Global Catalyst Partners Japan 大澤弘治|目指すのは日本の再活性化!イノベーション促進を実現する投資戦略と教育プログラムとは
シリコンバレーで活躍したファンドマネージャーが語る、日本におけるイノベーションの母集団を拡大させる方法
成長が見込まれるスタートアップ企業の事業将来性を見極め、出資やビジネス支援を行うベンチャーキャピタル。
このVC業界において、大手企業のガバナンスと整合性を担保した新規事業創出型投資モデル「Structured Spin-In投資モデル」を生み出し、大きな注目を集めているのがGlobal Catalyst Partners Japanです。
同モデルは従来の投資とは異なり、新たな事業創造スキームを実現したことが多方面で評価され、第4回日本オープンイノベーション大賞の「日本経済団体連合会会長賞」を受賞しています。
今回は同社のManaging Directorを務める大澤さんの起業までの経緯をはじめ、同社の投資戦略や「GCPJイノベータープログラム」について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
Global Catalyst Partners Japan Managing Director
1985年、三菱商事入社。情報産業関連の事業開発や投資に従事。同社在職中、1999年までの6年間は、同社シリコンバレー事務所に勤務し、NeoMagic社、Centillium Communications社(両社ともNASDAQに上場)の創業に関わり、出資・事業開発を通じ多くの事業機会創出に貢献し、総合商社における新しいベンチャー投資ビジネスモデルを開拓。1999年に三菱商事を退職後、Kamran Elahianと共にGlobal Catalyst Partners(GCP)をシリコンバレーにて設立しGeneral Partnerを務める。米国並びにアジア各国のアーリーステージのIT関連ベンチャーへの投資・経営に携わる。2014年に日本ファンドであるGlobal Catalyst Partners Japan1号ファンドを設立。GCPJ投資先8社の社外取締役を務めると共に、Supershipホールディングス株式会社独立社外取締役、経済産業省 J-Startup推薦委員、情報処理推進機構 未踏アドバンスト事業ビジネスアドバイザー、株式会社NTTデータ オープンイノベーションファーラム スペシャルアドバイザー、Innovation Leaders Summit アドバイザリーボードメンバーなども務める。慶応義塾大学理工学部卒。東北大学工学研究科博士課程修了。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
スポ根少年がIT分野で飛躍。三菱商事を経て、シリコンバレーでファンド設立
大久保:大澤さんはスポーツに励む学生時代を過ごされたそうですね。
大澤:文字通り「スポ根少年」でした。
特に中学高校とバレーボールに没頭していて、中学時代には東京都選手権大会で優勝し、全国大会出場を果たしています。ひたすらバレーボールに勤しむ中高生でしたね(笑)。
それから慶応義塾大学へ進学したのですが、「チームスポーツを長くやってきたから今度は個人スポーツに挑戦してみよう」と思い立ってウインドサーフィンを始めました。
マリンスポーツは初心者だったものの、高校時代までと同じように鍛錬したおかげで、慶応チームとしてインターカレッジで2位を記録するなど大きな結果を残せたんです。有意義な学生生活を送ることができました。
大久保:スポーツを通して心身ともに鍛え上げてこられたんですね。IT分野と出会ったのは社会人になってからと伺っています。
大澤:1985年に三菱商事に入社し、情報産業グループに配属されました。私にとって同部門で働き出したことが大きな転機となっています。
同社は総合商社ながら専門商社的なカラーも濃く、入社以来「ゼロから事業をつくる」ことが命題でした。なかでも、私が担当していた半導体関連は隆盛を極めていましたので、今振り返ってみても「毎日やりがいのある仕事と巡り会えた」と実感しています。
当時の日本企業は世界の半導体業界をリードしており、世界中の企業との協業も活発でした。
たとえば三菱商事においても、現在では世界一の半導体メーカーとなり、半導体の価格決定権をもつといわれる台湾のTSMCの日本における最初の代理店として交渉から契約締結、日本での事業展開などすべてを手掛けたのは私です。
それからフィリピンのアヤラ財閥とも一緒にIT関連事業を行うなど、世界的にインパクトを与える多彩な事業を担当することができました。
大久保:入社時から非常に素晴らしい実績を残してこられたんですね。シリコンバレーにわたったのはいつ頃でしょうか?
