国家公務員から民間へ転職 創業・事業承継のプロが見た地域経済の現場

事業承継手帳

公務員の安定より攻めを取った理由と、現場で見る地域経済の課題について聞きました

安定した職業の代名詞といえば、公務員ではないでしょうか。さらに国家公務員であれば、安定はより強固なイメージです。

今回は、経済産業省の出先機関である中国経済産業局から創業まもないコンサルティング・ファームに転職した方にインタビュー。元国家公務員というキャリアが、M&A・事業承継・企業再編のファイナンシャルアドバイザリーを主力とする民間企業でどのように活かされているのか、また専門の地域経済の在り方についても教えていただきました。

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齋藤 拓也(さいとう たくや)クレジオ・パートナーズ株式会社 コネクター/地域活性化・ベンチャー支援担当

<職務経歴>
2005.4 株式会社スタッフサービス・ホールディングス入社
2009.1 中国経済産業局 入局
2014.4 経済産業省及び中⼩企業庁に出向
2016.4 中国経済産業局 帰局

(これまで主に関わった施策)
・地方創生
・創業⽀援(創業補助⾦、新政策⽴案等)
・地域におけるベンチャー・スタートアップエコシステム構築
・中⼩企業⾦融⽀援
・補助⾦⽀援(新連携、創業補助⾦等)
・観光関連産業担当
・サイクリング・ツーリズムに関するプロジェクト

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創業支援のプロフェッショナルとしての公務員時代

ー公務員時代はどういった仕事をしていましたか?

齋藤:創業支援やビジネス創出といった領域の仕事をしていました。

中小企業庁に出向していたころの肩書きは創業支援係長です。日本再興戦略で掲げた開・廃業率10%台という目標に対して、政策立案を行っていました。その頃から創業・ベンチャーといった分野に、公私を超えて関わっていました。

中国経済産業局に戻った後は、団体初の観光関連産業担当を拝命しましたが、そこでも観光分野における新しいビジネス創出を支援していました。

公務員を退職する直前の肩書きは、「企画係長/地方創生専門官」です。当時の業務のメインテーマは、人口減少・首都圏一極集中といった課題に取り組む地方創生でした。地方創生に関連した交付金を自治体が活用する際のアドバイスや、組織全体の企画業務のほか、オープンイノベーション(※)の促進など、多岐にわたりましたね。

※オープンイノベーション・・・地方自治体や企業・大学など、多様な組織・団体の技術やサービスを組み合わせ、新しいビジネスの創出や社会問題の解決に取り組む方法のこと

安定の公務員を捨て、民間企業に転職した理由

ーそのまま安定している公務員として働いてもよいのでは、という考え方もあると思いますが、わざわざ民間に移った。民間でしかできないなにかがあったということでしょうか?

齋藤:転職に関して妻から唯一突っ込まれたのは「退職金どうするの?」ということでした(笑)。おっしゃるとおり、公務員として働くメリットのひとつは安定です。特別なことはしなくても年収は上がっていきます。わざわざそんな安定を手放さなくても…と思う気持ちはごもっともです。

転職の大きな理由は2つあります。ひとつは自分自身のキャリアという点です。

これまではどちらかというと、自分の情熱が傾けられることを組織のミッションに沿って仕事にするというスタイルで働いてきました。しかし当時の上司から、「好きなことばかりしていていいのか」と言われたんです。この言葉に、かなり違和感を覚えました。

そんな折、ベンチャーやスタートアップといった形で新しい挑戦をしている方々と協働する中で、ある人が「あなたと一緒に事業をしたい」と誘ってくれたんです。その時は非常に動揺しました。日ごろベンチャーだスタートアップだと言っている割に、自分自身はそのような現場に飛び込む覚悟がなにもなかったことに気づいたからです。

それから転職エージェントへ通うようになりました。公私を超えて地域と関わっていたこともあり、自分の市場価値を確かめてやるくらいの気持ちで鼻息荒く臨んだのですが、エージェントからは、「あなたの市場価値は低い」と言われる結果に。これは私自身の価値という意味ではなく、履歴書として見た時の価値、という意味です。

