Chatwork 山本 正喜|国産ビジネスチャットの先駆者に聞いた、起業を成功させるコツ
国産ビジネスチャットという新事業を開拓した起業家に聞く、成功する起業とは
時代の変化とともに資金調達しやすい環境になり、新規事業を起業する方も増えてきましたが、赤字続きで撤退のタイミングがわからなかったり競合が出てきた際の戦略の立て方に悩んでいたりしている起業家も多いようです。
そこで今回は、初の国産ビジネスチャットを開発したChatwork株式会社の代表取締役CEO 山本正喜さんに取材をして、新規起業を成功させるコツを伺いました。
電気通信大学情報工学科卒業。大学在学中に兄と共に、EC studio(現Chatwork株式会社)を2000年に創業。以来、CTOとして多数のサービス開発に携わり、Chatworkを開発。2011年3月にクラウド型ビジネスチャット「Chatwork」の提供開始。2018年6月、当社の代表取締役CEOに就任。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
国産初のビジネスチャットChatworkとは
大久保:元々ご兄弟でChatworkを起ち上げられたということですが、お兄様がビジネス寄りで山本さんがエンジニア寄りと伺いました。
山本:そうですね。
大久保:山本さんがCTOからCEOになった時期と、会社が上場する動きがコロナも相まって同時に起こってる気がします。その中で社長に就任された経緯を教えていただけますか?
山本: 会社自体は2000年に創立したのですが、2010年に社内向けツールとしてChatworkをつくりました。私がコードを書いて運営していましたね。社内フィードバックの改善を重ねながら事業化が決定し、2011年3月1日、正式に提供開始しました。
2012年に社名を変え、そのタイミングで前社長の兄が「グローバルなビジネス戦略を学びたい」ということで渡米しました。当時、Chatworkの利益はほぼなかったんですが、ユーザー率が伸びていたこともあってポテンシャルは非常に感じておりました。
実質、日本のトップは私でしたね。当時は組織が30人ぐらいでしたが、半年で60人、もう半年で80人になってどんどん大きくなった感じです。
5年後の2017年ぐらいになって「弊社もあと少しで上場できる」という段階に突入しましたが、海外のビジネスチャットツールが非常に強くて、一旦、日本の事業に集中しようという意思決定がなされたので兄は帰国しました。
5年間、兄がアメリカにいる間に資金調達をしていて、会社の規模は3倍ぐらいになり、上場のために準備してバランスも強化されましたね。フェーズが「0-1」から「1-10」に変わった感じです。
兄は会社を起ち上げるのが好きで、会社のフェーズに合わなくなってきた上に実質日本の社長は自分だったので、2018年に兄から社長を任されました。突然言われたので大変だったんですけどね。自分が社長に向いているのかがわからなかったので、当時はCEO兼CTOという感じで二足のわらじを履いた状態でしたが、「意外とCEOに向いてるな」と感じ、今に至ります。
大久保:山本さんはCTOだけでなく、社長向きでもあったということでしょうね。エンジニアからCEOになった時に大きな変化はありましたか?
山本:元々、事業だけでなく組織も見なくてはいけなくて、実質CEOをこなしていた感じなので、社長就任になっても業務内容があまり変わらなかったですね。兼任し続けるのも良くないので、別の従業員にCTOを任せたのが2020年で、社長交代してから1年後に上場しています。
社長交代をして、引き継ぎしながらの上場だったので大変でしたね。事業計画の達成率が強く求められるので、上場に関する登記がとっても大変だったのを覚えています。今はだいぶ落ち着きました。
上場してからの変化について
大久保:ちなみに、会社が上場してからの変化はありましたか?
山本:すごくありますね。 上場した直後に会社自体に変化が起きるということはないのですが、外部からの扱いは劇的に変わりました。
特に顕著なのが、取材と採用の場面です。例えば、イベントで上場社長として紹介されたり、テレビなどでも上場企業という枠で紹介されたり、採用面でも変化がありました。 会社の採用に応募してくる人材のレベルが大きく上がったというのを実感しています。
大久保:上場されてから会社の利益も上がっていますよね。
山本:直近だと黒字になってますね。
大久保:開発投資に力を入れているのでしょうか?
山本:開発については投資し続けていますが、一番大きく投資するのは営業やマーケティング分野ですね。
大久保:CM(テレビコマーシャル)とかですか?