大澤:1993年です。三菱商事のシリコンバレー事務所にて新規事業の開発・推進のために、初めて海外駐在することになりました。これが私にとって第二の転機となり、その後の人生が大きく変わりました。
シリコンバレー時代は、主にベンチャー企業と協業しています。特にNeoMagicとCentillium Communicationsには創業時から携わり、両社ともナスダックへの上場を果たしました。
この2社に関わったときに出会ったのが、現在弊社の共同創業者として一緒にビジネスを行っているKamran Elahianです。
大久保:シリコンバレーにおける著名な連続起業家ですよね。
大澤:はい。NeoMagicやCentillium Communicationsをはじめとする10社を立ち上げ、ピーク時換算で最大83億ドルの株主価値を創造した実績を誇ります。
そんな彼から「一緒に事業をやらないか?」との誘いを受けたんです。直感的に「これは私にとって人生最大のチャンスだ」と。
こうした経緯で1999年に三菱商事を退社し、彼とともに同年、シリコンバレーにてGlobal Catalyst Partnersを設立しました。
その後に参画したのが、Rockwell Semiconductor(現Conexant)やCisco Systemsで高い成果をあげたVijay Parikhと、シリコンバレー最大手の弁護士事務所Wilson Sonsini Goodrich & Rosatiのパートナーとしても活躍する弁護士のArt Schneidermanです。
私を含めたこの4人がGlobal Catalyst Partnersの創業メンバーとして現在も名を連ねています。
日本企業の苦境に「日本がんばれ!」。日本の再活性化を目指し誕生したGCPJ
大久保:渡米以来、三菱商事とGlobal Catalyst Partnersにて輝かしい功績を残した大澤さんですが、長い時を経て日本ファンドを立ち上げるに至った経緯についてお聞かせください。
大澤:「日本の再活性化に尽力したい」と決意したことがGlobal Catalyst Partners Japan(以下GCPJ)設立の大きな原動力となっています。
1993年に三菱商事の駐在員としてアメリカにわたってから約23年間、公私ともに現地で根を張り活動してきました。そのなかで痛感したのが日本企業の衰退です。
渡米当時は半導体・通信・コンピュータ・オーディオビジュアルなど、あらゆる分野の世界トップ3を日本企業が独占していました。ところが30年近く経過した現在、上位は中国や台湾、アメリカが占めており、日本は見る影もありません。
シリコンバレーで事業を運営する起業家の出身国においても、アジア圏ではインドや中国が圧倒的に多く、残念ながら日本出身者は非常に限られています。
大久保:長年海外にいらっしゃったからこそ、より日本の危機的状況に居ても立ってもいられなくなったんですね。
大澤:おっしゃる通りです。忸怩たる思いで日本の現状と向き合っているうちに、いつしか「日本がんばれ!」という熱い気持ちがわいてきました。
私はアメリカでのビジネス経験が長かったため、日本総領事館主催の会合などにも度々招かれていましたので、まずはそうした席で参列者に対し、日本が抱える課題などを訴えかけてみたんです。ところが、実際になんらかの施策として進捗することはありませんでした。
そんな経験が重なり、徐々に「もっと主体的な働きをしながら実現できることはないだろうか?」と。「日本がんばれ!」だけではなく、「日本という国をリバイタライズするための一助を担いたい」との想いを抱くようになりました。
こうした紆余曲折を経て2014年に誕生したのが、日本ファンドのGCPJです。
GCPJを設立した3つの目的と、日本経済団体連合会会長賞受賞の投資戦略
大久保:GCPJは、他ファンドとは異なる設立過程や投資戦略が注目を集めていますよね。
大澤:まず日本ファンドを設立するにあたって、3つの目的を設定するところから始めました。
1つ目が「日本におけるイノベーション母集団の拡大」、2つ目が「失敗を許容する環境の提供」、そして3つ目が「イノベーション人材の育成」です。
