any 吉田和史 | AIを活用したナレッジマネジメントプラットフォームで組織の情報共有を後押し
「Qast」で組織に埋もれている個人の知識やノウハウを共有し、解決に導く
仕事をする中で「誰に聞けばいいのか」「どこに資料があるのか」など迷った経験がある方は多いのではないでしょうか。そのような企業や組織の中で「個人に点在する知識やノウハウ」を効率よく共有することができるナレッジマネジメントの重要性が高まっています。
any株式会社は独自のナレッジマネジメントプラットフォーム「Qast」を開発し、社内の疑問を解決する時間を短縮し、情報共有をスムーズにするサービスを提供しています。最近ではAIを活用することで情報量の拡大や検索の効率化が格段に進歩しているといいます。
今回は代表取締役の吉田さんが起業したきっかけやQastの開発に至った経緯、今後の展望などを創業手帳代表の大久保がお聞きしました。
any株式会社 代表取締役
福岡県出身。大学卒業後、IT業界で法人営業・アプリ開発・ディレクターを経験し、2016年にany株式会社を設立。2018年からナレッジプラットフォーム「Qast(キャスト)」の運営を開始し、2024年にはユーザー数60,000名を突破。「QastAI」も搭載し、世の中へのさらなるナレッジマネジメントの浸透を目指す。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
ゼロからイチへ、社会にインパクトを残したい思いが起業のきっかけ
大久保:まずは吉田さんの経歴からお聞きしたいと思います。元々起業しようと思っていたのかテクノロジーに興味があったのか、いかがですか。
吉田:正直なところどちらでも無かったと思います。大学まではサッカーしかやって来ておらず、社会人になって、IT企業に就職しました。ゲームアプリの開発をしているスタートアップに転職し、事業責任者として新規事業に携わる機会がありました。
その会社では当初自社で新規事業を立ち上げるために、ユーザーインタビューや市場調査を行っていましたが、事業の方向性は決まり、あとは開発を進めるだけ、というフェーズまで進んだものの、結果的に自社で立ち上げるのではなく、他の会社の事業(ウェブメディア)を買収することになりました。
ウェブメディアの事業を再起動させる役割として働く中で、色々学んだ経験から、自分自身で、ゼロからイチへのアイデアと、実際にものを作って社会にインパクトを残すことをやってみたい気持ちが強くなったのが、起業のきっかけです。
大久保:創業前はワクワクしていたのか、不安もあったのか、起業前後の雰囲気はいかがでしたか。
吉田:もう、苦しい思いしかなかったですね。当初は共同創業者もいなくて、いわゆる(株式などの)エクイティファイナンスも創業から3年くらいはできていなかったので。それまでは会社のネームバリューだとか、すでにある事業だからやれていただけで、ゼロから作るとこんなにも大変なのかと思いました。
壁打ち相手がいないので、自分の思考の幅で意思決定が収まってしまうことが一番難しかったポイントです。1人だとスピードが速い分、深掘りするディスカッションができないので辛かったですね。
今では投資家やメンバーにも恵まれて、あらゆる問題に専門家も巻き込みながら決めていけるのでありがたいです。
大久保:創業直後は今とは違うビジネスだったのでしょうか。
吉田:はい、最初はサッカーの動画メディアを立ち上げました。前職の時に週末起業のようなかたちでウェブメディアを作って自分で記事を書いていて、PV数やユーザー数が伸びてきたタイミングでその事業で起業しました。
ただ、そのサービスで10年やっていこうとか、世の中を変えるぞと思っていたわけではなくて、まずは会社を作ってもっと大きなスケールになるような事業を作りたいと思っていました。
何をやり続けたいか考えた末にナレッジマネジメントの課題を発見
大久保:サービスを作ると全体像がわかりますよね。そこから今の事業へ、全く違う分野をひらめいたのにはどのような経緯があったのですか。
吉田:サッカーの動画メディアの後に漫画アプリもやったのですが、その後のスケールを考えた際に、大手出版社が自社アプリを出してくるとユーザーがそちらに流れてしまうので、コンテンツ力で戦っていくのは難しかったです。サッカーメディアと漫画アプリはいわば失敗でした。自分の過去の経験をベースにしたマーケットイン戦略に寄り過ぎていた、というのが失敗の大きな原因だったように思います。
それからは市場が伸びるかは二の次にして、自分が何を解決したいのかというところから次の事業を作ろうと思い、社会人経験の中で感じた課題をリストアップしました。ほとんどがすでにサービスが存在し、課題解決されてましたが、唯一、「ナレッジマネジメント」に関しては、課題は深いけれども解決されていないことがわかって、参入していくことにしました。
大久保:Qastの開発にあたっては、自社の中にナレッジマネジメントの課題があった部分もあるのですか。
吉田:前にいたインターネット広告の会社での出来事が原体験にあります。
