「106万円の壁」の撤廃に向けた今後の動きとは。企業の保険料負担対象者は年収151万円未満の人
社会保険料の企業負担増加に伴う対策を今から検討しておこう
政府は、今後社会保険の壁の一つである「106万円の壁」を撤廃する方針です。これにより、多くの短時間労働者が、社会保険制度に加入すると考えられています。
短時間労働者が年収の壁を超えないように「働き控え」をする主な理由は、「社会保険料の負担発生により手取り収入が減るから」です。
そこで、政府は企業が社会保険料を段階的に負担する仕組みを設けて、社会保険への加入促進を図っていこうと検討しています。また、社会保険料を多く負担する企業に対する、助成制度の新設も検討されているようです。
今回は、新しく検討されている「151万円の壁」の内容や、新しく始まる特例制度の仕組みなどを解説します。
※この記事を書いている「創業手帳」ではさらに充実した情報を分厚い「創業手帳・印刷版」でも解説しています。無料でもらえるので取り寄せしてみてください
この記事の目次
年収151万円(月収12.6万円)未満までは企業側の社会保険料負担割合が増える
厚生労働省は、2024年12月に短時間労働者に関する社会保険料の負担に関して、「106万円の壁」を撤廃する案をまとめました。またそれに伴い、年収151万円(月収12.6万円)未満の短時間労働者を対象に、企業が負担する社会保険料を増やす特例を設けることを検討しています。
なぜ「年収151万円(月収12.6万円)未満」の労働者において企業が社会保険料を負担する方向で検討されているのかというと、配偶者が配偶者特別控除を満額受けられる金額である、年収150万円程度を超えないように調整する人が多いと見込まれているためです。
原則として、社会保険料は企業と従業員の折半になります。検討されている特例では、労使で合意すれば企業側の負担割合を引き上げられる、という枠組みが予定されています。ただし、企業が社会保険料を10割負担することは認めない方針です。
なお、政府が社会保険制度を改正しようとしている主な理由は以下のとおりです。
- 社会保険料収入を確保したい
- 働き控えによる労働力不足を解消したい
- 税金の壁である「103万円の壁」の引き上げに伴って社会保険の壁にもメスを加えたい
現行制度では、従業員51人以上の企業で週20時間以上働き、年収106万円以上を得ている短時間労働者は社会保険に加入しなければいけません。なので手取り収入の減少を防ぐために、年収106万円を超えないように「働き控え」をする労働者が少なくありません。
少子高齢化が進んでいる日本では、今後ますます労働力不足が深刻化すると考えられます。社会保険制度を維持し、生産性と競争力を維持・向上させるためにも、社会保険加入者を増やすことは喫緊の課題といえます。
特例制度による企業側のメリット
特例制度の開始については、企業側のデメリットばかりではありません。企業側には人材を確保しやすくなるメリットが期待されています。短時間労働者が手取り収入の減少を気にせずに働ければ、「もっと就業時間を伸ばしたい」と考えるかもしれません。
その結果、短時間労働者の労働力を確保しやすくなるでしょう。特に人手不足が深刻な中小企業にとって、人材を確保しやすくなる点はメリットといえます。
なお、詳細は未定ですが企業側の社会保険料負担を増やした場合、政府による支援が行われる予定です。これにより、当面の間は経済的な負担を軽減しながら労働力を確保できます。
特例制度による従業員側のメリット
従業員側(短時間労働者)にとっては、以下のようなメリットが期待されています。
- 手取り収入が増加する
- 労働時間を柔軟に調整できる
- 社会保険に加入することにより社会保障が充実する
今回の特例制度は、「社会保険の壁」による働き控えの解消と、労働力の確保を主な目的としています。社会保険に加入しても手取り収入がそこまで減らなければ、壁を気にする必要性が乏しくなります。
その結果、働く時間が増えて手取り収入の増加につながるでしょう。
また、社会保険に加入することにより社会保障が充実します。たとえば、厚生年金に加入すれば将来の年金受給額が増加し、健康保険に加入すれば傷病手当金や出産手当金などの給付金を受給できるようになります。
リスクへの備えが手厚くなる点は、社会保険へ加入するメリットといえるでしょう。
企業側として考えられる負担
実際に特例制度が開始すると、企業側にはさまざまな負担が発生すると考えられます。
経済的な負担や事務的な負担が想定されるため、具体的に確認しておきましょう。
経済的な負担
特例制度を活用する場合、本来であれば労使折半である社会保険料を、企業側が多く負担します。企業の財務負担が増加し、資金繰りに影響が出る可能性が考えられるでしょう。
たとえば、月給13万円(標準報酬月額134,000円)の労働者がいた場合、健康保険料は13,373円(介護保険料は含まず)、厚生年金保険料は24,522円です。労使折半する場合と、企業が8割負担する場合でそれぞれどうなるか計算してみましょう。
労使折半 | 企業8割・労働者2割負担 | |
労働者の負担 | ・健康保険料:6,686円 ・厚生年金保険料:12,261円 |
・健康保険料:2,675円 ・厚生年金保険料:4,905 |
企業の負担 | ・健康保険料:6,686円 ・厚生年金保険料:12,261円 |
・健康保険料10,698円 ・厚生年金保険料:19,617円 |
企業負担が8割のシミュレーションだと、労働者1人につき、1ヶ月あたり30,315円の負担となり、労使折半よりも11,368円負担増となります。
