2021年の最低賃金引き上げが企業に与える影響とは。対策方法や助成金や制度を紹介
企業にとっての最低賃金引き上げのメリット・デメリットを解説。対策に向けて活用できる助成金・支援制度は
厚生労働省が7月14日に発表した、2021年度の最低賃金引き上げ。全国平均を902円から28円引き上げると示し、過去最大の引き上げ幅に注目が集まっています。
「最低賃金引き上げが経営に与える影響が心配」
「過去最大の引き上げに備えて対策方法を知っておきたい」
本記事では、このような不安を抱える企業や経営者に向けて、最低賃金引き上げが企業に与える影響とその対策を紹介。助成金や支援制度の活用など具体的な方法にも触れていきます。早く備えておけばよかった…とならないよう、なるべく早く対策を進めておきましょう。
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この記事の目次
2021年の最低賃金引き上げの概要
はじめに、2021年の最低賃金引き上げについて、概要を確認しておきましょう。
最低賃金の見直しは、毎年行われています。引き上げが有効になる発効日は都道府県により若干異なりますが、おおよそ10月上旬から新たな最低賃金が適用。
そもそも引き上げを行う背景には、所得と消費の喚起を図る目的があります。政府は、2017年3月に決定された「働き方改革実行計画」において、「年率3%程度を目途として、名目GDP成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1,000円になることを目指す」という方針を示しており、実際に、2016年から2019年まで3%台での大幅な引き上げが4年連続で行われました。
3.1%と過去最大となる2021年度の引き上げ。引き上げが行われた際に、どの程度の割合の労働者が新たな最低賃金を下回るのかを示す『影響率』という指標がありますが、2009年度には2.7%であった影響率が2016年には10%を超え、2019年度には16.3%と、大幅な上昇傾向が続いています。今回が過去最大引き上げ幅であることも踏まえると、2021年度も同等以上の影響がありそうだと言えます。
最低賃金引き上げが企業に与える影響
経営者にとって、最低賃金引き上げが企業に与える影響は特に重要です。メリット・デメリットに分けて、考えられる影響を具体的に見ていきましょう。
最低賃金引き上げによるデメリット
影響のうち、より気になるのはデメリットとなる部分でしょう。逆に言えば、デメリットやリスクを事前にきちんと把握しておけば、影響を見積もったり必要な対策を打つことができるとも言えます。
罰則の対象になる
従業員へ最低賃金を支払わない企業や事業者は、法律により罰金が科せられる可能性があります。
都道府県内のすべての労働者とその使用者を対象とする「地域別最低賃金」に違反した場合には、最低賃金法により50万円以下の罰金。「地域別最低賃金」よりも高い最低賃金を定める必要があるとされた産業を対象とする「特定(産業別)最低賃金」に違反した場合には、労働基準法により30万円以下の罰金が科せられる場合があります。
人件費が増加する
最低賃金引き上げに伴って従業員への賃金を増加しなければならない場合、人件費は増大します。従業員数や雇用時間の見直しが必要となる場合もあるでしょう。
また、仮に2021年度の引き上げでは問題がなかったとしても、政府が目標とする「全国加重平均1,000円」までを考慮して人件費の負担を考えておく必要があります。
従業員の確保が難しくなる
上記のように人件費の負担が膨らむことで、新たな従業員採用にコストを割くことが難しくなります。
また、これまで最低賃金よりもある程度高い賃金を設定していた場合でも、周囲の事業所が一律に賃金を上げることで、従来の賃金では従業員を獲得することが困難になるということも予想されます。
社員のモチベーションが低下する
アルバイトやパート社員といった非正規社員のみ賃金を引き上げるという場合、正規社員にとっては不平等に感じられる可能性もあるでしょう。スキル向上や企業への貢献度による賃上げではないからです。結果として、正規社員のモチベーションを落としてしまう可能性もあると言えます。
最低賃金引き上げによるメリット
最低賃金引き上げは、企業にとってのメリットとなる側面もあります。デメリットだけを見て悲観するのではなく、メリットとして前向きに捉えることで、業務改善や成長の足がかりとできるかもしれません。
