起業家 斉藤 徹|無理に資金を借りる必要はない。自分らしい起業に最も大切なのは小さくはじめること

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年08月に行われた取材時点のものです。

4回の倒産危機を経験した起業家が行きついた、お金より幸せを重視する最新経営学とは?


30年におよぶ起業家経験を活かし、教育者・研究者として活躍する斉藤徹さん。斉藤さんの提唱する「幸せ視点の経営学」が大きな話題となっています。これはお金を儲けることが起業家の成功という従来の発想ではなく、自分の可能性を広げて自分らしく生きるという「幸せ」を基準にする全く新しい考え方です。

斉藤さんは「今はテクノロジーを使えば、無理な計画を立てて多くの資金を集める必要はありません。幸せになるための起業に大切なのは、小さくはじめることです」と語ります。

今回は斉藤さんの起業経験やこれから起業を目指す人へのアドバイスについて、創業手帳代表の大久保がお聞きしました。

斉藤 徹(さいとう とおる)
ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授・株式会社hint代表・株式会社ループス・コミュニケーションズ代表
1961年川崎生まれ。慶應義塾大学卒業後、日本IBM株式会社入社。29歳で退職後1991年株式会社フレックスファームを創業。その後激しいアップダウンの後に2005年株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。2016年学習院大学経済学部特別客員教授に就任。2020年ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授に就任。30年の起業家経験を活かし、幸せ視点の経営学とイノベーションを世に広めている。

「だから僕たちは、組織を変えていける」(クロスメディア・パブリッシング)、「再起動(リブート)」(ダイヤモンド社)「ソーシャルシフト」(日本経済新聞出版社) など著書多数。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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IBMを6年で退職。「個人が中心の組織を作りたい」という思いで起業

大久保:斉藤さんは大学卒業後IBMに入社し、その後起業されたそうですね。IBMでは優秀な方々が多かったと思いますが、やはり多くのことを学ばれたのでしょうか。

斉藤:僕は大学に全然行っていなくて、成績もよくなくて、IBMしか入れなかったというのが正直なところです。当時のIBMは2,000人近くの大量採用を始めた頃で、なんとかその中に滑り込めたという感じです。

ただ僕は大学で遊び尽くしていたので、IBM入社後はもう遊びには飽きていたんです。ですから仕事に真剣になれましたね。

大久保:確かに大学でしっかり遊んだ人は、起業家に多いですね。その後斉藤さんが起業しようと思った動機について伺えますか?

斉藤:美しく言えば、資本主義に生まれたのだからそれを体感したい、それには起業が1番かなと思ったからです。

当時の僕はかなりエンジニアとしてスキルを磨いていたので、その頃から休日に副業をしていました。IBMを辞める直前は、IBMの給料より副業で得る収入の方が多かったくらいです。ですから独立しても大丈夫かなと思いました。

しかも僕はフレックスファーム社を創業する前、TSオフィスという有限会社を作っていたんです。僕の周りにも個人で有限会社を作る人がいて、これからの組織は個人を中心としたものになるだろうし、むしろ自分でそういう流れを作っていきたいと思うようになりました。

組織の中に個人が入るのではなく、個人を中心とした組織を作りたいと強く思い、それが起業にチャレンジした動機です。当時はIBMを辞めて起業する人なんていませんでしたね。僕が起業した1991年はまだインターネットが登場する前で、起業にすごくコストがかかる時代でしたから。

大久保:創業したフレックスファーム社では、どのような事業をされていたんですか?

斉藤フレックスファームには2つの事業があって、ひとつは受託開発をしていました。確実な収益を上げるため、それまでの副業を続けた感じです。

もうひとつは、ちょうどダイヤルQ2(※1989年に開始された電話で聞ける有料番組提供サービスのこと)のトレンドが来た頃だったので、ダイヤルQ2で番組を立ち上げました。これは結構ヒットしたんですよ。

この時1,000万円ぐらいするサーバーを購入して、データセンターのようなところに設置して運営しました。ふとサーバーを見たら自分たちで作れるのではと思って、ダイヤルQ2向けのサーバーを作り始めました。そうしたらすごく売れたんですよ。

ダイヤルQ2は、ピーク時には1,000億円市場ぐらいまで大きくなりました。ただそのほとんどがアダルト系や出会い系でしたが。

ダイヤルQ2は、おそらくマスメディアではない個人がコンテンツを配信できるようになった最初の産業ではないでしょうか。インターネットとは違いますが、それに近いプラットフォームのようなものでしたね。

倒産の危機を経てお金を借りるリスクを痛感。これが「小さくはじめよう」の原点


大久保:ダイヤルQ2向けサーバー事業はその後大きく伸びていったのでしょうか?

