ディープコア 仁木 勝雅|スタートアップこそ投資家を使い倒す気持ちが必要

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年06月に行われた取材時点のものです。

AIに特化したスタートアップを支援したいという想いで、VCファンドとあわせコミュニティも設立

VC(ベンチャーキャピタル)やエンジェル投資家など、日本でもスタートアップが短期間に資金を集める手法が広がっています。

こうした中、AIに特化したスタートアップへの投資事業を手掛け注目されているのが、株式会社ディープコアの代表を務める仁木勝雅さん。仁木さんはかつてソフトバンクグループの投資部門責任者として、多くのM&Aや投資案件に携わってこられました。

今回は仁木さんのご経験を伺いながら、スタートアップがどう投資家と向き合うべきかについて、創業手帳の大久保がインタビューしました。

仁木 勝雅(にき かつまさ)
株式会社ディープコア 代表取締役社長
2016年までソフトバンクグループの投資部門責任者を務め、ボーダフォン日本法人やSprintといった大型M&Aのほか、Aldebaran Roboticsなど国内外のIT企業の投資に携わる。2017年に株式会社ディープコアを設立(ソフトバンクグループ100%子会社)。AIに特化したVCファンド事業とインキュベーション拠点運営を通じ、起業家の育成と支援に取り組む。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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ソフトバンクで大型M&Aや投資を経験後、AIスタートアップ向けファンドを組成

大久保:ソフトバンクでは、数多くの投資案件を担当されたそうですね。

仁木:2005年から2016年まで、ソフトバンクで投資業務の責任者をしていました。大きな取引で言うと、ボーダフォンジャパンという携帯電話会社のM&A ですね。この会社は現在のソフトバンクモバイルです。アメリカのスプリントという携帯電話会社のM&Aも担当しました。

「ペッパー」というロボットをご存知だと思いますが、このロボットを作っていた「アルテバルロボティクス」というフランスの会社の買収も行いました。あとアジアで言うと、韓国の大手EC事業者「クーパン」ですとか、シンガポールなどでタクシーアプリを手掛ける「グラブ」という会社の投資も行いました。

これらも含め、ソフトバンクでの投資は2005年から2016年まで、ほぼ全てに携わらせてもらいました。

大久保:ボーダフォンやスプリントは大規模なM&Aだと思います。業務はかなり過酷だったのではないでしょうか。

仁木:本当に想像を絶する感じでした。当時のソフトバンクは投資部門の人が全然いなくて、私ともう一人の2人だけでプロジェクトマネジメントをやっていましたから。特にクロージング直前は、ほぼ不眠不休でした。

ソフトバンクというか孫さんの面白いところは、大きな取引を進める間に、さらに大きな取引もやるんです。例えばスプリントの買収時、同時に日本のイー・アクセスという会社の買収もやっていました。イー・アクセスはイーモバイルという携帯電話事業をしていた会社です。スプリントが2兆円で、イー・アクセスは2600億円という大規模な買収を行っていたんです。

大久保:ソフトバンクさんの場合、借り入れで資金を調達して投資やM&Aを行い、事業を拡張してきましたよね。ただ一般的な経営者になると、他人のお金で事業を伸ばすのはなかなかできない方が多いのかなと感じます。

仁木:確かに日本の企業はあまり他人資本を使いませんね。ただ本来、自己資本(エクイティ)より他人資本(デッド)の方が資本効率はいいので、他人資本を活用することでよりうまくレバレッジをきかせられるはずなんです。

自己資本と他人資本をどう組み合わせて投資するかは究極の課題ですが、ソフトバンクは資本効率に則ったやり方をしているなと思いました。

大久保:ソフトバンクを一旦辞められた後、再度お戻りになったとお聞きしました。

仁木私の退職後に、ソフトバンクグループの中で「AIスタートアップを育成したい」という話が盛り上がり、社内には担当者がいないということで私にお声がけがありました。

大久保:AI起業家の育成というところから、現在の投資事業につながっていったわけですね。

仁木:私としては、ただ単に人材育成するだけでは面白くないと思いまして。ソフトバンク側と交渉してVC(ベンチャーキャピタル)ファンドという形態に作り直し、現在のディープコアの事業に至っています。

未来を見据えて、国内外の有望なAIスタートアップへ投資

大久保:ディープコアさんが現在取り組んでいる事業について、詳しく教えていただけますか?

