ベンナーズ 井口 剛志|コロナ禍を乗り越えた経験を生かし、日本の新しい水産業を実現したい

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年06月に行われた取材時点のものです。

魚のサブスクサービスを通じて、漁師や消費者、社会や環境すべてに良いと言えるビジネスを目指す


コロナ禍で厳しい状況に置かれた起業家も少なくありません。こうした中で逆境を乗り越え、チャレンジし続けるのが株式会社ベンナーズの井口剛志さんです。井口さんは水産業の課題解決を目指し23歳で起業。しかし水産業全体がコロナ禍で大きな打撃を受け、井口さんも事業見直しを迫られました。

井口さんは思いきってBtoBからBtoCへ転換。未利用魚(※)を使ったミールキットのサブスクリプションサービスを立ち上げ、大きく成長させています。

今回は井口さんが起業後どうコロナ禍を乗り越え、今後どんなビジネスを目指しているのか、創業手帳の大久保がインタビューしました。

※未利用魚とは、味は問題ないものの規格外などの理由で市場に出回らず、処分されてしまう魚のこと。

井口 剛志(いのくち つよし)株式会社ベンナーズ 代表取締役
長崎県長崎市出身、福岡育ち。高校2年生から渡米し、ボストン大学でアントレプレナーシップと経営学を学ぶ。2018年4月に株式会社ベンナーズを創業、「日本の食と漁業を守る」を経営理念に掲げる。現在は未利用魚を使ったミールキットをサブスクリプションで提供する「フィシュル(fishlle)」サービスを手掛ける。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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水産業界はデジタル化など課題が多く、そこにやりがいを感じた


大久保:井口さんは高校生のときにアメリカへ渡り、アメリカの大学でアントレプレナーシップを学んだそうですね。

井口:高校1年生まで福岡にいまして、普通の高校生だったんですが、2年生になるタイミングで中退して アメリカの高校へ編入しました。

アメリカのメイン州というところで、アメリカの右上、カナダの真下にある州です。メイン州に行ったのは、日本人がほとんどいないところが面白そうだなと思いまして。高校を卒業した後もアメリカに残って、ボストン大学へ進学してアントレプレナーシップを専攻しました。

大学卒業後に福岡に戻って、「福岡グロースネクスト」というスタートアップ支援施設で起業しました。実は起業して間もない頃、創業手帳を読んでいたんです。こうして取材していただけるようになれたことが、とてもうれしいです。

大久保:ありがとうございます。こちらもうれしい限りです。実は私もセミナーで何度か福岡グロースネクストに行ったことがあるんですよ。

井口さんはもともと水産業界で起業したいという想いがあったのでしょうか?

井口:最初は教育分野に関心がありました。大学時代に 高校生向けのサマーキャンプを企画したこともあるんです。私自身、高校生の時にそういったキャンプをきっかけに渡米した経験があったので。

教育分野での起業も考えたんですが、収益が見込めるビジネスモデルがなかなか出てこなくて。VC(ベンチャーキャピタル)に壁打ちをしに行ったこともあったんですが、こてんぱんにやられました。

違う業界を考えた時、水産業界に目が向きました。実は私の父も祖父も、水産関係の仕事をしていましたので。私が現在行っている事業とは直接関係ないのですが、昔から水産業界に馴染みはあったんです。

あとは起業家目線で見た時、水産業界はすごく課題が多いと感じていました。例えば、今でも電話やファックスが当たり前でデジタル化が進んでいないとか、流通経路が複雑で効率化できていないとか。課題が多いところにやりがいを感じて、水産業界を選びました。

コロナ禍をきっかけに、思いきってBtoBからBtoCへ転換

大久保:起業した当初から、魚のサブスクサービスを手掛けていたのでしょうか?

井口:最初は魚の流通構造の改革をしたいと思い、まずBtoBのプラットフォーム事業からスタートしました。

ただBtoBのプラットフォーム事業はなかなかうまくいかず、一旦止めてBtoCへ転換しました。BtoBからBtoCに転換するのは大きな決断でしたが、コロナ禍をきっかけにそうせざるを得ない状況になりまして。

大久保:BtoBの事業は、どういったところが厳しかったのでしょうか?

