設備資金と運転資金はどう違う?【芳賀氏連載その3】
税理士・中小企業診断士の芳賀保則氏に聞く、起業家のための融資・資金調達の知識
起業する際、ビジネスの内容はもちろん、資金調達について気になる起業家も多いのではないでしょうか。銀行の融資や投資会社からの出資が実現するのは創業後だいぶ経ってから。そこで、起業のタイミングではどのように資金を調達すれば良いのか、起業を考えている男女2人が芳賀保則税理士に聞きました。本連載では、全5回にわたって起業家のための融資・資金調達の知識を解説します。
経営革新等支援機関 税理士法人ハガックス 代表社員
1970年生まれ、渋谷区で生まれ育つ。東京大学大学院卒業後、東京ガス勤務を経て、税理士法人ハガックス(渋谷区、税理士4名・スタッフ合計14名)の代表社員に。
中小企業大学校にて経営改善計画策定支援研修の講師及び試験評価委員を務める。主な著書は『現場で使える創業相談の手引き』。趣味はゴルフ、ジム、輪ゴムでハエを落とすこと。
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この記事の目次
設備資金と運転資金とは
融資を借りるには、まず事業計画(返済計画)を作らなければ始まりません。その事業計画において必ず記載しなければならないのが、設備資金と運転資金の内訳です。それぞれいくらずつ必要なのかを記載しますが、そもそも設備資金と運転資金の違いについて理解できていない起業家も多く、そこでつまずいてしまう方も少なくありません。そこで今回は、設備資金と運転資金について解説していきます。
設備資金とは、事業に関わる資産性のある設備を購入するための資金のことです。飲食業であれば厨房機器や空調設備、テーブルなどで、製造業であれば工場や製造に必要な機械、オフィスに設置するパソコン、OA機器、機械、電話、事務机なども設備資金で購入することになります。
起業のタイミングで店舗や事業所を借りる場合は、入居に関わる初期費用だけが設備資金に該当し、その後継続的に支払う家賃などは設備資金にはあたりません。特許や商標権、保証金、ソフトウェアなどに関わる資金も設備資金に該当することを忘れないでおきましょう。
主な設備資金
- 土地・建物、車両、機械の購入
- 社内備品購入資金(パソコン、OA機器、事務用品など)
- 無形資産の設置に関わる資金(自社ホームページ作成や固定電話・FAX回線などの設置にかかる費用)
- 賃貸物件の入居資金
- 事業所の改修・改装にかかる費用
運転資金とは、事業を継続する上で必要となる資金で、人件費や家賃、商品仕入費、消耗品費、外注費、販促費用、税金などがこれにあたります。
一時的に発生する設備資金に対して、運転資金は継続的に発生する資金で、先を見据えた経営を行うには運転資金をどれだけ確保できているかがポイントになってきます。
特に創業期は事業が軌道に乗るまで時間がかかるので、借入れで運転資金を補う必要があります。キャッシュ残高がマイナスになると、たとえ黒字であっても倒産を免れず、黒字倒産と呼ばれるケースになりかねません。
主な運転資金
- 人件費(従業員への給与・一時金など)
- 事業所や店舗の維持費(家賃・光熱費・通信費・消耗品費など)
- 広告宣伝費(広告やスポンサー活動の資金)
- 商品の仕入代金
- 消耗品費
- 外注費(業務を外注した際にかかる費用で、ホームページの運営・管理を外部委託する場合のコストも該当)
- 税金(企業単位で納める税金や従業員の社会保険料など)
教えて!芳賀税理士
運転資金の有無は事業の成功を左右するカギ
設備資金と運転資金について大まかに理解したところで、実際の起業家たちの疑問を税理士の先生に聞いてみましょう。今回も前回同様に、起業を考えている相談者、武志さんと由香里さんのお二人が芳賀税理士に質問しました。
相談者B 由香里さん:妹と飲食店を始める30代後半の女性。元手は500万あるが、最終的には1,000万必要
武志さん:自分のようなITの受託業務から起業をスタートする際にも、運転資金は必要ですか?
