債権回収の話をしよう!田中弁護士の白熱回収教室(4)
第4回:弁護士に債権回収の法的手続きを依頼する前に押さえておくべきポイント
前回は、内容証明郵便の請求書に記載すべき内容を説明したが、内容証明郵便を送っても取引先が支払わない場合には裁判所を通した法的手続を採らざるをえない。
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実際に法的手続を採るとなると、ベンチャー企業の場合、人員を割くことや手間を考えると、限られた人的リソースを本業に集中し、法的手続きは弁護士に依頼する方が効率的な場合が多いだろう。
いよいよ「異議あり!」の世界だっ!!!と言いたいところだが、いや少し待ってほしい。弁護士に債権回収の法的手続きを依頼する前に押さえておきたいポイントがある。ポイントは以下の3つ(と「おまけ1つ」)だ。
- 弁護士に債権回収を依頼する前に押さえておくべき3つのポイント(と「おまけ」)
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- 強制執行(差押)対象の財産に狙いをつける
- 回収先の預貯金がどの銀行のどの口座にあるか把握する
- 裁判前の仮差押え(民事保全手続)をするか決める
- 【おまけ】回収が不能な場合は損金処理で税金からキャッシュを取り戻す
これらのポイントを押さえて準備しておくことで、後々弁護士への依頼がスムーズに進むだろう。
今回は、弁護士に依頼するコストはなるべく節約したい創業期のベンチャー起業家のために、裁判所を通じた債権回収の法的手続きを弁護士に依頼して進めてもらう場合に、あらかじめ押さえておくべきポイントについて説明していこう。
1.強制執行(差押)対象の財産に狙いをつける
まず、押さえておきたいのは、裁判を起こして勝訴したとしても、それだけで自動的に、売掛金が入金されるわけではないということである。よって、強制的に売掛金を回収するためには、強制執行(差押)の対象となる相手方の財産を見つけて狙いをつけておく必要がある。
相手方がただ難癖をつけて支払わないというような状態であれば、裁判で勝訴判決を得ることは難しくはない。ただし、勝訴判決を得るということは「取引先に対する売掛金が存在することを裁判所が認めてくれて」、「支払わない場合には強制執行してもいいですよ」というお墨付きつきを与えてくれるに過ぎず、勝訴判決自体は単なる紙切れに過ぎない。
取引先が大企業であれば、敗訴した場合には、強制執行を受けるよりも前に任意で支払ってくるのが通常だ。一方で、相手方が起業直後のベンチャー企業や零細企業であった場合、勝訴判決を得ても支払ってこない場合も少なくない。この場合には、自社で強制執行の対象となる財産を探し、強制執行という手続きを採る必要があるからだ。
取引先の強制執行の対象となる財産は、預貯金、不動産、車等の動産、売掛金等が考えられる。このうち、法的に最も強制執行が簡単なのは、預貯金である。また、時間的な面でも、他の財産に対する場合よりも素早く回収が可能である。
なお、強制執行で差し押さえる財産が見つからないと、弁護士に法的手続きを依頼するコストだけが発生し、結局債権回収ができないので注意が必要である。キャッシュに余裕のないベンチャー企業であれば、債権回収ができない可能性も踏まえ、弁護士との契約は債権回収出来なかった場合には報酬を低額に抑えられる出来高払いのような契約内容にしておきたい。
2.回収先の預貯金がどの銀行のどの口座にあるか把握する
金融機関の預貯金については、現在は、金融機関名だけでなく、個別の支店まで特定した上でないと差し押さえることが出来ない(※)。都市部では、金融機関は支店等も含めて極めて多数あり、どの支店に口座を有しているかは、取引先自身から聞くしか方法がないのが通常である。
そのため、可能であれば、特に信用力に少しでも不安がある取引先と取引を行うときは、取引開始時等に取り交わす書面等で相手方から取引先の金融機関の口座名まで聞いておくのが望ましい。
なお、預貯金以外の財産について、弁護士が調査可能なものもあるが、取引先から直接情報を得ることが出来るのは、あなたの会社自体だ。相手方が支払うか疑問を持ったような時点で、何か財産がないか聞き取り等をしておくのがよいだろう。
3. 裁判前の仮差押え(民事保全手続)をするか決める
これまで述べてきたように、本来は、「裁判 → 差押え(強制執行)」というルートが通常だ。
一方で、裁判を起こしている間に相手方に財産を隠されてしまったり、強制執行の対象となる財産が散逸してしまう場合があるので、通常のルートとは異なり、裁判をする前に相手方の財産を仮に差し押さえる手続き(民事保全手続)を採ることが出来る。この場合、「仮差押え → 裁判 → 差押え(実際の回収)」という手続きの流れになる。
例えば、取引先がどこか別の取引先(特に大きい会社であると望ましい)に対して売掛金を持っていて、裁判をしている間に売掛金の回収し、同時に支払日がきて他社に支払いをしてしまうと、差押さえるべきものが散逸してしまう。このような場合、勝訴判決を得てもまさに絵に描いた餅となってしまう。
民事保全手続は、相手方に財産を隠される前に行わなければならず、また、もともと取り決めていた入金日から日数がたつほど、強制執行の対象となりうる財産が散逸してしまうことが多い。したがって、早く動けば相手方の財産から回収出来そうだということがわかった場合、出来るだけ早い段階で弁護士に相談し、民事保全手続をおこなうべきだ。
(おまけ)回収が不能な場合は損金処理で税金からキャッシュを取り戻す
相手方が倒産しそうな場合等も含め、回収を出来ないからといって、売掛金をそのまま放り出してしまうのは早計だ。
場合によっては、回収不能になった売掛金分を損金算入することにより、法人税・消費税の納税額を抑えることが可能となる。これが出来れば、キャッシュフローの観点からは一部債権を回収できたのと同等の効果を得ることができる。
損金算入するためには、どのような手続が必要か(訴訟提起といった法的手続を経なければならないのか)という点については、専門的な判断が必要になるので、税理士に相談するとよいだろう。
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(監修:田中尚幸 弁護士)
(創業手帳編集部)