その言葉を聞いた時、このまま公務員として勤務すれば年収は上がり続けるけど、長くいればいるほど、市場における自分の価値は低くなると感じました。そして、公務員という職業でい続けることよりも、もっと自分の価値を高め、社会に貢献したいと感じるようになったのです。

転職の理由の2つ目は、公務員という立場での限界を感じたことです。

行政による創業・ベンチャー支援は、どちらかというと起業家が生まれつづけるエコシステムの創出や、創業機運の醸成を目指す施策が多いと認識しています。エコシステムを創ることの重要性は私自身も感じていますが、それ自体は結果論です。今、正に挑戦している人、事業を継続している人の、ひとつひとつの挑戦に目を向けない限り、エコシステムの創出はあり得ません。

創業機運の醸成を目指す場合、いわゆる「0前」や「0⇒1」については積極的に応援します。ですが、「1」になってからは、その人の自己責任ということで、有効な支援ができていないと感じていました。

もちろん、支援がないといけないという訳ではありません。事業が成長するかどうかは、挑戦する人自身にかかっています。ただ、私と懇意にしてくれている方々は新しい挑戦をつづけ、どんどん次のステージへと進んでいきます。そんな中、自分は彼岸からずっと手を振りつづけることしかできないことに違和感がありました。

彼らがステージアップするのであれば、私自身もステージアップしたい。そう思うようになり、公務員という立場にこだわらず自分のやりたいことを見つめなおそうと決意しました。そして行動を重ねた結果、転職に至りました。

役所とベンチャーで一番違うのはスピード感

ー役所から民間・ベンチャーに移って感じていることはなんですか?

齋藤:大きなところはやっぱりスピード感ですね。公務員時代は出張ひとつとっても、上司に確認して、決裁を回して、という職場でした。意思決定の早さについては、転職当初にギャップを感じました。

後は「現場感」と「責任感」です。現場では業務のプロとして経営者の方に接することが求められます。公務員時代にはどこか「自分は公務員だから」と、一歩距離を置いていた部分があったことを痛烈に感じました。また、担当しているプロジェクトはどれも自分が推進しないと完了することができません。プロジェクトを遂行するという責任は常に感じています。

さらに、行政職員としては当たり前だった情報でも現場では役立つ、という自分の中での気づきもありました。公務員時代に培った補助金等の支援施策の情報は、経営者の方々にも関心を持ってもらえることが多いです。

これは行政側の問題ではあるのですが、支援施策の中には、実際に利用する上で非常に要件が分かりづらいものもあります。日ごろ忙しい経営者が申請書を作成するのは困難です。そういった情報のギャップを埋める重要さを感じています。

地方の後継者不足を救うM&Aの重要性

ー創業や事業承継など、中小企業の支援をしていく中で気づいたことを教えて下さい。

齋藤:ひとつは、フェーズや規模の異なる企業がお互いに学び合うことの価値です。

たとえば、スタートアップは急成長を目標にします。そのため、どうやってお客様を獲得し、売り上げを拡大させるかというマーケティングについて、非常に優れたノウハウを有しています。他方、ある程度の規模になり事業成長が安定した企業は、自分達の組織やサービスをいかに仕組み化して効率よく運営するか、という点に長けています。

創業期の企業も成熟期の企業も、それぞれを対極としてしまうのではなく、それぞれから学ぶべきところがあります。お互いに学び合い、共通の言葉や意識を持つことができれば、地域経済は更に発展する可能性があるのでは、と感じています。

また事業承継の現場では、地域経済におけるM&Aの重要性を実感しています。

地方において、後継者不在は大きな課題です。たとえば我々の活動する中国地域では、岡山県を除く4県(鳥取県、島根県、広島県、山口県)が、後継者不在率の高い都道府県のワースト10に入っています。そのため経営状況のよい企業であっても、事業承継の相談にきます。

経営状況がよい企業が後継者不在のために地域からなくなってしまうことは、地域経済に大きな打撃を与えます。後継者不在を理由とする廃業を止める必要があるのです。そしてそのために有効な手段は、M&Aだと考えています。

M&Aにより事業売却を行うのは、なにもベンチャーやスタートアップだけではありません。たとえば、60代・建設業・家族経営で従業員5名という事業者でも、M&Aにより事業承継を行っています。M&A等の出口戦略を考えるのはスタートアップの特徴という印象が大きかったのですが、意外と身近なところでもM&Aが成立しているのです。自分の中での常識が覆されました。

