イマクリエイト 山本彰洋│VR上で可視化した身体の動きをなぞって技を習得。「バーチャル技術」でもっと自由で便利な世の中を
一流の技能を未来へ残す。俗人的で感覚的な「動き」をバーチャル技術でデジタル化
近年、「XR市場」は急速に拡大しています。
そこで今回は、「XR CREATIVE AWARD 2021」で最優秀賞を受賞した「ナップ溶接トレーニング」など、動きのシェアを可能にするVRプラットフォーム「NUP(ナップ)」を提供するイマクリエイトの代表取締役CEOを務める山本さんに、創業手帳代表の大久保がインタビュー。
XR市場や、VR技術のビジネス活用について話を伺いました。
イマクリエイト株式会社 代表取締役CEO
神戸大学卒業後、住友商事入社。アジア/中東等の海外市場における自動車ディストリビューター及び輸出に従事。東南アジア向け電力EPCを担当。経営・営業全般を担当し、身体性のあるXRの社会実装を推進。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
急速に拡大を続けるXR市場
大久保:まずは、創業された経緯について教えていただけますか?
山本:住友商事に勤めていた時にトルコに2年間駐在したのですが、駐在中、多数の死傷者を出した「トルコクーデター未遂事件(2016年)」が起こりました。
現在のウクライナほどではないものの、戦車が町を走り、戦闘機が上空を飛び交っている光景を目の当たりにし、テレビでもトルコの国会議事堂が空爆されているのを見て「ひょっとしたら明日死ぬかもしれない」と思い、死生観が大きく変わりました。
それを機に「人生1度きりなら、自分がやりたいビジネスをやろう」と決意し、元々子どもの頃から「大きなビジネスを作りたい」という思いがあったこともあり、「10億人を相手にできるビジネスにしたい」と起業について真剣に考えるようになりました。
大久保:現在、XR(※)事業を展開されていますが、事業内容はどのように考案されたのでしょうか。
※XR(クロスリアリティ)…VR、AR、MRの総称
「VR」(仮想現実/バーチャルリアリティー)は、ヘッドマウントディスプレイ(XRを体験するための専用ゴーグル)を装着した状態で、VRカメラで撮影した映像を見ると、まるでその世界に自分が入り込んだかのような感覚で映像を再現。
「AR」(拡張現実/オーグメンテッド・リアリティ)は、自分の部屋に実寸大の家具を映し出してサイズを確認するなど、現実世界に映像を表示させることができる。ただし、実際にそれを操作することはできない。
「MR」は、ARをさらに発展させたもので、現実世界に映し出した映像を手に持ったコントローラーで実際に操作することが可能。
山本:「どうしたら10億人を相手にできるビジネスができるのか」と考えた時に、それを叶えるには「ある人にとっては簡単に手に入るけど、ある人にとっては手に入りにくく価値があるもの」がカギだと思ったんです。
そして「それって何だろう?」と考えてみたところ、水や空気など、当たり前に存在しているものだと考え至り、その中で目をつけたのが「体験」でした。
写真や動画ではなく、五感で感じた体験自体をシェアしていくコンテンツを作れば、世界中で大きな反響を呼ぶと考えたんです。そして、ちょうど2016年が「VR元年」といわれた年だったことから、VRを使えば、少なくとも視覚と聴覚を用いて体験を共有できると思ったのと、VR市場は今後必ず伸びると考え「VR事業でいこう!」と決めました。
大久保:2016年が「VR元年」といわれたのは、VR自体は昔からあったものの、2016年に大手各社が続々とVRデバイスを発売したことが理由ですよね。
山本:はい。また、最近では比較的手頃な価格でVRデバイスを購入することができるようになりましたし、「メタバース(XRを活用して人々が繋がるインターネット上につくられた仮想空間)」という言葉を耳にすることが増えたと思います。
特に、昨年Meta(旧社名:Facebook)がメタバースに年間約100億ドル(約1.1兆円)を投資すると発表したことから、一気に火がつきましたね。
2016年以降の数年でさらに高性能化・小型化・低価格化が進んできたハードディスクですが、Metaの投資によって今後さらに進化していくと思います。
大久保:デバイスの進化に伴い、市場も急激な拡大を続けていますよね。
