「熱海の奇跡」の立役者・市来広一郎氏。オリジナルな発想で地域再生を実現する手腕に迫る【前編】

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※このインタビュー内容は2020年10月に行われた取材時点のものです。

27ヵ国を周って培った「その土地だけが持つ魅力」を見つける力と広める方法とは

「熱海の奇跡」の立役者・市来広一郎氏

(2020/10/12更新)

地域再生に向け、空き家・空き店舗の解消、新しい住民と古くからの住民とのコミュニティ構築、行政との連携による活性化などを実践してきた市来広一郎氏。

出身地の熱海がバブル崩壊後に大きく衰退したさまを目の当たりにした市来氏は、大学卒業後に約3年バックパッカーとして27カ国をめぐり、帰国後ビジネスコンサルティングに従事した後、熱海の地域再生へと携わりました。

熱海V字回復の立役者である市来氏の再生プロジェクトが記された著書『熱海の奇跡』には、地方都市が抱える問題や地域再生への打開策、地域の人や行政を巻き込みながら地域を再生していく様子が記されています。

今回は、地域再生に向けたプロセスや実施してきたプロジェクトについてご紹介します。地方都市での起業・創業のヒントにつながる地域再生プロジェクト。ぜひ創業準備にお役立てください。

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市来氏画像

市来 広一郎(いちき こういちろう)株式会社machimori代表取締役 / NPO法人atamista代表理事 

1979年静岡県熱海生まれ、熱海育ち。東京都立大学大学院 理学研究科(物理学)修了。ビジネスコンサルティング会社に勤務した後、2007年に熱海にUターンし、ゼロから地域づくりに取り組み始める。遊休農地の再生のための活動、「チーム里庭」、地域資源を活用した体験交流ツアーを集めた、「熱海温泉玉手箱(オンたま)」を熱海市観光協会、熱海市などと協働で開始、プロデュース。様々な形で熱海のリノベーションまちづくりに取り組んでいる。一般社団法人ジャパンオンパク 理事/一般社団法人日本まちやど協会 理事/一般社団法人熱海市観光協会 理事
著書「熱海の奇跡~いかにして活気を取り戻したのか~」(東洋経済新報社)

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故郷熱海を地域再生に導いたきっかけとは

1960年代70年代には団体旅行で賑わい、観光地として集客を誇ってきた熱海。しかし、2011年までは50年間ずっと宿泊客数が減少し続け、今回再生してきた駅前の熱海銀座商店街はシャッター街となっていました。

65歳以上が占める高齢化率は47%(全国平均26%)、空き家率は52.7%(別荘を除いても23.9%。全国平均13.5%)、人口はピーク時1965年の5万4000人から2020年に3万6000人と2/3に減っており、絵に描いたような「課題先進地」。これらの状況を知り、熱海を「課題“解決”先進地」にしなければと思いました。

原動力となった熱海への想いとバックパッカーとしての経験

地域再生への原動力
衰退していく熱海を目の当たりにして、熱海は暮らしやすい、多様な魅力のある場所だと再確認してもらいたいという思いが強くなりました。

ただ、観光業だけで人出を取り戻しても、外部の資本であれば地元はそれほど潤いませんし、それで人々の暮らしが豊かになるわけではありません。地域再生には本質的な街の再生と持続可能性が必要です。

そこでイメージしたのが、大学卒業後にバックパッカーとして世界27ヵ国を周って感じた、その土地ごとの魅力です。特にクロアチアは自然も町並みも、食や人も素晴らしく、暮らしの豊かさを感じることができました。熱海という土地にもその魅力があると確信していました。

熱海出身という内側からの視点と世界中を見てきた多角的な視野の両方を持ち合わせたことで見えてくることが多々ありました。衰退の中にあって自信をなくしていた地元の方々は、熱海という場所のポテンシャルに気づけていないように思いました。

そこで2007年、28歳のときにUターンして熱海に戻り、本格的に地域再生に向けて動き出しました。少ない資金でもできる取り組みから始め、やがて、エリアを絞って空き店舗を1つ1つリノベーションして生まれ変わらせ、街並みや住民に変化をもたらしていきました。

熱海銀座商店街に1/3あった空き店舗はゼロになり、新規店舗で100人の雇用を創出。熱海市の地価も上昇し始めています。熱海再生に向けた具体的プロセスを紹介していきます。

NPOとして行った、再生への第1歩は「熱海・地元民のファンをつくる街歩きツアー」

2007年にNPOを設立し、最初に行ったのは「まちあるきガイドツアー」です。このプロジェクトの目的は観光客向けではなく、地元の人が地元を楽しみ、ファンになることでした。

熱海温泉玉手箱、通称「オンたま」として、地域の人がガイド役を務めるツアーを短期間に多数イベント開催しました。地元民も足を踏み入れなくなっている味わいある空間が熱海にはたくさんあります。そうした場所を改めて紹介したり、街中では楽しめないようなシーカヤックなどのアクティビティを体験ツアーとして提供したりして、熱海にありながら地元民も気づいていないような魅力あるシーンを発掘していきました。

