DX JAPAN 植野大輔│ファミリーマートの全社変革を成功に導いた『DX』の本質とは
デジタルに偏重したDXは成功しない。社員や従業員に「意識変革」を浸透させてこそDX
企業のDX化が叫ばれる一方、「DX」の指す範囲が広すぎて、その意味や取り組むべきことが分からない人が多いのではないでしょうか?
前職で、デジタルの専門組織がなかったファミリーマートに「ファミペイ事業」を垂直立ち上げし、圧倒的な速さでDXを成功させた植野氏に、ファミリーマートでの経験談とDXの本質について、創業手帳の大久保が詳しく聞きました。
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この記事の目次
株式会社DX JAPAN 代表
モルゲンロット株式会社執行役員/CSO(最高戦略責任者)
早稲田大学政治経済学部卒、同大学MBA、商学研究科博士後期課程 単位満了退学。三菱商事(情報産業グループ)に入社、在籍中にローソンに約4年間出向し、共通ポイントPontaの立ち上げ、シリコンバレー企業とのアライアンス構築に取り組む。その後、ボストンコンサルティンググループ(BCG)にて多数のデジタル変革プロジェクトに従事。2017年1月、サークルKサンクスと経営統合したファミリーマートに全社変革のヘッドとして招聘される。改革推進室長、マーケティング本部長を歴任後、デジタル戦略部長に就任。デジタル統括責任者として全社デジタル戦略の策定、ファミペイの垂直立上げ等のデジタルトランスフォーメーション(DX)を全面的に指揮した。2020年3月、DX JAPANを設立し、自ら実践してきた「変革のリーダーシップ」を武器に、複数の日本企業の経営者層にDXアドバイザリーを実施中。またグリーンエネルギーAI分野のスタートアップ・モルゲンロット社では、自ら社会・産業のDXに挑む。雑誌Forbes誌面での連載の他、メディア掲載、講演など多数。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。
ファミリーマートの全社変革
大久保:本日は植野さんがファミリーマートで行われた全社変革と、DXの本質とは何かを中心にお話を伺えればと思います。
早速ですが、ファミリーマートのDXについて伺えますか?
植野:2016年にサークルKサンクスとファミリーマートが企業統合しましたが、当時ファミリーマートは業界三番手で、サークルKサンクスと統合して二番手になるというタイミングでした。
ファミリーマートの社長に、元ファーストリテイリング(ユニクロ)の副社長で、リヴァンプ創業者の澤田貴司さんが招聘されて、澤田さんから全社変革のヘッドとして来てくれないかと、お声掛けいただいたのが入社の経緯です。
ストップウォッチ片手に店舗改革から着手
植野:入社後、全社変革なのでやることだらけで、どこから手を付けるかが大事でした。
ユニクロの店舗現場を知る澤田さんらしく、店舗業務から改革をやろうという話になりました。店舗は人不足かつ多忙だったので、無駄なオペレーションが無いか、最初はストップウォッチを持って、業務の見直しをしました。
分厚いマニュアルを4枚のシートにまとめたり、とても地味で泥臭いところから始めましたね。
変革の中心をマーケティングに据える
植野:次に行ったのがマーケティング改革です。
当時のファミリーマートはマーケティングの発想がとても弱くて、いい商品でも値引きキャンペーンをして売るようなことが目立っていました。
そこで小売では当たり前の52週販促計画を立て、週次でどういう販促キャンペーンやCMを行うか計画的に取り組みました。他にも、アライアンス、インバウンド強化など、あらゆる改革に取り組んだのですが、翌年は変革の中心をマーケティングに置いていくことになりました。
これまで本格的なマーケティングをしたことがなかった会社で、関連部署から100人近くを集めてゼロからマーケティング本部を立ち上げ、改革の中心にしたのです。
CMに香取慎吾さんを起用してクリエイティブを刷新し、ファミリーマートのブランドイメージを変えていきました。
当時ファミリーマートではレトルトパックのお惣菜がカテゴリとして無いに等しいぐらい弱い状況でした。
そこで「お母さん食堂(現「ファミマル」)」というプライベートブランドを作って、レトルトパック食品でお惣菜というカテゴリをほぼゼロから作り上げました。
「ファミペイ」を垂直立ち上げ
植野:マーケティングをやっていくなかで「デジタル」の重要性がどんどん強くなっていくことを実感していました。そして、デジタル専門の組織を作ってデジタルサービスを早期に立ち上げようという戦略が決まりました。
そこで「ファミペイ」というQRコード付きの決済・お買い物アプリを一気に垂直立ち上げすることになり、私がヘッドに就きました。
大久保:「垂直立ち上げ」という言葉を久しぶりに聞きました。スタートアップだと垂直に、大規模に立ち上げることがあまりないですから。
植野:「アジャイルで」とか言いますよね。私も「サービス開始と同時にCMを打って、全国でキャンペーンというのはリスクですよ」と経営陣に言いました(笑)。
普通はまずβ版で提供したものを改修して、使い勝手が良くなってから、じゃあCMを打ってグロースに入ろうかとなるじゃないですか。それをローンチで全国CMで一気に立ち上げるということでしたから。
大久保:当時、一気にやらざるを得なかったということでしょうか?
