AIメディカルサービス 多田 智裕|医者から起業家へ!内視鏡AIで世界のがん患者を救う

創業手帳
※このインタビュー内容は2025年02月に行われた取材時点のものです。

最も死亡者数の多い「消化管がん」の早期発見率を「内視鏡AI」で高める

多田 智裕
全がん死亡者の約3割を占める消化管がんは、早期発見できれば患者を救える可能性が大幅に高まります。消化管のがんを早期発見するための「内視鏡検査」は、最終的には人の目で確認するため、2割程度は見逃しがあると言われています。

この課題を解決するために、内視鏡検査にAI技術を掛け合わせて、より高精度の検査を実現したのがAIメディカルサービスの多田智裕さんです。

今回の記事では、多田さんが医療業界におけるAI活用の研究を始めた経緯や今後の展望について、創業手帳の大久保が聞きました。

多田 智裕(ただ ともひろ)
株式会社AIメディカルサービス 代表取締役 CEO
東京大学医学部ならびに大学院卒。
東京大学医学部附属病院、三楽病院、東葛辻仲病院などで勤務。2006年にただともひろ胃腸科肛門科を開業し院長就任。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医。
『行列のできる 患者に優しい“無痛”大腸内視鏡挿入法』
『東大病院をやめて埼玉で開業医になった僕が世界をめざしてAIスタートアップを立ち上げた話』など著書複数。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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病院開業を成功に導くマーケティング戦略

大久保:元々はどのような生い立ちだったのでしょうか?

多田:私は幼い頃から、周りと違うことを気にしない性格でした。

小学生の時、放課後は学校に残って缶蹴りやサッカーなどをして遊んでいた子が多かったのですが、私はすぐ帰って塾に行っていました。友達や担任の先生から「付き合いが悪い」と言われていましたが、当時の私は全く気にしませんでした。

大久保:大学は東京大学に行かれたんですよね?

多田:関西に残るか東京に行くかで迷っていましたが、関東に行っていろんな刺激を受けてみたいという気持ちが高まり、東大医学部に行くことを決意しました。

大久保:大学卒業後に勤めていた病院を辞めて、ご自身で病院を開業されたのはどのような戦略からでしたか?

多田病院の開業に関しても、最初に戦略を決めることが重要です。私の考えとして、病院開業の戦略は2つに分けられます。

まず1つ目は、開業する病院の打ち出し方の戦略です。

令和のご時世においては、基本的に専門性を打ち出さないと病院を開業してもやっていけません。他の病院と同じことをやっていると、すぐに大手に買収されてしまいます。

ですが、私が開業した2006年は、幅広く診察を受けるクリニックが多かった時代でした。
当時は専門性を打ち出すクリニックはまだ少なかったですが、先を見据えて専門性を打ち出す戦略を選びました。

2つ目は、開業する場所の戦略です。私は駅前に開業することが大事だと考えました。

大久保:そのマーケティングが秀逸だったんですね。

業界初!2016年に内視鏡AI技術の研究を開始

大久保:病院の開業や医療関連の業務の中で、AIメディカルサービスの起業につながる「AI」との出会いがあったのでしょうか?

多田:私が医学に携わってきて、本質的にやっていたことは内視鏡医療の発展です。

クリニックでの内視鏡検査を苦痛が少なく安全にできるようになったら、その次は画像解析の精度を上げるフェーズに入るのですが、その時にAIと出会いました。

内視鏡検査は胃や腸の中を診る検査ですが、やっていることは画像認識そのものです。そこに対してAIを使うことを思いつきました。

医療業界でのAI活用は2016年の当時まだ誰もやっていなかったので、自分でやってみようと研究レベルでスタートしたことが「AIメディカルサービス」の始まりです。

大久保:具体的にはどのような事業を想定してスタートしたのでしょうか?

多田:内視鏡検査に関する研究データを集めて、AIに学習させるというシンプルな内容です。最初は判別精度が上がらず苦労しました。

最初の成功事例としては、ピロリ菌という胃がんの原因となる細菌への感染による胃炎があるのですが、感染部位を追加学習させて精度を上げることに成功し、それを論文にまとめて発表したことです。

AI技術をどこに社会実装するのか、そしてどの社会課題を解決するのかというのは、どのサービスにも共通する考えるべき本質だと思います。

そのため、AIによる画像認識技術が医療現場のどこで役に立つのか、その技術をどのように使うべきなのかというのは、プロダクト開発時点でかなり大事なことです。

その点、私は20年ほど内視鏡医療に携わって、医療現場で困っているポイントがわかっていたため、開発するプロダクトの方向性をすぐに決められたことは強みだったと思います。

学習データの質・量ともに世界最高水準の「内視鏡AI」が完成

大久保:AIメディカルサービスのプロダクトをローンチするまでに、大変だったことがあれば教えてください。

多田:1番大変だったのは、薬事承認審査で許可を得るまでの過程です。薬事承認審査に対して全く知識も経験もなかったので、ゼロから学び直す必要がありました。

逆に薬事承認審査をする機関としても、胃の腫瘍を検査するAIは初めての審査になったと思いますので、申請者側、審査側ともに納得のいく着地点に辿り着くまで相当苦労がありました。

大久保:お互いに最初で審査する側も慣れてないから、時間がかかる部分ではありますよね。

多田:ただそこは、成功するまでやるしかありませんでした。起業した後は「成功するまでやる」それ以外ありません。

大久保:内視鏡AIという市場について教えてください。

多田:そもそも内視鏡自体が日本発祥の医療機器で、オリンパス、富士フイルム、ペンタックスの3社で世界シェア約98%を誇ります。

日本の内視鏡医は世界トップレベルですし、世界最高水準の内視鏡AIを作るのに、内視鏡検査に関する世界最高水準のデータは日本にしか存在しません。

大久保:内視鏡検査は今後も衰退することはないのでしょうか?

