと思っています。
他者を応援するという立場もハイライトされるべきであり、それもリーダーシップという価値観になれば今の価値観や時代に合っているのではと感じています。
大久保:スタートアップは今後デザインをどう活かすべきでしょうか。
野々村:D4Vでアーリーフェーズのスタートアップで、デザイナーにどんな働きをしてほしいですかという調査をしたんです。従来的なUIやUX、プロダクトの価値を高めるという答えも多かったのですが、経営戦略や文化の醸成という答えもありつつも、比重としてはまだまだ低い状態でした。
色々なバックグラウンドの人と一緒に何かを作ることができるのがデザイン思考が持つひとつの強みであり、人間の持つ感性や五感に近いところでアウトプットができることがメリットです。
デザインとひとことで言っても非常に多様な領域がありますし、これはデザインに限った話ではないのかもしれませんが、一見異種のものを繋げる人材は圧倒的に不足しています。
AIがこれだけ話題になっていても、実際に自分で使っていない人もいます。好奇心を持ちながら、繋げたらどんな面白いことができるだろう、自分にどんないい影響を与えられるだろうと考えられることがこれから必要になるスキルだと思っています。
大久保:日本の社会課題に対して、デザインができることはあると思いますか。
野々村:今自分の働く理由は何かといったら、10〜20年後に娘に日本っていいところだよ、こんなところで働いたら面白いし、楽しいよって言える環境を作ることに尽きると思っているんです。
もし早送りで娘が成長して、日本ってどう?と今聞かれたとしたら、今はまだ胸を張ってそう言えない気がしています。
学校や教育環境、家庭環境、ジェンダーのバランス、多様性、こういったところが何を目指してデザインされているかといったら、すべて就職へのパスを目論んで作られている現状があります。
僕が起こったらいいなと思うのは、そういった上の部分が変わることで、どんどん現場に変化が落ちていくことです。そうして誰もが自分の人生をデザインできるようになればいいですよね。そんな思いで日々仕事をしています。
大久保:最後に起業家である読者へのメッセージをお願いします。
野々村:世の中、やらない理由を考える人は多いですが、やる理由を考えて実行にうつすのは大変なことです。
起業家というスタイルを選んだ皆さんは、そういったポジティブなエネルギーや、どうすれば実現できるかを考え続けられるという素晴らしい資質を持っているということになります。そういった方が日本の未来のためにもどんどん増えるといいなと願っています。
大久保の視点
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(取材協力:
IDEOTokyoマネジングディレクター 兼 共同代表 野々村 健一)
(編集: 創業手帳編集部)
世界的に有名なデザイン事務所のIDEO。
そのIDEOの日本の立ち上げに飛び込んだのが野々村さんだ。
ハーバードMBAというロジカルエリートの極みのようなキャリアながら、無形の「面白そうな」未来に本能的に飛び込んだ。
今はすぐ行動できるので言い訳ができない時代になったという。
行動していくのが容易であり、重要な時代になったということだ。
デザインという形でIDEOやD4Vは社会を変えているが、日本に不足している切り口での起業は今後も増えていくだろう。