植野:もちろんじっくり、ゆっくりというやり方もあったと思いますが、競合のコンビニチェーンも立ち上げるという情報があったので、そこに劣後したくないという状況でした。
デジタル専門の組織ができたのが2018年の10月で、最初は私一人でした。11月からやっと人が異動してきてそれらしい組織になりました。
翌年7月1日にはローンチしたので、実質8カ月でファミペイをゼロから立ち上げたことになります。
全店舗のアルバイトスタッフに意識改革を浸透させた
植野:デジタルサービスと、リアルの小売サービスは根本的な違いがあります。デジタルの会社だったらプログラムが動けばいいわけですが、コンビニの場合はファミマ17,000弱の店舗でちゃんとプログラムが動くのは当然、何より30万人近いアルバイトスタッフが、しっかりと「ファミペイ」をお客様にお勧めしてご利用いただいて、お買い物が便利にできる店舗オペレーションが必要です。
店舗のアルバイトスタッフにはデジタルが苦手なお年寄りの方や、日本語を勉強している外国人の方がいましたが、「ファミペイをしっかりお客様に勧めて、しっかり使ってもらいましょう」とお願いして、北海道から沖縄まで全国の店舗に浸透させました。
大久保:ファミペイの立ち上げで大変だったのはどんなことでしょうか?
植野:ファミリーマートと言えば、それまでずっとTポイントカードに力を入れていました。アルバイトスタッフは、必ず全てのお客様にTポイントカードを案内していました。
それを2019年7月にファミペイに変えたわけです。店頭オペレーションもそうですが、社員とアルバイトスタッフのマインドシフトが一番大変でした。
大久保:たぶん、やりたくない人も多かったのではないでしょうか?
植野:露骨に反対こそしませんが、不安や心配に思っているスタッフはいたはずです。
今まで、板のポイントカードをレジのスキャナでピッとやって終わりだったのが、「アプリの操作を、お客様にいろいろ聞かれたらどうしよう?」「自分はガラケーなのに分かるだろうか?」と。そのような不安、心配を乗り越えて、意識を変えていくのが一番のチャレンジでしたね。
大久保:店舗の方は、難しいオペレーションをよくやっているなと思います。
植野:そうですね。レギュラーのレジ前のオペレーションは、スキャンしたり、板カードをスリットしたり、挿し込んでいただいたり、そう難しくないのですが、100回に1度発生するようなイレギュラーケースが厄介なのです。
例えば、「1回ポイントで払ったけど、やっぱり現金で払いたいから、ポイントを戻してくれ」とか、クーポン券とポイントを同時に使って購入した商品が返品される場合の戻し方とか、そういったイレギュラーケースでの対応をマスターするのが大変ですね。
独立しDX JAPANを創業
ファミペイでのDX体験を社会全体で生かす
大久保:植野さんが独立して会社を創られたのはどのような経緯ですか?
