「日本初のプロ選手」が描く卓球界の未来 Tリーグ創設の手腕に迫る

創業手帳
※このインタビュー内容は2018年12月に行われた取材時点のものです。

一般社団法人Tリーグ チェアマン 松下 浩二インタビュー(前編)

(2018/12/21更新)

2018年10月、日本初となる卓球の新リーグ、「Tリーグ」が開幕しました。その先導役を務めた一般社団法人Tリーグのチェアマン 松下 浩二氏は、日本初のプロ卓球選手であり、ドイツ・ブンデスリーガ日本人初参戦など、現役時代には輝かしい成績を残した選手としても知られています。
引退後は、卓球用品メーカーの代表や日本卓球協会の理事を務めるなど、組織のリーダーとして今も卓球界を牽引し続けています。

そのパワフルな活力や行動力はどこからくるのか。前編・後編に渡って、Tリーグ発足の経緯、また一組織の長として活躍する松下氏の経営哲学について、創業手帳 代表の大久保が伺いました。

松下 浩二(まつした こうじ)
1967年生まれ、愛知県出身。プロ卓球選手第1号、また日本人初ドイツ・ブンデスリーガに参戦など卓球界のパイオニアとして第一線で活躍。現役時代は全日本選手権、シングル4度、男子ダブルス7度の優勝を誇り、世界卓球選手権やアジア選手権など世界大会でも団体で銅メダルを獲得。オリンピックはバルセロナからシドニーまで4大会連続出場を果たす。引退後は、卓球用品メーカー「VICTAS」の代表取締役社長、日本卓球協会理事を歴任。2017年には一般社団法人Tリーグ・チェアマンとして日本卓球の新リーグ「Tリーグ」発足に尽力するなど、日本の卓球界に大きく貢献。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社の母子手帳、創業手帳を考案。2014年にビズシード社(現:創業手帳)創業。ユニークなビジネスモデルを成功させ、累計100万部を超える。内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学、官公庁などでの講義も600回以上行っている。

プロジェクト発足から10年。待望の卓球新リーグが開幕

Tリーグのホームページより引用

大久保:この度はTリーグの開幕、おめでとうございます。この出来事は日本の卓球界にとって、どんな意味を持つと松下さんはお考えですか?

松下:日本において、卓球というスポーツが今後さらに発展するきっかけになると信じています。これまで日本は、オリンピックで団体、個人戦ともにメダルを獲得し、世界ランカーを幾人も輩出してきました。

これだけの卓球強豪国においてのプロ・アマ混合の新リーグ発足は、卓球の技術のさらなる向上やレベルの底上げ、また競技人口の増加による普及や人気メジャースポーツへの発展など、あらゆる面において卓球というスポーツを後押しするものです。私だけでなく選手はもちろん、卓球関係者やファンにとって待ちに待った瞬間だったはずです。

大久保:やはりプロ卓球選手として活躍し、その後も日本卓球協会の理事、Tリーグ発足の先導役を務めるなど、長年に渡って卓球界に尽力してきた松下さんだからこそ、感慨深いものがあると思います。そんな松下さんが見てきた日本の卓球界は、これまでどんな問題を抱えていたのでしょうか?

松下日本は卓球の強豪国ではありますが、依然として中国の壁は高いです。個人では伊藤 美誠選手や平野 美宇選手など、中国人トッププレイヤーと引けを取らない実力を持つ選手が最近出てきていますが、選手層でみると歴然とした差があります。(2018年11月時点で世界ランク10位以内に入る中国人選手は男子が3名、女子は6名)

私自身、選手時代に感じたことですが、プレイヤーの実力が上がれば上がるほど対戦相手のレベルも上げる必要があり、薄い選手層の日本では練習相手が見つけられないといった事態が起きていました。そのため、日本人トップ選手は海外リーグへ挑戦するしか選択肢がありませんでした。

スポンサー企業から資金が出るトップ選手個人としてはそれで良いのかもしれないですが、日本全体でみるとその選手が引退すればそこで終わってしまいますし、日本の卓球界の永続的な発展にはなかなか繋がっていきません。

そこで、レベルの高いプロ選手をたくさん集めたリーグが国内にあれば、選手間の切磋琢磨を促し、日本人選手の成長、強化へと繋げていくことができます。また将来、Tリーグでのプレイを夢見る後継の育成にも期待でき、継続的にハイレベルな選手を輩出し続けられる可能性が高まります。そうした選手が揃うことで中国にも負けない厚い選手層を保ち、まだ卓球界では達成されていない金メダリストの輩出や、メダル獲得常連国としての地位を得るまでに発展できるのだと思います。

Tリーグは、卓球というスポーツが今後さらに発展するきっかけになる

大久保:松下さんが選手の時代から、リーグ発足の必要性を感じていたとのことですが、このタイミングになった理由はあるのですか?