人件費以外の費用や採用コストを見直すきっかけとなる
人件費が膨らむことが避けられないとなれば、それ以外のコストや新規採用コストを見直さざるを得ないでしょう。それは一見デメリットですが、見方を変えれば、普段ならば見過ごしがちの部分にメスを入れるきっかけとも言えます。
実は不要だったコストや節約できる税金に気が付いたり、採用コストをかけず少ない人数でも回る新たな仕組みを考え出したりと、企業全体に良い変化を与える可能性があると見ることもできるでしょう。
生産性を見直すきっかけなる
最低賃金引き上げによる人件費負担の増大は、生産性を見直すきっかけにもなります。設備投資、DX化による業務効率化などを進めることで、少ない人数、短い労働時間でも業務が回るように改善できれば、経営全体の健全化にもつながると言えるでしょう。
最低賃金引き上げを行った海外の事例
2021年度や将来の最低賃金引き上げが企業に与える影響を予測する上で、過去の事例が役に立つかもしれません。ここでは、失敗事例とされることの多い韓国と、成功事例とされるイギリス、ドイツの例をそれぞれ見ていくことにしましょう。
韓国の失敗事例
2017年に始まった文在寅(ムン・ジェイン)大統領政権。経営者よりも労働者の取り分を高めることを重視すると指摘されることの多い文政権は、2018年に16.4%、19年に10.9%と大幅な最低賃金引き上げを進めました。
その結果、人件費コストの負担が大きくなった中小企業を中心に新規採用が停滞。失業率は、2018年第1四半期は前期比0.8%増(3.3→4.1%)、2019年第1四半期は前期比0.7%増(3.5→4.2%)と、大きく上昇しました。特に、2018年の引き上げでは、15~24歳の失業率が11.7%にまで高まったことや、2019年に反対運動が起きて文大統領が謝罪する事態にいたったことなどから、最低賃金引き上げの失敗例に数えられています。
イギリス・ドイツの成功事例
イギリスでは、一旦廃止とされていた最低賃金制度が1999年に復活。制度導入時には、地方の中小企業は賃金引き上げの影響に耐えられず雇用を減らすだろう、都市部であるロンドンへの雇用者一極集中が進むだろうという反対の声が挙がりました。しかし、実際には地方部における雇用全体への影響は軽微なものだったとされています。
また、ドイツでは2015年に全国一律の最低賃金制度が導入。東西分裂という歴史を持つ中、地域によって経済力に大きな差があることを根拠に、50万~90万人の失業者が増加し大変な悪影響があるだろうという見方がありました。しかし、実際にはドイツ全体で1.4%雇用が増加するという、予想とは反対の結果となりました。
ドイツの事例の中でも特筆すべきは、労働者全体の雇用条件が底上げ的に改善された点にあると言えるでしょう。報酬が低く社会保険の適用外である「ミニジョブ」と呼ばれる仕事に就く非正規労働者は、最低賃金制度の導入後に減少。代わりに正規雇用労働者が増加しました。このことは、最低賃金制度が企業に、非正規雇用から正規雇用に転換させるインセンティブとして働いたと見られています。
最低賃金引き上げに対する企業側の対策方法
最低賃金引き上げについて、企業はどのような対策を取ることができるでしょうか。5つの方向性を紹介していきます。
従業員の労働時間を短縮する
賃金が増大する場合、従業員の労働時間を短くする必要があります。場合によっては、従来よりも稼働を落として、経営規模を縮小した方が良い場合もあるかもしれません。
あるいは、従来よりも短い労働時間であっても高い仕事パフォーマンスが出せるように、業務効率や従業員のスキル向上を図るという方向性もあります。業務効率化や従業員のスキル向上を図るための具体的な施策は、見出し「対策のために活用できる助成金や支援制度」で後述します。
設備投資をして生産性を高める
機械設備や労務管理システムなどの導入によって業務効率を上げることができれば、従業員の労働時間短縮や生産性の向上を図ることができます。
設備を購入する場合にはまとまった大きな初期投資が必要になりますが、リースやレンタルといった手段を選択肢に含めることで工夫することもできるでしょう。また、後述する助成金などを活用して、設備を導入・更新することもできます。
従業員のスキル向上を図り生産性を高める
