東京都副知事 宮坂学|スタートアップが東京の未来を変える。東京都の「SusHi Tech Tokyo」の魅力とは
世界規模のスタートアップイベント「SusHi Tech Tokyo(スシテック東京)」にかける意気込みに迫る
スタートアップイベントは、起業家にとって投資家や他のスタートアップと出会える貴重な機会です。欧米を中心に世界規模のスタートアップイベントが開催されているものの、日本国内ではまだ少ない状況です。
こうした中、東京で実施されるイベントとして注目されるのが「SusHi Tech Tokyo」。持続可能な都市を目指すというテーマで行われるこのイベントでは、海外のスタートアップが多数参加する「グローバルスタートアッププログラム」も行われます(2024年は5月15日・16日に東京ビックサイトで開催)。
「SusHi Tech Tokyo」の他にも、さまざまなスタートアップ支援に取り組んでいる東京都。「SusHi Tech Tokyo」をはじめ、東京都がスタートアップ支援策に注力する理由ついて、東京都副知事の宮坂学さんに創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
東京都副知事
1967年生まれ、山口県出身。同志社大学卒業後1997年ヤフーへ入社。2012年同社代表取締役社長、2018年同社取締役会長を歴任。ヤフー退社後、東京都参与を経て2019年9月東京都副知事に就任。デジタルに関連する施策を推進する傍ら、スタートアップに関する施策も担当。
「SusHi Tech Tokyo 2024」公式サイト
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
2024年は規模を大幅にアップし、スタートアップの商談機会の増加を狙う
大久保:まずは「SusHi Tech Tokyo 2024」の概要を教えていただけますか?
宮坂:「SusHi Tech Tokyo」は「持続可能な新しい都市をみんなで考えて発信していこう」という趣旨のイベントです。「Sustainable High City Tech Tokyo」の略で、寿司にかけて「スシテック」と呼んでいます。
「SusHi Tech Tokyo 2024」には、3つのプログラムがあります。1つめの「グローバルスタートアッププログラム」は、スタートアップのテクノロジーで持続可能な街を考えていこうという取り組みです。
2つめの「シティ・リーダーズプログラム」は、世界各地の知事や市長の方々に集まっていただきます。行政の視点からどう持続可能な街を作るのかについて議論し、最終的にアプトプットをするというものです。
3つめの「ショーケースプログラム」は、東京都民の皆様がターゲットです。サステナブルな最先端の技術を紹介し、未来の東京の暮らしを体験していただけるようなものです。
大久保:「グローバルスタートアッププログラム」は昨年から始まったとのことですが、今年はより規模が大きくなっているのでしょうか?
宮坂:そうですね。2年目となる2024年は規模を大幅にアップして、400社くらいに出展していただきます。このうち6割以上は海外からなんですよ。
多くの方に出展していただくことで、商談の機会が増えると考えています。スタートアップの方々にとって、商談につながるかどうかは重要なポイントだと思いますので。
大久保:行政として、ここまで大規模なスタートアップイベントを実施するのはなぜでしょうか?
宮坂:私たちはスタートアップ以外にもさまざまな事業者を支援していますが、今こそスタートアップへの支援が必要だと感じています。
理由はいくつかありますが、ひとつはスタートアップを支援していくことが、多くの人にとって意味があると考えているからです。
例えば今年の石川県能登地方の地震で通信が遮断された際、スペースX社のスターリンク(編集部注:人工衛星を使い通信を行うサービス)が活躍しましたよね。スペースXはもともとはスタートアップでした。他にもコロナ禍で一躍有名になったモデルナ社も、もともとはスタートアップです。
こうした社会に大きなインパクトを与えるスタートアップがどんどん出てきているわけです。ですから、日本でもスタートアップを増やし、成長させる必要があると考えています。
また別の視点で言いますと、「子どもたちは私たちが今知っている仕事と全く違う仕事をする」と言われますよね。私も現在は行政のデジタル化という仕事をしていて、前職ではデジタル広告を扱っていました。これらは私の親世代には存在しなかった仕事です。
そういう意味でも、新しいビジネスを生むスタートアップを支援することが、子どもたちの未来の仕事につながると考えています。これも行政としてスタートアップに力を入れる理由のひとつです。
最近ではパリやベルリン、シンガポールなどでスタートアップが伸びています。こうした都市を見ると、行政が率先して関わっているんですよね。行政以外の要因もあると思いますが、民間任せにするのではなく、行政もしっかり汗をかくことが重要だと思いました。そこで東京都でも、スタートアップを盛り上げるような取り組みを進めることにしました。
行政がスタートアップと組むことで、より良いサービスが提供可能に
大久保:今回のイベント以外に、どのようなスタートアップ支援をされているのか教えていただけますか?