植野:コンビニチェーンではずっと三番手で、先進的な取り組みもけっして多くなく、ましてデジタルに出遅れていたファミマが、垂直立ち上げでいきなり他のコンビニチェーンは実現できなかったフィンテックを唯一成功させ、1年間でアプリ500万ダウンロードを達成しました。
それで、いろいろな小売・外食の方から、お忍びで私に会いたいという相談が来ました。
「デジタル変革、企業変革とはどのようなものか」を実直にお話ししているうちに、この先のファミペイを伸ばすこともすごく意味があるけれど、ファミマ改革やファミペイで得た企業変革の実践論こそ、多くの日本企業にとって価値があるのではないか、と感じました。
結局、本気でデジタル変革、全社変革を進めようとしたら、経営トップが全力で取り組む必要があります。しかし、本物の企業変革を経験している人は希少で、経営トップに必ずしも正しい情報、ノウハウが伝えられているわけではありません。
そこで、私はファミマでDXを実践してきた立場で、経営トップに直接、DXのアドバイスをしようと決意し、独立を選びました。
大久保:植野さんはファミペイの立ち上げというすさまじい仕事をされて、ファミペイは貴重な公共財と言えるのではないかと思います。
転職でなく起業を選ばれた一番のポイントは、複数の会社のプロジェクトを進行できるところかなと、お話を伺っていて思いました。
DXがうまくいかない会社の共通点
大久保:複数企業を見ていく中で共通点はありますか?
植野:うまくいっていない会社はパターンが4つあります。
① 経営トップがDXと叫んでいるだけで何をしていいか分からない。トップがデジタルやDXの意味が分かっていない。ビジョン、構想が見えない。
② ビジョン、構想が絵に描いた餅で終わっていて、具体的にどう戦略を立て実行していくのか分からない。
③ 戦略まで立てたけれど推進ができない。DXを推進する強い組織、リーダーシップがない。
④ 社員が変わろうとしない、企業文化が旧態依然の古いままで会社が変われない。
簡単に言うと、トップがだめ、戦略がだめ、推進組織がだめ、社員の意識がだめという、この4パターンですね。
なぜそこに陥っているかと言うと、トップに変革の覚悟がなかったり、DXを勘違いしているとか、外部のコンサルやIT企業ををうまく活用できていなかったり、社員に実力がなかったり、組織に変わる本気度がないというのが原因ですね。中には、外部企業のデジタル風な提案にだまされているケースもあります。
DXが進まない原因
大久保:外部にだまされてしまっているというのは、高いものを売りつけられそうになっているとか、そういうことなんですか?
植野:DXはすごく広い概念で、具体的に何を意味するのか、なかなか理解しにくいものです。そこに、IT会社、マーケティング会社、コンサルファーム、スタートアップなどが、「自分たちは、あらゆるDXができます」と安易に提案している外部企業が少なくありません。
デジタル変革の要素には、社員の意識変革もしなければいけませんし、時にシビアなコスト削減も、場合によってはリストラもありうるわけですよ。デジタルで効率化して仕事がなくなってしまった社員だって、出てくる可能性がありますからね。
デジタルの裏側の仕事まで含めて、デジタルによる企業変革、DXなわけです。
もう一つややこしいことに、日本企業は一社に丸投げする悪しき文化があります。しかし、DXは会社の全領域にかかわる壮大な取り組みです。一社でDXを全部できる外部パートナーは存在しないので、この領域はこの会社、こっちの領域はここの会社というお付き合いをしなければいけません。
1社でDX全領域の支援ができる外部パートナーは存在しない、しかしDXの全領域ができますと売り込んで来る会社はたくさんある、経営は1社に全部丸投げしがち……こんな歪んだ構造が複雑に絡み合ってDXが進まないことがありますね。
大久保:そんなふうにこんがらがっている状況ですと、まずどこから入るんですか?
植野:まず経営トップに「DXは何をすることだと思われますか?」というところから始めます。
DXはすごく大きい構想なのに、すごく狭い範囲だけをDXだと信じて、飛びついてしまっていたりします。DXという言葉の本質を理解し、そこからちゃんと社内へ向けてDXの用語定義をすることが重要です。
とにかくデジタル案件だとトップが言っても、社員は何をしていいのか分からなくて、腹落ちしないんですよ。
「DX」のもともとの意味は「社会変革」だった
「デジタライゼーション」ではなく「デジタルトランスフォーメーション」である理由
大久保:デジタル(D)とXでは「X」のところが大事と言えますか?
植野:「X」が大事ですね。デジタルだけなら「デジタライゼーション」と言えばいいのに、なぜ「デジタルトランスフォーメーション」なのか。特に「トランスフォーメーションとは何ぞや」ということですよね。
これは経営トップによくお伝えするのですが、本質的に言うと、DXは自分たちの会社を変えることではないんです。
「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)」という言葉が初めて使われたのは、スウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン氏が2004年に発表した論文でした。
そこでは、「デジタル技術を使って社会に及ぼす変化や影響」という意味合いなんですね。
だからDXとはデジタルによる「社会変革」のようなニュアンスです。
そんな社会変革に携わるために、企業が自分たちをいかにコーポレートトランスフォーメーションをするのかというのが、真の意味合いなのです。
株式会社経営共存基盤の冨山和彦さんも「DXするためにコーポレートトランスフォーメーションをする」というふうにおっしゃっていますが、社会をデジタル変革するために全社変革をするという考え方は、私も全く同感です。
なぜ日本でDXが叫ばれるのか?