これらのイベントを半年に一度のペースで数十回開催しました。これらのイベントは街のさまざまなコンテンツをテストマーケティングする意識で企画しました。また、それぞれのツアーは独立採算制でやっていましたが、それだけでは運営費のすべては補えないため補助金も活用し、企画・運営を行うようにしました。

地域再生プロジェクトとしての街歩きツアー

出典元:株式会社machimori 公式HP
地元の人向けに始まったガイドツアーは観光客にも人気

 
ターゲットをいきなり観光客にしなかったのにも意味があります。ここで地元民といっているのは、2007年頃からリタイアした団塊世代を中心に増えていた、移住者や別荘民のことです。観光客数や宿泊客数だけを見ていては気づきませんが、そうした新しい地元民が数千人規模で現れていました。そこに向けてニーズにあった商品・サービスが生まれていけば街が活性化し、さらには観光資源にもなることを期待して、体験ツアーというテストマーケティングを行っていったのです。

ちなみに、2010年の調査では、熱海にネガティブなイメージを持つ人の割合が、熱海住民では43.1%と、別荘民の18.8%や観光客の26.3%よりも多く、昔からいる人たちが熱海の魅力に気づけていないという課題が明らかでした。これが「オンたま」の取り組みによって改善します。参加後に熱海のイメージが良いほうに変化した人が、昔からの熱海住民で70.5%も表れたのです。また、別荘民では89.5%にもなり、熱海への定着率向上にもつながる成果だったと思われます。

もう一つ、オンたまの活動で意識したのは、街の人たちを徹底的に巻き込むことです。2011年のまとめでは、プログラムを提供してくれた「パートナー」が64名、運営を協力・支援してくれた地元企業や地域団体が150、経済的に支えてくれた企業・団体・個人が43もありました。

これらを、地元の観光協会や熱海市と連携して、補助金なども活用しながら3年ほど継続した結果、街の雰囲気も少しずつ変わっていきます。地方都市にありがちな保守的なムードから、新しいことに対する関心が芽ばえ、街の再生に向けた素地づくりが形になっていきました。

【プロジェクト】熱海温泉玉手箱、通称「オンたま」
  • 【課題】熱海住民が熱海の魅力に気づいていない
  • 【政策】・地域住民を巻き込んだイベント開催
        ・行政との連携
        ・テストマーケティングとしての企画
  • 【目的】熱海は暮らしやすい、多様な魅力のある場所だと再確認してもらう

「新住民の創出×不動産」をビジネスモデルに、株式会社を設立

人口分布
街歩きツアーを行っていく中で、街中に空き家・空き物件が大量にあるという事実を知りました。これでは、せっかく集客ができたとしてもマイナスイメージですし、満足度が下がります。空き物件を再生して、街に新しいコンテンツを生み出していく必要を改めて実感しました。

2011年10月に、熱海の中心市街地再生「リノベーションまちづくり」を目的として、株式会社machimori(マチモリ)を設立。「オンたま」プロジェクトでは難しかったマネタイズをもう一つの目的として株式会社にしました。新しいプレイヤーを生み出し、不動産を掛け合わせることで、ビジネスとして街づくりを行うことを考えたのです。

この時点で調査したところ、熱海駅から熱海港まで、約300メートル四方の市街地のうち23%、1/4近くが空き店舗になっていました。こうしたデータは行政にはなかったので、自前で制作しました。街を変えようというときには、まずデータで現状を把握することが大事です。データがなければ作るところから始めねばなりません。
 
もう一つ、データとして重視したのが、世代別の人口推移です。2005年から2010年までの5年間の、熱海市の人口変化を見ると、20代・30代が大きく数を減らしていました。若い世代は都市部に出ていく傾向があるので、地方ではよくあることですが、熱海には旅館やホテル、病院などがたくさんあるので雇用はあるはずなのに、これだけ減っているというのに大きな課題感を持ちました。

そこで、machimoriでは街の再生を通して、街の中心地でこの20代・30代人口を1割増を目指し、この世代を新しいプレイヤーとして取り込んでいくことを考えました。掲げたビジョンは「クリエイティブな30代に選ばれるサードプレイスとなる=観光と定住の間のグラデーションある、多様な暮らし方ができるまち」です。

そこで、面白い30代が集積するようなエリアを作ろうと考えて着目したのが、駅前の熱海銀座通りです。200メートルほどの小さな商店街ですが、多くのお店が古い歴史を持ち、江戸時代から続く老舗や5代目、6代目という経営者も少なくありません。

しかし、2011年時点で1/3にあたる10店舗が空き店舗になっており、いわゆるシャッター街となっていました。駅前で熱海のイメージを印象づけることとなる、このエリアをまず重点的に再生の対象にしようと決めて、1店舗ずつシャッターを開けていく試みを始めます。

ここまでが前編となります。後編では引き続き、熱海銀座エリアで実践していったリノベーションまちづくりの様子と、行政と連携して行う創業支援やネットワーキング支援について紹介していきます。

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(編集:創業手帳編集部)



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