Coaster Geulet Philippe|南房総の古民家を醸造所へ!クラフトビール専門店の常連の半数は在日外国人が占める

創業手帳
※このインタビュー内容は2025年03月に行われた取材時点のものです。

「CHIBAビジコン2024」創業手帳賞受賞!フランス人が日本でとるインバウンド戦略とは

Geulet Philippe
Coaster株式会社では、クラフトビール専門店「Coaster」2店舗と、南房総にある「海岸醸造所」を運営しています。代表者はフランス人の醸造家、Geulet Philippeさん(以下フィリップさん)です。

フィリップさんは、店舗でクラフトビールを飲んだ外国人が南房総の醸造所にも来ていることに気づきます。この気づきは、CHIBAビジコン2024で発表したビジネスプラン「南房総の酒蔵インバウンドツーリズム」となり、見事創業手帳賞を受賞しました。

そこで今回は、受賞された感想や、フランス人のフィリップさんが日本で起業した経緯、今後の展望などをお伺いしました。

Geulet Philippe
Coaster株式会社 代表
フランス生まれのフィリップ氏は、22年間日本に在住しており、人生の半分を日本で過ごしています。ダノンジャパンでの10年間の勤務、その後ジョンソン・エンド・ジョンソンで営業本部長の8年間務めました。余暇には、サーフィンや実践的なクリエイティブな活動を楽しんでいます。

外国人起業家が少ない日本だからこそ、チャレンジする価値がある

ー「CHIBAビジコン2024」での創業手帳賞の受賞、おめでとうございます。

フィリップ:ありがとうございます。まさかこのような賞をいただけるとは思っていなかったので、とても嬉しく思います。

私のビジネスプランやアイデアには、確かなニーズがあるのだと自信を持てました。また、さまざまな専門家の方からアドバイスをもらえたのも、非常に良い経験になりました。

ービジコンに出場されることを決めたきっかけを教えてください。

フィリップ:5〜6年前に、南房総の千倉でラム酒蒸留所「ペナシュール房総」を運営している青木さんと知り合いました。彼から「CHIBAビジコンはビジネスの先輩とも出会えるから、ネットワーク作りにもなるよ」と勧められたのがきっかけです。

ただ、日本では外国人の起業家はまだ珍しく、このようなコンテストに外国人が参加した例もほとんどありません。しかも、資料作りも発表も日本語でしなければなりませんから、不安はありました。ですが「だからこそ、挑戦する価値があるのでは」と考え、参加を決めたのです。

日本の「品質管理」は世界に通用すると感じた

ープレゼンを拝見しましたが、フィリップさんは日本語がとてもお上手で驚きました。子どもの頃から日本に住んでいたわけではなく、お仕事で日本にいらしたんですよね。

フィリップ:大学を卒業したあとの1年間は、トリュフを扱うフランスの会社に勤めていました。その会社の業務で、市場調査のために初めて日本に来たんです。

1年間の調査を経てフランスに帰る時期になっても、「日本のビジネス環境には、まだまだ学ぶことがある」と感じていました。そこで、日本に残るために思い切って会社を辞めて、ダノンジャパンに転職しました。もう20年以上前のお話になりますね。

ー日本のビジネス環境はどのような点が魅力だったのでしょうか?

フィリップ:品質管理が非常に厳しく、サービスレベルも高い点です。

例えば、フランスでは商品のパッケージの印刷が少しズレていても販売されることがあります。ところが、日本には完璧を求める文化があるので、少しのミスでも販売できませんよね。

ビジネス環境としてはとても厳しいのですが、私にとってはそれが魅力でした。日本で成功できれば、世界のどこでも通用するだろうと思えたからです。

ーダノンジャパンではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

フィリップ:営業企画部の営業アシスタントとして入社後、10年間でさまざまな業務を経験しました。東京エリアの担当営業、関西エリアの営業マネージャーや部長、営業企画部の部長、最終的には営業本部長も務めました。

ダノンジャパンを退職したあとは、アメリカの会社であるジョンソン・エンド・ジョンソンに入社しました。そしてちょうどその頃に、週末のアクティビティで訪れた南房総のとりこになってしまったんです。

ー南房総のどのような点にそれほど惹かれたのでしょうか?

フィリップ:南房総は、東京から車で1時間半から2時間で行ける距離です。にもかかわらず、自然の美しさや豊富なレクリエーション、地域の人々との交流など、南房総でしか味わえない魅力がたくさんあります。しかも、埼玉や鎌倉、群馬、茨城と比べて、不動産価格は控え目なんです。

そんな南房総に住みたいと思い、2017年に古民家を購入しました。それが、のちの海岸醸造所です。

クラフトビールのフルーティーな味わいに引き込まれたのが始まり

ーお仕事でクラフトビールに関わっていたわけではなく、もともとクラフトビールがお好きだったのでしょうか?

