日東物流 菅原拓也|物流業界が直面する深刻な課題を信念をもって取り組む2代目社長、その取り組みの内容とは

事業承継手帳
※このインタビュー内容は2023年03月に行われた取材時点のものです。

物流業界の悪いイメージを変える!労働環境改善に向き合った2代目社長の手腕

多くの課題を抱える日本の物流業界。日本における物流業界へのイメージは悪く、労働時間の長さや低賃金によってブラック職種の認識が強くなっているのが現状です。

そこで政府は、労働環境改善を目的とした働き方改革を実施し、この改革で物流業界も2024年から時間外労働制限が強化されることになりました。具体的には年間の時間外労働時間を960時間以内に制限し、労働改善を図るのが目的です。

しかし、物流業界において働き方改革による時間外労働の制限はデメリットも多く浮彫になっています。

そんな中、物流業界からはほど遠いと思われがちな「健康経営」「コンプライアンス」に正面から取り組み、働き方改善に成功したのが株式会社日東物流です。

今回は代表取締役の菅原さんより物流業界が抱える課題や労働環境改善のための取り組み内容について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

菅原 拓也(すがわらたくや)
株式会社日東物流 代表取締役
1981年生まれ。千葉県出身。青山学院大学卒業後、西濃運輸、国分ロジスティクスの2社を経て2008年に株式会社日東物流へ入社。入社2か月後、同社のトラックで発生した大事故をキッカケとして「コンプライアンス改善の推進」を決意。コンプライアンスや労働環境改善に努める。2017年に2代目代表取締役社長へ就任。その後も愚直に改善を進め労働環境改善に成功し、利益率をアップさせる。現在は社内のコンプラ、労働環境改善にとどまらず、物流業界全体としての改善を目指し、メディアでの発信も積極的に行っている。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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創業者である父との食い違いを乗り越え2代目社長に就任!


大久保:まずは社長に就任するまでの経緯を伺えますでしょうか?

菅原:大学卒業後、大手物流会社など2社を経て日東物流に入社し、事業継承する形で2017年に2代目社長に就任しました。

大久保:事業承継の取材をすると創業者と継承者の意見の食い違いがあるのをよく聞きますが、菅原さんはスムーズにできましたか?

菅原:食い違いはすごくありましたね。物流業界はコンプライアンスをしっかりやっていたら経営は成り立たないという考え方があり、これをどうしても変えたかったんです。

しかし、父からは「そんな甘い考えじゃ経営は成り立たない」と言われ、社内でも改革案に懐疑的な人も多くいました。ですから、最初はお金のかからないところから改革から始め、少しずつ改善を進めていきました。

しかし、地道に変革のために動くことで潮目が変わってきて、少しずつ自分の取り組みを認めてもらえるようになり、そこから自分のやりたいように進めさせてもらえるようになりましたね。

事業承継で大事なことは「忍耐」と「根拠」

大久保:事業承継で苦労されたことを教えてください。

菅原:創業者になる人の考え方と2代目になる人の考え方は基本的に違います。2代目は2代目なりに勉強してきたことや信念があります。

しかし、創業者は創業者でゼロイチの大変さやこれまでの経験などもあり、そう簡単には違う意見を認めてはくれません。

理屈で分かっていても、2代目のやり方が生ぬるく感じてしまい、どうしても納得できないっていうのはよくあると思います。

後継者にとって大事になることは「諦めずしっかり根拠を持って粘り強く仕事をすること」です。働きぶりを認めてもらい、なぜそれをやりたいのかをしっかり説明して、少しずつ結果に結びつける事ができれば、事業承継はスムーズにできると思います。

大久保:創業者と2代目の考えの違いに最初は苦労されるんですね。中小企業だと社長の平均年齢が60代後半みたいな状況ですが、このあたりはどう感じてますか?

菅原:いくら優秀な後継者がいても不安になったり、経営者という立場から降りる寂しさなどから、理屈じゃ通らないようなことで席に座り続けてしまうのが多いと思います。それは年齢が上がるほど顕著になっているイメージですね。

私は父が66歳のときに事業承継しましたが、父が早ければ早い方がよかったと言っていました。考え方が凝り固まってしまったり、守りに入ってしまうことがわかるので、僕自身も思考が固まらないうちに、次の世代にバトンタッチをしていきたいですね。

日本の物流業界が抱える大きな課題!不人気である一番の要因は“給与”にあり?