自分が入社した時は30人くらいだったのが、2年後の退職する時には300人くらいに急成長しました。企業規模が大きくなる中で、いかに最新の情報をチームで共有しているか、知っているか知らないかで会社の収益が変わってくるという課題を感じていました。
業務効率の観点で言えば、営業チームから開発チームに社内メールで問い合わせをするのですが、2週間ほど返信がなくて、エンジニアのフロアに直接行って聞きにいくことがありました。また、直接聞きに行っても「誰々さんに聞いて」と社内をたらい回しにされることもありました。
テクノロジーが発展し、知りたいことを検索して解決できるにもかかわらず、社内の情報に関しては一切そうなっていない、と思ったのです。
これはおそらく自分だけの課題ではないのではという仮説があり、実際に30社にインタビューをさせてもらい、同じような課題を実際に持っていたことが確認できました。そしてサービス開発に着手しようという流れになりました。
共有したい社内の情報、AIが数多くの投稿を短時間で作成
大久保:Qastには他のツールと違うどのような利点がありますか。
吉田:暗黙知を引き出すというのが、Qastのサービスの原点としてあり、Qastという名前はQ and A Stock(キューアンドエーストック)からきています。
ナレッジ共有されない最大の理由は、ナレッジを持っている人が、自分が持っている情報が他の人にとって役立つナレッジだと気づいていない、つまり「何を共有すればいいかわからない」ということなんです。その企業にいるベテラン社員にナレッジを共有してくれと言われても何がナレッジなのだろう、というのが問題でした。
それであれば、最初からナレッジを共有しましょうではなくて、質問者側からどんなことを知りたいとか、どんなことに困っているかが発信されると、それに対して答えられる方は数多くいるので、ナレッジのニーズになる質問からスタートすることにしました。
心理的安全性を高められるように匿名機能があったり、内容によってワークスペースを分けられたり、数値化して誰がどのくらいナレッジ共有に貢献しているのか可視化できるようにしたり、大規模な組織でも使う年齢層や職種を選ばすにQ&Aを成立させるための仕組みがサービスの根幹、強みとしてあります。
そこに加えて、昨年10月頃から生成AI関連の機能をリリースしています。ナレッジマネジメントシステムは、ナレッジの投稿数が足りないと検索しても解決できない問題が多く、投稿の蓄積のために半年かかった企業も多いです。
生成AIを使えば、既存の社内資料をアップロードするだけでAIが要約してくれます。重要な部分を抜き出したり、分類形式でタグをつけたりしてくれるので、蓄積までの工数が大幅に減るのです。数分あればたくさんのナレッジが蓄積できるので、運用工数の削減になり、事業としても大きなインパクトになっています。
大久保:回答したことがスコア化されるのも良い仕組みですね。例えばこんな使い方や機能があるという部分はありますか。
吉田:最近コア機能として追加した「こましりchat」というものがあります。業務の困りごとや知りたいことを完全匿名で質問ができ、それに対してAIが数秒で答えるというものです。Qastに蓄積されるデータはFAQだけではなく日報や議事録、マニュアル、報告書、各種事例など幅広いため、QastAIではあらゆる質問に対応できます。
今まで「これは誰が詳しいかな」「この部署かな」とか電話やメールをして回答に数時間や翌日までがかかっていたものが、10秒以内に答えを得られるようになりました。「こましりchat」で提供できる価値がよりわかりやすくなってきていると思います。
大久保:サービスが成長してきた過程でつまずいたことなどはありますか。どのようなストーリーで成長してきたのでしょうか。
吉田:今でこそQastは大企業向けのサービスになっていますが、これは最初からそうだったわけではありませんでした。ベータ版をリリースして1年間くらいは数百人の中小規模のIT系企業がメインでした。なぜかというとマーケティングに予算を割けなかったため、私自身の繋がりをつたってリードを集めていたためです。それらの企業では商談の機会はたくさん取れたのですが、受注になかなかいたりませんでした。IT系企業だと既に何らかのツールは導入しており、より情報の検索性を高めたいというニーズはあったのですが、そのニーズに対する機能がQastに不足していました。
集客のためのオウンドメディアの運営を始めてからは、大企業からのお問い合わせも徐々に増えてきました。実際に商談をしてみると、「まさにこれを探していました」と言っていただける機会が多くなりました。社内版知恵袋というQastのコンセプトと大企業の持つニーズが合致していたのです。
大企業だと誰に聞けばいいかわからないとか、人が多いから質問しづらいということが発生しやすく、課題が深いということがわかり、大企業からの受注が増えていきました。
ターゲットが大企業なので、職種や年齢を問わず誰でも使えるプロダクトにしていくためには、ユーザーの声を大事にした開発が必要です。
