Wo-one 犬飼 奈津子|会社を愛し「信頼の土壌」を育てるのが広報の役割
広報の力で人や企業のステージを上げる支援を

「ジェイアール名古屋タカシマヤ」で年間500件のテレビ取材を手がけ、「伝説の広報」として知られた犬飼さん。名物イベントとなった「アムール・デュ・ショコラ」ではバレンタイン催事として30億円を超える売上に貢献しました。15年広報を担当した後、2023年に独立し、現在は講座や研修、企業の顧問など多方面で活躍中。そんな犬飼さんに、今までの経緯や広報の重要性、広報で力を入れるべきポイントなどについてお聞きしました。
株式会社Wo-one代表
名古屋駅の百貨店「ジェイアール名古屋タカシマヤ」で15年広報を担当。『日本一露出する百貨店』を目標に、テレビ取材を年間500件近くへと導く。バレンタイン催事「アムール・デュ・ショコラ」では、多数のメディア露出を通じて30億円の売上に貢献、店舗リピート率や顧客ロイヤリティ向上に寄与。2023年6月に独立起業し「株式会社Wo-one」を設立。企業の広報内製化や広報担当者の育成を支援している。また、KADOKAWA広報・PR講座講師、中日新聞社ビズトレWEB社内報講座講師、社内報アワード審査員、PR TIMES社プレスリリースエバンジェリスト、亀山ブランドアドバイザーなど、多方面で活動。
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この記事の目次
頑張りすぎて休職…広報という仕事に出会い人生が変わった
犬飼:最初は販売を担当していました。「会社の期待に応えて頑張ろう」と仕事をしていましたが、頑張りすぎて鬱病を発症し、3カ月休職しました。そのときに「自分が本当にやりたいことってなんだろう」と気持ちが変わったんです。
そんなタイミングで会社から「広報をやってみないか」と声をかけていただきました。ランジェリー売り場の担当だった頃にヌーブラが発売になり、取材を受けたのですが、そのとき新入社員だった私が堂々としていたことを当時の人事部長が覚えてくださっていて、広報に指名してくださったと聞きました。実は実家が商店街で喫茶店を経営していたので、学生の頃から取材を受ける機会が多く、対応には慣れていたんです(笑)。
取材には慣れていたけれど、その時は「広報って何?」というぐらい広報の仕事については何も知りませんでした。ただ自分に期待してもらえることがありがたく、その気持ちに応えたい一心でお引き受けしました。
犬飼:広報になってすぐに、秋のファッション立ち上げのプレスリリースを書く機会がありました。百貨店としては館内の装飾も一新する一大イベントでしたが、ほとんど取材が来なかったんです。ふとテレビを見ると「動物園で久しぶりに猿の赤ちゃんが誕生しました」というニュースをやっていて、社会にとって重要なニュースでなければ取り上げられないということを悟りました。
そこから、単なるファッションの話題だけでなく、例えば「猛暑対策」や「梅雨対策」など社会性を持たせたプレスリリースを出すようにしたところ、少しずつ取材件数が増えていったんです。そんな広報という仕事への向き合い方に大きな転機となるエピソードがありました。毎年恒例となっていた「クリスマスケーキの予約スタート!例年○○人も行列ができます」というリリースを出したところ、取材がたくさん入りました。その後、担当の社員が取材のお礼を言いに来てくれたんです。「半年前からクリスマスソングを聞きながらどんなケーキがいいか考え、イラストを描いていたので、形になって嬉しいです」と聞いて驚きました。
自分がクリスマスケーキについて表面的な部分しか伝えていなかったことを反省し、担当社員の頑張りを伝えたいという思いでテレビ局に企画を持ち込んだところ、売り場担当者の準備の様子を取材した15分ほどの特集になったんです。その動画が放映された翌日、テレビを見たお客様が「心をこめて準備してくれてありがとう」とその社員に声をかけていました。その姿を見て、伝えるストーリーによってお客様の行動が大きく変わるということを目の当たりにし、広報として何を伝えていくべきかを考えさせられるきっかけになりしました。
「伝説の広報」と呼ばれるきっかけになったバレンタイン催事での広報戦略