大久保:運送業界の現状をお伺いできればと思います。

菅原:基本的に物流業というのは、そもそもイメージがあまり良くありません。「長時間労働」「肉体労働」「低賃金」などのイメージもあり、不人気職種とされ人手不足が深刻化しています。

その中でも特に人手不足の要因として考えられるのは、給料が上がってこない点が大きく関係していると思います。

30年前くらいであれば「免許証1枚あれば1,000万円稼ぐというのは夢ではない仕事」でしたが、規制緩和で事業者数が1.5倍以上に伸びた事で、運賃ダンピングが激しくなり、人件費にお金が回せなくなった事が要因のひとつです。

そもそも業界の利益率は0%に近く、問題解決に資金を回す余裕がないのも労働環境悪化につながっていると思います。

こういった理由から、ドライバーさんの待遇を変えられず、その影響でドライバーさんたちが集まらない状況になっており、今後も益々人材確保は難しくなると見ています。

大久保:なるほど。長時間労働の割に給与が安いと人も集まらないということですね。この悪いイメージはどうやったら変わっていくのでしょうか?

菅原:基本的には運賃ベースが上がってこないと、給与も労働環境も変わりにくいため、悪いイメージもなかなか払拭できないと思います。

現在国が主導している労働環境の改善は「長時間労働をなくそう」ということで、2024年4月以降、物流業界も月平均80時間以上の残業ができなくなる規制が施行されます。

そうなると多くのトラックドライバーの労働時間が減り、給料も落ちてしまいますよね。一般の職種であればそんなに難しいことではないでしょうが、物流業界は長時間労働が当たり前の職種なので80時間以内に収めるのは相当難しいんですよね。

だから物流企業は、コンプライアンスを無視して仕事をするか、長時間労働を無くすことで給料が減ったドライバーさんたちの離職に慄きながらコンプライアンスを守るか、難しい判断を迫られています。

法律で労働時間を短くしたからといってドライバーが増えるかといったらそうではないと思います。運賃の増加が解決されない限り、難しいかと思われますね。

大久保:労働環境改善の規則が強化されることで、逆に事業者の廃業が増えたり、物の運送が遅れたりするのもあり得ますかね。

菅原:現在運んでいる荷物のうち30%は運べなくなるんじゃないかと言っている方もいます。利益は上がらず、燃料費は上がり続け、コンプラも厳しくなる一方、廃業を考えても利益が出てないから廃業すらできないって話しもよく聞きます。

物流は経済のインフラなので止めるわけにもいかず、規制強化に乗り出しても国も根本的な解決策を打ちづらいのが現状です。物流は中小零細企業が大半なので、大企業だけで物流を支えるという事も難しいですからね。

大久保:なるほど。国全体として秘策を出すことが難しい状況なんですね。生産性の上がる要素はもう見当たらない感じですかね?

菅原:生産性を上げる工夫はあります。例えば大型トラックを1台先頭に置いといて、後ろに自動運転のトラックを追尾させれば人手不足対策にはなるでしょう。

ただ、これは日本国内で動いている物流のほんの一部にすぎません。共同配送っていう形もありますが、活用できるルートも限られているので、業界全体として生産性や効率性を大きく上げるのは難しい状況ですね。

分かっていても難しいコンプライアンスの改善!負のスパイラルから抜け出すには「業界全体の足並みを揃える」こと


大久保:御社でコンプライアンス改善のために取り組まれていることや業界全体で「こうした方がいいんじゃないか」っていうのはありますか?

菅原:我々が利益を出せている要因として、元々業界内で持たれている相場観で取引するのを止め、一から原価を計算して一つの商品を売るように料金を提示し、合意を得られたら契約するようにしています。

日本の物流業界は多重下請けの構造になっていて、300人以下の会社である中小企業がたくさんあります。そのため、荷主さんに値段交渉してしまうと他の業者に移ってしまうことがあるんですよね。

この歪なパワーバランスから、「物流業者側が荷主さんに対してものが言いづらい」という状況があります。

大久保:景気のよかった昭和時代は値段を下げてでもシェア取りや売上を重視していた印象ですが、今は適正価格で仕事をしていくべきという観点ですか?

菅原:コンプライアンスに合わせて今の時代に合った経営をするのであれば、提供価値に見合った適正価格でのビジネスは不可欠と考えます。

今の時代に合わせて労働環境を整えなきゃいけないと思っていて、私たちが率先してコンプライアンスや健康経営、従業員さんの待遇などを考えながら経営をしています。

これらをどの会社もやるようになれば、自然と不正に運賃が安く利益にならない仕事はだれもやらなくなるはずです。ただ、これらの取り組みが全国で起こり得るかといえば、現状は難しいでしょう。

なので背に腹は代えられない状況を作るのが良いと思います。例えば、コンプライアンスをしっかり順守できてない会社には国の規制によって監査されるとか、処分を受けるとか、それらをされるくらいならちゃんと守らなければならない状況を作るのです。

そうなれば、もしかしたら業界全体も、社会的イメージも変わっていくかもしれません。

利益を上げるには価格交渉は必須!日東物流が行った価格交渉の工夫とは?