井口:BtoBのプラットフォーム事業は新規参入が少なく、勝機があると思っていました。でも昔からやっている事業者さんは全国に無数にいらっしゃって、競争が激しいんです。競争が激しいので、それだけ利幅も少ない。

それと業界全体で「今もやれているからこのままでいいのでは」という考えが強かったんですよね。そうなると新しい仕組みや考え方を受け入れてもらうには、時間がかかります。

ちゃんとお金を稼げるようになるまで、かなり時間と労力を要するという問題がありました。

大久保: プラットフォーム事業は数を集めないといけないから、大変ですよね。

井口:そうなんです。大丈夫かなと心配しながらも、続けるしかないという感じでした。VC(ベンチャーキャピタル)から資金調達もしていましたので。

そんな中2020年にコロナ禍に突入して、我々の得意先の中にも倒産するところが出てくるほど、深刻な状況に陥りました。

このままコロナの融資などを使って細々とBtoBを続けるより、新しい方に振り切った方が、可能性があるんじゃないかと思ったんです。

大久保:確かにコロナ禍によって、食に関するさまざまな業界が大きな影響を受けましたね。

井口:コロナ禍で外食という受け皿が失われ、全国の浜で魚が溢れ返っていたんです。需要が激減してしまったので、高級魚が二束三文の価格で取引されていたこともありました。

一方で、外食できないので「オンラインで食品を買って家庭で楽しむ」というニーズが顕在化してきたんです。

そこでもったいない魚を活用して家庭で美味しい魚を楽しめるサービスを作れば、双方の問題を解決できるんじゃないかと思い、「フィシュル」という魚のサブスクサービスを始めました。現在はこれが主力事業となっています。

大久保:ただ、BtoBで取り組んだことが無駄になったわけではないですよね。BtoBプラットフォーム事業で経験したことが、今の事業にもつながっているという感じでしょうか。

井口 :おっしゃる通りです。BtoBのプラットフォームをやっていたときは、全国の産地とバイヤー、特に外食事業者さんをターゲットにしていました。BtoBを通じて水産業界の方々とつながることで、いろいろな意見や考え方、水産業界の現状を知ることができましたから。

未利用魚を有効活用するところに共感してくださるお客様も多い

大久保:BtoC事業はどのように立ち上げたのでしょうか?

井口 :まずコンセプトの検証と必要最低限の資金を集めるため、クラウドファンディングをやってみたんです。

未利用魚を使ってミールキットを作る企画でクラウドファンディングをしたところ、1ヶ月で400名近くの方から400万円近くの資金が集まりました。これはニーズがあるかもしれないと思い、事業化を検討しました。

その後試験販売などを経て、2021年3月に魚のサブスクサービスである「フィシュル」をスタートしました。

大久保:「フィシュル」というサービス名にした由来は何でしょうか?

井口:「フィシュル」は造語なんです。人々にフィッシュフルな食生活を送ってほしいという意味を込めました。フィッシュフルというワードは実際にはないんですけど。フィッシュフルをちょっと縮めて「フィシュル」になりました。

大久保:なるほど。サブスクとなると、会員集めが大変だったのではないでしょうか。

井口 :そこは順調でして、サービス開始後2年経った今、1万名弱のお客様に毎月注文いただけるようになりました。デジタルマーケティングも頑張ってはいますが、最初の1年半ぐらいは、ほぼ広告は使わずメディアの露出とSNSだけでしたね。

大久保:どんな方が会員になっているのでしょうか?

井口:メディア露出だけだった最初の頃は、50代から70代の方がメインでした。テレビや新聞をご覧になる方の属性がそうだったのかな、と思います。デジタルマーケティングを始めてからは若い方も増えましたね。現在は30代から50代の方がメインですが、20代から80代まで、幅広い方にご利用いただいています。

大久保:お客様からは、どんな点が支持されているのでしょうか。

井口:まず手軽においしい魚を食べられるところですね。「無添加で、鮮度が良くて、しかも解凍してすぐ食べられる、というものは意外にありそうでない」という声をいただいています。

あとは未利用魚を有効活用するところに共感してくださる方も多いです。サブスクを解約される時に「素晴らしい活動をされていて応援したいのに、続けられなくてすいません」って言ってくださるお客様が多いんですよ。個人的にこれはすごいことだなって思っています。

全国の産地とネットワークを築き、水産業界に新たな流通モデルを浸透させたい

大久保:今後はどんな取り組みを考えていらっしゃいますか?

井口:我々は、福岡の漁港で水揚げされた魚を福岡市内の自社工場で加工していて、味付けやパッケージング、瞬間凍結から販売まで全てを自社で一貫してやっています。

実はこのモデルを、全国に展開したいと思っていて。大分や鹿児島、静岡、青森、北海道など全国の産地とネットワークを築いているところなんですよ。

産地で水揚げされたものをすぐ産地で加工して流通させる。「フィシュル」を通して、この新しい流通モデルを全国に作っていきたいと考えています。

大久保:漁港や漁師さんが自分たちで ECを始めるのは難しいですが、御社なら製造もできて、ECの仕組みもあって、会員もすでにいるわけですから、心強いですね。

井口:そうですね。ECを軌道に乗せていくためのデジタルマーケティングも、一朝一夕で身につくものではないと思います。ABテストを何回も繰り返してデータを貯めて分析する必要がありますし。