山本:それも検討はしてますが、広告宣伝費を十分に使えてないので、そこをしっかり踏んでからですね。
弊社はプロダクト会社だったこともあり、資金調達するまで営業経験がゼロだったんです。マーケティングもほぼ行っていませんでした。初めの頃、Chatworkは口コミで勝手に伸びていったんです。
オーガニックグロースで勝手に伸びていったので楽なんですが、「成長率を上げるためには何をしたらいいのか」がわからなかったんです。そういうこともあり、資金調達をした後に営業組織やマーケティング組織を作りました。
大久保:今ようやく市場に浸透してきているということですか?
山本:そうですね。ビジネスチャット自体、今でも市場浸透率は12.5%とか、そのくらいです。8割・9割は普及していないので、テレビCMを打ち出すのはもっと浸透してから検討します。
時代のタイミングとマーケティング組織の成熟度が低かったんですが、ここ2年ぐらいでようやく組織が整い、コロナウイルスの流行で時代が早まったので、「ビジネスチャットがメインストリームになる時代がここ3年以内には来る」と確信しています。そのタイミングで市場シェアを獲得していきたいので、今年から中期計画を出して4年以内で最大限投資することを宣言しました。
大久保:創業21年にして今がベンチャーということでしょうか。
山本:はい、ここからが勝負ですね。2020年は従業員が111(2020年1月末日時点)人でしたが、今は176名(2021年3月末日時点)になりました。今後さらに人数を増やして、マーケティングコストも投資していきます。
ビジネスチャットが占める市場は約2割
大久保:ビジネスチャットが普及しなかったのは、なぜでしょうか?
山本:IT業界だと普及率は6・7割ぐらいの市場シェアはありますが、そうではない業界にはほとんど知られていないんです。LINEをビジネスで利用している人が多いでしょうね。
大久保:でも、個人LINEを仕事で利用するとなると公私混同になるので、何かと面倒ですよね。
山本:そうですね。LINEで仕事をしている方のほうが多いかと思いますが、ビジネスになると使いにくいですね。
大久保:Chatworkは普及しているように見えて、未開拓のマーケットが多いということでしょうか?
山本:そうですね。8割は真っ白な状態です。今後はまだ取れてない枠を獲得していきたいですね。中小企業をマーケットで獲得していく流れになります。
大久保:IT系ツールは海外のものが多い中で、国産のプラットホームで成功している会社ってあまりないですよね。
山本:私が知る限りは、特にプロダクトに関して言うとほぼないでしょう。ゲームや漫画の分野は海外に進出していますけど、ビジネス系のプロダクトでグローバルの企業と戦って勝ってる会社はないと思います。
大久保:そういう意味だと、Chatworkの存在は貴重ですよね。
山本:なんとか頑張ってます。競合は桁違いの枠にいますけど。
大久保:でも意外に競合と対抗できそうな感じですか?
山本:そうですね。最初は競合がおらず独走状態でしたが、途中からビジネスチャットの勢いが出てきて、競合が増えた時期がありました。
日本語のプロダクトで逃げ切ろうと思ったら、競合も日本語に対応したり日本法人を設立したりと、積極的に参入してくるんです。圧倒的な資本力があり、マーケティング費用やエンジニアの数も桁違いで、「これは勝てないんじゃないか」と思った時もありましたね。
資金調達も設けたし、上場もしなくてはいけなくて、頑張っていた時期は本当に辛かったんですが、蓋を開けてみたら実は影響がなかったんです。Chatworkは口コミによって中小企業に広まっていったので、競合が参入してきてもKPIの伸びには影響せず、むしろ二次曲線的に伸び続けていきました。
大久保:なぜ、Chatworkは競合に負けなかったのでしょうか?
山本:後々、私なりに分析したところ、Chatworkは外部接続性が高い、つまり社外とのやりとりに適していて、中小企業が導入しやすかったんです。
他のプロダクトは基本的に社内で閉じる仕組みになっています。社外と接続できたとしても、外部接続性が低かったんです。
ここ2年で成功した要因を分析して、それを戦略にしようと考えたのが吉と出ました。
大久保:Chatworkでのやりとりを希望されると、流れ的に導入せざるを得ないので、中小企業の間でツールが広まったということでしょうかね。
山本:ネットワーク効果はありますね。社外とのやり取りが便利なので、その辺の領域にChatworkが広がっていったという感じです。
大久保:ちなみに、日本固有の機能や特性があるツールは存在すると思いますか?