仁木:2018年に第1号ファンドとして、アーリーステージのAIスタートアップに特化したファンドを組成しました。それ以降60社以上の企業に投資をしてきまして、今年(2023年)2号ファンドを組成完了しました。こちらは117億円の規模です。

ディープコアはファンドの運用を行いますが、それだけではなくコミュニティを持っているのが特徴です。私たちのオフィスをコワーキングスペースのようにして、AIエンジニアを中心とした起業家予備軍のコミュニティを作りました。このコミュニティから起業する方々を支援して、投資も行っています。

大久保:AIに特化した方々のコミュニティというのは、ユニークですね。現在、どのようなスタートアップを支援しているのでしょうか?

仁木:AIではチャットGPTをはじめとした、いわゆる「生成系AI」がすごく流行っていますよね。ディープコアでも最近は生成系AIの会社に投資していまして、例えば最近投資したのが「オムニキー(Omneky)」という会社です。アメリカの会社ですが、起業したのは日本人です。

この会社は広告プラットフォームを手掛ける会社なのですが、画像や映像、またその中のテキストを埋め込むことも全て生成系AIで自動作成する、というプロダクトを持っています。

omneky社プロダクトイメージ

オムニキー社の広告プラットフォームイメージ

 
仁木:もう1つ最近の事例でいうと、「テレイグジスタンス(TELEXISTENCE)」という日本の会社ですね。この会社は、コンビニのドリンクを補充するAIロボットを開発しています。

通常コンビニでは店員さんがドリンク棚に飲み物を補充しますよね。その補充作業をAIロボットが自動で行います。すでに実用が進んでいて、今後ファミリーマートの300店舗以上に導入される予定なんですよ。

テレイグジスタンス社のドリンク補充ロボット

テレイグジスタンス社のドリンク補充ロボット

 
大久保:ドリンク補充という機能に特化したロボットというわけですね。

仁木:テレイグジスタンスという社名の通り、彼らの技術は遠隔操作技術なんです。ロボットって99.6%や99.7%という精度は出るんですが、どうしても100%ではない。このロボットでも、どうしてもボトルが倒れてしまうことが一定の確率で起こります。

ただテレイグジスタンスは遠隔操作技術を使うことで、ボトルが倒れても遠隔操作で直せるんです。だから店舗にいる店員さんは何もしなくていいわけです。

大久保:AIというと全部解決できる派手なものをイメージしがちですが、裏方といいますか、わりと地味な作業に特化することで、高い成果がでることもあるんですね。

仁木:確かに地味に映りますよね。ただ私たちから見ると、すごい技術なんですよ。

大久保:仁木さんから見て、今後のAIはどうなっていくとお考えですか?

仁木:結局、AIでできることは、大きく3つあると思っています。ひとつは人間の「目」の代わりになること。AIなら超高速で識別できるので、物の外観検査とか、病理画像診断でどこに癌があるかを見つけるとか、そういう分野でAIが利用されています。

2つめは「言語」ですね。チャットGPTもそうですが、言語の理解と生成がAIでできるようになってきています。3つめが「ロボット制御」。コンビニのドリンク補充ロボットのように、AIでロボットを動かすというものです。

私としてはこの「目」「言語」「ロボット制御」という3つの分野で、今後ますますAIが発展していくんだろうな、と感じています。

今、若い世代で起業の機運が高まっている


大久保:アーリーステージのスタートアップを支援されている中で、若い起業家が増えてきたという感覚はありますか?

