スタートアップのM&Aとは?件数やEXITとしての意義、事例などを紹介
ベンチャー起業家の出口戦略として注目度が高まりつつあるM&A。利点やデメリットを知っておきましょう
スタートアップの起業家が目指す先は、会社の新規上場(IPO)だけではありません。大きな会社とM&Aを成立させ、早々に創業者利益を得る選択もあります。
今回はそんなスタートアップのM&Aについて、定義や件数、メリット・デメリットなどを紹介します。2020年以降の成功事例もいくつか取り上げるので、スタートアップやベンチャーの起業に興味のある人はぜひご覧ください。
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この記事の目次
スタートアップのM&Aとは
M&Aとは、複数の企業が「Merger and Acquisition(合併と買収)」で単一になることです。つまりスタートアップのM&Aとは、会社が大企業などに買収されることを指します。
スタートアップのM&Aは、EXIT(イグジット)として実行されるのが一般的です。EXITとは、スタートアップの事業や会社自体を売却し、起業家や出資者が創業者利益を得ること。「出口戦略」とも呼ばれます。
M&Aで買い手となる企業は、買収額の対価としてスタートアップの革新的な技術やビジネスモデルを獲得します。
同じくEXIT戦略であるIPOとの違い
IPOとは、証券取引所で株式を公開すること、いわゆる「新規上場」です。スタートアップのEXIT(出口戦略)によく選ばれてきました。IPOのEXITでは、新規発行した株式を一般の投資家に買ってもらうことで、出資者の利益を回収します。
スタートアップのEXITとしてのM&AとIPOの違いは、経営権の譲渡を伴うかどうかです。M&Aでは、経営者(出資者を含む)の株式を買い手企業が取得するため、経営権ごと譲ってしまう形になります。一方、IPOでは経営者の株式は動かないため、EXITによって経営権を失うことはありません。
そのほか、またM&Aでは成立時点で売却額が確定するのに対し、IPOの売却益は上場後の株価上昇によって増える可能性があるという違いもあります。そのほか、M&Aに比べてIPOは成功する確率が低いこと、時間とコストがかかることなども相違点です。
スタートアップのM&A件数は増加中
出典:EY「スタートアップM&A動向調査 2021」
日本では近年、スタートアップのM&A件数が増加傾向にあります。2021年は過去最高の143件で、IPOの123件を上回りました。
また買い手にグローバル企業が参入するケースも増えてきています。それに伴い、2020年・2021年で10億円以上の案件が20件以上と、M&Aの大型化も進んでいます。
なお、日本政府や経済産業省は、税制改正をはじめとする諸改革により、スタートアップの出口戦略を多様化しようと試みています。なかでも、大企業×スタートアップのM&A促進やスタートアップのグローバル化は、とくに意識されている部分です。
そのため、国内スタートアップにかかるM&A件数の増加や大型化の傾向は、2023年以後も続くでしょう。
スタートアップがM&Aを選ぶメリット
スタートアップのM&Aには、起業家や出資者にとって以下のようなメリットがあります。
短期間でスピーディにEXITできる
M&Aは、買い手と売り手の企業間で合意が成立しさえすれば実現できます。早ければ着手から1ヶ月ほどで成立するため、ハードルは低めです。
ちなみにIPOでは、実現までに監査や審査にかかる多数のステップを踏む必要があります。IPOの実現には着手から少なくとも3年はかかるといわれているため、M&Aに比べると大変です。
買い手の経営資源で事業を成長させられる
M&Aが成立すれば、買い手の資金やノウハウ、顧客、サプライチェーンなどを自社の事業にも活用できるようになります。自社よりも大きい会社の経営資源を活かすことで、事業を過去にない規模やレベルで成長させる機会が生まれることがメリットです。
なお、M&Aがあるとスタートアップの経営者は経営権を失います。しかし、相手の意向や交渉次第では、事業の責任者や役員などとして会社に残り、事業を続けることも可能です。もちろん創業者利益を得て事業から引退し、新しい事業に着手するという選択もあります。
赤字企業を含めて全会社にチャンスがある
M&Aは買い手の合意さえ得られれば実現可能なので、赤字企業でもEXITのチャンスがあります。財務状況や実績が芳しくなくても、事業のポテンシャルや技術の革新性など買い手にとっての魅力があれば、M&Aは成立し得ます。
一方、IPOでは経営成績および財政状態が審査基準に含まれており、赤字企業の上場は困難です。高い成長性が認められれば赤字上場も可能ですが、M&Aに比べるとハードルが高いといえます。また見込みの株主数や時価総額のほか、純資産額や利益などにも基準があり、そもそもIPOができないスタートアップもあります。