ー拠点とされている広島を含めた地域経済の課題はなんでしょう? 例えば広島は経済も安定しているように見えますが。

大きな課題は人口減少です。現在は地域経済が安定していたとしても、将来的には確実に内需の市場規模が小さくなります。人口が減少するからです。分かりやすい例でいうと、近所を中心に事業を営んでいるパン屋さんがあったとします。このパン屋さんは近所の人口が少なくなると、今後どんどん売り上げが下がっていってしまいますよね。人口減少に伴い市場縮小が見込まれる中、特に地域においては新しい市場の開拓と事業の創出が必要です。

加えて、経営者の高齢化も大きな課題です。帝国データバンクは、全国の社長の平均年齢が約60歳であると発表していました。年々社長の平均年齢は上がっています。現在は経営が順調だったとしても、近い将来、後継者の不在が現実的な問題として降りかかってきます。

このように、未来を見据えて考えた時には、広島のような安定しているように見える地域においても、経済的に多くの課題があると考えています。

創業支援、事業継承の支援で大切なのは寄り添うこと

ー創業と事業承継の課題はなんだと思いますか?

齋藤:創業については、「情報」「人材」「資金」が課題だと思います。

まずは情報についてですが、特に地域においては首都圏との情報格差が存在します。マーケティングやファイナンス等、日々議論が進化していく中で、最新の情報は首都圏にいる第一線のトップランナーに集まりがちです。そういった最前線の情報をキャッチアップする必要があります。

人材の不足も課題です。創業者がやりたいことを実現しようと思った際に、その実現に必要なスキルを持った人材が地域では不足しています。必要なスキルを持つ地域内外の人材を、チームメンバーとしていかに巻き込むか、および人材をいかに育てるかが課題です。

最後に資金です。事業を立ち上げる際、継続する際、承継する際にも、資金の話は必ずついて回ります。

しかし近年は、資金調達の選択肢の広がりにチャンスがあると考えています。かつては金融機関を中心とした間接金融が主流でしたが、今では投資を中心とする直接金融、クラウドファンディングなど、様々な選択肢が増えました。経営者側だけでなく、我々のような支援者側も情報をアップデートし、学び続けなければならない時代になったと感じています。

ー創業支援者、事業承継・M&A支援者の役割はなんだと思いますか?

齋藤:「寄り添うこと」と「学ぶこと」だと思います。

中小企業支援に関わる方々は、過去に自分自身でも何らかのビジネスを経験されたり、専門的な知識を有していたりする方が多いと認識しています。なまじ経験や知識があるため、上から目線の態度をとってしまう場合があります。ですが最も活きた情報を持っているのは、支援者ではなく実際にやっている人です。敬意が必要です。

また支援者は、自分の成功体験からくるアドバイスをしてしまいがちです。そうすると、目まぐるしく変わる現在の市場環境にマッチしない助言となってしまう場合があります。そのため、過去の成功体験はひとつの例として、現在にアジャストしながら学びつづける姿勢が、支援者側には求められます。

自分で手を動かしリスクテイクしながら挑戦をつづける起業家や経営者を尊重し、真摯な態度で接する。経営者の手が回らない情報収集を行う中で、経営者の目線に近いところとちょっと先を見据えた視点を持つ。そして経営者に寄り添い、学びつづける。創業支援者、事業承継・M&A支援者は、そのような役割を果たす必要があると考えています。

ー今後の展望を教えて下さい。

齋藤:元公務員という経験を活かし、行政と民間、ベンチャー・スタートアップと中小企業、首都圏と地域、地域と地域、現在と未来等、それぞれのつながりを創る仕事をしています。経済環境が目まぐるしく変わる中で、地域企業の価値を向上させるためには、垣根を超えたつながりが必要だと感じています。

私なりに、地域経済が次のステージに向かう際の「最高のパートナー」でありたいと思っています。熱い志を持った地域のメンバーと共に、地域経済へ貢献していきたいです。

ーありがとうございました。

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(取材協力: クレジオ・パートナーズ株式会社 コネクター/地域活性化・ベンチャー支援担当 齋藤 拓也
(編集: 創業手帳編集部)

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