従業員のスキルを向上させて生産能率を高めることができれば、最低賃金引き上げが企業に与えるデメリットを、業績向上でカバーすることができるかもしれません。
従業員が研修やセミナーへ参加したり資格取得を支援したりしやすい制度を整備することで、スキルアップ促進を図ることができるでしょう。また、スキルに基づいた人事評価制度を明確に定めて従業員にも周知することで、従業員がスキル向上に向けて高いモチベーションを持つことにも期待できます。
業務改善についてアドバイスを受ける
最低賃金引き上げの影響を踏まえて、経営コンサルタントなどからアドバイスを受けることも有効な手立てとなるかもしれません。
社内で有効な対策を検討することももちろん重要ですが、社内だけでは偏ったアイデアやノウハウしか集まらない可能性もあります。他の産業や企業との接点を持つ経営コンサルの知恵を借りることで、自社からは浮かび出なかった経営戦略や業務改善のヒントを得ることができるかもしれません。
節税を工夫する
人件費以外のコストを見直すことも、最低賃金引き上げの影響に対する備えになるでしょう。一例として、退職金を企業年金化して節税する方法を紹介します。
従来、一般的に退職金は「退職一時金」という形で支払われてきました。簡単に説明すると、従業員を雇用しているあいだ企業が留保していたお金が、退職時に支払われる方法です。
一方、従業員が加入している公的年金に上乗せする形で企業が掛け金を支払い、将来、従業員が年金という形で受け取れる「企業年金」という退職金の支払われ方も増えています。
企業にとっての両者の大きな違いは、支払う退職金を損金算入できるかという点にあります。退職一時金では、退職金は会社内に蓄えられるため、損金扱いとはなりません。一方、企業年金で支払われる掛け金は、会社外に支払われたお金として損金に含めることができ、損金分を課税対象額から控除することができます。
このような人件費以外のコスト見直しも、対策として進めておくとよいでしょう。
対策のために活用できる補助金・助成金や支援制度
次に、事業者が活用できる補助金・助成金や支援制度について紹介します。
ここまで最低賃金引き上げのデメリットや対策方法を見てきました。一方で、次のような状況にある経営者の方もいるのではないでしょうか。
「今は設備投資に回せるだけの資金の余裕がない…」
「従業員のスキルを向上させるノウハウを持っていない」
対策を打ちたくても打てないという場面もあるでしょう。そのようなときに、使える補助金・助成金や支援制度を知っておくことで有効な打開策を打ち出せるかもしれません。
ここでは、いくつかの補助金・助成金プログラムと支援制度、さらに、それらを活用したことで生産性向上などを達成した成功事例を紹介します。
補助金・助成金
さまざまな補助金・助成金プログラムが用意されていますが、「事業持続」を目的にしたものと、「業務改善」を目的にしたものに大きく区別することができます。
ここでは、5つの補助金・助成金を紹介します。
事業再構築補助金
新型コロナウイルス感染症の影響により、需要や売り上げの回復が期待しづらい中、これからの経済社会の変化に対応するために新分野展開、事業転換、業種転換、業態転換、又は事業再編という思い切った事業再構築に意欲を有する中小企業等を支援する補助金です。
第3次公募より最低賃金枠が創設され、最低賃金の引き上げを受け、業状が厳しい中で一定人数以上の従業員を雇っている事業者に対して補助金が支給されることになりました。
業務改善助成金
業務改善助成金は、従業員の賃金引き上げを行う事業所を対象にした助成金です。事業所内でもっとも低い賃金の引き上げ金額と、引き上げの対象となる従業員数によって、下表のように助成金額が変動します。
助成額は最大600万円、助成率は最大10分の9。業務改善を目的とした設備投資やコンサル、従業員への人材育成や教育訓練への費用と対象に助成を受けることができます。
出典:令和3年度「業務改善助成金」のご案内 厚生労働省
雇用調整助成金
雇用調整助成金は、景気の変動や経済上の理由により事業を縮小せざるを得なくなった事業所を対象にする、従業員の雇用継続を目的にした助成金です。
休業などの事態になった場合、雇用を継続した対象労働者一人につき8,265円を上限に助成を受けることができます(令和3年8月1日時点)