斉藤:最初はすごい勢いで売上が伸びていきました。創業した1991年1月の売上は100万円でしたが、その年の12月には売上が1億円になっていましたから。

ところがその後NTTがダイヤルQ2に対する規制をかけたため、アダルト系や出会い系がやりづらくなり、市場が一気にしぼんでしまいました。

これによって、僕の会社も創業2年で倒産以下の状態になってしまったんです。倒産以下というのは、資金が完全にショートした状態です。この時は本当に追い詰められました。お金を借りていたこともありますが、僕の場合はそれまで社長の経験もないし、そもそも管理職の経験もほとんどない中で起業しましたから、精神的にきつかったですね。

また当時家族で住んでいた家と土地を担保にお金を借りていました。つまり会社が倒産すると僕自身も破産するし、家を失って家族が路頭に迷ってしまいます。銀行への返済がある上に、過去の税金や社会保険料、外注費など、払っていないものが大量に溜まっていきました。その状態で何年も経営していたんです。

倒産すれば楽になるけれど、どうしてもできませんでした。そういう中で、心が鍛えられましたね。途中でちょっと復活したこともありましたが、基本的に僕の30代はそんな感じで過ぎていきました。この辺りは「再起動」という著書で詳しくお話ししています。

大久保:そういった経験をしたからこそ、起業家に伝えたいことは何でしょうか?

斉藤:まず返すあてのないお金は借りてはいけないということですね。今年(2024年4月)に「小さくはじめよう」という新しい本を出しましたが、この本を出したのもこれが言いたかったからなんです。

お金を借りると意識が変わります。まとまったお金が手元にあると、お金を返すことを忘れてとりあえず投資してしまうんですよね。

銀行で借りれば、当然ながら返済しなければいけません。VC(ベンチャーキャピタル)から資金調達するにしても「この時期までに上場するもしくはイグジットしないと、この金額で買い取る」という契約を結ぶことになります。

結局はどちらも、決められた時間の中である状態までもっていくという約束をしています。約束を果たせなかったら、破産やそれに近いことになってしまうわけです。

それだけではなく、自分のやりたいことを目指して独立したのに、お金を借りた後は自分や仲間のためではなくお金のために会社を経営してしまうんですよね。

ですから、返せるあてのないお金は調達せず、小さく始めようということをお伝えしたいんです。僕が起業した当時はインターネットもなかったですし、小さく始めることはできませんでした。でも今は本当に小さく始められます。この辺りも「小さくはじめよう」という著書で詳しくお話ししています。

大久保:小さく始めれば、2、3回失敗してもやり直せるという感じですかね。

斉藤:おっしゃる通り、小さくても失敗は失敗なので、本人の成長になります。取り返しのつかない、もしくはすごく取り返すのに時間のかかる失敗はしない方がいいということですね。

お金ではなく、幸せを広げることが起業家にとっての成功だと思う

大久保:その後大学の教授をされていますが、起業家である斉藤さんが教育関連のお仕事をするようになったきっかけは何でしたか?

斉藤4回ほど倒産寸前に陥った結果、最後に考え方を大きく変えました。お金を求めるのではなく、幸せを広げていくことが起業家の使命ということに、47歳でようやく気がついたんです。

そこからいくつか書籍を出したところ、講演の依頼が増えました。その講演を大学の先生が聴いてくださって、客員教授のお話をいただき、54歳で初めて教壇に立ったんです。

大久保:起業を理論化されているだけではなく、ご自身で成功と失敗を体験されているところが大きいですよね。

斉藤:そうですね。理論が先行しているわけではなく、体験が先行しています。最善の理論を自分が使いやすいように体系化して使っています。それをさらに多くの方に分かっていただけるよう、使いやすい形でパッケージ化しているイメージですね。

経営学の場合、全てのケースに当てはまる理論はありません。ですから、いかに使うかなんですよね。それに経営では運も半分以上あります。
大久保:運を自ら引き寄せるケースも多いですよね。

斉藤:おっしゃる通りです。人に貢献すると、いつか返ってきます。すぐではないけれど、ずっと人に貢献していると、いつか運として返ってくる。

お金視点だった頃の僕は、逆のことが起きていました。物質的なものを追求するという経営者のエゴのせいで、不運が押し寄せてくる。このメカニズムに気がついたわけです。

大久保:確かにお金優先になると、うまくいっていたのに無理をしてしまうこともあります。それが「小さくはじめよう」に繋がるわけですね。

斉藤:そうですね。「自分のやりたいことを小さくはじめて、やりたい事業に育てる」という、自然な育みができなくなってしまいます。

もちろん資金調達が悪いと言っているわけではありません。そうではなく、返すあてのないお金を借りてしまったり、大きすぎる計画を立てて資金調達したりすることに問題があると考えています。

