文部科学省|日本の課題を解決するために「アントレプレナーシップ教育」「大学発スタートアップ創出」を推進
大学が持つ技術力を社会に実装するサポートを文部科学省が行う
日本は少子高齢化が深刻になっており、さらに現在の主要産業以外の分野でも国際競争力を高めることが求められています。この課題を解決するために文部科学省では、スタートアップの担い手となる人材を育成すべく、「アントレプレナーシップ教育」に力を入れています。
そこで今回は文部科学省がアントレプレナーシップ教育に注力し始めた背景や具体的な取り組みについて、創業手帳の大久保が聞きました。
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室長
2001年文部科学省入省。2022年8月より現職。大学発スタートアップ創出支援をはじめとする産学連携施策を担当。これまで、文部科学省では初等中等教育、学術振興、人事、国立大学法人支援を担当したほか、日本学術振興会サンフランシスコ研究連絡センター、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学にて勤務。性別によらないワークライフバランス探求がライフワークで、愛知&東京の2拠点生活に挑戦中。修士(教育)。
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 専門職
2016年文部科学省入省。2021年4月より現職。大学発新産業創出プログラム(START)、出資型新事業創出プログラム(SUCCESS)での大学発スタートアップ創出等支援及び大学等におけるアントレプレナーシップ教育の推進を担当。これまで、文部科学省では情報化推進、原子力損害賠償を担当したほか、内閣府にて放射線利用における国際協力に関する業務に従事。自らアントレプレナーシップを持って施策立案することをモットーに、不確実性の高い政策課題への解決に向けて日々奮闘中。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
「アントレプレナーシップ教育」推進のための文部科学省の新たな取り組み
大久保:文部科学省がアントレプレナーシップ教育を推進する背景を教えてください。
篠原:今までの教育は「与えられた問題を正しく解く」ことが重要視されていた側面がありますが、低成長が続く現代の日本においては「自ら課題を発見し、自分事として捉えて解決する」能力や姿勢が求められるようになりました。
また、大学においても「社会のニーズを踏まえ、課題解決・価値創造のできる人材を育てよう」という流れにあります。
そのような時流の中で、文部科学省としては、社会課題を自分事として捉え、失敗を恐れず、新たな価値やビジョンを創造できる人材、つまりイノベーションの担い手になる学生を増やす必要があると考えています。
そういった人材を育成するための教育を「アントレプレナーシップ教育」と捉え、推進しています。
我が国の大学におけるアントレプレナーシップ教育の受講者数は2019年度末時点で約3万人(大学生の約1%)に過ぎず、様々な形での教育を通してもっとアントレプレナーシップを備えた人材を育てていきたい。そうすれば、その中で起業したい学生も増えていくと考えており、政府が推し進めるスタートアップも増えていくと考えています。
大久保:その新しい教育スタイルは、どのような要素が必要になるのでしょうか?
篠原:現行の学習指導要領の理念である「生きる力、その学びの先へ」など大学卒業までに広く身に着けるべき能力が土台として、アントレプレナーシップを学んでいくと考えています。
アントレプレナーシップを育む教育は、大きく分けると、アントレプレナーシップの醸成と発揮の2段階があります。
醸成段階は不確実性の高い環境下でも自身の持つ資源を超えて、機会を追求し未来創造や課題解決に向けた行動を起こしていくための精神と態度を学んだうえで、自らのアイデアの実現に向けた仮説検証の方法等を学ぶものになります。
発揮段階は、研究成果の活用も含め、スタートアップやスモールビジネス、地域特有課題の解決など、創造したい未来・解決したい課題に応じ、実際に事業を進めていくにあたり必要な様々な専門知識や機会を提供するものです。
アントレプレナーシップ教育=起業家教育とイメージされがちですが、申し上げたように、アントレプレナーシップ教育は起業に関する専門知識等だけでなくそのためのマインド醸成も含む幅広い概念として捉えています。
大久保:つまり、起業に関する基礎的な実務部分だけでなく、イノベーション創出に係るマインドセットを含めた普遍的な考え方を学んでいただくような感じでしょうか。
篠原:おっしゃる通りです。
起業のみならずソーシャルビジネスや企業内での新規事業等色々な場面で活躍できるよう、ネットワークの広げ方や、直面した課題の解決方法など「HowTo部分」も学びの中に含まれています。
また、アントレプレナーシップを身に着けるには、単発学習ではなく「継続学習」が必要となります。この点においても工夫を折り込んでいます。
現在想定しているアントレプレナーシップ教育のメインターゲットからは外れますが、長期にわたり社会を主体的に動かす役割を担いたい方にとっては、「リカレント教育(学び直し)」も重要な要素となります。
- ココ重要!アントレプレナーシップとは?
