ぐるなび 杉原 章郎|コロナ禍で打撃を受けた飲食店を支えるグルメ情報サイト「ぐるなび」の逆襲
「ぐるなび」がコロナ禍を乗り越えるために打ち出した次なる施策とは
サーチエンジンの進化やSNSの普及により、グルメ情報サイトの影響力が落ちているという課題を改善するため、楽天からぐるなびの代表取締役に就任した杉原さん。
コロナ禍の影響も重なり、多くの飲食店が打撃を受けており、それ以前のビジネスモデルの変更を余儀なくされた「ぐるなび」では様々な打開策を打ち出しています。
そこで今回は、杉原さんが創業メンバーとして楽天を立ち上げ、成長させるまでの経緯やぐるなびの社長に就任してからの取り組みについて、創業手帳の大久保が聞きました。
株式会社ぐるなび 代表取締役社長
1969年広島県生まれ。94年慶應義塾大学総合政策学部卒(SFC1期生)。96年同大学大学院修士課程修了時にインターネットサービスベンチャー会社の起業。97年に現在の楽天グループ(株)の共同創業者として参画し、「楽天市場」の出店営業を統括。その後、新規事業開発担当役員、システム開発部門担当役員、人事・総務部門担当役員を務めた。19年から(株)ぐるなび代表取締役社長。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
慶応義塾大学SFCを卒業後にインターネットサービス分野で最初の起業
大久保:杉原さんがインターネットに触れたきっかけを教えてください。
杉原:学生時代は中高一貫の男子校に通っていました。
とにかく楽しくて、あっという間に卒業のタイミングが来てしまい、進学を希望していましたが学力が足りず、2年間浪人して慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)に1990年に新設された総合政策学部へ入学しました。
SFCでの授業の一環で、PCを用いてレポートを作成したり、プログラミングをしたり、インターネットに触れて接続して情報を得たりしているうちに面白くなり、様々なものを作りました。
修士の1年目の時に、大学の教授から「インターネットに関するサービスを事業にしてみてはどうか?」と言われたことをきっかけに、エンジニアの友人と起業することになりました。
当時は、まだWebに力を入れている企業が少なかったため、Webサーバやメールサーバを安価に導入できる事業と、CGIを用いてインタラクティブなホームページ制作の事業から始めました。
しかし、大手が参入してくれば負けることが予想できる上に、Webページ制作という領域すらも、すぐに価格競争になっていくと考えたため、様々なソリューションを同時に提供できるようにしていきました。
大久保:慶應義塾大学SFCと言えば「村井純さん」だと思いますが、まさに「インターネット第0世代」という時代だったということがわかります。
杉原:当時、PCの使い方を教えられる教員すら少なかったため、PCを使う基礎的なことを村井先生に教えていただくという、何ともぜいたくな経験をしました。
村井先生は「インターネットが世界を変える!」とおっしゃっていましたが、当然、当時の私はそれも理解できていませんでした。
取引先として出会った楽天創業者の「三木谷氏」
大久保:当時のインターネットは、今のブロックチェーンよりもさらに怪しいもののように感じたでしょうね。
杉原:サーバ設置とWebページ制作事業を進めている中で出会ったのが、楽天の創設者である三木谷さんです。初めは、我々が事業者、三木谷さんがお客様という関係性でした。
三木谷さんが借りられていたコンサルティングサービスのオフィスに我々がLANとインターネットを引き、メールサーバとWebサーバを立てて、情報発信ができるようインフラを整えさせていただきました。
何度か食事をした時に「一緒に仕事をしよう」という話になり、インターネット上のショッピングモールをつくるプロジェクトに参加させていただくこととなりました。
そのお話をいただいたのが1996年夏ごろでしたが、その1〜2年前から電子商取引が増えていたので、私は市場調査をメインに行いました。
当時は、簡単にホームページを作るツールすらなかったため、オンラインで動的に商品ページが作れる店舗編集ツールを使って、お店が手軽に商品やサービスを売り、決済処理までネット上で済ませることは、当時は夢のようなことでした。
調査結果を基に、全体設計が為され、プロトタイプが出来た時に「すごい!これは面白いことになる!」と一同驚愕し、後に楽天となる会社を設立したのが1997年2月でした。
日本のネットショップ事業の中で「楽天が勝ち上がった要因」
大久保:楽天がここまで成長した勝因は何だと思われますか?
