H2L 玉城 絵美|「固有感覚」で気鋭の工学者が起業するまで
高校時代に欲しかった「外に出ずに体験を得られるサービス」創出のため、テクノロジー分野を開拓、起業へ
「固有感覚」を体験できる「PossessedHand」で気鋭の研究者、玉城絵美氏にインタビュー。玉城氏のご自宅と、創業手帳をリモートでつなぎ、研究者の視点から見たビジネスの世界と、高校時代の入院生活からアイディアを得た「外に出ずに体験を得られるサービス」の実現のために、自らが研究し起業するまでのお話をうかがいました。
早稲田大学准教授。博士。H2L創業者。
1984年沖縄県生まれ。2006年、琉球大学工学部情報工学科卒、筑波大学大学院システム情報工学研究科、東京大学大学院学際情報学府でロボットやヒューマンインターフェースの研究を行う。2011年「ハンドジェスチャ入出力技術とその応用に関する研究」で東京大学・博士(学際情報学)。アメリカのディズニー・リサーチ社、東京大学大学院総合文化研究科などを経て、早稲田大学准教授。
2012年、東京大学大学院で同じ暦本純一研究室に所属し、ヒューマンコンピューターインタラクションを研究していた岩崎健一郎とともに、「H2L」を起業。身体そのものを「情報提示デヴァイス」にする「PossessedHand(ポゼスト・ハンド)」は11年『TIME』誌の「The 50 Best Inventions」に選出。17年、外務省WINDS(女性の理系キャリア促進のためのイニシアティブ)大使に任命。
著作『ビジネスに効く!教養として身につけたいテクノロジー』(総合法令出版、2019年)
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
PossessedHand(ポゼスト・ハンド)のテクノロジー
大久保:本日はリモートでのインタビュー、ありがとうございます。早速ですが、玉城さんが研究されている「PossessedHand(ポゼストハンド)」とはどんなものなのでしょうか?
玉城:「PossessedHand」は「固有感覚」という感覚を共有する装置で、新しいインタフェースのひとつです。
今大久保さんと私はリモートで話していますが、視覚情報はカメラからコンピュータに入力されて、ディスプレイから出力されています。PossessedHandは、「固有感覚」という感覚を、コンピュータから人間に出力してくれるデバイスです。
「固有感覚」は皮膚の深部(関節、筋肉、筋)で感じる感覚で、「深部感覚」とも言います。物を持った時に重い・軽いと感じる重量感覚や、物にぶつかって指が曲がったという抵抗感覚、腕を下ろしている時に感じる位置感覚などは全部「固有感覚」です。
それに対して、ツルツル・ザラザラ、冷たい・熱いなどは、「表層感覚」です。今まで「固有感覚」の入力と出力の装置が無かったため作ったのが、「PossessedHand」です。
大学や研究の世界とビジネスの世界は似ている
大久保:ありがとうございます。とても不思議で興味深いテクノロジーですね。
玉城さんは早稲田大学の准教授であり工学者で、「H2L」の創業者でもありますが、大学や研究の世界とビジネスの世界には、どのような違いがあると感じていらっしゃいますか?
玉城:そうですね、「大学や研究の世界と、ビジネスの世界は違うのではないか」と、ビジネスマンの方に言われることはよくあります。ですが、大学の教員や他の研究機関の研究者がやっていることと経営企画は、実はとても似ているんです。
研究者は、まず自分がやりたい分野がおおまかにあって、どの研究をするか決める時に戦略を練ります。まず、「新規性」があるのか? これは、起業でいうところのブルーオーシャンにあたります。
そして次に「再現性」があるのかをチェックします。つまり、一般化できるのかを考えるのです。システムが作れたり、方法論を一般化できたほうが研究としての価値は高く、誰にでも使えて、ターゲットユーザーが多ければ多いほど、研究の価値が高いと言えます。
最後に、「寄与」です。これは、どんな価値を世の中に提供できるのか。例えば、応用研究をする人は、産業にどのような社会的経済効果が出るのかを見ながら、研究を進めていきます。
このように、研究者が戦略を考える道筋とビジネスづくりはとても似ています。ほぼビジネスモデルキャンバスを描く感じでターゲットを決めていくので、大学の教員や他の研究機関の研究者の方々にとって、起業はしやすいのではないかと思います。
知財関係は全く同じで、財務関係は違いますが、他は本当にそっくりです。ただ、やはりマーケティングは研究者にない部分なので、勉強しないといけません。
研究分野のTRL(技術成熟度レベル)が高ければ起業しやすい
大久保:研究の世界とビジネスの世界は似ているというお話でしたが、会社そのものを作ってしまうことは、あまり聞かないような気がしますが。
玉城:実は研究分野によっては、めずらしくないんです。研究分野を産業への近さで表す、TRL(Technology Readiness Level:技術成熟度レベル)(※1)というNASAによる定義があります。
TRLが1~2の研究は、資金調達して上場するまでが長いので、起業することは難しいと言えますす。基礎に近ければ近いほど、起業が難しいということですね。私が研究しているHCI(Human-Computer Interaction、人とコンピュータの関わり合いや相互作用についての研究)はTRLが6~8にあたり、HCIの研究者はかなり高い確率で起業をしています。
※1 NASAによるTRL(技術成熟度レベル)の定義 (1989)
Level 1 – 基礎理論の着想段階
Level 2 – 技術要素の適応、応用範囲の明確化
Level 3 – 技術実証のデモンストレーション(Proof of Concept)
この段階から、実証試験等を行い検証を始めていく
Level 4 – ラボレベルでの実証
Level 5 – シミュレート及び実空間での実証
Level 6 – 地上でのシステムとしての技術成立性の確認
Level 7 – 宇宙空間でのシステムとしての技術成立性の確認
現在はこれに
Level 8 – システムの運用テスト、認証試験
Level 9 – 最終段階、実運用
が追加された。
「外に出なくても体験できる感覚」を得るためには?