仁木:起業自体に年齢はあまり関係ないと思いますが、確かに若い方の起業機運は高まっていると感じます。

2018年に、起業を目指すAIエンジニア向けにコワーキングスペースとしても使えるコミュニティ「カーネル(KERNEL)」を私たちのオフィスで始めました。実際このコミュニティに入ってくる方の中で、すでに会社を持っている人たちがかなりの確率でいるんです。

起業のハードルが非常に低くなってきていますし、若い人の中で起業がかっこいいというか、そういう雰囲気があるように思います。

私たちのオフィスは東京の文京区本郷にあるのですが、本郷にオフィスを置いたのは東京大学が近いからなんです。以前から東大で起業する人は一定数いましたが、最近すごく増えてきています。

大久保:大学発ベンチャーのようなケースもあるのでしょうか?

仁木:すべてではありませんが、大学発もあります。例えばさきほどお話したドリンク補充ロボットを手掛けるテレイグジスタンス社は、東大で遠隔操作技術を研究されている教授と一緒に立ち上げた会社なんですよ。

スタートアップは経験も人も少ない。だから広げすぎず集中するべき


大久保:投資やコミュニティという形でスタートアップを支援される中、多くの事例を見ていらっしゃると思います。

そうしたご経験を踏まえ、「起業時にまずこれをやったほうがいい」ということがあれば教えていただけますか?

仁木「広げすぎないように」ということは、お伝えしたいですね。特に頭のいい方って、すごくいろいろなことを考えて、3つぐらいの要素が全て成功しないとダメだと思っているんですよね。

でもスタートアップは経験もなければメンバーも少ない。そういう中でいくつも同時にやって成功するのは、本当に難しい。

ですからまず1つに絞って、そこを突破してほしいという想いがあります。1つやってみて、ダメなら次のことをやる。これを高速で回していく方がいいと思うんです。

大久保:確かに優秀な方ほど、100点にこだわる傾向はありますね。

仁木:スタートアップですから、大企業と同じようにいきなりいろいろなことはできないじゃないですか。だから、まず1つに集中してやるべきだと思います。

大久保:なるほど。すごく実践的なご意見です。

仁木:あと、今は世の中もそうですし全てがダイナミックに動いています。これを理解しておくことが重要だと思います。創業者自身も周りのメンバーも成長しますし、どんどん変わっていきますよね。

さらに一番変わるのがマーケットだと思うんです。今プロダクトを出したら、成功するかもしれない。でもプロダクトを出すために1年かかってしまうと、その頃はマーケットが大きく変わってしまっているわけです。

頼れるものは全部頼って、使えるものは全部使って欲しい


大久保:御社のような新たな形で投資する会社もありますし、最近はいろいろなタイプの投資家が出てきています。

ただ起業家は資金提供を受けるので、どうしても遠慮があって言いにくいこともあると思います。起業家がどう投資家と向き合えばいいか、アドバイスをいただけますか?

仁木お金を出してもらったからと言って、遠慮する必要はないと私たちは思っています。むしろ頼れるものは全て頼っていただきたいですし、使えるものは全て使って欲しいという想いがあります。

もちろん頼りすぎるのは問題がありますが。自分たちの軸となるものがあった上で、投資家を使い倒すくらいの考えでもいいのかな、と思います。

ディープコアでも他のファンドさんでもそうですが、ファンドにはいろいろなLP(※)の方がいらっしゃいます。LPの方はいろいろなネットワークも持ってらっしゃるので、例えばBtoBのスタートアップなら、LPの方が営業したい会社をつないでくれることもあります。

※LPは「Limited Partner」の略。ファンドへ出資するがファンドの投資業務の執行は行わず、責任範囲が有限である投資家のこと。

大久保:確かに投資家としても、投資先が成功してくれた方がいいわけですよね。

仁木:ディープコアでは先ほどお話した「KERNEL」というAIエンジニアのコミュニティがあるので、そこから人材のリクルートもできる形にしています。

今はAI人材不足が深刻ですが、長期雇用できるかは別として「KERNEL」を通じてインターンや業務委託でAIエンジニアを採用する事例は出てきています。こういうところも、うまく活用していただけたらと思っています。

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(取材協力: 株式会社ディープコア 代表取締役社長 仁木 勝雅
(編集: 創業手帳編集部)



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