山本:そうなんです。XRの市場規模は急拡大しており、2019年に発表されたIDC Japanの市場予測によると、2018年に89億ドル(約9,600億円)だったXRの市場規模は、2023年には1,606.5億ドル(約17兆円)になると見込まれています。
これまで日本国内では、テレビや携帯電話などのデバイスは、発売開始から5~10年ほどかけて普及してきました。
例えば、カラーテレビの場合、放映開始当初は価格が高く1965年時点での普及率はほぼ0%でしたが、1970年頃から急激に高まり、1980年代には普及率がほぼ100%になりました。
1987年にサービスが開始された携帯電話も、1996年頃から普及率が徐々に高まり、2011年には100%を超えました。
このように、2016年に安価な価格で発売され始めたVRやARも、テレビや携帯電話が普及していった時のようなスピード感で普及していき、今後は一家に1台あるのが当たり前の時代になるのではないかと考えています。
実習をVR上で行うことで、効果が高まる
大久保:貴社のXRサービスと、他社との一番の違いは何でしょうか。
山本:一番の違いは、ユーザーにXRを「見る」ためのツールではなく、「する」ためのツールとして利用していただく点です。
具体的には、動きを3Dデータ化し、その動きをXRで共有、蓄積、管理していくVRプラットフォーム「NUP(ナップ)」を提供しています。
身体の動きは、動かし方も動かす感覚も非常に属人的で感覚的なので、伝えることも理解することも非常に難しいんです。
しかし、NUPを使えば、VR上で可視化した身体の動きをなぞるだけで簡単に動きを共有できるので、VR上で様々な技術を習得できます。そして、このVR上で習得した技術を現実世界で作用するサービスを提供しているのは、弊社が世界で初めてだと認識しています。
大久保:世界初のサービスを提供されているのですね。具体的にユーザーはどのように利用しているのでしょうか。
山本:技術を若手社員や研修医にシェアしたり、ゴルフのインストラクターの動きを初心者にシェアするなど、多方面で使われています。
例えば、株式会社コベルコE&Mとは、教えることが難しいベテラン溶接工の動きを若手にシェアする「ナップ溶接トレーニング」を共同で提供しており、京都大学では医師の動きを研修医にシェアする「ナップ:診察」、東京大学では血液などを採取するための「ナップ:穿刺手技」など、様々な企業や医学の現場で導入していただいています。
具体的に、どのようにVR上で技術を習得していくかというと、仮に習得する技術を「けん玉」とした場合、ヘッドバンドディスプレイを装着し、目の前に映し出されたけん玉上級者の全身の動きに自分の身体を重ねることで、技術を取得できるんです。また、玉が落下するスピードをスローに設定できるなど、現実世界ではできない難易度調整もXRを使えばできるようになるので、より短時間で効率的に技術を習得することができます。
大久保:今までとは違った学び方ができるのですね。
山本:人は五感から情報を取得する際、約8割を視覚、約1割を聴覚から得るといわれています。VR上で視覚と聴覚を再現すると、脳はVR上の体験を現実の体験だと認識するので、その錯覚を活かすことで、VRで習得した技術は、けん玉などの実道具を使って現実世界で実際にやってみても再現することができるんです。
大久保:なるほど。見て学ぶのが難しい専門職や実習の時間が限られている場合は特に、一度技術をデータ化すればVR上で技術を習得できるので、社員研修が効率的になりますね。
山本:そうなんです。例えば、「ナップ溶接トレーニング」では、熟練者の動きをVR上でそのまま再現しているので、その熟練者の動きに合うようにコントローラーを合わせれば、直感的な動きが学べるようになっています。また、本来溶接時は強い光(アーク光)が発生するので、目を守るために遮光溶接面というマスクを被って作業を行います。
遮光溶接面を装着すると目の前が真っ暗になるのですが、この状態では手元の動きが見えづらいので、まず明るい状態で動きを習得した後、遮光溶接面を装着した実際の視界を再現するなど、難易度を調整しながら学べるのは、NUPならではの特長です。
大久保:実際の研修では見えにくい部分がVR上でクリアに見えるのは、学ぶ側からしたらとても嬉しいですよね。ちなみに、VRで研修を行うのと実際に研修を行うのでは、習熟度に差はあるのですか?