また、厚生労働省は2021年8月に発表した「最低賃金を引き上げた中小企業における雇用調整助成金等の要件緩和について」の中で、令和3年10~12月の3ヶ月間、雇用調整助成金等の受給条件を緩和することを示しました。
所定労働日数のうち休業日数が1/40を上回っているという休業規模要件を満たすことが本来、雇用調整助成金等の受給要件ですが、対象となる中小企業が事業場内最低賃金を30円以上引き上げる場合、上記期間においては、上の休業規模要件を問わず支給されることになります。
キャリアアップ助成金
有期雇用、短時間労働、派遣などで働く非正規雇用労働者を雇用する企業を対象にした助成金です。上記の対象労働者へのキャリアアップを促進する取り組みに対して、助成がなされます。
非正規から正社員への転換、賃金の改定、諸手当等の拡充など、取り組み内容に応じて7つのコースが設けられています。
人材確保等支援助成金(人事評価改善等助成コース)
人材確保等支援助成金のうち「人事評価改善等助成コース」は、能力に基づく人事評価基準を設けることで、生産性アップや賃金改定、離職率の低下を図る企業を対象にした助成金です。
人事評価を設けるだけでなく、生産性や離職率などにおける目標の達成が受給要件とされており、目標達成の場合には80万円が支給されます。
人材確保等支援助成金(設備改善等支援コース)
上と同じ人材確保等支援助成金のうち「設備改善等支援コース」は、設備等を導入することで、賃金アップなどの雇用管理の改善と生産性向上を達成した企業に支給される助成金です。
生産性向上に向けた雇用管理改善計画を作成し、管轄の労働局で認定を受けたのち、計画を達成した場合には、助成金を受けることができます。計画達成までの期間は、設備費用によって、1年あるいは3年に分かれており、最大で450万円までの助成を受けることができます。
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支援制度
次に、助成金以外の支援制度を見てみましょう。経営について相談をしたい、専門的な見地からアドバイスを受けたい、従業員のスキルアップに向けて外部の教育訓練を利用したいなどの場合には、支援制度を活用することで解決できる問題があるかもしれません。
数多くある中の一例ですが、どのような相談支援やセミナーがあるのかを見ていきます。
相談支援
事業者が利用できる相談窓口の一つに「働き方改革推進支援センター」があります。47都道府県に開設されており、すべての事業主が相談することが可能。社会保険労務士などの専門家から、労働法規や雇用管理の改善などについて、無料でアドバイスを受けることができます。
セミナー
上に挙げた「働き方改革推進支援センター」では、相談窓口のほかにセミナー講師の派遣についても依頼することができます。働き方改革や労働法規、助成金活用などをテーマにしたセミナーが開催されています。
また、厚労省と関係省庁が実施している『「稼ぐ力」応援チームプロジェクト』では、最低賃金引き上げの影響が比較的大きい飲食業などに対して、最低賃金制度や収益力向上をテーマにした講演を実施しています。
生産性向上などの成功事例
助成金などを活用した企業がどのような成果を上げているのか、実際の成功事例を知っておくことで具体的なイメージがしやすくなるでしょう。業務改善助成金を活用して生産性向上と従業員の賃金アップに成功した、長野県の製造会社の例を見てみます。
長野県で電気機械器具製造業を手掛ける企業では、取引先との打ち合わせ時の移動時間や、帰社後に社内共有する時間が多くなっていることが課題でした。
そこで、業務改善助成金を活用してWeb会議システムを導入。1ヶ月あたり400分の往訪時間、240分の社内共有時間を削減することに成功し、本来注力したかった製造業務や社員との面談に時間を割けるように。その結果、売上1.5倍増、事業内最低賃金となっていた従業員の賃金を30円引き上げるという業務改善につながりました。
まとめ
最低賃金引き上げの影響に対策するには、従業員数の削減や事業活動の縮小、給付金で現状をしのぐという手段が必要な局面もあるでしょう。しかし、それだけではなく、環境設備や従業員への教育制度を整え、生産性から根本的に改善していくという視点も同時に重要です。
生産性を上げるためにどのような施策が打てるか、その際にどのような制度や助成金が活用できるかについて常日頃から情報を集めておくことで、幅広く改善施策を検討することができるでしょう。
(編集:創業手帳編集部)