【第7話(最終話)】就業規則の作成と会社のさらなる発展のために -連続起業Web小説 「社労士、あなたに会えてよかった」-
(連載)独立起業前に読んで納得! 就業規則を作成する
-連続起業Web小説 「社労士、あなたに会えてよかった」-
【第1話】退職手続きと社会保険
【第2話】退職と会社設立、社会保険への加入
【第3話】はじめて社員を採用するときにやるべきこと
【第4話】3つの法定帳簿と36協定を整備する
【第5話】正しい給与計算は依頼して本業に集中する
【第6話】会社が毎年1回行う手続き(年度更新、算定基礎届、年末調整)
今日は榊原の定期訪問日であるが、出来上がった就業規則のドラフトを持参し、竹田に説明をしてくれる予定になっている。
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竹田 裕二(35) 起業家 (リンク・エデュケーション社長)
資格試験予備校「キャリアセミナー」の講師を経て、IT企業「イーデザイン」へ転職。現在は、オンラインスクール「リンク・エデュケーション」を起業するために奮闘している。
榊原 葵(32) 社会保険労務士(社労士) あおい労務管理事務所 代表
「トヨサン自動車」に勤務し、海外事業部や経営企画室など会社の中枢部門で活躍していたキャリアウーマンであったが、様々な仕事をこなしていく中で「企業は人なり」という言葉を実感し、社会保険労務士へ転進。持ち前のバイタリティで事務所経営を軌道にのせ、現在はスタッフ10名、顧問先200社を抱えている。
オフィスの移転
今日は顧問社労士である榊原のリンク・エデュケーションへの定期訪問日である。
榊原がオフィスに到着すると、竹田が「榊原先生、お待ちしていました。」と出迎えた。
竹田は「引っ越したばかりで、まだ片付いておらずお恥ずかしいですが、こちらへどうぞ。」と、榊原を会議室へ案内した。
竹田の会社は順調に事業を拡大し、アルバイトやパートスタッフも含めると10名を超える所帯になっていたので、つい先週、オフィスの引っ越しを行ったばかりだったのだ。
竹田は会議室へ向かいながら「先生がこちらのオフィスにいらっしゃるのは初めてですが、迷いませんでしたか?」と、榊原に問いかけると、
榊原は、「迷うもなにも、渋谷駅の真上じゃないですか。それにしても思い切った場所に引っ越しましたね。」と答えた。
何を隠そう、リンク・エデュケーションの移転先は、あの渋谷マークシティである。
榊原の「思い切った」を深読みすれば、「こんな一等地にオフィスを構えて、家賃負担は大丈夫なのですか?」という心配も含まれているであろうことを竹田は感じ取った。
それを察して竹田は、「今回の引っ越しは、私にとって大きな経営判断でした。当社の事業の場合、人が最も重要な財産です。ですから、社員が少しでも快適に働くことができて、また、通勤しやすい場所にオフィスを構えたかったのです。また、今後求人を出す際の競争力にもなると思いました。さらに言えば、当社にとってはWEB講座を提供してくれる講師の先生の確保も重要な経営課題なので、先生方がお越しになりやすい場所であることも重視しました。それに、当社は在庫を持つようなビジネスモデルではないので、資金繰りも何とかなりそうです。」
榊原は竹田の話に納得した様子であり、経営者としての洞察力や判断力をメキメキつけている竹田を頼もしく感じていた。
就業規則の作成
会議室に到着し、会議が始まった。
竹田に加え、福川も同席している。福川は竹田に高く評価されて役員に就任し、現在は社内のNo.2、専務取締役として、その腕を振っているのであった。
さて、今回の会議の最重要課題は、リンク・エデュケーションの就業規則のドラフトの報告である。
前回の定期訪問の際、榊原は竹田に、「御社もそろそろ就業規則を作成しなければなりませんね。」と提案していたのだ。
竹田は、「社員が10人を超えたら就業規則を作らなければならないとは聞いたことがあるが、当社は正社員がまだ8人で、あとはアルバイトですから。」と答えたが、榊原から、アルバイトも含めて常時雇用する社員が10人以上になったら就業規則の作成義務が生じるということを教えられ、このタイミングで就業規則を作成することを決めたのだった。
また、榊原が言うには、モデル就業規則が厚生労働省のホームページに掲げられており、会社が自力で就業規則を作成できないことはないが、モデル就業規則はあくまでも最大公約数的なものなので、顧問社労士としては、就業規則の作成を任せてほしいということであった。
顧問料とは別に費用が発生するということであったが、竹田は榊原を全面的に信頼しているので、就業規則の作成を榊原に任せることにした。
そして、作成した就業規則のドラフトを今日の会議で報告するという約束になっていたというわけだ。
榊原が作成した就業規則は、次のような内容になっていた。