山本:従来の実習のみを行った実技組とVR組に分けて、研修の実証実験を行ったところ、VR組の方が実技組よりも効果が高く、さらに習熟のバラツキが少なかったんです。
VR研修では、お手本となる熟練者の動きをそのまま習得することができますし、「溶接部までの距離が遠い」など、アラートが随時表示されるので、「ゲーム感覚でレベルアップすることができた」と評判もよかったですね。
また、WEB上で社員ごとの研修進捗状況や習熟度の確認もできますし、ビフォーアフターの映像でどの程度技術が向上したかも確認できるようになっているので、研修に係る人件費や研修費、安全対策費を削減できます。
世界初の技術で、一流の動きを資産に
大久保:職務でも趣味でも、二流の先人に倣うより、一流の動きを真似する方が当然生産性が上がりますよね。
山本:そう思います。例えば、ゴルフをやる時に「もっと腰を入れましょう」とか、けん玉をやる時に「もっと膝を使ってください」と言われても、どうすればよいのか理解するのは非常に難しいですよね。
ですから、一流の身体の動きをデータ化し、それをトレースできるプラットフォームを作りました。
例えば、プロ野球選手の動きを子どもたちにシェアしたり、伝統工芸・伝統文化に関わる人の動きを現在から未来へ保存したり、人の動きをロボットやAIにメタデータとしてシェアできるのではないかと考えています。
大久保:現在の日本は事業承継が課題となっていて、衰退の危機に陥っている分野も少なくない状況です。貴社のVRを活用して効率的に人員を育成できること自体もインパクトがありますが、技能の伝承など、日本の伝統産業の未来を変える可能性も秘めていますね。
山本:そうですね。元々、製造業が強かった日本において、細かい熟練者の動きは非常に価値が高いものだと思っています。
技能伝承の課題を解決するために、弊社の強みである動きのトレースやシェアを活用できるのはもちろんですが、熟練者の動きや技を撮影してデータ化することで、資産にすることができるのではないかと考えています。
データ化した技術は海外に販売することもできますし、そういう意味で様々なビジネス展開も考えられますね。
支出を多めに設定した資金計画を
大久保:創業時を振り返って「もっとこうしておけばよかった」ということがあれば教えてください。
山本:資金の減り方が計画通りではなかったことですね。
スタートアップは、先行投資をしなくては事業を作れないので、想定していた1.2~1.5倍ほどのスピードで資金が減っていきました。
なので、もう少し余裕をもった資金計画を立てていればよかったなと思います。
大久保:サービスを作って、翌月には売上が立つというものではないですからね。マネタイズができたのはいつ頃ですか?
山本:弊社は、私が創業した体験シェアリング株式会社と、現在のCTOが経営していた株式会社CanRが合併してできた会社なのですが、合併したのが10月で、そこから営業を行い始めてマネタイズには3カ月ほどかかりました。やはり、最初の顧客を獲得するまではすごく大変でしたね。
デモがけん玉しかなかったので、「たしかにけん玉ができるようになると面白いけど、結局それを使って何するの?」みたいな反応で。
NUPを使えば、けん玉の技を10分程度で習得できるので、営業先で実際に技を習得していただき、歓喜に沸いても、いざ協業の話になると皆さん下向くような状況が続き、非常に大変でした。
でも、合併後の12月にダンロップゴルフスクールと契約することができまして、インストラクターの動きを初心者にシェアする「Can Golf」の共同開発を進めているうちに、翌年3月にはコベルコE&M、また3カ月後には他の案件と、3カ月に1回程度大きな案件を契約することができたので、「そこで導入されているんだったら」という信用力が営業を後押ししてくれるようになりました。
「まずバーチャルでやってみる」という世界をつくりたい
大久保:楽天市場やAmazonができた時、それらのプラットフォーマーがチャンスを独り占めするのではないかと危惧されていましたが、プラットフォームを活用することで上場した企業や新たな産業が生まれたケースもありました。
貴社の場合も、NUPを使って、他社にビジネスが生まれる可能性もありますよね。
山本:そう思います。現在は大手企業が中心ではありますが、ハードウェアが普及してくれば開発コストも下がっていくと思うので、将来的には一般の人も使えるプロダクトを開発したいと考えています。
また、海外展開を視野に入れていることもあり、バーティカル的には、溶接などの技術職や、東大・京大など大学医学部との協業を深堀りしながら、ホリゾンタル的に「人の動きは、どうシェアしていけば価値があるのか」という点に挑戦していきたいなと思っています。
大久保:例えば、一流のスポーツ選手の動きを観客席から見ても再現はできないですが、貴社の技術はやる側の視点で動きが記録されますから、データが蓄積されていけば天才の領域が解明されていく可能性もありますね。
山本:まさにおっしゃる通りですね。
一流の人の動きをデータとしてどんどん蓄積していくことで、今までと違った技能のコツが判明するかもしれないです。
大久保:天才を量産できる可能性も秘めていますから、オリンピックの新記録の動きを教材にスポーツを練習する時代がくるかもしれませんね。
山本:そうですね。クラス全員が50m走を1秒縮められるとか、世界記録が出るとか。そういうことが実際に起きれば、今までと違うアプローチで練習することで、人間は限界を超えられる証明にもなると思います。
大久保:それでは最後に、XR市場の今後や会社の展望についてお聞かせください。
山本:これまで、何か新しい物事を体験しようとしても、基本的には現実世界でチャレンジするという選択肢しかなかったと思いますが、これからは「まずバーチャルでやってみる」という選択肢が当たり前となる世界を築いていきたいと考えています。
バーチャルの方が身近になる可能性も、習熟が早い可能性も高いので、その辺りの可能性を突き止めていきたいですね。
(編集:創業手帳編集部)
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(取材協力:
イマクリエイト株式会社 代表取締役CEO 山本彰洋)
(編集: 創業手帳編集部)