先ほどもお話しした通り、現在の日本は国際的地位を格段に下げている痛切な現実を抱えています。
一方、アメリカに目を向けるとIT企業の雄である5社「GAFAM」と、EVメーカーのTeslaの時価総額の合計が、日本の株式市場全体を超えるという急速な成長を遂げました。
つまり「イノベーティブな企業が世界経済を牽引している」んですね。そう考えると、やはり日本経済の復活には「イノベーションが大きな鍵を握るのは間違いないだろう」と。
では、日本でもイノベーションを活性化させるためにはどうしたらいいのか?その答えとして、3つの目的を定めました。
イノベーションの母集団拡大は喫緊の課題です。そして母集団を拡大させる過程において、当然のことながら失敗をたくさん積み重ねながら成長しますので「失敗してもいいからどんどんチャレンジしよう!」とすべてを許容する環境を用意する必要があります。加えて、挑戦するイノベーション人材の育成も不可欠です。
大久保:シリコンバレーで多くの企業を成功へと導いてきたご経験をベースとした確固たる目的ですね。投資戦略についてもお聞かせいただけますか。
大澤:弊社の投資戦略は「通常型ベンチャー企業投資モデル」と「Structured Spin-In投資モデル」の2つの投資モデルを軸にしていることが特長です。
まず「通常型ベンチャー企業投資モデル」では、一般的なベンチャーキャピタルと同様にスタートアップへの投資を行っています。
イノベーションの母集団拡大に直接的な貢献をしていただける投資先企業に対し、ハンズオンで経営支援を行うと同時に、グローバルな視点で事業展開や資金調達、Exitをサポートしています。
一方の「Structured Spin-In投資モデル」ですが、こちらは弊社が発案したオリジナルの新規事業創出型投資モデルです。
弊社ではイノベーション促進の実現には「優秀な人材の活性化による母集団の拡大が必須」と定義し、弊社に出資いただく大手企業にStructured Spin-in(SSI)という新たな事業創造スキームを提供しています。
同投資モデルは、大手各社の既存ガバナンス・事業管理システムを変えることなく、ベンチャー的メカニズムやオープンイノベーションを実現する新規事業開発・イノベーション人材育成プラットフォームであることが大きなポイントです。
大久保:日本ではいまだに優秀な学生ほど大手企業への就職を希望しますので、イノベーションの母集団拡大には、大手企業の人材育成をバックアップする必要があるということでしょうか?
大澤:その通りです。スタートアップへの支援と並行して、大手企業に所属している優秀な方々にイノベーション人材育成活動へのご参加をいただくことが重要だと考えました。
彼らに「早い段階でベンチャー企業の経営が経験できる」「失敗を恐れず貪欲に挑戦しながら大きな成果をあげる」という環境を用意することで、いずれ必ず日本経済は復活すると見据えているからです。
弊社ではこうした理念や想いのもと、大手企業の人材活性化とともに日本におけるイノベーション促進を目指しています。
おかげさまで「Structured Spin-In投資モデル」については、SOMPOホールディングスおよび日本電気と行った取り組みにおいて、第4回日本オープンイノベーション大賞の「日本経済団体連合会会長賞」を受賞しました。
大手企業向けのイントレプレナー・アントレプレナー育成「GCPJイノベータープログラム」
大久保:御社ではイノベーターを育成するための教育プログラムも提供されているそうですね。
大澤:2023年8月にリリースしたばかりなのですが、大手企業における新規事業創出や経営人材育成を目的としたイントレプレナー・アントレプレナー育成プログラム「GCPJイノベータープログラム」を開始しました。
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター、Global Innovation Catalystと提携し、「スタンフォード Idea-to-Market アントレプレナーシッププログラム」をベースとしたオンデマンド学習とワークショップを組み合わせた実践的プログラムとなっています。