その点、M&Aはあらゆる会社と起業家に可能性があるという意味で、万人向きのEXIT戦略です。
スタートアップにおけるM&Aのデメリット
一方、スタートアップのM&Aには、起業家や出資者にとって以下のようなデメリットもあるので注意しましょう。
経営権を失う
スタートアップのM&Aでは、経営権(経営者の株式)を譲渡するのが一般的です。そのため、EXITによって経営者としての地位や権利を失います。会社および事業の経営方針については、買い手の経営者に委ねることになります。
よって、EXIT後も自分の手で事業を進めていきたい場合、M&Aは最適な戦略ではないかもしれません。決裁権が残るIPOも検討すると良いでしょう。
売却額がIPOより低い傾向にある
M&Aによって得られる創業者利益は、IPOに比べて低い傾向にあります。IPOのほうがEXITまでの準備期間が長いこと、そもそも価値の高い企業でないと実現できないことなどが要因です。
またM&Aでは買い手との交渉で値下げを要求され、希望する売却額で成約に至らないケースもあります。
とはいえ、事業の将来性や技術力が高く評価された場合には、M&Aでも高額なEXITが可能です。実際、2021年には国内スタートアップが10億円以上で買収された事例が18件ありました。
従業員の流出を招く恐れがある
M&Aによって企業文化が大きく変わることは、従業員にストレスを与える可能性があります。それゆえ、従業員の不満がつのって事業がうまく行かなかったり、優秀な人材が退職してしまったりというリスクが想定されます。
例えば、M&Aによって企業規模が大きくなると、円滑な工数管理のためにマニュアルが整備され、個人の裁量が減ってしまうかもしれません。そうすれば、仕事の自由度が下がり、やりがいを感じられなくなる社員も出てくるでしょう。
そのため、スタートアップがM&Aに着手する場合は、従業員への影響にも配慮しながら、入念な交渉を行う必要があります。
スタートアップのM&Aを成功させるポイント
スタートアップのM&Aを成功させるには、以下3つのポイントを意識することが重要といわれます。ちなみに「成功」とは、買い手をつける、高値で売却するといった意味合いです。
売るべきタイミングを逃さない
スタートアップのM&Aでは、売り時の見極めが大切になります。売却するのに一番適したタイミングを判断し、時機が来たらすばやく決断することが必要です。
スタートアップを高値で売却するには、事業の「若さ」が重要だといわれます。事業が発展途上だと、短期的な急成長のほか、中長期の視点でも安定的かつ持続的な発展が望めます。一方、事業が成熟しすぎると、伸び代がなくなってきたり、社員の愛社精神が高まってきたりして売りにくくなる恐れがあります。
以上より、スタートアップのM&Aを成功させるには、事業に十分なポテンシャルが残っているうちに売ることが肝心といえます。そのほか、景気や金利、投資のトレンドなど、外部の環境にも気を配るべきです。
シナジー効果の高い買い手を選ぶ
シナジー効果(M&Aによって得られる相乗効果)が最大となるような買い手を選ぶことも重要です。言い換えれば、売り手・買い手の双方がどちらも大きなメリットを得られるような相性の良い企業を見つけましょう。
例えば、スタートアップ側は大企業のサプライチェーンを活用することで事業を発展させられる。大企業側はスタートアップの新技術の導入により、頭打ちになっていたところから再度の持続的な成長が可能になる。このようにWin-Winの関係であれば、シナジー効果が高く、M&Aがより有意義なものになります。
シナジー効果については、後述する事例でもぜひご確認ください。
従業員へのフォローを怠らない
M&Aが従業員のストレスとなり、エンゲージメントの低下や人材の流出を招かぬよう気を付けることも重要です。従業員に対して適切な配慮やフォローを実施しましょう。
例えば、経営への関与が大きい幹部社員には、基本合意の前からM&Aについて伝えておくのが望ましいといわれています。管理職や役員には基本合意の後、一般従業員にも成約後に丁寧な説明をすることが大切です。
またM&A後も従業員の雇用や待遇が維持される、もしくは状況がより良くなるよう、買い手と交渉することも重要だといえます。
スタートアップのM&A事例3選
以下では、2020年に成立したスタートアップのM&A事例を3種類紹介します。先ほど解説した売り時やシナジー効果などに注目しながらご覧ください。
1. 株式会社aiforce solutions
売り手 | 株式会社aiforce solutions |
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買い手 | AI inside株式会社 |
売却価格 | 16.4億円 |