松下ハッキリ言ってしまえば、遅すぎたと思っています。例えば日本と同じように世界ランカーが何人もいる強豪国の中国やドイツは、何十年も前にプロリーグができています。最近実力を上げてきているインドでさえ、昨年からプロリーグが始まっているんです。

大久保:遅れをとっているとのことですが、こうした大々的な体系を作り上げるのには、それなりの時間がかかると思います。実際に動き出したのはいつ頃だったんでしょうか?

松下:新リーグ発足に向けて動き出したきっかけは、2008年の北京オリンピックがきっかけでした。当時、実力をメキメキと上げ、メダル獲得を期待されていた福原 愛選手や、水谷 準選手を要する男子団体でしたが、惜しくもメダル獲得まであと一歩という結果で終わりました。

非常に悔しい思いの中、当時の日本卓球協会の会長であった大林 剛郎氏が「今後、オリンピックや世界選手権でメダルを取るためにはプロ的なリーグや組織が必要ではないか」とおっしゃったのです。それを受けてプロジェクトチームが立ち上がり、卓球協会の中で話し合いをしてきました。

ですが、実現には資金調達やPR方法など卓球以外で多方面の専門家の意見が必要であることがわかり、2015年4月に「プロリーグ設立検討準備室」を設け、JリーグやBリーグ、代理店などプロリーグを立ち上げた経験のある方々に協力をしてもらいました。

それから2017年3月には一般社団法人Tリーグを設立し、2018年の10月にようやくTリーグ開幕に至りました。始動してからTリーグ開幕まで、10年かかりました。

各国リーグのメリットを融合、世界一の卓球リーグを目指す

大久保:10年という長い時間をかけながら、持続可能なリーグの仕組み作りを模索してこられたと思われますが、どのような点を意識して形作ってこられましたか?

松下:卓球のプロリーグで有名なのは、1960年から続くドイツの「ブンデスリーガ」と卓球大国・中国の「中国超級リーグ」があります。中国のリーグは約5ヶ月の短期日程にもかかわらず巨額の契約金が出せるような企業が、一社でチームを運営しています。これはいわば日本のプロ野球みたいなものです。卓球は競技の特性からスタジアム等など数万人を収容するような大きな会場は適さないため、観客動員による莫大な収入は見込めません。

そのため、そのような企業チームで限定してリーグ内に複数のチームを作るにはハードルが高すぎますし、もし無理して作ったとしても企業の経営が悪化してしまえばチームがなくなる可能性も出てくるため、リーグ自体の存続にも影響が出てしまいます。そのため年2〜3億円の収支がある事業性であることを説明し、チームの運営形態の限定はしないことに決めました。

そこで大いに参考にしたのはドイツのリーグです。ドイツリーグは日本で言えば「Jリーグ」や「Bリーグ」のような地域密着型の運営体制をとっています。メリットは一つの会社だけでなく広くスポンサーを募ることで強固な体制を築き、地域に根ざすことで地元企業や地元住民から大切にされるチームを作ることができる点です。

また、6歳以下の育成チームを持つことを参入条件に入れたことも大きな特徴です。その理由は、従来の学校や企業という狭い枠でスポーツを行うのではなく、スポーツ活動の場を地域へ提供することで社会貢献し、卓球の普及の効果や、そこから地元出身の選手が成長しTリーグで活躍すれば、地域の絆がさらに深まる好循環を生み出すことができます。

大久保:なるほど、企業スポーツと地域密着、それぞれのメリットを融合させているわけですね。その他にはどんな特徴がありますか?

松下Tリーグは、世界一のリーグになることを目指していますから、トップの選手を集めるために「登録選手中に1名は世界ランク10位以内の選手を入れること」を規定しています。もちろん中国人選手にも来てもらうために「中国卓球超級リーグ」の開催日程とずらした試合スケジュールを考えています。

中国のトップ選手はまだTリーグに参加をしていませんが、香港や台湾をはじめとするトップレベルの選手を参加させることに成功しました。

こうして少しずつ日本のレベルが中国に追いつけば、自然と中国人選手もいい環境を求めてTリーグに参加せざるを得なくなるはずです。そして世界トップの選手が勢ぞろいする世界一の卓球リーグへと成長させてみたいですね。

世界トップ選手が揃う
世界一の卓球リーグに

【後編はこちら】一般社団法人Tリーグ・チェアマン 松下浩二氏インタビュー(後編)
760万人の卓球プレーヤーをピラミッドの中に元全日本プロ・松下浩二が掲げる「Tリーグ構想」

(取材協力:一般社団法人Tリーグ・チェアマン/松下 浩二
(編集:創業手帳編集部)

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