そのため、顧客起点でプロダクト開発を行うというのを、今も継続しています。現在Qastを使っているユーザーがどこに課題を感じていて、そこのちょっとした違和感をいかに取り除いていくかというのが大事だと考えています。
大久保:何か御社で実施しているQastのおもしろい使い方とかはありますか。
吉田:ナレッジアワーという時間を会社として設定していて、そこでQastを使っていました。
週に1回、1時間ですが、今週の業務とか直近1カ月でこんな発見があったとか、言語化されていなかったことをQastに投稿する時間です。ナレッジアワーによって、暗黙知が形式知化されるのを継続的に行えた部分はあります。
今は少し形式を変え、Qastの新機能を触ってユーザーとしての声を集めようという時間に変えています。
2040年に世界的企業と肩を並べたい。シリーズ化も視野
大久保:御社がどんな方向に向かっていくのかにも興味があります。
吉田:最近、ナレッジマネジメント領域で16年後の2040年に世界的企業と肩を並べるまでになろうということを決めました。日本で業務システムとしてシェアが高く、かつどこでも必ず使われているのは外資のサービスが圧倒的だと思います。将来的に、今のQastだけでなく複数のプロダクトを展開し、業務を効率化してチームの生産性を高めていくものをシリーズ化しようと思っています。
その製品群が日本企業の中で第一想起となり、さらには世界レベルでもマーケットシェアを取れるようになっていきたいのが遠い目標ではあります。
大久保:ナレッジマネジメントや社内で物事を教え合うことの素晴らしさはどのような部分とお考えですか。
吉田:自分の思考やインプットしたものをアウトプットするのがナレッジ共有なので、再現性も高まっていく、という部分です。
今までなんとなくやっていたものが、なぜうまくいって、なぜうまくいっていないのかを、体系立てて整理していくことは自分のスキルアップにもつながります。まずは文字に起こすということを習慣にしていくことで、自分の再現性が上がっていく、ということをお伝えしたいです。
大久保:ナレッジを投稿してくれる人作りも大切だと思うのですが、ナレッジマネジメントをする人材を育てるのにはどうしたらよいとお考えですか。
吉田:スタートアップのイノベーター理論と同じで、最初の期間は数パーセントのイノベーターが発信や投稿をしていくのですが、そのような人の傾向として個人よりも組織の成果や生産性を高めたいというマインドがあります。
チームとしての意思や成果を最大化させようとするマインドがある人が一番最初に発信してくれる人。どんな企業でも必ず1人はいると思います。
自分の業務の効率化より、どうやったらチームのパフォーマンスが上がるかを常々考えている人に協力してもらって、周りを巻き込んでいくというのが初期は重要です。
大久保:ナレッジマネジメントをまずこんなところから始めたらよいというアドバイスはありますか。
吉田:大きくは2つのやり方があります。すでにある社内資料をファイルサーバーから引っ張り出してきて、それをAIに整理してもらうナレッジの変換が1つ。もう1つは人の暗黙知を引き出して形式知化するという方法です。
初めから暗黙知だけの方をやろうとすると難易度が高いです。投稿が貯まっていない中で発信するのはハードルが上がります。
おすすめとしては、社内資料をとにかく放り込んでください。そうすればチャットでAIが答えを返せるようになるので、日々使っていく習慣がつきやすいです。
そうなると、質問がきたら答えてみようというアクションにもつながります。心理的な投稿ハードルを下げるために一定の投稿数があることと、投稿に反応があることも必要だと思います。
大久保:お客さんの事例で劇的な変化があったようなことはありますか。
吉田:設立から年数のある製造業で、新人の質問に社長が回答してからものすごく投稿数が増えたという話があります。「社長が投稿する」というアクションが、何よりも会社としてQastを推奨していくというメッセージになり、他の従業員もぜひ使ってみようとなったといいます。
起業は孤独にならず壁打ちできる仲間と共にやり続けて
大久保:創業手帳の読者層である創業間もない方へのメッセージをお願いします。
吉田:1年目はうまくいかないことが大多数で9割5分くらいは苦しいことばかりだと思いますが、残りの0.5割の成功体験が将来を作っていくし、その瞬間があるとやっていてよかったなと思います。
それはユーザーからの声だったり受注だったり、さまざまですが、やり続けていればどこかに突破口が見えてくるので、信念を持ってやり続けてほしいです。
また、周りに壁打ちができる相手を、いかにチームを作れるかというところで将来の意思決定が変わります。1人だけで抱え込んで孤独になり過ぎず、色々な専門家やメンバーを採用して仲間を集め、事業に取り組んでほしいなと思います。
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(取材協力:
any株式会社 代表取締役 吉田和史)
(編集: 創業手帳編集部)