フィリップ:実は、もともとはワインが大好きなんです。ワインの魅力は、産地やブドウの品種、気候によって味が大きく変わるところです。ワインを開けるたびに、その土地のストーリーを感じることができるんですよね。

一方で、一般的なビールはどこでも同じ品質で提供されています。もちろんそれはそれで美味しいのですが、ワインほどの興味は持てずにいました。

ところが、東京の淡島通りの小さなレストラン「craft beer bar 淡島倉庫」でクラフトビールを飲んでからは、ビールに対する印象がガラッと変わりました。

そこには2種類ほどのクラフトビールが楽しめるタップがあり、IPAというビールを注文したんです。すると、濁った黄色のビールが出てきました。オレンジジュースのような見た目にも驚いたのですが、シトラスやパイナップルのようなフレッシュな風味に「これがビールなのか!?」と衝撃を受けましたね。

翌日も渋谷のクラフトビール専門店「ØL Tokyo(オル トーキョー)」を訪れてIPAを飲んだのですが、前日とは別のフルーティーな味わいに驚きました。しかも、それらの風味がホップや酵母のみから生まれていると知って、さらに興味がわいたんです。

ーそれから起業に至るまで、クラフトビールについてどのように勉強されたのでしょうか?

フィリップ東京にあるクラフトビールの専門店を調べては巡り、さまざまなビールを試しました。どうしたらパイナップルのような風味を出せるのかが気になり、ビールの醸造についての本も読み始めました。

ホップにはワインのブドウと同じようにさまざまな種類があり、種類によって香りや味が変わること。ベルギーの白ビールとドイツのビールでは使用する酵母が異なり、それによってフレーバーが大きく変わること。勉強すればするほど、クラフトビールの奥深さにどんどん引き込まれていったのです。

その後2年をかけて、アメリカやヨーロッパにも醸造所を見学しに行くなど、本格的にクラフトビールの勉強を重ねました。そして2018年に会社を設立し、2019年2月には下北沢にさまざまなクラフトビールを楽しめるクラフトビール専門店「Coaster」をオープンしました。2024年10月には中目黒青葉台に2店舗目を出しています。

ー醸造所ではなく、専門店を先に始めたのですね。

フィリップ:醸造所を先に作ってしまうと、そこで作ったビールを販売しなければなりません。しかし販売がうまくできなければ、そもそもビジネスが成り立ちませんよね。そのため、自分たちでコントロールできる販売拠点を先に確保しようと考え、まずはタップルーム兼バーのようなレストランを作りました。

それと同時に、クラフトビールを販売させてほしいと頼んだ醸造所の方に、一緒にビールを作ることも提案しました。

ー単に販売するのではなく、製造から一緒にすることを提案したのですか?

フィリップ:そうですね。醸造所に私のレシピでもクラフトビールを作ってほしいとお願いしました。さらに現場で手伝いながら、ビール作りの実践的な知識を身につけました。

そうして出来上がったビールもCoasterで販売したんです。実はそのビールがとても人気が出たので、「自分たちの醸造所を作ろう」と決心ができました。

そして南房総で購入した古民家を2021年に改修し、「海岸醸造所」を設立しました。2022年1月からは、作ったビールの販売も開始しています。

DIYのマインドセットで自ら発信

ーレストランの2店舗目や醸造所を立ち上げるなど、非常に順調に進んでいるようにお見受けします。

フィリップ:いいえ、最初の1〜2年は店舗の運営に苦戦しましたよ。特に、コロナ禍で1年半から2年近くお酒の販売ができなかった時期は大変でしたね。

ただ、お酒を提供できない期間があったことで、結果的にポジティブな影響もありました。クラフトビールだけでなく、クラフトビールに合う自家製バーガーや、海外の料理を取り入れたオリジナルメニューなど、食事にも力を入れることができたんです。

ープレゼンテーションで、下北沢の店舗では約6割、中目黒の店舗は約5割が外国人のお客様だと伺いました。どのような宣伝をされたのでしょうか?

フィリップ:意図的に外国人のお客様を増やそうとしたわけではないので、理由ははっきりとは分かりません。ただ、来店したお客様からお話を聞く限り、口コミの影響は大きいと思います。

日本のレストランは回転率を考慮し、効率的にスペースを活用していることが多いですよね。しかし私たちの店舗は、オープンスペースを広く取っています。ですから海外のレストランの雰囲気と似ていて、外国人のお客様もリラックスしやすく、在日外国人の方に口コミで広がっていったのかもしれません。

もちろん、SNSの宣伝の効果もあるとは思います。

ー宣伝にはどのようなツールを使っていますか?また、マーケティングを専門にしている方が会社におられるのでしょうか?