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- 自ら社会の課題を発見し、周囲のリソースや環境の制限を超えて行動を起こし新たな価値を生み出していく精神がアントレプレナーシップであり、それを備えた人材を育成するための教育がアントレプレナーシップ教育。
日本が抱える課題を解決するためには「スタートアップ」の力が必要
大久保:「アントレプレナーシップ教育推進」「大学発スタートアップ創出支援」に「文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課」が関わっている理由を教えていただけますか?
篠原:繰り返しになりますが、日本は少子高齢化が深刻で、しかも急速に社会環境が変化しているなかで、既存の枠組みや従来の延長的な発想だけで今後の日本を支えることは困難だとも予測されています。
この課題を解決するために、既存の枠組みを飛び出して新たな価値を社会に提案するような「スタートアップ」の力で乗り越えることが重要です。
特に自由な発想に基づく研究成果や優れた技術を有し、また、大いにポテンシャルを有する若者の集う大学は、スタートアップ創出に非常にアドバンテージのある場所だと考えています。
産業連携・地域振興課では、産学官連携を通じて新たな価値共創を推進すべく、地域の中核となる大学の振興、大学を中心としたスタートアップ・エコシステム形成の推進等の施策により、飛躍的なイノベーションの創出を目指し支援を行っています。
大学を中心としたスタートアップ・エコシステムの形成支援においては、大学発スタートアップ創出とアントレプレナーシップ教育を一体的に支援することが重要と考えているため、省内の関係部局と協力しながら当課が中心的に対応しています。
大久保:具体的にはどのような取り組みを実施する予定でしょうか?
篠原:現在、大学発新産業創出プログラム(START)において、全国8か所の「スタートアップ・エコシステム拠点都市」に対し、アントレプレナーシップ教育も含め、産学官が一体となった大学発スタートアップ創出の強化に向けた集中的な支援を進めています。
また、今年度から「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業」を開始し、アントレプレナーシップ教育に関し、全国及び海外の先進事例や効果検証の調査を実施するとともに、収集した中でも特に有効と思われる事例や実施方法などを整理し、グッドプラクティスとして全国の大学に展開することで、全国へ着実にアントレプレナーシップ醸成に向けた取り組みを広げていきたいと考えています。
さらに、来年度は、スタートアップ・エコシステム拠点都市を中心に産学官一体となって国際展開を見据えた起業支援の強化や、大学生に加えて高校生等へのアントレプレナーシップ教育機会の充実などにも取り組む方向で考えています。
小中高からアントレプレナーシップ教育を実施し「起業」を将来の選択肢に
大久保:「アントレプレナーシップ教育」はどのような背景で生まれた政策なのでしょうか?