譲渡日 | 2022年5月2日 |
EXITまで | 3年10ヶ月(2018年7月設立) |
株式会社 aiforce solutionsは、「AIの民主化」による誰もがテクノロジーを使いこなせる進歩的な社会の実現を目指すスタートアップ。企業がAIを活用するためのソフトウェアや教育プログラム、支援サービスなどを提供してきました。
一方、買い手のAI inside株式会社は、「世界中の人・物に AI を届け、豊かな未来社会に貢献する」を理念とする事業会社。AIを使った物体検知を中心として、さまざまな社会・産業基盤に、AI技術やAI開発を普及させる事業を営んでいます。
この事例では、売り手・買い手が「一般社会にAIを普及させる」という共通した未来像を持っています。目指す方向が同じなので、スキルやサプライチェーンを共有するのは合理的といえるでしょう。合併することで両者のサービスを掛け合わせることも可能になり、顧客の利便性も向上します。M&Aにより、高いシナジー効果が見込まれる恒例です。
ちなみにM&A後、aiforce solutionsの主力サービスは名前を変え、AI insideの主要サービスのラインナップに加えられています。またaiforce solutionsの技術力を活かした実践型AI人材育成プログラム(新サービス)の提供も、M&Aの約2ヶ月後から始まりました。
2. 株式会社Nagisa
売り手 | 株式会社Nagisa |
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買い手 | 株式会社メディアドゥ |
売却価格 | 非公開 |
譲渡日 | 2020年10月13日 |
EXITまで | 10年5ヶ月(2010年5月設立) |
株式会社Nagisaは、漫画アプリ「マンガZERO」や俳優・声優の動画配信アプリ「ONSTAGE」などを展開していたスタートアップです。アプリに関する高い開発力と企画力を持ち合わせ、アプリ市場で4,000万DL以上の実績がありました。
買い手の株式会社メディアドゥは、「著作物の健全なる創造サイクルの実現」をミッションとする東証プライム上場企業。出版市場の拡大に貢献することを目標に、電子書籍の流入事業に取り組んでいます。
このM&Aの背景には、コロナ禍が生んだ巣ごもり需要が関係しているといわれています。社会全体が不要不急の外出を控えるよう迫られたことで、Nagisaの手がける漫画アプリや動画配信サービスの需要は大きく高まりました。この事例の売却価格は非公開ですが、コロナ前に成約するよりも高値がついたと考えられます。外部の環境(社会情勢)が、M&Aの売り時に大きく影響することを示唆する事例でした。
3. 終活ねっと
売り手 | 株式会社終活ねっと |
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買い手 | 合同会社DMM.com |
売却価格 | 非公開 |
譲渡日 | 2020年4月1日 |
EXITまで | 3年7ヶ月(2016年9月) |
株式会社終活ねっとは、2016年9月に現役東大生が起こしたスタートアップです。墓石や霊園などの終活関連サービスを比較する「終活ねっと」、終活に関する情報メディア「終活ねっと〜マガジン〜」を運営していました。
2018年10月、DMM.comが終活ねっとと資本業務提携契約を結び、発行済み株式の51%を取得して子会社化。2020年4月1日に残りの49%も取得して、完全子会社化しました。このタイミングで、かつて現役東大生だった創業者は代表を退任しました。
設立から2年強で最初のEXITを迎えているところを見ると、DMMが終活ねっとの「若さ」を評価していたことがうかがえます。また事業のターゲットである終活市場に、高齢化による中長期的な拡大が見込まれることも、M&Aの成功を後押ししたポイントでしょう。
なお、この事例でもう一つ追記しておくべきなのは、2022年5月末、DMMが葬儀事業から撤退したことです。背景には、ネット葬儀サービスの競争激化や、葬儀単価の下落による市場規模の縮小傾向などがあるといわれています。
M&Aの売り時という観点において、終活ねっとの起業家はベストなタイミングを選択したのかもしれません。ちなみに同起業家は、現在エンジェル投資家として活動しています。
まとめ
スタートアップの起業家にとって、M&AはIPOよりも実現しやすい出口戦略です。2023年以降は税制改正をはじめとする政策の後押しも期待できるため、M&AによるEXITを志すには良い時機だといえます。
起業に関心のある人は、これを機会にM&Aを想定したスタートアップの設立について検討してみてはいかがでしょうか。
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(編集:創業手帳編集部)