大久保:DXが叫ばれるのは日本企業が変われなくなってしまっているからでしょうか?
植野:大手メディアの記者さんに聞いたところによると、DXは2文字で見出しに書けるし、様々なテーマの記事に使えるので、メディアとしてはすごく便利な用語だそうです。それでメディアがたくさんDXと書いて、わーっと広がってバズワード化したところはありますね。
さらに、日本では閉塞感に対する魔法の言葉みたいになっているかもしれないですね。
大久保:世界的にみても、日本が一番「DX」と言っている印象があります。
植野:そうですね。海外ではDXなんて略して、こんな気軽に使われていません。ことさらに強調せずとも、デジタルテクノロジーを使うなんて当然のことですから。
日本はこれまで「計画と改善」を美徳とし過ぎていました。
中期経営計画を企業経営の根幹のように信じて、計画を作ることに集中してしまいます。
その計画の背後にあるのは改善思考で、こんな計画不能な変化の激しい時代でも緻密な計画を立てることを妄信しています。改善思考は、非連続なジャンプではなく、苦しい中で細かい積み重ねで101%成長を達成しようとするマインドです。
要するに、変革とは程遠い発想なわけです。
それなのに多くに企業で、1年以上をかけた中期経営計画の策定が恒例行事になっています。
大久保:なるほど、儀式のようになって見直されないということなんですね。
植野:DXは、先の見えない冒険の旅みたいなものなのに、旅行のしおりを全力で作って、手堅い人気スポットを回るような旅をしているのが日本企業です。ただ、目的地に着くと、しおりにあるスポットはなくなっていた、そんな時代です。
経営トップはデジタルに触れてほしい
大久保:デジタルを推進する立場の組織でも、紙ベースということが往々にしてありますね。
植野:高齢の経営トップが、まったくデジタルに触れない生活を送っていると、デジタルへの感度がまったく上がらず、昭和のライフスタイルで経営することになってしまいます。
黒塗りのハイヤーに乗るのでなくタクシーアプリを使ってタクシーを呼ぶとか、会議のランチはUber Eatsで頼んだり、請求書後払いでなくPayPayで支払ってみるとか、新聞は紙でなくタブレットで読んで、テレビをやめてNetflixを見る、クラシック音楽をCDでなくSpotifyで聴いてみるとか、そういったデジタル体験を経営トップの方にお勧めしています。
起業しての感想と読者へのメッセージ
大久保:植野さんは大企業の一員から、起業家へと転身されましたがいかがですか?
大企業は垂直立ち上げのように大きなリソースを使える魅力がありますし、起業なら組みたいお客さんとだけ組める自由度がありますが。
植野:ありがたいことに、これまで新聞の一面を飾るような仕事を、いくつも経験して来ました。だからこそ、独立するとき、もう大きな案件ができなくなるのではないかと少し心配しました。
幸運なことに、この予想は外れて、所属組織の看板が無くても自分のやってきた仕事の実績で、名だたる大手企業とお付き合いできています。
これからの時代は、大企業の持っているアセットと、スタートアップやベンチャー企業の爆発力を掛け算すべきです。大企業もスタートアップ企業も知る、私の機動力を活かし、大企業とベンチャー企業のアライアンスなども仕掛けていくつもりです。
大久保:では最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
植野:驚くことに、最近は伝統的な大企業でも、手続きをすれば人事制度上、副業が認められるようになってきました。いきなり転職や起業には慎重な方も、日々の仕事にはない経験を積むことができます。起業した方は、最高の自由な環境の中で、時に大企業も活用しながら、存分に暴れて欲しいなと思います。
先が読めないという、素晴らしい時代です。そんなエキサイティングな環境を楽しみながら、私も縦横無尽に駆け回って行きます。
(編集:創業手帳編集部)
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(取材協力:
株式会社DX JAPAN 代表 植野 大輔)
(編集: 創業手帳編集部)