フィリップ:主にInstagramを活用しています。もともと趣味として始めた事業ですし、資金もそれほどありませんので、自分たちでできることはやる「DIY」のマインドセットで何事にも取り組んでいます。

ビジコンでのアドバイスは、早くも次なるアイデアに

ーレストランだけでなく、南房総の醸造所に訪れる人も増えているとお聞きしました。

フィリップ:下北沢や青葉台のCoasterでビールを飲んだお客様が、「この海岸ビールはどこで作っているの?」と興味を持ってくださったので、海岸醸造所へ案内したのが始まりでした。週末に自然の中で過ごしたり、海の近くに行ったりしたい在日外国人の方にヒットしたようです。

ーそれがCHIBAビジコンで発表されたビジネスプラン「南房総の酒蔵インバウンドツーリズム」に繋がったのですね。

フィリップ:海岸醸造所に訪れる外国人の方からお話を聞いて気づきました。東京の隣にありこれほどの魅力を持つにもかかわらず、千葉がインバウンド観光客にはあまり認識されていないんです。

そこで、南房総の魅力をもっと訴求できれば千葉の観光客も増えるのではと考えました。

ービジネスプランの発表後に、専門家からのフィードバックがあったとお伺いしました。どのようなアドバイスがありましたか?

フィリップ:海岸醸造所はもちろんですが、南房総の他の事業者とも協力しながら観光ルートを作れば、より集客ができそうだとアドバイスをいただきました。
確かに、今まで醸造所を訪れたお客様は、南房総にどのようなエンターテインメントがあるのかを知らなかったんですよね。私1人でやるよりも、地域のコミュニティや生産者と協力することで、観光客に対してもより良い体験を提供できるだろうと思いました。

ービジコン後、周りの方へ働きかけはされてみたのでしょうか?

フィリップ:海岸醸造所の近所の方々に声をかけてみました。皆さんとても興味を持ってくださったのですが、外国人を受け入れるインフラがない、つまり英語を話せる人がいない点や、人手不足、環境整備などがネックだとわかりました。

話し合いでは、それらの課題を解決するために、千葉の観光を推進する団体や学校と連携すればよいのではと意見がでましたね。また皆さんとお話しするうちに、ビジネスだけでなく醸造所の近くの自然観光もツアーに組み込めそうだと感じました。

例えば、海岸醸造所の近くにある小さな「笹山」は、公園が整備されていて散歩もできるようになっています。そこには100種類以上の桜の木が植わっていますが、日本人観光客にもほとんど知られていません。

しかも、笹山では4月末から5月の頭にかけて、たくさんの蛍が飛び交うのだそうです。まるで花火のようだと教えてもらいました。

ー今後、そうしたツアーを企画されるのでしょうか?

フィリップ:将来的にはできたらいいなと思っています。
今進めているのは、醸造所内にタップルームを作るプロジェクトです。これが完成すれば、工場見学に来たお客様へその場でビールを提供できるようになります。さらに誰でも気軽に訪れてその場でビールを楽しめるビアガーデンも建てているところで、これらは5月末ごろからスタートする予定です。

お客様の「美味しい!」のためにフレッシュにこだわる

ー今後の展望をお伺いできますか?

フィリップ:私たちは、初めて海岸醸造のビールを飲んだお客様に「これは美味しい!」と感動してもらうことを何よりも大切にしたいと考えています。

高品質なビールを作るにはコストがかかります。特に私たちは海外産のホップを大量に使用しているので、1リットルあたりの原材料コストが一般的なビールよりも高くなっています。また、生産量も1回あたり500リットルと少量です。大量生産して1年間かけて販売するよりも、3カ月ごとに新しいビールを仕込み、常に新鮮な状態を維持しているためです。

小ロットでの生産はどうしてもコストが上がりますが、いつでもフレッシュなビールを提供することに力を入れています。マーケティングにお金をかけるよりも、美味しい商品を作ることに注力するほうが、お客様にも口コミなどで広がっていく。そう信じて、努力を続けていきたいと思います。

ー最後に、読者へ一言いただけますか?

フィリップ大きな夢を持つこと、そして夢に向かって諦めずに頑張ることが何より重要です。特に最初の1〜2年は、さまざまなトラブルに直面するかもしれません。それでも諦めずに続けてほしいと思います。

そして、毎日楽しむことも大切です。どんなに苦しい状況でも、楽しむことができなければ、行動するエネルギーが湧きません。どんな困難も「これはいい勉強のチャンスだ」と前向きに捉え、ゲームを攻略するように試行錯誤しながら取り組めば、成功に近づけるはずです。

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(取材協力: Coaster株式会社 代表 Geulet Philippe
(編集: 創業手帳編集部)



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