宮坂:ひとつはルール作りですね。ルールを作るのは行政の仕事ですから。東京都では、スタートアップを目指す方向けの創業支援メニューをいろいろと設けています。
あわせて、行政自体がスタートアップを活用することも重要だと考えています。一般的に行政は実績の多い大企業と取引することが多いのですが、そのうち数%をスタートアップにすれば、スタートアップの活性化につながります。東京都でもこの取り組みを進めていて、最近はスタートアップとの取引が増えてきました。
例えば東京都では「UPGRADE with TOKYO」というピッチイベントを開催しています。行政側が「バリアフリーの美術館を作りたい」というような課題を提示して、アイデアをスタートアップの方から募り、優勝したスタートアップと契約するという仕組みです。これまで30回以上開催しています。
他にも東京都の所有する施設やインフラを、スタートアップのマーケティングに使っていただくケースもあります。最近のスタートアップはデジタルとリアルの融合を目指すケースが増えています。しかしこういったビジネスは、試す場がないと進めることができません。
例えば都立病院は多くの病床を持っていますので、これを利用して医療系スタートアップと組んでPMF(編集部注:Product Market Fitの略で、サービスが顧客のニーズを満たし適正な市場に提供されること)を行うような事例もあります。
大久保:行政とスタートアップが共同でプロジェクトを進めるというのは面白いですね。すごく意義があると思います。
宮坂:今は民間のパートナー企業の方と組んで、多くの行政サービスを提供しています。でもそのパートナー企業の顔ぶれがずっと変わらなければ、当然サービスは変わっていきません。
都民の皆様へ質の高いサービスを提供していくためには、取引先を定期的にリフレッシュさせて、新しい技術やアイデアを取り入れる必要があります。これは行政にとっても、大きな刺激になると思っています。
特に新しいテクノロジーを持つスタートアップの方々と一緒に仕事をすることで、より良いサービスができるのではないかと考えています。例えばスタートアップの中にはお薬手帳とか、母子手帳とか、生活に役立つアプリを開発するところも多いですよね。子育てや教育といった分野でこうしたアプリを作る会社と行政が組めば、より便利なサービスが生まれると思います。
スタートアップも組織の変革も、粘り強く続けてやり抜くことが重要
大久保:宮坂さんは、組織の変革にも取り組んでこられたとお聞きしました。スタートアップに向けて、組織において取り組むべきアドバイスがあれば教えていただけますか?
宮坂:再現性があることをやってきたわけではありませんが、ひとつ大事だと感じるのは、粘り強く続けることです。
私自身も含めて、人間はすぐに変わるものではありません。映画では「社長にプレゼンしたら会社が大きく変わった」なんてこともありますが、現実はそんなにうまくいかないですよね。ですから打席数で勝負するというか、しつこく続けてやり抜くしかないと思います。
組織が変わるというのは、みんなの考え方がアップデートされて上書きされるということです。これはスタートアップのプロダクトが普及する時の「イノベーター理論」と同じだと思っています。
最初は新しいものが好きなイノベーターが関心を持つけれど、全体の2.5%しかいません。100人のうち2~3人ですね。この仲間のいない段階で変革を起こすというのは、残りの大多数に理解されないので、なかなかきつい。ですからここであきらめる方も多い。ある意味鈍感になって、言い続けるしかありません。
次に広がるのが13.5%いるアーリーアダプターです。その後34%いるアーリーマジョリティあたりに広がれば、自走するようになります。ここを超えれば、逆に変革しない人の方が少なくなりますから、あとは何もしなくても波及していきます。
つまり最初から組織全員の意識を変えようとするのは、かなり無理があるということです。まず1人の仲間を見つけることから始めて、粘り強く続け、やり抜くしかない。これは新しいプロダクトでも、組織の変革でも同じだと思っています。
「SusHi Tech Tokyo」を通じて、日本のスタートアップを世界に広めたい
大久保:今回の「SusHi Tech Tokyo」は海外からの参加が多いとのことですが、やはり海外の方から見て東京は魅力的な都市という認識ですか?