芳賀税理士:そうですね。おひとりで始めるならまだしも、武志さんの場合は仲間と起業するということなので、従業員の給与が必要になってきますよね。
ITという職種で最もお金がかかるのは人件費で、次いで家賃、サーバー代などの通信費となります。企業から暖簾分けして受託しているからビジネス的には安心だと思っていても、実際に売上げ金が入ってくるのは早くて翌月末、翌々月末になってしまうことも多々あります。
飲食店経営などで日々かかるお金がある程度見えている方たちは、運転資金不足に陥ることは少ないですが、身ひとつで商売ができる人ほど運転資金を見誤りがちです。
自己資金が多ければそれほど問題はありませんが、武志さんは元手が200万ということなので、運転資金分の融資は受けておいた方がいいですね。運転資金に関しては、入金と支払いのタイムラグがどの程度あるのかということを常に念頭に置いておいてください。
武志さん:小売業のように在庫を抱えるわけではないので、運転資金については甘く見ていました。しかし、確かに先生のおっしゃる通りですね。
芳賀税理士:ええ。それから冒頭で黒字倒産について少し触れていますが、資金繰りに苦労している会社は給与を支払えなくて従業員から見放されてしまったり、外注先が取引してくれないという状況になりかねません。
この仕事を受ければ業績が回復するという魅力的な案件があったとしても、資金の都合上取りに行けないということになってしまうことも考えられます。そういったチャンスを逃さないためにも、できるだけキャッシュを手元に置いておくということは重要です。
設備資金と運転資金の大きな違い
由香里さん:先ほど運転資金分の融資という話が出ましたが、融資を受ける際は設備資金と運転資金で何か違いがあるんですか?
芳賀税理士:ええ。大きな違いは2つ。ひとつは融資を受ける際の申請方法です。設備資金は冒頭で説明した通り、設備を購入するための資金なので、何にいくら使うかという見積書や、購入後であれば領収書などの証明が必要になります。例えば見積りを出した時点では150万の軽自動車を営業車として購入しようとしていたのに、急に500万の四駆に替えることになったとしますよね。それによって融資が下りないということはありませんが、融資先に説明が必要になってきます。
また、やっぱり車はリースにしようということになったら、その分の設備資金を借りる必要がないと見なされ、一度貸したものを返してくれということにもなりかねません。言ってみれば設備資金は自由度が低いのです。ただし、設備資金は長期で借りられるというメリットがあります。これが設備資金と運転資金のもうひとつの大きな違いです。
公庫融資の場合、設備資金は返済期間が20年以内となっていて、それに対して運転資金は7年以内に設定されています。長期で借りられるということは月々に出るキャッシュが少なくなるので、その分日々の経営は楽になりますよね。設備資金はそれなりに大きな額になるので、設備資金の枠で借りられるのであれば、極力そうした方が良い気がします。
武志さん:今の先生の話とは逆で、設備資金ではなく運転資金で融資を受けようとする経営者が多いという話を聞いたことがあります。それはなぜですか?
芳賀税理士:それは運転資金の方が何の説明もなく融資を受けられるからではないでしょうか。たとえご自身の住宅ローンを返すために使ったとしても、その裏付けとなる説明は求められませんからね。
武志さん:なるほど。では運転資金の試算において、素人が陥りやすいポイントというのはありますか?
芳賀税理士:やはり少なめに見積もってしまう方が多いですね。もちろん返せる前提で試算しますが、300万しか借りる必要がないという計画をそのまま持って行ってしまうとどうしたって300万が上限になりますよね。でもそこをもう一度よく考えて、例えば少し心配だから500万なり800万借りられる計画で出してみようとか、運転資金は少し余裕を持って多めの金額で出してもいいと思います。
会社が繁盛すれば従業員の数も増やすでしょうし、人件費に関してはうまく行った時のことを想定した上で運転資金の額を決めていいと思います。
由香里さん:私の場合は、前職の飲食店勤務の経験を踏まえた上で諸々の金額を計算できるので、上乗せせずに考えてしまうところでした。
芳賀税理士:公庫の方に言わせると、たとえ1カ月で回収できそうな飲食店であっても、売上げが伸びない可能性、計画から落ちた場合でもすぐに倒産しないということも想定のうちに入っているので、運転資金は3カ月分は見ていいという暗黙のルールがあるようです。ですから、人件費と家賃に関してはそのまま3カ月分掛けてしまっていいと思います。あとは業種によって在庫をこれだけ持たないといけないとか、そういうものは別途積み上げていってください。
由香里さん:他に設備資金と運転資金に関して行っておいた方がいいことはありますか?
芳賀税理士:どの業種でどういったものが必要になるかということは、我々のような会計事務所も事例として持っているのでそれほど心配する必要はないと思います。そう言えば、先日相談に来た方は事業計画の作成をスマホのアプリでやっていて、拝見したら結構いいものができていましたよ。運転資金の計算方法などは公庫のホームページにも載っていますし、分からないことがあればいつでもご相談ください。
由香里さん・武志さん:今日は色々とありがとうございました!
相談を終えて……
芳賀税理士にお話をうかがったことで、設備資金と運転資金の違いについて理解することができ、より一層資金調達の重要性に気づくことができたという武志さんと由香里さん。次回も資金調達についてのお話を聞いていきます。
(次回へ続きます)
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(取材協力:
税理士法人ハガックス 代表社員 芳賀保則)
(編集: 創業手帳編集部)