大久保:起業家にとって上場が必ずしも成功ではなく、成功はライフスタイルや生き方によって違うということですね。

斉藤:そうです。これまで経営学では単純にお金が基準であり、利益が多く出るとか事業を拡大するといったことが成功でした。それを分析して、どうすればそうなっていけるかを考えるのが経営学だったわけです。

でも起業家にとってお金はあくまで手段であり、本来は幸せになりたいわけですよね。お金を得ながらも不幸になっていくのは成功とは言えません。

お金も起業も、あらゆることが幸せのための手段のはずです。そう考えると、起業家がまず幸せになり、周りの人も幸せになる。そういう幸せの起点になることが、起業家にとって一番の成功ではないでしょうか。つまりこれまでの経営学とは価値基準が全く違うんですよ。

大久保:「自分のやりたいことを育てる」というお話がありましたが、起業する人の中には、何をしたいか明確ではない方もいます。そういう方に向けてアドバイスをいただけますか?

斉藤:書籍「小さくはじめよう」にも載せているのですが、一番長く深い幸せというのは「意味の追求」と言われています。

意味の追求はひとりひとり違います。「何のために自分は生きているのか」とか「自分は自分に何を期待しているのか」について考え、その方向へ自分の強みを使い、自分より大きな何かに貢献する時に一番深く長い幸せが続く。「ポジティブ心理学」を作ったマーティン・セリグマンもそう言っています。本来は起業も同じで、起業はすごく幸せに近づくアクションなんです。

ですから、まずは自分の強みを見つける。そこから自分が本当にしたいことを発見して、「デザイン思考」や「リーンスタートアップ」といった技術を使いながら、 無理のない形で起業することが大切かなと思います。

今「何をしたらいいか」という「What」のお話をしましたが、その原点には「Why」があると思っています。「何のために起業したいのか」ということを深く考えてみる時間はすごく重要ですね。

その答えは状況によって変わっていくかもしれませんが、その都度振り返って自分に素直になる。自分が幸せで、脳で言うとまずセロトニンが出るような安心できる状態を作り、その上でドーパミンが出る状態を作る。こういう状態が作れると自分の潜在能力が最大限に発揮できるので、うまくいく可能性がぐっと高まります。

「幸せに働ける組織作り」を広げていくことが、今のライフワーク


大久保:斉藤さんはさまざまな活動をされていらっしゃいますが、今後はどういった分野に注力されていくのでしょうか?

斉藤:書籍「小さくはじめよう」では「事業を作る」ことをメインにお話をしていますが、もう1つ起業家にとって難しいのが、「組織を作る」ことです。

実は組織を作るのは、事業を作るのと同じぐらい難しいんです。事業はお客様の心を相手にしますが、組織は社員の心を相手にします。お客様の心を相手にするのももちろん難しいのですが、社員の心はさらに心が密接に絡みます。より複雑なので、困っている人がすごく多いんですよね。

そういう中で、いろいろな活動を通じて「幸せに働ける組織作り」を広げていくことが、今のライフワークとなっています。

組織作りについてまとめた「だから僕たちは、組織を変えていける」という本を出しました。また3ヵ月で学べるオンラインスクール「hintゼミ」も行っていて、これまでに1,400人ぐらい卒業生がいます。講演も週に3,4回行っていますが、こちらも最近では組織作りをテーマにしたものが多いですね。

こうした講演や執筆とあわせて、「紺屋の白袴」にならないよう自分で新しく株式会社ヒントという会社を作りました。これは僕がお話ししたそのままの組織で、小さいですがすごくやる気に満ちた組織なんですよ。

大久保:最後に、創業手帳の読者へメッセージをいただけますか?

斉藤相手の立場になって相手の幸せを考えること、自分の立場で自分の幸せを考えること。この2つができれば、事業も組織もうまくいくと思っています。

結局は自分の幸せが1番大切です。もちろん金銭的、物質的な部分での幸せもあります。でもそれは小さなことで、精神的な部分の方がずっと大きい。ですからまずは自分の幸せを見つめるところから始めて欲しいなと思います。

「小さくはじめよう -自分らしい事業を手づくりできる「マイクロ起業」メソッド」斉藤徹(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

起業・副業・新規事業に使える、最新イノベーション理論が体系化された最強メソッド!

起業家、経営者、教育者、研究者という多様な経歴を持つ著者が、30年以上の起業家経験と最新経営理論をかけ合わせ、自分らしく起業するメソッドを体系化。最小コストで最大の成果を出すメソッドなので、今の生活に負担をかけない範囲で、無理なく起業できます。

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(取材協力: ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授・株式会社hint代表・株式会社ループス・コミュニケーションズ代表 斉藤 徹
(編集: 創業手帳編集部)



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