杉原:創業メンバー6人の役割分担が明確にされながらも、全員がお互いを補いつつ全員が一丸となって前進できたことだと思います。
そしてそのイズムが、三木谷さんのリーダーシップの下に今でもしっかりと息づいていることだと思います。
当時の楽天においては、資金は潤沢ではなかったから少数精鋭で明確に役割分担をして、それぞれが自律自走するしかありませんでした。
さらに当時から今でも、楽天市場にお店や商品を掲載するためには、半年分の掲載料をまとめて支払っていただく契約になっています。前払いに対する不安を払拭するために新しく出店していただくお店を増やすことこそ不安解消につながるので、とにかく出店営業を一生懸命やりました。
これが世の中を変えると信じて営業し続け、5〜10年経って本当に大きな変革を起こせたので、今となっては安心しています。
大久保:創業手帳の資金繰りのところに、「お金の前払い」について書いているのですが、先ほど楽天の創業期のお話を伺ったように、エンジェル投資などの資金調達をする前に、前払い契約等で一定期間分のお金を先に回収するというやり方もあるということですね。
杉原:日々使われるサービスを提供し続けているならば、少し無理してでも前払い方式で売って、数が集まっていけば、それはポテンシャルがあるということだと思います。
何よりも確証が高い資金調達方法と考えれば良いのではないでしょうか。
大久保:半年分の前払い契約ではなく、月払いにしていたら、同じ結果にはならなかったかもしれませんね。
他社との差別化は「常に新しい情報がある」という優位性
大久保:他社との差別化は、どのように考えられていたのでしょうか?
杉原:当時、他社でも同じインターネットショッピングモール事業をやっているところがたくさんありましたが、楽天では「常に新しい情報が載っている」という点に優位性があったと考えています。
当時は楽天市場だけが商品の追加や情報更新が簡単にできたため、多くの出店者さんが新鮮な情報を掲載する競争をされていました。
例えば、卸市場で物を仕入れたら、写真を撮って午前中のうちに出品できる上に、注文が入れば、出品した日の午後には梱包して発送することができます。
これにより、店頭に並べるか、電子上に並べるかの違いであって、自分たちがやってきた商売と同じことだということを、出店者側も理解していただくことができました。
大久保:情報のスピードが、差別化に繋がったということですね。
杉原:当時は、他社でショップページを立ち上げる際には、デザイナーやプログラマーと何度も打ち合わせをして、2週間ほど時間がかかってやっと出来上がるという感じで、時間とコストが非常に大きくなっていました。
それに比べて楽天では、簡単にECショップの開設・編集・更新・分析ができるシステムが提供され、更新はお店の方でやっていただく仕組みにしました。当時、このようなシステムは楽天にしかありませんでした。
これは、まさにお金がなかったからこその発想でした。
大久保:さらに改善スピードも他社より5倍10倍早かったように思えます。
杉原:当時は10坪しかないようなオフィスに学生アルバイトさんも含めて10人が鮨詰めになり、朝から朝まで働くような環境でした。もちろん、みんな楽しかったから乗り越えることができました。
そのため、営業がシステム開発に使い勝手のフィードバックを持って帰ってきた際には、その日のうちに改善して、次の日にはリリースするスピード感でした。
- ココ重要!楽天が他社との差別化に成功した「3つの要因」
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- ①:事業者自身でショップ開設が可能
- ②:ショップ開設までのスピード感
- ③:常に新しい商品があるというユーザー満足度の高さ
「楽天市場」が軌道に乗ったタイミングですぐに新規事業に着手
大久保:私の持論で、起業したい人はEC事業を知っておくべきだと思っています。集客とお金の流れは、頭で理解できていても、やらないとわからなかったりしますよね。
杉原:本当にそう思います。
事業の入口から出口までを低リスクで一通り経験できるのはECの特徴です。
自分が売れると思っているものを出品してみて、いかに売ることが難しいのかを知る良い機会ですよね。
大久保:楽天の創業当初は、どのような役割を担当されていましたか?
杉原:私は楽天市場の一番最初の営業責任者でしたが、出店社数が数百ほどになったとき、新しいことを始めることになりました。
創業期とは違い、資金も与えられ、アウトソーシングも使うことができたため、楽天市場の立ち上げ経験があったからこそ、さらに早いスピード感で進めることができました。
さらにWebの良いところは、失敗しても毎日直すことができます。
いくつも失敗し、その度に学んだ経験は、確実にいまに繋がっています。
大久保:信長と秀吉のように、秀吉を大変な環境に投下し、成長させるような感じですね。
杉原:一つ一つの事業を無我夢中に立ち上げ、その新規事業のサービスが複数揃うと、エコシステムと呼ぶようになり、各サービスを同じアカウントで使えるようにクロスユースさせることで、LTVが上がることに気がつきました。
大久保:楽天の経済圏という世界ができていますよね。
「楽天」を離れて「ぐるなび」の社長に就任した経緯
大久保:ぐるなびの社長に就任された経緯を教えてください。
杉原:2018年7月に、ぐるなびが楽天と提携した後、提携を企てた両社の合同チームで、どのようなシナジーを生み出せるか考えていました。
約15%しか資本関係がないのにも関わらず、楽天IDを連携するという、楽天にとっては初めての試みが行われました。そこから1年経たないうちに、効果は実証されました。
買い周りやクロスユースに慣れている楽天ユーザーとしては、新しいサービスを投下されて、ポイントがもらえるとなれば、当然動きます。
これをテコに、様々なことができるとぐるなびの創業者である滝会長が強く思われて、ぐるなび側から「楽天からぐるなびに社長を出してくれ」と相談をもらい、当時グループ人事の統括を任されていた私が任命されました。
ぐるなびのことを知れば知るほど、再成長させ甲斐のある面白そうな会社だということを感じつつ、偶然にも滝会長の下の名前と、私の父の名前が同じ久雄で、さらに、滝会長の年齢も父と同じくらいだということに気がつきました。
父と同じ世代の人がインターネットの事はわかるのかな?と、一緒に仕事をすることにすこしだけ不安も感じていましたが、想像より遥かにアグレッシブでインターネットの知識も広く、現役だということに驚かされました。
父と同じ名前だということを伝えたら、擬似息子のように思ってもらえたことも、縁があったのだと思いました。
大久保:滝さんの抽象的な構想力は、すごそうですね。
ぐるなびの社長就任後すぐに次々と新規事業に着手
大久保:ぐるなびに移られてからの活動内容などを伺えますか?