犬飼:実は同期がバイヤーで、「混んでいても行きたくなる花火大会のようなイベントにしたい」という思いを聞いていたんです。彼の想いを実現したい、そのために広報として何ができるかを常に考えていました。そこで改めて会場の魅力を見つめ直した時に、シェフが実際にその場にいるとサインを求めたり握手をしてもらったりと、チョコレートを買う以上の体験が生まれることに気づき、とにかくシェフに来ていただこうというところから始めました。
テレビの取材が入ると来ていただきやすいということが分かり、「どうやったら取材に来てくれますか?」とテレビ局のディレクターに相談しました。当時、バレンタインは若い女性が中心のイベントで、テレビの主な視聴者層である主婦にはあまり関心が持たれていなかったんです。主婦にも興味を持ってもらえそうな話題なら取材に行きやすいと言われ、地元の製菓学校の学生とパティシエがコラボして新商品を考案する企画を考えました。こちらもテレビで10分ほどの特集になり、イベントでは応援販売ということでシェフと製菓学校の学生も来場。
このあたりから“告白のために誰かに買うチョコレート”ではなく“自分が楽しむために買うチョコレート”へと皆さんの意識も少しずつ変化していました。そこで来場されたお客様にアンケートを取って、「自分のためにチョコを買ったお客様が約9割」「平均予算は約3万円」という結果を調査リリースとして発表しました。ただ「自分買いが新しい文化なんです!」と発信するよりも、調査結果を数字で見せる方が説得力が増しますよね。
「日本一のバレンタイン催事」と言えたらシェフにも名古屋まで来ていただきやすいと思い、売上の数字も積極的に出していくという戦略を立てました。
そのようにして多くのシェフに会場に来ていただき、メディアの取材が入る際にはお客様が一緒に写真を撮っているシーンなども取材してもらい、「アムール・デュ・ショコラ」はただチョコレートを買うだけでなく、シェフと交流しながら楽しめるイベントであることをどんどんアピールしていきました。
年々取材と行列が増えていき、ある時イベントの密着取材で「行列の最初に並んでいる方はどんな人なのか?」というインタビューをしたところ、意外にも男性が多いことに驚きました。しかも「アムール・デュ・ショコラが生きがいです」とか「去年は20万円使いました」という方や「そのための冷蔵庫も買いました」という方もいて。ただ、皆さんどこか恥ずかしそうにされていて、せっかく来ていただいているのなら男性が堂々と楽しめるイベントにしたいと思ったんです。
そこで当時のバイヤーにお願いして、男性を意識した売場作成や、ブランドに働きかけて男性向けの商品を用意してもらい、購買データやアンケート結果から実際に男性が自分のためにチョコレートを買っているという内容をまとめた調査リリースも出しました。「男性も自分買い」という明確なメッセージを打ち出し、テレビ取材で「男性も自分買いの時代です。もらうのを待っているだけではなく、世界中からおいしいチョコレートが集まるこの機会に、ご自分でもアムール・デュ・ショコラをぜひ楽しんでください」とお話ししたところ、その年はたくさんの男性のお客様から「犬飼さんのおかげで来やすくなりました」と声をかけていただき嬉しかったですね。このように「アムール・デュ・ショコラ」は、バレンタインの新しい文化を作っていく!という気持ちで取り組んでいました。
犬飼:迅速・正確・丁寧の3つです。メディアの皆さんはタイムリーなニュースを探していて、急な取材依頼も多いです。そこで、急な取材でも受けられるように、それまで整っていなかった社内体制を変えていきました。メディアの期待に応える、つまり取材依頼に対して素早く誠実に対応することを積み重ねて、信頼関係を育てていきました。
誇りを持てる仕事で息子の道しるべになると決め起業
犬飼:「アムール・デュ・ショコラ」に出店したシェフが初めてメディアの取材を受け、知名度が上がり売上も急増して、「犬飼さんのおかげでステージが変わりました」と感謝されることがあったんです。広報には人や企業のステージを変える力があるんだ、と感動しました。15年広報を担当した後に異動という話が出始め、「誇りを持っている広報という仕事を離れ、管理職になることが自分の望みなのか?」という葛藤がありました。

実は、私の息子には発達上の特性がありまして、そういった子どもの育て方を勉強したときにエジソンのお母さんの話を知ったんです。エジソンのお母さんは、問題児と言われていたエジソンの能力を信じて好きなことに打ち込める環境を整えてあげた結果、エジソンは天才発明家として花開きました。そのエピソードを知った時、私もエジソンのお母さんのような母になりたいと思いました。息子には「みんなと同じじゃなくてもいいから、好きなことをひとつ見つけてそれだけをやりなさい」と言ってきましたし、人生に迷ったらママみたいに生きていれば大丈夫と思えるような母になると心に誓ったんです。
でも自分を振り返ってみたら、自分は三姉妹の長女で親の期待を受けて育ってきて、いつの間にか周囲の期待に応えるのが当然という人生を送ってきたことに気づきました。ジェイアール名古屋タカシマヤの広報として多くのメディアにも出演していましたし、当然最後まで会社に残ることを周囲からも望まれていました。しかし、最後は自分が本当に誇りを持てる広報の仕事でもっと世の中に貢献していくことで、息子の道しるべになりたいという気持ちで独立を決めました。

犬飼:実はタカシマヤ時代からPRに関する講座や自治体のお仕事などをやらせていただいていたこともあり、独立してからありがたいことに、営業活動をせずにご縁や口コミだけでお仕事をいただいています。各企業の広報力向上のための顧問をはじめ、KADOKAWAさんの広報・PR講座講師や中日新聞社ビズトレWEB社内報講座講師、社内報アワード審査員、亀山ブランドアドバイザーなど、幅広いお仕事をさせていただいています。「アムール・デュ・ショコラ」時代のご縁で、チョコレートブランドの新商品開発などにも関わらせていただいています。