多田:内視鏡検査はこれからさらに増えていくと予測されており、減ることはないと考えています。

がんの中で1番死亡率、死亡者数が多いのは、日本でも世界でも胃がん・食道がん・大腸がんなどの消化管のがんです。

そして、その胃がん・食道がん・大腸がんという消化管のがんを早期で確定診断できるのは、内視鏡検査しかないです。

そのため、内視鏡検査に関するソフトウェアも伸びていくと確信しています。

大久保:AIメディカルサービスのプロダクトはどこに強みがありますか?

多田:弊社の内視鏡AIは、学習データの質・量ともに世界最高水準です。

プロダクトの開発には日本のトップドクターが100名以上も関わっていて、世界最高水準のデータを作れるような体制が整っています。

さらに、ベンダーロックをかけずに完全サードパーティーとして開発しており、どの内視鏡でも制約なく開発できるところも強みだと考えています。

医者の仕事もAIに奪われる!?

大久保:プロダクトのユーザーは病院ですか?

多田:はい。内視鏡検査を行っている病院に、内視鏡検査の精度向上、医療安全の向上のために購入していただくプロダクトになります。

医療業界も人手不足ですが、AIはお医者様のサポートツールであり、お医者様の代替とはなりません。

カーナビをイメージしていただければと思いますが、カーナビがあってもタクシードライバーは減らせないじゃないですか。これと同じで、弊社のプロダクトも医療安全を向上させる「診断支援ソフトウェア」だと考えていただければと思います。

大久保:AIによって人間の仕事がなくなってしまうと不安になる人もいると思いますが、あくまでも人をサポートするプロダクトということですね。

多田:はい。弊社のプロダクトを導入すると、画像診断業務を効率化できるので、全人的な事業、医療、患者さまと向き合う時間に注力できるようになります。

大久保:現段階のプロダクトでも未来が良くなることがイメージできるのですが、今後はどのような展開を想定されていますか?

多田:将来的にはやはり「クラウド化」して全世界がつながっていくのではないでしょうか。

国境間のデータのやり取りには規制などの問題がありますが、クラウド化することで、データ蓄積はさらに加速していくと考えています。

大久保多田さんは医者から起業家という珍しい経歴ですが、医者以外にも弁護士や会計士でも起業できる可能性はあるとお考えですか?

多田:専門分野や強みを活かせれば、どの専門家でも起業できると思います。ですが、おそらく専門家の方で起業する人はほとんどいません。

なぜならば、医師免許だけでなく弁護士や会計士など、その資格を持っていれば安定した収入がすでに確約されているからです。

ただし、専門家として同じ業界に居続けると、自分自身の本当の価値に気づけないことが多々あります。

私は「医療にAIを組み合わせること」を2016年に知って、実行したことが今につながっています。

どこの専門業界も困りごとだらけなのは同じはずです。その困りごとの解決に向けて、外に広くアンテナを張っていくと起業のチャンスは無限にあると思っています。

その中で自分がやりたいこと、命懸けでできることを見つけられるかどうかが分岐点となりますね。

内視鏡AIの社会実装で救える命が格段に増える

大久保:今後の展望を教えてください。

多田:我々はプロダクトをローンチするまでに約6年かかりました。プロダクトを作る過程も大変でしたが、作った後に社会実装させるところまでしっかり行わなければ意味がありません。これは革命を起こすのと同じです。

弊社の技術が広く社会実装を実現できるまで、これからもサポートをしていきたいと考えています。

大久保:プロダクトの普及により、救える命が増えることに直結するので、社会に対するインパクトは大きいですよね。

多田:事業としてはマネタイズを考えなければいけませんが、命はプライスレスなので、考え方が他のプロダクトとは違うかもしれませんね。

大久保:最後に読者へメッセージをお願いします。

多田:起業当初は資金繰りに苦労する起業家も多いと思いますが、強いリーダーシップを持ち、熱意を持ってやれることが見つかれば、資金繰りに困ることはありません。

自分自身と向き合い、自分にしかない強みを見つけられるように、じっくり考えていただければ、きっと道は開けると思います。

大久保写真大久保の感想

医者からスタートアップに、違う分野への転身と思っていましたが、直接見るのかAIを使うのかでやっていることは同じ、という多田さんの言葉が印象的でした。
今後、医師、弁護士のような今までだと起業しない専門家が自分たちの業界をよりよくするためのスタートアップが増えていくかもしれません。
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(取材協力: 株式会社AIメディカルサービス 代表取締役 CEO 多田 智裕
(編集: 創業手帳編集部)



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