6G社会へ対応 ワイヤレス給電の革新的な使い方ースタンフォード大学の注目スタートアップ
スタートアップ、日本とアメリカの大きな違い
(2020/03/26更新)
多くのスタートアップを輩出しているスタンフォード大学。そこで革新的なワイヤレス給電の開発に取り組んでいるベンチャー企業があります。スタンフォード大学関係者が創業したハード系ベンチャーで、米国企業ですがCEOと副社長は日本人です。
ワイヤレス給電は、コードなどの線を使わずに無線で給電することができる技術です。エジソンに並ぶ発明家で、先進的な自動車開発を行うテスラ・モーターズの語源ともなっている「ニコラ・テスラ」が100年前に挑戦し、実用に至らなかったともされている高度な技術です。
ワイヤレス給電は、アメリカのテクノロジーと日本のものづくりの蓄積が活きる分野といえます。例えば壊れにくい機器やIoTなどとも相性が良く、実用化が進めば、ドローンを無限に飛ばし続けることもできる夢の技術です。
ただし、そのハードルはまだまだ高いのが現状です。そんなワイヤレス給電に挑むのが、スタンフォード大学発・日本人スタートアップのAeterlink田邉勇二代表、岩佐凌副社長です。創業手帳の大久保が、この注目の技術について聞きました。
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スタンフォード大学 リサーチサイエンティスト。アンテナ設計の第一人者で、Nature誌へも多数論文発表。バイオメディカル領域での無線給電の研究を行っており、商用への応用を目指し、起業。
日系商社に入社し、約5年間トヨタGのEV、自動運転プロジェクトに参画。米国駐在中にStanford大学にて田邊氏と出会い、共同創業。
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この記事の目次
6Gデバイスや乾電池の自動充電などに応用も!
岩佐:簡単に言うと、電波のエネルギーを電気エネルギーへと超高効率に変換する技術です。ワイヤレスにより、電磁エネルギーを非接触で端末に給電もしくは充電することができます。
実用化は、正直あまり進展していないように見受けられます。その大きな理由は、アプリケーションがターゲットから外れていることです。例えば、Qi charging(※)による超極接近の携帯の充電用デバイスもいまいち売れ行きが良くない印象を受けます。
私も実際にいくつか持っていますが、正直あまり使い物にならないです。理由は、充電に時間がかかるからです。ロングレンジのワイヤレス給電では小電力しか送れないので、間違いなく携帯を充電するというアプリケーションは成立しないと考えています。
そのため、小電力で動作できるセンサー類やBluetoothのような低電力通信デバイス、低容量バッテリーなどが対象になると推測しています。
※Qi charging・・・チーチャージング。Qiとはワイヤレス給電の国際標準規格のこと
田邉:工業用センサーや一般家庭で使用される乾電池(自動充電)、バイオメディカル、6Gデバイスなどに応用できると考えています。
岩佐:メルセデス・ベンツへ納入予定があり、このほかにも大手センサメーカーや、住宅向けIOTハウス、ウェアラブル端末メーカーなどとのコラボを予定しています。
技術者としてスタートアップする魅力
田邉:私はAda Poon教授とともに、バイオメディカルインプラントの研究を9年以上行ってきました。このインプラントは体内埋め込み型のデバイスで2mm以下と非常に小型なので、エネルギー源を確保するために体外より非接触で体内深くに効率良く電磁エネルギーを伝送する必要がありました。
そこで私たちは、送信機と受信機を含めたシステムの開発に取り組んできたこともあり、これは医療応用だけでなく商用デバイスにも基本的な考えは応用できると考えました。そうして研究で得たノウハウを別のアプリケーションに生かすことで、会社がスタートしました。
また、回路エキスパートとアンテナのエキスパートが協調設計することで、従来にはない高効率なワイヤレス給電デバイスを開発することに成功しました。
これは余談となりますが、スタンフォード大学のエンジニアリングでは約9割の教授が起業しており、大学教授がビジネスをするのは当たり前というカルチャーができあがっています。なので、スタートアップするということは当たり前のことで、特に抵抗などはありませんでした。日本で言えば、大学を卒業したら大企業に就職するという感覚でしょうか。
田邉:3年前に、スタンフォード大学教授のSimon Wongよりアンテナ設計の依頼を受けたのが始まりです。彼は、スマートフォンで使われる無線LANチップを作ったQualcomm Atherosの創業メンバーで、リタイヤする前にIoTをやりたいということで話をもらいました。