今まで社会保険料を支払う必要がなかった人が今後対象となる場合、年間に換算すると約36万円、対象となる労働者が5名いると約180万円の負担増となります。対象となる短時間労働者が多い企業ほど、負担が重くなる点は押さえておきましょう。
企業負担が増えることにより、その分従業員への給与や賞与が減少したり、人員削減につながると本末転倒です。具体的にどの程度の負担増となるのか、事業の資金繰りにどの程度の影響を与えるのかどうかは、シミュレーションしておきましょう。
事務的な負担
事務的な負担としては、就労条件の変更に伴う雇用契約書の再作成が挙げられます。週の所定労働時間や加入する社会保険制度に変更があれば、あとになってトラブルが発生する事態を防ぐためにも、再作成しておくとよいでしょう。
ほかにも、新たに社会保険へ加入する労働者がいるとき、社会保険への加入手続きを行わなければなりません。所轄の年金事務所もしくは所轄の事務センターで、加入手続きを行いましょう。
社会保険への加入を望まない短時間労働者の就業調整
今回議論されている特例措置は、社会保険の壁である「106万円の壁」を撤廃したときの影響を考慮しています。106万円の壁が撤廃されても「週の所定労働時間が20時間以上」という要件は残るため、社会保険に加入したくない短時間労働者は「週20時間未満の就労に抑えたい」と考えるでしょう。
このように、社会保険への加入を望まない短時間労働者がいる場合、就業調整が必要です。週の所定労働時間が20時間を超えないようなシフトを組むといった、煩雑な調整が求められるでしょう。
企業側として講じておくべき対策
特例制度の開始までに、企業側はさまざまな準備を進める必要があります。
従業員が希望している働き方を最大限に叶えるだけでなく、自社の都合も加味したうえで、どのような対策を進めるべきか見ていきましょう。
労使合意を進める
特例で企業が多くの社会保険料を負担するためには、労使合意が必要となる予定です。どのような形での同意が求められるか詳細は不明ですが、労使協定という形で手続きが求められる可能性があります。
この場合、労働組合または労働者代表との交渉や、労働者への周知を行わなくてはなりません。一定の事務手続きが発生する点は押さえておきましょう。
従業員に働き方の希望をヒアリングする
短時間労働者に対して、今後の働き方の希望をヒアリングする必要があります。
- 社会保険に加入したいか・したくないか
- 1週間に何時間くらい働きたいか
- 余力があれば、年収を151万円未満に抑えずに働く希望はあるか
- キャリアアップの希望はあるか
働き方の希望は、各従業員の家族構成や価値観などによって異なるため、きちんとヒアリングしなければなりません。
たとえば、「社会保険に加入したくない」という短時間労働者に関しては、週の所定労働時間を20時間未満に抑える必要があります。
一方で、「子育てが一段落したから、もっと働きたい」という希望を持っている短時間労働者に関しては、徐々に労働時間を伸ばすとよいでしょう。しばらくは年収151万円未満に抑えて特例を活用したり、やがてフルタイム勤務としてキャリアアップをサポートする方法が考えられます。
働き方の希望をヒアリングする際には、社会保険制度の説明を交えるとよいでしょう。社会保険に加入することで、保険料負担が発生する一方でリスクへの備えを手厚くできるためです。
病気やケガで働けなくなるリスクに備えられたり、将来受給できる年金額が増えたりするメリットを伝えて、理解を深めるとよいでしょう。
社会保険の加入手続きを進める
新たに社会保険に加入する短時間労働者がいる場合は、社会保険へ加入させるための手続きが必要です。
必要書類を所轄の年金事務所もしくは所轄の事務センターもへ提出(郵送含む)するか、あるいは電子申請をして、適切な手続きを行いましょう。
加入時だけでなく、定時改定や随時改定をはじめ、継続的に発生する事務負担もあります。事業主だけでなく、人事労務部門担当者の事務負担が重くなり慌ただしくなる恐れがあるため、早い段階で準備を進めておきましょう。
補助や助成制度を確認する
特例制度が始まると、企業負担が増えることを踏まえて、政府は助成措置を検討しています。2023年10月から、新しく社会保険へ加入することとなった短時間労働者の手取り収入を減らさないための取り組みとして、「年収の壁・支援強化パッケージ」が行われています。
この取り組みは2025年度までの時限措置となっているため、2026年から新しく企業への助成制度を設けることを予定しているようです。
現在の「年収の壁・支援強化パッケージ」だけでなく、今後どのような企業支援策が出てくるか、注目するとよいでしょう。
また創業手帳では、経営者の方々がよく使われている補助金・助成金についてわかりやすくまとめた「補助金ガイド」を無料でお配りしています。こちらもあわせてご活用ください。
まとめ
年収151万円未満の短時間労働者が社会保険に新しく加入する場合、企業側の社会保険料負担割合を段階的に増やしていく特例制度が検討されています。
企業としては「労働力を確保しやすくなる」というメリットがある反面、経済的負担・事務的負担が増える点に注意が必要です。「年収の壁支援強化パッケージ」とは別に、企業を支援する制度が新設される予定なので、最新の情報に注目しましょう。
創業手帳では、税金や保険料負担を軽減する方法を知れる「税金チェックシート」をご用意しています。「知っているか」「知っていないか」だけで数十万円の差が生まれることもあります。無料でご利用いただけますので、有効活用してみてください。
(編集:創業手帳編集部)