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- 第1章 総則
- 第2章 人事 (採用、転勤、休職、解雇など)
- 第3章 勤務 (勤務時間、休日、休暇など)
- 第4章 服務規律 (社員が守るべきこと)
- 第5章 賃金 (基本給、手当、締日と支給日、賞与など)
- 第6章 安全衛生および災害補償
- 第7章 賞罰 (懲戒解雇を含む懲戒のルールなど)
竹田は、就業規則の構成としては前職で見たのものとだいたい同じで、内容はリンク・エデュケーションの実情にあったものになっていたので、問題はなさそうだと感じていた。
そのとき福川が「正社員とアルバイト用の就業規則は分けないのですか?それから、賃金規程は就業規則と別冊にする必要はないのですか?」と質問した。
これに対し榊原は、「50名以下くらいまでの会社様の場合は、あまり複雑な就業規則を作りすぎてしまうと運用面で逆にうまくいかなくなってしまうので、今回はシンプルさということを念頭に置いて就業規則を作成しています。就業規則は全社員共通とし、休職や賞与など、正社員にしか適用すべきでない条項については、規則の中で『本条は正社員以外には適用しない』と定めていますのでご安心ください。」
「また、就業規則の本則と、賃金規程を分けるかについても、もう少し企業規模が大きくなって、基本給の決め方が複雑になったり、各種手当の支給が増えたりしたら、別規程に分けたほうが良いですが、現時点では無理に分ける必要はないと思います。」と答え、福川もその答えに納得した。
竹田は、「特に修正点はなさそうなので、これを正式版として、労働基準監督署への提出をお願いします。」と、榊原に依頼した。
榊原は、「かしこまりました。」と答えた上で、「就業規則を提出する前に、労働者代表の意見を聞かなければなりません。」と続けた。
榊原の説明を要約すると、就業規則を労働基準監督署に届け出るためには、就業規則本体だけでなく、「就業規則届」という表紙と、「労働者代表の意見書」を添えなければならないということだ。
また、意見書に意見表明やサインをする労働者代表は、社員間で互選し、挙手や投票など民主的な方法で選ばれた者でなければならないということだ。
労働者代表に選ばれた社員は、会社が作成した就業規則を読んで、内容に賛成ならば意見欄に「意見なし」と書くのが一般的な慣習で、気になる点や反対事項がある場合は、その旨を意見欄に書く。
会社は、その意見を踏まえ就業規則を再検討するか、あるいは、そのまま提出をすることも可能である。法律上はあくまでも「意見を聞く」ことが求められているのであり、労総社代表の「賛成」までは求められていないからだ。
リンク・エデュケーションの場合は、労働者代表がスムーズに「意見なし」と書いてくれたので、榊原は今日の帰り道に渋谷の労働基準監督署に寄って、提出を済ませてくるとのことであった。
結び
その後、いくつかの打合せ事項を整合し、会議は終了となった。
竹田は、「榊原先生、ありがとうございます。当社も就業規則も作成して、ようやくイッパシの会社になったような気がします。」と感謝の気持ちを述べた。
榊原は、「そう言って頂けるとありがたいです。就業規則なんて作りたくない、という事業主さんも少なからずいらっしゃるのですが、就業規則があれば、いざ労働トラブルが起こったときの解決指針になることはもちろん、会社のルールブックとして社員の意識付けにも役立ちます。それに、最近は就業規則を作成しなければ受給できない助成金も増えていますから。」と答えた。
竹田が反射的に「助成金にも関係あるんですか?」と尋ねると、
榊原は、「そうです。一例を挙げますと、最近人気がある助成金の1つに『キャリアアップ助成金』というものがありまして、契約社員やアルバイト社員を正社員に登用すると、中小企業ならば1人つき50万円が受給できるというものなのですが、登用に先立って、就業規則に登用のルールを定めなければならないことになっているのです。」と説明を続けた。
竹田は、「就業規則って奥が深いですね。それに助成金についても知らないことだらけなどで、色々と教えて下さい。」と榊原に言葉をかけた。
榊原も、「もちろんです。就業規則や助成金だけでなく、会社の規模が大きくなってきたら、安全衛生管理体制の整備とか、ストレスチェックとか、労務管理上やらなければならないこともだんだんと増えてきます。今後も、御社の発展を縁の下からお手伝いさせていただきたいと思っているので宜しくお願いします。」と答えた。
竹田も、「縁の下とは言わず、真正面からお力添え下さい。」とユーモアを交えて切り替えし、二人は笑い合った。
竹田は榊原が顧問社労士としてついていてくれることを心強く思って感謝し、榊原もリンク・エデュケーションの発展を全力で助けていこうと決意を新たにしていたのであった。
完
(監修:あおいヒューマンリソースコンサルティング 代表 榊 裕葵)
(編集:創業手帳編集部)