岩佐:私は米国駐在中にスタンフォード大学で田邉氏と出会ったことから、共同創業を決意しました。
田邉:私自身は元々エンジニアで日本の大学を卒業しました。当時、日本においては約半数がオーバードクター(※)であり、博士取得者はまともな職に就くのも難しい時期でした。さらに、日本において、エンジニアは低賃金で評価されずに締め出されてしまう未来が見えていたこともあり、シリコンバレーに行こうと考えていました。
もしも、野球選手ならメジャーリーグを目指すのは当然ですよね?なので、エンジニアならシリコンバレーを目指すべきです。スタートアップをした真の理由は、自分自身が成功した暁には、日本の若い技術者にとって良いロールモデルになりたいと考えたからです。
自分もそうなりたいと考える技術者が増えることで、日本の経済活性化に繋がると考えました。本来は、米国のように技術者が会社を立ち上げ商用化の手助けをしていくべきなのです。なので、米国企業において、テック系企業の創業者にPhD(※)が多いのは至極当然なことなのです。
いずれにしても、今後は、より一層ハイテック系企業が勝っていくと思います。より技術者を支援するべきではないでしょうか。
※オーバードクター・・・大学院博士課程を修了したが就職できないでいる状態のこと
※PhD・・・博士(号)
日本とアメリカで異なる「スタートアップの認識」
田邉:すべて違うと思います。まず、日本とアメリカのスタートアップに対する認識から違います。日本では、ベンチャー企業=スタートアップと見られがちですが、これはスタートアップとは大きく違うと私は考えております。ベンチャー企業は、どちらかというと中小企業のようなイメージであり、数年の間にユニコーン企業にまで成長するスタートアップとは似て非なるものです。
次に、投資規模が圧倒的に違います。日本のVCはどちらかというと、小さい額をたくさんのスタートアップに張りがちですが、アメリカのVCはとてつもない額を一発大張りしていると感じています。なので、アメリカのVCはVC自身の能力が非常に求められます。
例えば、巨額の汚職問題を起こした有名な米企業Theranosに、アメリカのトップVCは全くお金を入れていませんでした。これは、アメリカのトップVCが優秀であるからに他ならないと考えています。彼らは目利きができるので、自分の目でテクノロジーやビジネスを判断できるのだと思います。
アメリカのVCは、元々スタートアップで成功した方や元大学教授、起業のリサーチャーなど、テクノロジーに富んでいる人が多いです
しかし、近年では日本においてもスタートアップが盛んに行われ、投資家が育ってきているように感じるので、今後期待できると感じています。
ワイヤレス給電で社会を変革する
田邉:とてつもなく便利な世の中になります。現在、私たちは身近にある小さな問題から解決していこうと考えています。例えば、工場のセンサーの配線を不要にすることで、配線交換にかかるコスト削減であったり、テレビやエアコンのリモコンのバッテリー交換を不要とすることで、手間を減らすことができます。
近い将来、6Gによって爆発的に増えるIoTデバイスが、それぞれ全てクラウド・コンピューティングで繋がることが想定できます。そういったデバイスのエネルギー源をワイヤレスで確保することができるようになるので、デバイスの数が増えれば増えるほどワイヤレス給電の重要性が増します。将来性が非常に高い技術だと考えられます。
田邉:まずは技術の確立の部分で、製作したICチップの動作を確認するためのパッケージングであったり試験方法に苦戦しました。チームでアイデアを出し合い、最終的には上手くパフォーマンス評価ができたことから、プロトタイプの試作へとステップアップすることができました。
あらゆるデバイスをバッテリーレス&無線化へ
岩佐:複数の企業とのPoC(※)を済ませないといけないのですが、資金が足りておりません。当面は、資金調達を第一に進めていき、年内にいくつかのPoCを済ませたいと考えています。そして、来年シリーズAの資金調達を完了し、センサー関連のプロダクトローンチを目標にしております。
将来は、ありとあらゆるバッテリーレスの小型低消費電力デバイスを無線化し、その礎を担う技術を世界に広めていきたいと考えています。
※PoC・・・新しい概念や理論、原理、アイディアの実証を目的とした試作開発の前段階における検証やデモンストレーションのこと
岩佐:私たちは世界最先端の技術を開発し、世の中に還元したいと強く考えています。ワイヤレス給電により、薬瓶などのこれまで給電できなかった物への電力伝送などを実現し、人類の可能性を広げていきたいです。
創業手帳の冊子版では、事業を進める上で必要なノウハウをまとめて解説しているので、ぜひ活用してください。
(取材協力:
Aeterlink Inc./CEO 田邉 勇二 副社長 岩佐 凌)
(編集: 創業手帳編集部)