「美味しい助成金」は過去のものに? 社労士が2019年度助成金の傾向を解説
榊裕葵社労士が補助金の最新傾向を解説します
(2019/05/16更新)
2019年度の助成金について、詳細が明らかになってきました。全体感として言えることは、誠実に新規雇用や社内制度の整備を行った事業主には相応の助成金が支給されますが、「美味しい助成金」を見つけ出して、「助成金で利益を出す」ことは難しくなってきているということです。
今年度の主な助成金の変化や、これからの傾向について解説します。
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キャリアアップ助成金の間口が狭くなった
キャリアアップ助成金は、助成金の中でも最もポピュラーな助成金です。キャリアアップ助成金はいくつかのコースに分かれていますが、中でも人気が高く、多くの会社で利用しやすいとされてきたのは「正社員化コース」でした。6か月以上雇用した有期契約社員を正社員へ転換したら1名あたり57万円(生産性要件を満たしたら72万円)が支給されます。
2019年度は、この正社員化コースに大きな変化点がありました。「正社員求人に対する応募者を結果的に有期契約で雇用した場合」が、助成金の支給対象から除外されたということです。
すなわち、契約社員という名目で募集をすると、なかなか求職者が集まらないので、正社員募集として求人広告やハローワークへの求人票提出を行い、面接の段階で「契約社員で雇用契約を結びたい」と会社から打診をするというパターンは、従来、実務上は少なからずあったと思われます。
あるいは、「助成金に取り組むために、まずは契約社員からスタートさせてくれないか」と、求職者に打診するケースも皆無ではなかったのではないでしょうか。
厚生労働省は、こういった事象を問題視し、応募段階で正社員希望だった労働者に関しては、キャリアアップ助成金の支給対象外としたのです。ですから、2019年度の正社員化コースは、真に契約社員やパート社員として採用され、正社員等にステップアップした人に絞られることとなりました。
また、2018年度から既に、学生アルバイトやインターンがそのまま新卒正社員として入社した場合、学生時代をキャリアアップ助成金の申請に必要な有期契約期間とすることが禁止されています。加えて、契約社員から正社員に昇格する際に固定的賃金が5%以上アップしていることが必要とされ、賃金が横置きのまま契約期間が有期から無期になっただけの場合もキャリアアップ助成金の対象外とされています。
このように、ここ数年の動きを踏まえると、従来は使いやすいと言われていたキャリアアップ助成金の正社員化コースも、かなり間口を狭められたという印象です。
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「利益型」ではなく「実費補助型」の助成金が増えた
従来、助成金は「○○をしたら△万円支給する」というように、支給された助成金がそのまま会社の利益となるタイプの助成金が目立ちました。
しかし、昨今は「職場環境の改善のため○○の取組みを行ったら、そのためにかかった費用の△%を補助する」というように、会社が既に支払った費用の一部を補助するタイプの助成金が増えています。
たとえば、働き方改革法で、勤務間インターバル制度の導入が「努力義務」とされましたが、これに関する助成金として「時間外労働等改善助成金(勤務間インターバル導入コース)」が存在します。しかし、この助成金は「勤務間インターバル制度を導入したら△万円を支払う」というものではなく、「勤務間インターバル制度を導入したら、制度導入のために要した就業規則の改定費用や社員研修の実施費用など、かかった費用の一部を補助します」という制度設計になっており、コストをかけてでも本気で勤務間インターバル制度を導入しようとしている事業主にとっては有難い助成金ですが、助成金で利益を生み出そうと考えている事業主にとっては期待外れの助成金ということになるでしょう。
あるいは、人材確保等支援助成金(人事評価改善等助成コース)という助成金が存在します。この助成金は、事業主が、生産性向上のための能力評価を含む人事評価制度と2%以上の賃金のアップを含む賃金制度を整備し、実施した場合に50万円が支給され、その結果離職率が一定率低下したらさらに80万円が支給される、といったように、定額支給の制度設計になっています。しかし、人事評価制度や賃金制度の整備は、社内で取り組んでもそれなりの工数がかかりますし、専門家に依頼すると数十万円から数百万円が相場です。ですから、定額で支給されるとはいえ、実質的には必要経費の一部を補助するタイプの助成金と考えるべきでしょう。
職業訓練系の助成金は要件や審査が厳しくなる一方
職業訓練系の助成金は、かつてはキャリアアップ助成金の有期実習型訓練コースのように、比較的取り組みやすい助成金も存在しました。
しかし、行ってもいない訓練をあたかも行ったかのように偽装したり、計画書だけは立派に作成して実質的には意味のない訓練が行われたりなど、不正受給や不適切な受給が相次ぎ、厚生労働省も近年は訓練系の助成金に厳しい姿勢を打ち出しています。
2019年現在は訓練系の助成金の中心は「人材開発支援助成金」という名称でいくつかのコースにまとめられていますが、訓練実施に先だって職業能力体系図を作成する必要があったり、OJTを行うことができる講師の要件が厳格化されたり、訓練日誌は受講者本人の手書きによることが必須化されているなど、もらえる助成金の額と、助成金の申請のために準備を行う労力とを比較すると、「割りが良い」と言うことは言いづらい印象です。
不正受給に厳罰
相次ぐ不正受給への戒めとして、不正受給を行った場合のペナルティも強化されています。
- 現在3年間としている不正受給を行った事業主に対する不支給期間を5年間に延長
- 過去5年以内に不正に関与した社会保険労務士により申請された場合は、支給対象外
- 過去5年以内に不正に関与した職業訓練実施者により訓練を実施された場合は、支給対象外
というように、不支給期間の延長や、社会保険労務士や職業訓練実施者に対するペナルティが2019年4月1日以降強化されました。
まとめ
私たちは、そろそろ助成金に対する見方を改めていかなければならないでしょう。筆者も社会保険労務士実務家として、「何か美味しい助成金はありませんか?」と、相談を受けることはしばしばあります。しかし、2019年現在、「美味しい助成金」は存在しません。
このような状況ですから、経営者の方、起業家の方は、助成金への過度の期待は禁物です。助成金で利益を出したり、キャッシュフローの改善に期待したりするのではなく、労働環境改善や社員の待遇改善など、何らかの取り組みをしっかりと行った結果、その取り組みに対して助成金がもらえたらラッキー、くらいのほうが、助成金に対する向き合い方としては健全なのではないでしょうか。
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(監修:特定社会保険労務士・ポライト社会保険労務士法人
榊裕葵(さかき・ゆうき) )
(編集:創業手帳編集部)