宮坂:実は海外へ営業しに行った時、必ず「なぜ東京?」と聞かれました。意外と東京の魅力が知られていないと感じました。
まず私は世界最大の都市圏という説明をしました。首都圏には4,400万人が住んでいて、しかも金融資産もあるという感じですね。さらに面積あたりのGDPで見ると、東京は圧倒的に高いんです。アメリカに比べて面積がずっと狭いですから。これは例えば新しい通信システムを普及させる場合、アメリカより東京の方が圧倒的にやりやすいというメリットにつながります。
また東京は、Fortune500(編集部:フォーチュン誌による収益が世界上位500社のランキング)の本社が世界で3番目に多い都市なんです。今はオープンイノベーションの時代ですから、大企業が多ければスタートアップにとってコラボレーションしやすいというメリットがあります。あとは安全で豊かな食文化があるといった暮らしやすさもアピールしました。
こういう東京の良さが、実は世界に知られていないんです。ですから「SusHi Tech Tokyo」のようなイベントを通じて、世界のスタートアップの方々に東京を知ってもらおうという狙いもあります。
大久保:日本のスタートアップも、これから海外に進出していくケースが増えると思われますか?
宮坂:そういう環境を作っていきたいですね。海外のスタートアップが日本にたくさん来てくれれば、日本と海外のスタートアップが組む機会が増えます。そうすれば、日本のスタートアップも「自分も海外に出てみようかな」と感じてくれるのではないでしょうか。
なるべく早いタイミングで海外のスタートアップと関わり、世界に目を向けて欲しいですね。行政としても、そういう環境作りを進めています。
今回のイベントもそうですし、東京都では有楽町の「Tokyo Innovation Base(TIB)」という拠点を設けています。ここは世界からスタートアップが集まり、交流できる場所という位置づけです。
大久保:「SusHi Tech Tokyo」の今後の展望を教えていただけますか?
宮坂:将来的には、アジアで代表的なスタートアップイベントにしたいですね。世界の人々は、例えばバルセロナの「MWC」やアメリカの「SXSW」とか、シンガポールの「SWITCH」に行こうという話をしています。でも今はその中に東京がありません。
「SusHi Tech Tokyo」をもっと盛り上げて、世界のスタートアップ関係者が年に1回東京に集まるようにしていきたいと思っています。
ただし、行政だけでは限りがあります。ですから、より多くの日本のスタートアップの皆さんに参加していただくことが重要だと思っています。参加が多ければ多いほど、日本のさまざまなスタートアップに出会えるというメリットは高まります。これによって、海外から来た方が「日本のスタートアップって面白いな」と感じてくれると思うのです。
実を言うと、最初は海外で知名度のあるスタートアップイベントを東京へ持ってくる話もありました。その方がスピーカーを集めやすいですし、集客もしやすくなります。
でもスタートアップを支援しようとする私たちが、そういうマインドではダメだと思ったんです。自分たちでチャレンジして、やり切ることが大事なわけですから。最初はうまくいかないかもしれないけれど、10年続ければきっと大きなブランドになる。そういう思いで取り組んでいます。
大久保:最後に読者の方へメッセージをお願いできますか?
まずは「SusHi Tech Tokyo」の会場へ、ぜひ足を運んでいただきたいですね。これまで日本のスタートアップが世界に出ようとすると、海外のスタートアップイベントへ行くしかありませんでした。でも今は東京で大規模なスタートアップイベントがあるわけですから、うまく活用していただければ嬉しいです。
あわせて、有楽町にあるスタートアップの拠点「Tokyo Innovation Base」にもぜひお越しください。「SusHi Tech Tokyo」は年に1回のイベントですが、TIBではほぼ毎日いろいろなイベントを実施しています。普段はTIBでいろいろなことを行って、その成果を年に1回発表する場として「SusHi Tech Tokyo」があるという位置づけなんです。
「SusHi Tech Tokyo」を運営するのはスタートアップ支援のために新設された部門ですが、もともと東京都では、産業労働局という部門で中小企業支援や創業支援をしてきました。現在はこの2つの部門で、スタートアップの他、飲食店を開業したい方も含めて幅広くチャレンジする方を支援する体制になっています。
裾野を広くしないと、山は高くならないと考えています。規模に関わらずチャレンジする方が増えれば、その中でもう少し事業を成長させたい方が出てくる。さらにその中から世界を目指す方が出てくると思います。
ですからスタートアップに限定するのではなく、起業家精神を持つ多くの方々を今後も支援していきたいと考えています。
(取材協力:
東京都副知事 宮坂学)
(編集: 創業手帳編集部)