山本:たくさんあると思いますよ。海外でもローカルマーケットはありますが、日本に関しては中小企業が多いだけでなく、日本国内にいる人種がほぼ日本人なので特性が強いほうでしょう。
働き方も日本はジョブ型ではなくメンバーシップ型がほとんどなので、グローバル的な視点で見れば特異な環境ですね。
大手企業との提携が大きなターニングポイント
大久保:会社を創業されてから約20年が経ちますが、創業当時は他にも事業を起ち上げていたのでしょうか?
山本:はい。2000年に会社を起ち上げたので、そろそろ21年ぐらいになります。前の社名は「EC studio(イーシースタジオ)」でした。当時は10個ぐらいの事業に取り組んでいて、基本的にはWebサイトで自動完結できるような自動販売機を作りました。たくさん起ち上げていて、特にSEOに関しては強かったんです。
大久保:10個ぐらいあった事業を、Chatworkひとつに絞ったのはなぜでしょうか?
山本:弊社は企画と開発に強い会社です。世の中のニッチを見つけて作成し、自動化して、その分野が収益を上げている間に別の新しいことを始める会社で、Chatworkもその中のひとつでした。
事業化したいと言ったら却下されたので、最初は社内のツールとして利用していました。社内副業として始め、後に事業化していった流れです。2012年ぐらいにKDDI株式会社の担当者から提携したいという依頼をいただいて、事業をスタートするまで10ヶ月ぐらいかかりました。
大久保:KDDI株式会社と提携したのが、大きなターニングポイントということですね。
山本:大手であるKDDIさんと事業を起ち上げてみて手応えがあったので、中小企業のドメイン化を中心に行いました。そのタイミングでChatworkのみの事業に絞って社名を変えました。
大久保:Chatworkを事業化するための資金は、どこから調達していたのでしょうか?
山本:ESET(イーセット)という、スロバキア共和国で作られているウイルス対策ソフトの売上げが伸びて、その収益をChatworkの事業にあてていました。
ESETはソフトウェアには珍しいサブスクリプション(定期購買)で、ウイルスのライセンスを年間で更新するので、1回販売すれば年々更新される仕組みになります。
広告での収益はほとんどありません。基本的な機能は無料で提供し、特別な機能に関しては有料化する仕組みを「フリーミアム」と言うんですが、これがあまり儲からなかったので基本的にはアカウント収益だけでしたね。
大久保:現在は会員数も増えて単価もアップしたので、自動的に売上げが伸びた感じですか?
山本:そうですね。当時はGoogle Appsが5ドルぐらいだったので、それ以上に高い価格設定はできなかったんです。その後に時代が変わって、システム開発会社に何千万とか何億とかでシステムを作ってもらうより、サービスを使用したほうが良いという方向性になったので、サービスでも単価が高いものが普及し始めました。1ユーザー800円のサービスも出ましたね。
時代とともに、単価が高くてもユーザーがサービスを利用してくれるようになりました。それとともにChatworkの機能も改善され、結果的に価値が上がっていった感じです。
大久保:Chatworkは最初は社内ツールとして開発されて、その後に事業化して成功したんですね。
山本:社内スタートアップみたいなものでしたね。最初は営業担当もいなかったので、自分でコードを書いて、問い合わせがあったらサポートの対応をしていました。
大久保:自分が作りたいと思って開発したものがChatworkですか?
山本:そうです。完全にプロダクトアウトですね。当時は世の中にChatworkのようなサービスがなかったので作りました。
以前はWindows MessengerやSkypeを使っていたので、チャットで仕事をするという肌感はあって、これらの不便さをわかっていたからこそChatworkを作ることができたんだと感じています。
大久保:時代を先取りしていたということですね。
山本:そうですね。2011年に作った時はスタートアップブームもなかったので、まったく理解されなくてメディア受けも悪かったです。当時はビジネス版のTwitterやFacebookが流行ってた時代で、「なぜ今さらビジネスチャット?」と認識されていたので、わざわざお金を払ってメディアに情報を掲載してもらう感じでした。
Chatworkをリリースした3ヶ月後にLINEがリリースされて、LINEをビジネスのツールとして使用する人も増えました。しかしLINEは「プライベートとの区別がつきにくい」ということでビジネス系のチャットが求められ、2014年ぐらいにChatworkのブームが来ました。その辺りから一気に競合が増えましたね。
競合に勝つためには資金調達も必要
大久保:多くの競合が誕生する上で、どのような対策を取りましたか?