あと加工場を持っていても、ECで売れる商品を作れるかはまた別です。我々にはノウハウも蓄積されたデータもありますので、漁師さんなど産地の方がうまく我々を活用していただけたらと思っています。

フィシュルを通して、漁師さんたちにもっと儲けてほしいんです。規格外で焼却処分されていたような未利用魚を我々が買い取って、しっかり値段をつけて価値化していく。これによって漁師さんの収入増につながります。

あと我々のサービスはサブスクなので、毎月一定数の魚を仕入れます。無駄なく継続的に仕入れることで、漁師さんにとって安定した収益につながると思っています。

魚のサブスクサービスを通じて、日本の魚離れに終止符を打ちたい

大久保:魚を捕る方だけではなく、消費者の魚離れが進んでいるという課題もありますよね。

井口:流通構造を整えても、消費者がそもそも魚をもっと欲してくれないと元も子もないよねっていうことは、BtoBを手掛けていた時から思っていました。

ですから流通構造の改革とあわせて、消費者の魚に対するニーズをもっと作っていく必要があります。我々はフィシュルを通して、魚離れに終止符を打ちたいと思っているんです。

年齢に関係なく消費者に共通するのは、「美味しい魚を家で食べたいけど、何かしらの理由で魚を食べられない」ということです。例えば、魚の調理は面倒で、忙しくてできないから仕方なく肉を食べているとか。あとスーパーには決まった魚しか置いていないから、マンネリ化してしまうなんて課題もあります。

大久保:スーパーで見かけないけれど、実はすごくおいしいという魚もありますか?

井口:あります。例えば、未利用魚の代表格と言われているのが「アイゴ」という魚です。アイゴは内臓の臭いが強いので、水揚げ後すぐに処理をしないと食べられません。でも水揚げ後すぐ処理すれば、刺身もすごくおいしいんですよ。

ただ一般的な流通では、アイゴは絶対食べられません。普通は漁師さんが水揚げして産地の市場を経て中央市場に行き、それから競りにかけられます。そうなると水揚げ後2日はかかってしまうので。

あとアイゴには背びれと胸びれに毒針があって、取り除く処理も必要です。こうした理由で流通せず処分されてしまうんですが、我々では水揚げ後半日以内に自社工場に搬入し、加工して生食用として製造しています。

大久保:消費者から見れば、珍しくておいしい魚を楽しめるメリットがあるわけですね。

井口魚をとってくださる漁師さんにとっても、魚を食べる消費者にとっても、また環境や社会にとってもよいと言える、本当の意味で持続可能と言える新しい水産業を実現したいんです。

大久保:最後に、今後の目標を教えていただけますか?

井口:福岡で取り組んでいるモデルを全国の浜で展開して、もっと製造数を増やしたいですね。最終的には100万人ぐらいに使っていただけるブランドに育てて、「魚といえばフィシュル」といわれるところを目指したいと思っています。

それと、再びBtoBにもチャレンジしているんですよ。水揚げされた魚を産地で加工して、瞬間凍結して商品を届けるというモデルを、一般の方だけではなく外食事業者さんなどにも提供し始めました。今後はこちらも広めていきたいですね。

外食事業者さんのニーズをある程度把握できているのも、最初にBtoBをやったおかげです。大変だった時の経験が、今になってすごく活きていると感じています。

創業手帳(冊子版)では、さまざまな起業家のインタビューを掲載しています。無料での配布になりますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。

大久保写真大久保の感想

創業手帳の大久保です。取材後の感想です。
このビジネスが成功していくと

・肉食に傾きつつある日本の食文化で魚食を守ること
・地方の活性化(特に漁村)
・資源の無駄をなくす
・東京以外での若者の起業の成功事例

ということにつながると思いました。

資源の無駄をなくすということについて言うと、漁業は海の恵みをいただくということで、エコ・サステナブルの観点から基本的に優れているのですが、一方で、資源の枯渇(獲りすぎ・海外との獲り負け・買い負け)や燃料の高騰などの問題もあります。
未利用魚の活用が進むと、漁業の効率性や持続可能性への貢献への面でより優位性が強化されていく可能性もあると思いました。

また、どうしても東京にスタートアップは集中しがちですが、地方の優位性を生かしたビジネスというのも良いと思いました。

今後、いかにサブスクで顧客を定着させていくか、魅力的な商品を開発させていけるかと、ネットだけでなくリアルの加工場を運営していくのはかなりスタートアップが手掛けるビジネスとしては大変さもあります。意義があり、一方で難しいからこそ頑張ってほしい事業だと思いました。

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(取材協力: 株式会社ベンナーズ 代表取締役 井口剛志
(編集: 創業手帳編集部)



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