杉原:サーチエンジンやマップサービスの進化やSNSの普及により、グルメメディアの影響力が落ちているという課題は認めざるを得ませんでした。
変えなければいけないところに目星がついていたため、サービスレベルを改善していこうとした時にちょうどコロナウイルスが流行り始めました。
既存のビジネスモデルで成り立っていた売り上げを維持しつつ、何年かかけて改善しようと考えたのですが、見事にその計画は破綻してしまいました。
屋台骨だった売り上げは、コロナで激減し、加盟契約は維持させていただきながらも、請求できない期間が何ヶ月も続きました。
大久保:飲食業界はコロナ禍の影響をもろに受けましたよね。
杉原:早急に新しいビジネスモデルを考えなければいけませんが、売り上げは減ったもののある一定以上このグルメサーチを使う価値はあるため、これをベースに新しいものに挑戦することとなりました。
社内で新しいアイディアを募集し、コンテストを実施して、約100個のアイディアから事業化してマネタイズできるものに絞り、成長し続けるポテンシャルのあるビジネスモデルとして組んでいきました。
コロナ禍で打撃を受けた「飲食店」のDX化を推進
杉原:その一つが、モバイルオーダー(ぐるなびFineOrder)です。
中国や欧米では、POSと繋がったシステムは当たり前のように使われていましたが、日本にはまだ普及していませんでした。
普及するには、単純にスマホでオーダーができるだけではなくPOSと繋ぐことで、お店側が楽になるようにする必要があり、さらにオペレーションも簡易的でなければ利用が広がりません。
大久保:飲食業界から派生したサービス展開をされたんですね。
杉原:大手POSベンダーさんとのオフィシャルな連携が肝だと思います。
それが順調に進み、我々が作ったものをPOSベンダー各社から推奨していただける形もとり、いまでは軌道に乗り始めました。
コロナ禍でお店が入れ替わっていく中で、お店にとっても、デベロッパーにとっても、マッチングが難しかったため、我々が間に入り、飲食エリアをプロデュースする店舗開発事業も進んでいます。
何エリアか展開しましたが、不動産・デベロッパーさんと同様なことをやっても当社の利点がないため、いいメニューをもっと集めようという話になりました。
つまり、お店の垣根を超えて、一つの場所で様々なお店の人気のあるメニューをたくさん楽しめると、面白いと考えました。
このメニューフランチャイズ事業も軌道に乗り始めています。
ぐるなび社員のアイディアを生かして新規事業を推進
大久保:社内からも多くのアイディアが出るのはすごいですね。
杉原:飲食店さんを良くしていくことを考えるのは、ぐるなび社員はとても上手いです。
食が好きで集まっているため、飲食店に可愛がってもらって、それが誇りだったりもするので、その人たちのが持つアイディアをビジネスモデル化して、それをサービス化しています。
商品企画することは上手いのですが、全員が理解して売り切る力にはまだ足りていない面もあるため、総合的に改善を図りつつこの難局を乗り越えようとしています。
大久保:飲食業界は、GAFAMのような海外の圧倒的な大企業がいないため、様々なことができそうに思えます。
杉原:日本においては、ぐるなびはファーストムーバーだったと思います。広告、販促モデルに注力して、事業を早く伸ばすことができました。
日本の飲食店が50〜60万ほどと言われる中で、60%以上が中小の飲食店さんです。
新しいサービスやシステムを広めようとしても、全てを画一的に提供することを受け入れてもらうことは難しいのです。
飲食店経営を失敗させないために「ぐるなび」を活用してほしい
大久保:最後に、これから飲食店を始められる方にメッセージをお願いします。
杉原:毎年、10万件近い飲食店が閉店しているのにも関わらず、同じくらいの数のお店がオープンしています。それほど、飲食店をやりたい人が多いということだと思っています。
お店を続けるために、美味しいものを作ることは大前提として必要ですが、お店のファンをつくってリピートしてもらう仕組みを作っていかなければなりません。さらに、スタッフを雇って、一定のレベルに教育しなければいけませんし、やることが非常に多いです。実は飲食店経営というのは高い経営能力が求められます。
我々はそこに何を提供できて、どうお手伝いできるかを考えながら進めています。
お店の立ち上げや運営、継続できることのお役に立てる方向を目指していきたいと考えていますので、今後はさらに色々なサービスやソリューションを提供することで繁盛する飲食店作りのお手伝いをしたいと思っています。
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