和仁:2014年度に「グローバルアントレプレナー育成促進事業」(EDGEプログラム)を立ち上げ、若手研究者や大学院生等を対象として、起業に挑戦する人材を育成することを目的とし、起業に直接的につながるようなプログラムに対して支援してきました。
しかし、社会の機運を踏まえると、起業意思の有無に関わらず、マインドセットの部分も含めたうえで、学部生や社会人まで裾野を広げることが重要であると考え、2017年度から次世代アントレプレナー育成事業「EDGE-NEXT」で対象者を拡大したほか、2021年度からは、スタートアップ・エコシステム形成支援において、大学発スタートアップ創出とアントレプレナーシップ教育を一体的に支援することにより、更なる相乗効果を狙っています。
今後は小中高生にとっても「起業」が身近な将来の選択肢の一つとなるよう、大学のみならず、小中高生へのアントレプレナーシップ教育の裾野拡大を産業界・自治体等の方々と連携しながら推進していきたいと考えています。
大久保:大学の研究を元に起業する方も増えていますよね。
和仁:最近ではリージョナルフィッシュという大学発スタートアップが、シリーズBで約20億円の資金調達をしたと報じられていましたが、研究成果が社会的インパクトを与えるというのは往々としてあるため、そのような人材をしっかりと育てていきたいと考えています。
別の観点としてスタートアップの成長にあたっては、東北大学・東京大学・京都大学・大阪大学の4大学がベンチャーキャピタルを設立したうえで、ファンドを創設し、大学発スタートアップに出資する官民イノベーションプログラムという制度や国立研究開発法人科学技術振興機構(略称JST)の支援を受けた大学発スタートアップに対して直接出資する出資型新事業創出支援プログラム「SUCCESS」があり、民間からの支援届きにくい創業初期段階の大学発スタートアップの成長を後押しています。それらを活用しながら、民間資金の呼び水効果を得ていくことも重要な観点だと考えています。
- ココ重要!文部科学省が行う「アントレプレナーシップ教育」に関する事業と今後の方向性
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- 大学発新産業創出プログラム(START)において、「スタートアップ・エコシステム拠点都市」に対し、アントレプレナーシップ教育も含め、産学官が一体となった大学発スタートアップ創出の強化に向けた集中的な支援を実施。
- 今後は小中高生にとって「起業」が身近な将来の選択肢の一つとなるよう、大学のみならず、小中高生へのアントレプレナーシップ教育の裾野拡大を産業界・自治体等の方々と連携しながら推進する。
研究開発成果の実用化を目指すスタートアップを支援する制度「SUCCESS」
大久保:出資型新事業創出支援プログラム「SUCCESS」とはどのような制度でしょうか?
和仁:出資型新事業創出支援プログラム「SUCCESS」は、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の各種事業における研究開発成果の実用化を目指すスタートアップに対し、出資や人的・技術的援助(ハンズオン)を行います。
また、金銭的な出資だけではなく、JSTが保有する知的財産や設備等を現物で出資することも可能です。特に知的財産の現物出資をすることで、未利用特許の有効活用にも繋がります。
大久保:出資や支援の対象を教えていただけますか?
和仁:条件は以下2点を満たす方となっています。
1つ目が、JSTの研究開発成果の実用化を目指すベンチャー企業であることです。
2つ目が、創業の初期段階のステージにあるベンチャー企業であることです。
大久保:出資の内容についても具体的に教えていただけますか?
和仁:金銭による出資が中心ですが、JSTが保有する知的財産や設備等を現物で出資することも可能です。
出資金額の上限としては「出資比率が原則として総議決権の1/2」かつ「出資金額が累計額で1社あたり5億円まで」の両方の条件を満たす必要があります。
詳細については、JSTのSUCCESSの事業紹介ホームページを参照いただければと思います。
大学が持つ研究力・技術力を社会とつなげるために文部科学省が支援
篠原:大学での研究は、誰もやっていないことを掘り下げることが基本になるため、研究成果も自ずと独創性あるものとなります。
その長所を活かしながら、大学の研究成果や技術力を社会に繋げていく取組を文部科学省が支援していきます。
大久保:スタートアップの一点突破の勢いと大学の研究成果や技術力が融合すると、さらにすごい成果が出るだろうと思いました。
和仁:大学発新産業創出プログラム(START)では先ほどご紹介したものの他に、事業化ノウハウを持った人材(事業プロモーター)が大学等の起業を目指す研究者等と一緒にし、大学等発のポテンシャルの高い技術シーズに関して事業化を目指す起業実証支援という研究開発プログラムも実施しています。
大学等の研究者はスタートアップ界隈の方々と組織文化や考え方が異なるため、寄り添いながら一緒に事業化に向けてビジネスプランなどを作り上げていくことが重要であると考えています。
大久保:最後にメッセージをお願いいたします。
篠原:本日ご紹介した取組を成功させていくためには、大学のみならず産業界や自治体、金融機関等が一体となって、それぞれの強みを活かしながらエコシステムを形成することが重要です。
読者の皆様には、将来性のある大学等の研究成果・技術シーズを基にしたスタートアップを持続的に創出するために、それぞれのお立場から一緒に盛り上げていただきたいと思います。素敵なアイデアがあれば、ぜひコンタクトください。
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(取材協力:
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室長 篠原量紗)
(編集: 創業手帳編集部)