大久保:そもそも、なぜこの研究分野に行き着いたのでしょうか?
玉城:私は体力があるほうではないので、あまり外に出られないんです。それで高校生の頃、「外に出ずに、物理的に外部に作用しながら体験を得られるサービス」がないかと探しました。「誰か起業していないかな?」と。
それが2001~2002年の話ですが、そんなサービスは全くありませんでした。大企業がサービスを出す気配もないので、自分が企業の経営戦略部や企画部に入社して、プロジェクトを立ち上げ、サービスを世の中に出せたらいいなと思いました。
「サービスは無くても、研究ならどこかでやっているだろう」と思ったのですが、それすらありませんでした。私が修士課程で研究を始めた頃もほとんどなく、私が専門とする「固有感覚」の伝達にいたっては、ほぼゼロだったので、「それなら、起業する以前に研究者になって、研究分野を立ち上げないといけない」と、泣きながら博士号を取得しました(笑)。
当時はTRLがまだ低かったので、30代半ばで起業しようと思っていましたが、準備だけはしていて、例えばMBA、財務、特許、資金調達の勉強をしていました。
大久保:素晴らしいですね。
玉城:いえ、本当に小さいことで、たいしたことではないです。準備をしていた頃、大学院の同じ研究室に所属していた岩崎健一郎(現H2L代表取締役社長)がどうしても起業をしたいと言うので、「じゃあ、そういうタイミングなんだな」と20代の終わり頃に起業しました。それがタイミングとして意外に良かったんです。
それまで研究分野が無かったために、再現性がなかなか取れなかったり、デバイスを作れる研究者が少なかったりという課題がありましたが、デバイスを販売したことで研究分野が一気に広がりました。かつPoC(※2)を進めながら、キラーアプリケーション(※3)やターゲットとするマーケットが定まってきたのは、すごく有難いことでした。こうして、今マーケットに挑戦しているわけです。
※2 PoC:「Proof of Concept」の略で、「概念実証」を指す。
※3 キラーアプリケーション:あるプラットフォームを普及させるほどの魅力を持ったアプリケーションソフトウェアのこと
大久保:経営計画は、どのように立てられていますか?
玉城:本格的に研究を始めるとなったら、研究に1~2年ぐらいの後戻りが生じると大変です。研究計画をきちんと立てて、起業する時期や起業内容をおおざっぱに決めようと、2007~2008年に2028年までの長期計画を立てました。
普及率はさておき、2028年までに誰でも使える状態の製品を作ろうと計画を練りましたが、結果として難航したり、まとまったり、まとまらなかったりと少しずつですが前に進んでいる感じですね。
大久保:新型コロナウイルスの流行など、予測不能な事態があったりしてなかなか本来の計画通りにはいかないと思いますが、計画を立てた意味はありましたか?
玉城:初めは「何でこんな無謀な計画を立てるんだろう?」と自分でも思いましたが、やはり計画を立てた意味がありましたね。20代は比較的「自分が作りたいテクノロジー」を作ってきましたが、30代になってからは、「いかに社会全体に寄与があるテクノロジーを作れるか」を前提として研究しています。
文系・理系などの属性に関係なく、一緒に働ける選択肢が出てほしい
大久保:理系は女性が少ないと言われますが、「もう少し女性が増えてもいいのに」と思われますか?
玉城:増えたほうがいいですね。理系でも、例えば生命科学は女性が多くて、4~5割いらっしゃいます。デザインや建築関係も意外といますが、コンピュータとなるといないんです。他でも理系分野で女性がとても少ないところが多いので、研究や起業した内容も偏ったりすることが多いです。
やはり男女がいたほうが、一緒にプロジェクトをやっていても良い成果を出せたり、あとは同じ年齢で固まっているグループよりも、多少ばらつきのあるグループのほうが、いいものを作れたりします。
多様性という意味では、世の中にはいろいろなカテゴライズがあります。性別だけでなく、例えば結婚している・していない、子どもがいる・いない、年を取っている・いないもそうですが、さまざまなカテゴリーが混ざった状態でビジネスをしていけたらいいと思っています。
理系分野に女性が来てほしいというのもそうなんですが、もう少し年を取った方に来てほしいなと思います。文系だと年配の方が学び直しに大学に来るという話を聞きますが、理系だと少ないです。男女・年齢を問わず、いろいろな人が関わって活躍して、社会でも理系・文系、年齢など関係なく、みんなで一緒に働けるという選択肢が出てくればいいなと思います。
大久保:ありがとうございます。最後に、読者に向けてメッセージをいただけますか。
玉城:私は経営者としてはまだまだなので、起業前の研究者の方に向けてなら、メッセージをお伝えできると思います。
TRLが上がり、「研究の寄与を、きちんと社会に還元したい」という思いがあれば、起業は雲の上の話ではありません。研究と同じスタンスでやっていけば、意外にうまくいくと思いますので、あまり尻込みせずにやっていただければと思います。逆に起業しないでチャンスを逃してしまうほうが機会損失になりますので、TRLを見ながら、チャンスを逃さずに適切な時期に起業してください。
大久保:人生一度切りですものね。
玉城:そうですね、一生に一度くらい起業してもいいかもしれませんね。
大久保:今日のお話は、起業を考えていらっしゃる研究者の方にとって、とても参考になったと思います。ありがとうございました。
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(取材協力 :
H2L創業者 玉城絵美)
(編集: 創業手帳編集部)