犬飼:独立してから3年ぐらいは個人事業主でいいと考えていたのですが、KADOKAWAやGODIVAといった大企業と仕事をするにあたって法人化してほしいとのご要望が多く、予定外にすぐ法人化することになりました。大慌てで登記をしたり、ホームページも作らないと、と2週間で自分で作成したりと、家族との時間を増やしたいと思って独立したのに、最初がロケットスタートになってしまって、かえって忙しくなってしまったのは誤算でしたね(笑)。でも家族の支えもあり、なんとか大変な時期も乗り越えることができ、今に至ります。
スタートアップが広報に取り組むには?

犬飼:物も情報もあふれている今の時代で企業が選んでもらうためには、まず信頼してもらうための土壌を整えることが重要です。そのためには、「自分の企業の商品やサービスは最高です」と発信するだけでなく、メディアなどの第三者に取り上げてもらうことは有効です。何かの情報を得るためには、みなさんまず検索しますよね。特にAI時代においては、プレスリリースという形で企業から一次情報を発信していくことはとても重要だと考えています。ですから会社の取り組みや想いを、様々な角度から発信し、企業の情報資産を蓄積していくことが大切だと考えています。
そのためにもまずは会社を知ることが大事です。社内に眠るニュースやストーリーに光を当てていく。そういった情報を軸としながら「我々はこういう会社です」と様々な角度からプレスリリースやnoteなどで伝えていただきたいですね。そのためにも広報担当者は自分の会社のことを深く知り、心から会社を好きになって人に伝えたいという状態になる必要があると思います。
犬飼:私自身、日経新聞で取材を受けて記事を書いていただいたんですが、きっかけは私が起業した理由や息子のエピソードをSNSに投稿し、それを記者の方が読んだことでした。クリスマスケーキの件のように、人の思いやストーリーというのは人を動かす強い力を持っています。
機能的な価値だけでなく情緒的価値を伝えることで、人は大きく心が動いて行動変容につながるということを実感してきました。
経営者自身が発信をする際は、ぜひこれらのことを意識して、率直な思いをご自分の言葉で語っていただければと思います。
犬飼:新しいサービスや商品をスタートするなど、企業に動きがある時にはプレスリリースを出し、ホームページの最新情報を更新するようにしたいですね。先ほども言ったように、検索結果に表示されないのは論外です。また、最近はスタートアップ企業が広報に力を入れる例が多く、相談に来られるのはむしろ長く続く中小企業で、広報にどう力を入れていいか分からないといった例が多いです。
人々がAIや検索に頼るこの時代では、広報に力を入れるか入れないかで情報資産に大きく差が出てしまうので、スタートアップだろうと人数が足りなかろうと、一刻も早く広報を始めるべきだと個人的には思います。社長がやってもいいんです。
犬飼:文章を上手に書けるとか頭の回転が早いとかよりも、会社を本気で愛しているかどうかが重要だと私は思っています。メディアに取り上げられるのってそんなに簡単ではないんですよ。不器用でも会社を愛していて、結果が出るまであきらめずに粘り強く伝え続けられるかどうかが大切です。臆せずに自分からコミュニケーションを取りにいけるというのも大切ですね。
起業するなら成し遂げたい思いと覚悟を持って
犬飼:起業というのは残念ながらすべての人が成功できるわけではなく、起業して後悔したという方も実際世の中には多くいらっしゃると思います。起業ブームだからとか、会社員に飽きたから起業しちゃおうというように、軽い気持ちで起業をすると後悔につながる例が多いように感じます。
やはり起業というのはリスクも伴います。会社員であれば安定したお給料もいただけて精神的なストレスも少なく楽かもしれません。それでも起業するのであれば、自分の成し遂げたいことが何なのかをクリアにして、覚悟を持つことが大事です。起業することで成し遂げたい思いや譲れない価値観がしっかりと起業前に思い描けていれば、最初うまくいかなかったとしても踏ん張れると思います。

『Passion Relations 真・広報PR術』犬飼奈津子 KADOKAWA
本書が伝えるのは、情報を届ける広報ではなく、想いを伝播させる「Passion Relations」――人の心を動かし、関係を育てる新しいPRの哲学です。「ジェイアール名古屋タカシマヤ」の広報担当として、その成長に大きく貢献した経験から“伝説の広報”と呼ばれる著者が、企業や地域で数多くの広報支援を重ねてきた知見をもとに、実践的な「伝播式PRメソッド」を紹介。長く愛され、ビジネスが継続し加速するために必要な「広報の極意」が詰まった一冊です。
(編集:創業手帳編集部)