山本:シリコンバレーが注目されてから世界中の優秀な起業家が会社を設立しました。1週間に1個は競合ができるという時期もあったので、それで我々も2015年に資金調達しようという方針になったんです。
何億も資金調達して赤字を出しながら起業する団体もいましたが、我々はそういうことをせずにESETの収益をChatworkに投資する方針でした。しかし、世界中で注目されているのに「自己資金だけにこだわって競合に負けていいのか」と考え直して、そこからスタートアップになりました。創業15年目ぐらいで遅れてのスタートアップですね。
大久保:手触り感のあるニーズが入った、というのが逆に成功につながったということでしょうね。
山本:そうですね。自分たちが欲しいと思う機能を理解していたのでそれが吉と出たんだと思います。また、自社で開発組織とビジネス経験があったので、初期は資金調達せずに自己資金で運営できていました。
資金調達は後にするほうが起業家が有利になるので、とても資金調達しやすかったんですよ。プロダクトはあるし、ドラクションはあるし、経営チームと開発チームもあるし、VC(ベンチャーキャピタル)はすべて出したいという気持ちがありました。
大久保:投資を受けなくても事業を運営できたという事実は、いい物差しになりますね。
山本:そうですね。大変でしたけど、結果的にはプロダクトは成長したので良かったです。
大久保:どのような点が大変でしたか?成長に伴う、歪みみたいなところでしょうか?
山本:起業した時に30人ぐらいの従業員だったのが短期間で急激に増えて、色々と歪みが出てきました。従業員が50人ぐらいの規模になると、社長がすべて管理できなくなるんですよね。ワンマン経営にならないように分割していかなければならなくなります。業務の分割をどうするか、誰が決断を下すのかなどの知識がなくて社内が大混乱でした。
従業員が50人以上になると会社のOSが変わるんですが、そのタイミングでスタートアップの状態だと、資金調達は一気に広まるので痛みも倍増しになります。特にビジネス側は新規で起ち上げた組織なので、メンバーが入れ替わり・立ち替わりしましたね。経営メンバーが定着するまでが特に大変でした。
大久保:その痛みはスタートアップの場合、避けては通れない道なのでしょうか。
山本:人間は急激に変化はできないものなので、避けては通れないと思います。
赤字事業の撤退基準はライフタイムバリュー
大久保:Chatworkは赤字から黒字になったということですが、赤字の事業をいつまで続けるべきでしょうか? 辞める判断はどのようにして決めたら良いのでしょうか?
山本:撤退基準を決めて、その時点で撤退するという方法もありますが、基本的にライフタイムバリューよりも低い獲得コストかどうかで判断します。ユーザー1人あたりの採算性(経済性)を表すユニットエコノミクス(Unit Economics)の話になりますね。特にサブスクリプション(定期購買)のビジネスだとそういう考え方をします。
例えば、月額500円x36ヶ月分(3年分)がライフタイムバリューで、それより低い獲得コストになっていれば黒字になります。なので、単年度で赤字になってもLTV(顧客生涯価値)を回収すれば黒字になるということです。
LTV(顧客生涯価値)を超える獲得コストが発生すると危ないですね。基本的には、ユニットエコノミクス(Unit Economics)をモニタリングしながら踏んでいくのが最良でしょう。
大久保:最後に、これから起業する人や起業家として活躍している方にひと言お願いします。
山本:今はスタートアップエコシステムが発達していて、投資家も増えてきています。VC(ベンチャーキャピタル)を出したくて仕方ない環境だと思うので、起業家にとって最高のタイミングでしょう。
お金が余っている状態なので、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も増えていて、スタートアップにとっては資金調達できる最高の環境にあります。この環境を最大限に活かして、どんどん新しいことにチャレンジしてください。
スタートアップのイグジット(EXIT)層が確立されてきたのが直近だと思うので、我々の失敗を糧に高速道路を走っていただけると良いんじゃないんでしょうか。
何か相談があれば、Chatworkにて個別で質問していただければと思います。
大久保:本日はありがとうございました。
まとめ
新規の事業を起ち上げて人員を増やしたり規模を拡大したりする際には、人の入れ替わりも増え、歪みが生じてくるので大変な時期は避けて通れません。
しかし、現在は資金調達がしやすい環境下にありスタートアップが成長しやすい時代でもあるので、新規事業を起ち上げるなら今がチャンスです。
「事業が赤字続きでどのタイミングで撤退するべきか悩んでいる」という起業家の方は、Chatworkを通して国産ビジネスチャットの先駆者にアドバイスを求めてみてはいかがでしょうか。
(取材協力:
Chatwork株式会社 代表取締役CEO 山本正喜)
(編集: 創業手帳編集部)