大久保:荷主さんに対する価格交渉はしにくいと思いますが、御社の場合どのようにして交渉されてますか?

菅原:我々は利益を取れる仕事と取れない仕事の優先順位をつけていて、利益を取れない仕事に関してはどの水準まで持っていったら利益が出るのかをしっかり計算して荷主さんと交渉します。

価格交渉で双方の希望額に差があるのであれば取引を辞めたり、利益にはならずとも赤字にはならない仕事であれば引き続き交渉するなど、しっかりした根拠と信念を持って交渉していますね。

大久保:根拠を用意して交渉した結果、どれくらいの会社で価格交渉を認めてもらいましたか?

菅原:結構認めて頂いた印象ですね。半分以上は認めてもらったかと思います。どうにもならなかったお客さんは1割か2割ほどで、そのような会社は我々から撤退するようにしています。

大久保:値段交渉は中々勇気のいることだと思いますが、意外にも認めてもらっている印象かと思いますがいかがでしょうか。

菅原:金額の大小もありますが、我々の要望に100%応えてくれた会社もありましたし、 要望の20%くらいしか認めてくれないところもありましたが、まったく聞いてくれない会社は少なかったですね。

「信念を持ってお客さんと接して、それでもダメならしょうがない」って気持ちで交渉に望んでいました。

大久保:聞いてくれる会社が多かったということですね。コンプライアンス違反するよりは適正化した方が健全であると思いますが、「値段を上げることが悪」みたいな風潮はありますか?

菅原:それはすごくあって、業界的にはなぜか利益が出ていること自体があまり良いように思われないのが現状です。

物流業界は全企業の平均経常利益率が0%近辺で、下手したら赤字の年もあるくらい薄利なんですよね。大企業と呼ばれるところも2%台。その中で我々の会社は6~7%出していますが、儲けないと労働環境の改善などに投資ができません。

ただ儲けるのでなく、ドライバーさんたちの待遇改善や労働環境を変えるために利益を出さなければいけないと思っています。

利益は目的を達成するための手段であると思い、業界に蔓延るお金を儲けるのは良くないという考えは気にしないようにしています。実際に売上は落ちましたが、利益率は上がり労働環境も変わってきました。

売上向上だけではない!ドライバーさんの健康を守る「健康経営」も実施


大久保:会社の環境をよくするために儲けるべきという考え方なんですね。価格交渉以外にやっている取り組みはありますか?

菅原:物流とは、人々の生活を支える社会インフラです。そんな物流システムを安定的に維持するためには、企業およびドライバーの健康が不可欠ですので、コンプライアンスの徹底に加え、健康経営の取り組みを積極的に行っています。

我々の会社では、物流業界には珍しく、健康診断の全員実施を徹底しておりますが、健康診断の所見が出ると必ず管理職と面談する時間を設けています。場合によっては栄養士と面談をします。

所見が出た従業員は必ず再検査をし、その結果にもとづいて会社からフィードバックをもらう形です。従業員が服用している薬とか、眠気などの副作用があるのかまでしっかり確認し管理しています。

脳ドックや無呼吸症候群の検査も3年に1回、会社負担で受けてもらっています。インフルエンザの予防接種も扶養家族含めて会社の経費で実施しています。

ドライバーさんに健康で働ける職場を作ってあげたい思いから健康経営を取り入れています。

大久保:コンプライアンスの徹底と健康経営の推進が、ドライバーの皆さんの安全にもつながってくるってことですね。

菅原:我々は公道を使って仕事させていただいている以上、安全に業務をできるようにしなければいけません。そのためにはドライバーさんの健康が不可欠です。

ドライバーさんが健康的に働けるような労働環境と健全な社会生活が営める生活環境を提供するためにも、会社としても利益を出さなければいけません。

利益を出すには当然、儲かるような仕事をしなければいけません。そのために会社として何をやるかと言えばお客さんに交渉するって流れが当然だと思っています。

経営は「小さいことの積み重ね」が大きな花を咲かせる鍵となる

大久保:最後に、承継される経営者や起業される方にメッセージをいただけますか。

菅原:自分に信念を持って行動し、悩んだ時には何のために会社を経営しているのか立ち返ってみるのが良いと思います。中には大きなイノベーションを起こせる人もいると思いますが、基本的には会社の変革や経営は本当に小さいことの積み重ねが大事です。

小さいことを日々やり続けていくことで3年、5年先に会社が大きく変わってることもありますので、ぜひ諦めずやり切ってほしいですね。

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(取材協力: 株式会社日東物流 代表取締役 菅原拓也
(編集: 創業手帳編集部)



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