企業規模を問わず、経営やイノベーションを成功させるためにキーポイントとなるのは「人材」です。
弊社では日米ファンド共通の評価基準として、投資企業を判断するために設定した評価軸において「経営者の能力や人物像」が7割〜8割を占めるほど「人」を重視しています。
この弊社の観点から、やはり日本全体のイノベーション活性化のために重要なのは「いかに優れた人材を増やすことができるか?」ではないかと考えました。
そのためにも、さらなる育成環境の整備をしたほうがいいと判断し、「GCPJイノベータープログラム」を考案しました。
大久保:もともと共同創業者のKamran Elahianさんがスタンフォード大学と始めたプログラムを活用されたそうですね。
大澤:はい。先ほど申し上げた「スタンフォード Idea-to-Market アントレプレナーシッププログラム」を日本向けにアレンジした約3ヶ月間のカリキュラムです。
新規事業の立ち上げと拡大に必要なツールやテクニック、実践の専門知識、さらに資金調達までの一連の流れを学べるようになっています。
大久保:御社では先ほどご説明いただいた「SSI」という新たな事業創造スキームを用意されているので、一般的な教育コースとは一線を画し「そのまま起業できる可能性をもつ超実践的プログラム」なんですよね。その点を含めて本当に素晴らしいと感服しました。
大澤:ありがとうございます。おっしゃる通り、各参加者に作成いただいたビジネスプランに対し、弊社が「投資に値する」と判断した場合、プログラム終了後に弊社から投資を受けて起業する機会を得られることが大きな特長です。
今後、年2回程度の開催を予定しています。ぜひ多くの方々にご参加いただけるとうれしいです。
日本の起業家に伝えたい、起業において大切なのは「失敗からなにを学んだのか?」
大久保:最後に、起業家に向けてメッセージをいただけますか。
大澤:起業家の方々は、誰もがリスクを背負いながらチャレンジされています。
まず皆さんには「チャレンジやリスクテイクはなにひとつ無駄ではない」と覚えておいていただきたいです。
シリコンバレーで起業し、残念ながらうまくいかなかった起業家には、より多くの資金が集まる傾向があります。なぜなら、失敗のレシピを知っているからです。「次は失敗する確率が低くなる」と捉えられているんですね。
現地で頻繁に耳にするのが「Right time, right place」。直訳すると「適切なタイミングに、適切な場所にいる」という意味で、成功には運が不可欠だと認識されています。
特に起業は、自身の実力や努力だけではうまくいかないことが多いです。だからこそ、失敗はまったく悪いことではなく、むしろ重要なのは「その失敗からなにを学んだのか?」なんですね。
誰もが人生は一度きり。であるならば、迷わず楽しいことややりたいことに向かっていったほうがいい。
ぜひ日本の起業家の皆さんも、失敗を恐れずどんどん挑戦してください。それぞれ充実した人生を歩んでいただきたいと願っています。
大久保の感想
(取材協力:
Global Catalyst Partners Japan Managing Director 大澤 弘治)
(編集: 創業手帳編集部)
本音とは1つはM&A、もう一つは人材育成だ。なかなか難しいこの課題を大企業のガバナンスの外側に置くというテクニカルな方法で実現した。
普通、ベンチャービジネスでは「複雑な構造を避ける」のが原則だ。複雑性が高いビジネスモデルは上手くいきそうに見えて実際は失敗することが多い。数多ある要素の中でどこかで上手く行かない部分が出てくるからだ。
しかし、大澤さんがこのテクニカルで複雑性と難易度が高いビジネスモデルを成功させたことは並々ならない凄いことだ。
大澤さんの積み上げた信頼と経験と、「大企業のリソースを開放する」社会的な要求の高さが成功に導いたのだろう。
今後日本は大企業が死蔵しているリソースを開放するビジネスモデルが今後も広がっていくだろうし、そこに社会を変えたいと思う起業家や社内起業家にチャンスがあると思う。